第36話 僕を埋葬するモーリスとリリー
その日、アルヴィン様はモーリス様に抱きかかえられて戻ってきた。全身は血まみれでありながらも目立った傷はなく、綺麗なままの姿だった。アルヴィン様が大けがをしたのだと思いすぐに二人の下に駆け寄ったがモーリス様は私が見えていないようで、アルヴィン様を抱いたまま部屋に入っていかれた。
モーリス様はアルヴィン様をベッドに寝かせると部屋を出てきた。やっと私に気付いたようで、「クロエとニックスを呼んでくれ」とだけ言って食堂に向かって行った。
既に夜も遅い時間であったがクロエ様もニックス様も起きており、すぐに食堂に来てもらうよう伝えた。
クロエ様とニックス様が来たところでモーリス様が口を開いた。
「アルが死んだ。遺体はベッドに寝かせてある」
モーリス様は泣きそうになりながらもなんとかそれだけは口にできたようだ。私はその言葉を聞いた瞬間、メイドという立場を忘れてアルヴィン様の部屋に走り向かった。ニックス様と遅れてクロエ様も後ろを付いてくる。
アルヴィン様は静かにベッドに横になられている。いつものように顔を撫でて、名前を呼んでみるが返事はない。アルヴィン様は既に冷たくなってしまっていた。
アルヴィン様の手を取り何度も呼びかけるが返事はない。アルヴィン様が本当に亡くなられたことを理解して私は崩れ落ちてしまった。
アルヴィン様を守るとアリス様に誓ったのに守ることができなかった。溢れ出る涙を止めることができない。隣ではニックス様が私と同じようにアルヴィン様に抱きつきながら大声を上げて泣いている。
何時間たったか分からないくらい泣いた後、後ろを振り返るとまだモーリス様が立っていた。ニックス様とクロエ様はいつの間にかいなくなっていたようだ。
「リリーすまないがアルの身体を綺麗にしたいと思う。手伝ってもらえるか」
私は無言でうなずきお湯と布を準備した。アルヴィン様の服を脱がせお湯で湿らせた布で血糊を拭いて綺麗にする。アルヴィン様の身体はとても綺麗で、胸の真ん中に背中まで貫かれた傷があるだけだった。
「モーリス様……アルヴィン様は魔獣に殺されたわけじゃないんですね……」
「ああ……アルは間違いなく人によって殺された。これだけ綺麗な傷は身体強化が使えないと残せない。だが、この村で身体強化の魔法が使えるのは私だけだ。アルを殺した犯人は恐らく村の外の人間だ。イースフィルのことはクロエに任せて、私は村を出ようと思う。アルを殺した犯人を絶対に許すことができない」
私もモーリス様と一緒に犯人を捜しに行くと一瞬言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
「私は領内で情報を集めます。クロエ様のことは私に任せてください」
モーリス様は少し目を伏せた後に答えた。
「ああ、すまない。定期的に手紙を送るから何か情報があれば教えてくれ。明日、アルの埋葬が終わったら出発しようと思う」
モーリス様の言葉に私は静かに頷いた。
辺りは真っ暗で何も見えない。光一つない世界のようだ。ここがあの世なのか……死んでも意識があることに驚いた。ユグド教の教えでは死んだあとは世界樹ユグドラシルのもとに戻り、新たな生命として生まれ変わることになっていたと思うが、ここは世界樹ユグドラシルなのだろうか?
ユグドラシルは光り輝く場所と言われているが、とてもここがそうだとは思えない。もしかしたらここは地獄と呼ばれるところではないだろうか……悪魔のような低い変な声まで聞こえてきた。
(ようやく起きたか。どうやらここは土の中みたいだな。酸素の残量も心配だしさっさと脱出するぞ)
(悪魔と思ったけどオッ・サンか……ってことは、まだ死んでいないってこと!? 死んでもオッ・サンと一緒だったら嫌なんだけど……)
(誰が悪魔だ! 俺はかわいいマスコット的立ち位置だ! そんなことより早く出るぞ! いろいろ考えるのはその後だ。恐らく棺桶に入れられて埋められているな。上に乗っている土はせいぜい数メートル程度だから問題ないだろう? )
開拓で土を掘り起こす要領で土に運動エネルギーを与え掘り起こす。オッ・サンの言うとおり一メートル程度の土が覆いかぶさっているだけであったのに簡単に掘り起こすことができた。
上を塞いでいた蓋をあけ外に出た先もまた真っ暗であった。
(どうやら夜のようだな。墓を埋め戻してさっさと逃げるぞ)
(家に帰ろうと思っていたけど逃げるの?)
(あほか! ルタとクロエはつながっているんだ! 生きていることがばれたらまた狙われるだろ! 今のままじゃルタと何度やっても負けるぞ。力を蓄えるためにも他の領地に、いや、できれば他国に逃げるぞ!)
(せめてモーリスやリリーにお別れを言いたいけどダメかな?)
(ダメだ! 死んだことにしておいた方が都合がいい。ルタを倒したら戻って来られるからそれまでは我慢しろ!)
(分かったよ……逃げるならユールシア連邦かな? ジフ山脈を越えなきゃいけないけど、今の装備だと厳しそうだね……剣と杖は棺の中に入れてくれたみたいだけどお金も食料もないし山越えは厳しそうだよ)
僕は魔法が使えるだけで身体能力に関しては、普通の子供と大差はない。温かくなってきたとはいえジフ山脈はまだ積雪しており超えることは難しいはずだ。
(以前グリフォンを倒した、ジフ山脈麓の村からの交易路を使うぞ。あそこならあと一か月もすれば商隊の行き来も始まるはずだからその護衛として着いていくのがベストだな。それと今からアルはチェイスと名乗れ。あと念のため髪も短く切っておくぞ)
冒険者ギルドで登録したときの偽名がチェイスだ。どんな名前でも登録ができたのでとりあえず偽名で登録をしていたがこんなところで役に立つとは思わなかった。
冒険者証も腰の袋の中に入っているので冒険者としての活動にも問題はないだろう。
剣を使い髪を短く刈り上げ、切った髪は全て棺の中におさめた。
(短髪もなかなか似合うじゃないか。墓を元に戻して出発するか。その前に持ち物の確認もしておかなくちゃな)
服装は死んだときのままの格好のようだ。胸元に大きな切れ目があるが特段問題ないだろう。腰袋の中には冒険者証と銀貨が一枚だけ。確か死後世界で困らないように棺の中に少しだけ貨幣を入れておく習慣があると聞いたことがある。それ以外には剣とルアンナにもらった杖があるだけだ。
(冒険者証があってよかったけど、銀貨1枚じゃ頑張っても二、三日しか持たないね……杖は魔石が割れちゃっているし……仕方ないからこの魔剣を売ろうか?)
(あほ! 俺の分身ともいえる魔剣を売ってどうするんだ! 金は道中で適当に魔獣を狩って稼ぐぞ!)
(冗談だよ。でもルアンナも褒めていたし結構いい値段がつきそうだけどな……)
(あほなことばっかり言ってないでさっさと出発するぞ。夜が明ける前には村を出たいからな)
(イースフィルの隣はジブラルタル男爵領だったね。町までは歩いて十日ぐらいかな?)
イースフィル領とジブラルタル男爵領の間にはかろうじて馬車が通れる程度の道がある。そこを歩いていけば十日もあれば着くだろう。
(街道は誰に見られるかわからんから森の中を行くぞ。ジブラルタル男爵領の町から麓の村までは街道を使ってもいいだろうが歩けばかなり時間がかかりそうだな……なんとか夏の間にはユールシア連邦に渡りたいものだな)
(お金もないし、大きな町では冒険者ギルドで依頼を受けながら進まなきゃいけないからもうちょっと時間がかかるかもね。こんな時だけどちょっとわくわくしてきたかも)
(まあ、こんなときだからこそ楽しんでいくべきかもな。さあ、出発だ。とにかく西に進んでいくぞ)
ユールシア連邦への道のりは遠いが、オッ・サンがいればどうにかなるだろう。イースフィルにはしばらく戻ってくることはできないだろうが、一生戻れないわけではない。僕はイースフィルにしばしの別れを告げた。
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