第37話 ワイバーンを討伐したい僕

 ジブラルタル男爵領への道は思っていた以上に過酷なものだった。食料については、動物や魔獣を狩ったり、野草を摘んだりして確保することができたのでお腹が減ることはなかったが、調味料が何もないため、塩気のない焼いた肉と味気ないスープくらいしか食べることができなかった。


 野草をハーブのように使ったり、骨から出汁を取ったり工夫はしたものの、やはり塩がなければ味がまとまらない。寝床についても森の中では確保することが難しく、地面のうえに座って眠ることしかできず、いくら睡眠時間を確保しても体の疲れが全く取れない。


(ジブラルタルの町に着いたら絶対宿に泊まって、味のある料理を食べるよ!)


(賛成だ。塩のない食事がこんなに辛いものだとは思わなかったな。それより銀の様子はどうだ?)


(まだ変化は何もないみたいだけど、本当に銀がミスリルになるの?)


 イースフィルを出発してから五日目、森の中で白骨化した遺体を見つけた。遺体はひどく損傷しており、いつのものか分からない状態で遺留品と思われるものもほとんどなかったが、一つだけ銀のネックレスが落ちていたのだ。


 おそらく女性ものと思われるそのネックレスは銀製でだいぶ汚れていたものの、少し磨くとすぐに輝きを取り戻した。さすがに持っていくことは躊躇したため磨いたネックレスを元の場所に置いていこうとしたが、オッ・サンが実験をしたいから持っていきたいと言って聞かなかったのだ。


(前、オークの森の奥で魔金属を拾っただろ? あれは魔力濃度が高い場所に長時間あったために魔金属化したとルアンナが言っていた。通常は魔金属化するまで何十年、下手すれば百年はかかるらしいが、大量の魔力を与えれば短時間で魔金属化させることができるようになるんじゃないかと思ってな。まだ実験を始めて三日目だしもうちょっと様子を見てみよう)

 

 さらに三日が経過したとき銀のネックレスに変化があった。


(オッ・サン、銀のネックレスがちょっと変化してきてない? なんか青白く光っているような……)


(間違いなく魔金属化してミスリルになってきているな。よし! 実験は成功だ! おそらく『魔力濃度×時間』が一定量を超えたときに魔金属化するんだろう。前見たミスリルはもうっちょっと輝いていたような気がするから、このネックレスにももう少し魔力を与え続ければ魔金属化しそうだな。しかし、実験は成功したが効率は悪いな……ずっと集中して魔力を送り続ける必要があるし、大量に生産するのも難しそうだ……剣に使う量のミスリルを作ろうと思えばどれだけ時間がかかるか分からんな)

 



 森の中を歩き続けてさらに十日、銀のネックレスはジブラルタルの町に着くころには完全にミスリル化して、透き通ったような青い金属に変化していた。


(ネックレスがどのくらいの価値になったか調べたいし、お金もないから商業ギルドに売りに行ってみるか)


(ミスリルのネックレスなら結構高く売れそうだよね。今日は久しぶりにおいしい物が食べられるかもね)


 ジブラルタルの町はユールシア連邦と王都を結ぶ交易路の途中の宿場町として栄えており、宿屋や酒場はもちろん、冒険者ギルドや商業ギルドも設置されている。道端に出ている屋台からはおいしそうなにおいが漂ってくるが今はお金がないので我慢だ。


(ここが商業ギルドで隣にあるのが冒険者ギルドみたいだな……以前行ったオークニアの町のギルドに比べるとしょぼいな……)


(ジブラルタル男爵領は商隊が通るからそれなりに潤っているけど、商隊も泊まるだけだから商業ギルドの規模は大きくないんだと思うよ。それより早く売って食事にしようよ。おなかが減って仕方がないよ)


 ここ十日程の間に食べた物は焼いた肉と野草だけなので、味がある食事をしたくてたまらなくなっていた。


 商業ギルドの今にも壊れそうな扉を開けて中に入った。昼にもかかわらず、商業ギルドの中は薄暗くカウンターに一人の年老いた男性が座っているだけだった。


「いらっしゃいませ。売却でしたらこちらにどうぞ」


「このネックレスを売りたいのですが値段はどのくらいでしょうか」


「ほう、ミスリルのネックレスでしょうか? ちょっと失礼しますね……重さが八グラムでデザインも悪くないですな……銀貨九枚でしたらお引き取り致しましょう」


(銀貨九枚か……相場が良くわからんが、とりあえずの路銀になるしその価格で売却しておくか。十日もかけてこの値段だと割に合いそうにないな)


「ではその値段でお願いします」


「では、身分証明書を拝見させていただきます」


 冒険者ギルド証を腰袋から取出し、カウンターの男に見せた。


「まだお若いのにEランク冒険者ですか。この町には護衛で来られたのですか?」


「いえ、旅の途中で寄っただけです。何日か滞在したら出ようと考えています」


「そうですか……この町は冒険者の活動があまり活発ではないので優秀な冒険者が定住してくれるとありがたいんですがね。以前は北部の森が良い狩場になっていて冒険者も集まり商業ギルドもそれなりに潤っていましたが、ワイバーンが住み着くようになってからは狩りも難しくなりすっかり冒険者の数も減ってしまいました」


「ワイバーンを狩れる冒険者はいないのですか?」


「ワイバーンはCランクの魔獣でそれが群れを作っていますので、このあたりで太刀打ちできる冒険者はいないのですよ。領主様が中央から応援を呼んでくれればいいのですが、狩場がなくなっただけで実害がないもので、大金を払ってまで呼んではくれないようです。冒険者ギルドに討伐依頼は出ていますが数年は手つかずになっていまして……」


(遠隔から魔法で狙撃すればチェイス一人でも倒せるかもしれんが依頼金額次第だな。とりあえず後で依頼書を見てみよう)


「それは大変ですね。僕一人ではどうしようもないと思いますが後で依頼書を見てみます」


「ええ、お願いします。旅の途中で討伐が出来そうな冒険者がいましたら是非ともお声掛けをお願いします」


 さすがに僕一人で討伐ができるとは思っていないようだ。情報を流して少しでも討伐の可能性を高くできれば良いのだろう。ミスリルのネックレスの売却代金、銀貨九枚を受け取って商業ギルドを後にした。


(王国内であんまり目立ちたくないから討伐するかどうかは考えるが、金は必要だからな。とりあえず依頼だけでも見てみるか。他に良さそうな依頼があったら儲けもんだしな)


 冒険者ギルドは商業ギルドのすぐそばにあり、商業ギルドに負けず劣らずの古い建物だったが、商業ギルドと違って多少の活気はあるようで中からは男たちの怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。ドアを開けてギルドの中に入ると、男たちの視線が僕に集まった。


「ああ? ガキが何のようだ!? ここは子どものくるところじゃねえぞ!」


 僕の方を見ながら大声で威嚇してくるのは斧を持った大柄な男だ。ギルド内には冒険者と思われる男が他に二人とギルド職員と思われる男が一人、合計四人がいた。


(おっ! これが冒険者ギルド名物、新人いびりか! ついにお約束に遭遇したな!)


(そんなお約束いらないんだけど……)


「一応僕も冒険者なので依頼を見に来ただけなのでお気になされずにどうぞ」


「どうせGランクの新人だろ!? 新人はおとなしく薬草摘みでもしとくんだな!」


 からんでくる冒険者を無視して張り出されている依頼を眺めると、商業ギルドの職員が言っていた依頼を見つけた


(北の森のワイバーン一体討伐で金貨五枚か……素材の売却代金が入ることを考えても安いな……これじゃ確かに優秀な冒険者は集まらないだろうな)


(でも他によさそうな依頼もないし、これが一番手っ取り早く稼げそうだよ)


(確かにな……常時討伐依頼になっているし、とりあえず受けるだけ受けてみるか)


 常時討伐依頼の場合、討伐成功時に申請すれば報酬が支払われるのでわざわざ依頼を受ける必要がないので手軽に請け負うことができる。


「なんだ!? ガキのくせにワイバーン討伐を受けるのか!? 俺たちも行くから一緒にどうだ? 荷物持ちくらいはさせてやるぞ!」


 最初に絡んできたひげ面強面の男が再び話しかけてきた。男は斧を背中に担いでおり、冒険者というよりは山賊と言った方が近いかもしれない。


(どうしようか? 一人の方が動きやすいとは思うけど)


(せっかくだから同行させてもらえ。できれば目立ちたくはないから素材の売却などを全部やってもらうぞ。ただ、最初に金銭尾分配の条件だけは確認しとけよ)


「ではお願いします。僕はチェイスと言います。討伐報酬は頭割りでいいのですが、素材の売却益は討伐者のものでよろしいですか?」


「俺はロックで、こっちがライスだ! しかしおもしろいガキだな! 万が一お前が一人で討伐できたら素材も討伐報酬もお前のものでいいぞ! 出発は明日の朝五の鐘の時間だ。ギルド前に集合だから遅れるなよ!」


 ロックは大笑いしながら答えた。後ろにいるライスは剣と弓を装備しているものの、ひ弱そうで冒険者にはとても見えない。腰巾着のようにロックの後ろに立っているだけだ。


 ロックに返事をした後に冒険者ギルドを後にした。

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