第35話 初めての魔法戦を行う僕

 僕は村の北門の方にモーリスは東門の方にそれぞれ向かった。急がないと魔獣の大群が村に到達してしまう。


(ざっとだが、二百匹以上は魔獣がいるから無暗に突っ込まない方がいいな。山脈側からの魔獣の侵入を防ぐためにも橋を落とすか……)


 イースフィル領の西側にはユールシア連邦との国境にもなっているジフ山脈がある。ジフ山脈は南北数千km以上にもなる大山脈であり、二国を行き来できる交路は現在二カ所しかない。その交路も小規模な商隊が行き来できる程度であり、大規模部隊が通過するのは難しいため過去から現在に至るまでエイジア王国とユールシア連邦が戦争になったことはない。


 またジフ山脈とイースフィル領の間にはシキマ川という河川が流れている。シキマ川は王国を通るリミド大河に流れ込む小規模な河川である。川幅はさほど大きくはないが流れは速く大雨のたびに氾濫を起こすため、シキマ川の近くには住居や畑はない。時間と人手があれば治水を行い、付近を農地にしたいとモーリスは常々言っているがそこまでは手が回っていない状況だ。


 今回オッ・サンが落そうと言っているのはシキマ川に架かる橋で、この橋を落とすとイースフィルからジフ山脈に行くことが出来なくなってしまう。使用する人がほとんどいない橋なのでそれほどの問題はないだろうが……


(なんかここに来てから気持ち悪い感じがしてきたんだがアルは何か感じるか?)


(僕は何も感じないけど……前もそんなこと言ってたよね?)


(ああ、確か麓の村でのことだったと思うが……いや、気のせいかもしれんし今は魔獣討伐に集中だ)


(オッ・サンがそれでいいならいいけど……ジフ山脈に行く人は誰もいないし落としても問題はないと思うけど、すぐに落しちゃう?)


(いや、できるだけ橋の上に引き付けてから落とすぞ。今の魔獣の進軍速度なら橋まで三十分ってところか……仕掛けをしたいから急ぐぞ。


 シキマ川に架かる橋はアーチ形の石橋でイースフィル領には似つかわない重厚感があり歴史を感じさせる橋だ。いつの時代に作られたものかは分からないが使われている石の状況などを見る限り少なくとも作られてから数百年は立っているように思える。


(この橋を落とすのはなんか申し訳ないね……もしかしたら王国建国初期の橋かもしれないし……)


(領地を守るためだからそこは割り切っていくぞ。だが、こんな石橋を作れるほどの技術があるとはな……昔のイースフィル領民は優秀だな。あと十分足らずで魔獣も到着しそうだし、急いで準備するぞ)


 ようやく雪解けの季節を迎えただけあって川の水はかなり冷たそうだ。魔獣といえども落ちればすぐに体温を奪われてしまうだろう。オッ・サンの指示に従い、石橋に細工を加える。あとは魔獣の到着を待つだけだ。




 オッ・サンの予想通り十分ほどで魔獣たちはやってきた。魔獣の大半はゴブリンのようであるが、上位種も十匹程度交じっているようだ。三列にならび軍隊のように規則正しく行進してくる様子はとても魔獣とは思えない。多くの魔獣は人間を見ると襲いかかる性質があるが、橋の向こう側に僕がいるのに全く気にする様子もなく行進を続けている。


(まるで軍隊の行進だな。下手に列を乱されるよりやりやすいがな。先頭の魔獣が橋の真ん中に差し掛かったら橋を落とすぞ。準備は大丈夫だな? )


 今回の僕の仕事は魔障壁を解除するだけなので全く問題はない。ゴブリンの先頭が橋の中腹に差し掛かったところで僕は展開していた魔障壁を解除した。


 オッ・サンの指示により要石と柱の一部を破壊し変わりに魔障壁で石橋を支えていたが、その魔障壁が解除されたことにより、自重を支えられなくなった石橋は大きな音を立てて崩れていく。運が良いことに上位種の数体が部隊の先頭に立っていたため、上位種数匹とゴブリン十匹程が川に落ち流されていった。水温が冷たいことや川の流れが比較的速いことから上位種といえども陸に上がることはできなかったようだ。




 さすがに目の前で橋が落されたことでゴブリンたちは憤慨したように川向こうの僕に向かって石を投げてくるが、ゴブリンの投石ごときであれば魔障壁で問題なく防ぐことができる。これでゴブリンたちはこちら側にわたる手段が無くなったため、後はこちら側から魔法で始末するだけだ。


(もうこちら側に渡ることはできないだろうが念のために始末しておくぞ。インフェルノの威力を試しておきたいし使ってみてくれ。あの程度の範囲なら問題なく囲めるだろ? )


 『インフェルノ』は魔障壁で囲んだ範囲を燃やし尽くす魔法で、魔障壁が熱を外に逃がさないため、効率よく対象を燃やし尽くすことができる。名付けはもちろんオッ・サンで、火魔法と言えば『インフェルノ』だろ! と訳の分からない理屈で名付けられた。


 『インフェルノ』は威力の高い魔法であるが、膨大な魔力を使用することや使用者から離れたところで魔障壁の展開と熱変換を同時に行う必要があり非常に難易度の高い魔法だ。


 魔法の師匠であるルアンナ曰く、『インフェルノ』のような多工程の作業が必要な魔法は上級魔法に分類され、通常は複数の魔法使いが協力して発動するとのことだが、僕やルアンナレベルであれば一人で問題なく発動できる。


 ゴブリンたちがいる場所を魔障壁で囲み、魔障壁の中の魔力を熱に一気に変換する。ゴブリンたちに火が付いたと思った瞬間には一気に燃え上がり、うめき声をあげる間もなく一瞬で消し炭になってしまった。


(えげつない威力だわ……分かってはいたがこれも完全にオーバーキルか。ゴブリンやその上位種程度じゃ実験にもならなかったな。発動さえすればドラゴンでも一撃じゃないか? )


(さすがにドラゴンは固そうだし無理じゃないか? ルアンナが飼っていたドラゴンも相当強そうだったし、あれを一撃で倒せる自信はないよ。とりあえず討伐も終わったしモーリスのところに行こうか。周りにもう魔獣の群れはいないでしょ?)


(ああ、少し前にモーリスの方も全て倒し終わったみたいだし、もう大丈夫だろ……いや、アル! まだ一人だけ残っている! こちらに向かってきているぞ!)


 あれだけの大規模魔法を受けて生き残っている魔獣がいるとは思えない……既に辺りは真っ暗闇になっており、明かりは月明かりだけだが、川向うから人がゆっくりと歩いてくるのが僕にも見えた……と思った瞬間に人影は一気に速度を上げた。


(アル! 魔麟だ!)


 魔麟は小さな魔障壁を鱗のように体に張り付ける防御魔法だ。魔鱗を使っている間は他の魔法を使えないが絶大な防御力を誇る。


 なんとか魔鱗の発動は間に合ったが、発動した瞬間に胸に強い衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされた。


「魔麟まで使えるとは、さすがルアンナさんの弟子ですね」


 黒を基調とした僧侶服に身を包み、細身の剣を右手に持ったルタがそこにいた。


 吹き飛ばされてしりもちをついてしまったがすぐに体制を整える。


 魔麟を解除し、ルタに向かって炎弾を放てるだけ放つが全てルタの魔障壁で防がれてしまう。


「素晴らしい速度と威力です。僕じゃなかったら今の一撃で決まっていましたよ。目の色だけでなくその魔力……ただの偶然かそれとも……まあ、殺してみれば分かるでしょう」


「何を言っているか分からないけど簡単にはやられないよ」


 火魔法では魔障壁を突破できないため、土魔法の岩弾に切り替えルタに向かって放つ。


 大きな魔法を使い一発で決めてしまいたいところだが、身体強化が使えるルタの前では大きな魔法を発動する時間がない。


 絶え間なく放ち続ける岩弾はルタの魔障壁をどんどん削っていくが、削られるたびに魔障壁に魔力が注がれ埒があかない。


(アル! なんとしてもルタとの距離を広げろ! 近づかれた瞬間に殺られてしまう!)


 距離を広げたいのはやまやまだがルタに隙がなく、これ以上距離を広げるのは難しい。いつもならオッ・サンが良い方法をアドバイスしてくれるが今回それがないことを見るとオッ・サンも良い作戦が思いつかないらしい。


「しかし予想以上に強いですね。この魔法の嵐の中では私も簡単に動けませんし困りましたね。魔力量ではアルヴィン君の方が大きそうですし、このままでは私が負けそうです……」


 言葉とは裏腹にルタにはまだまだ余裕がありそうである。


「なぜ僕を狙う!?」


「私はある人物を探していまして、もしかしたら君がそのヒントを持っているかもしれないと思いましてね」


「何のことだ? 僕には全く心当たりはないよ!」


「分からなくても仕方ありません。私の問題なので気にしないでください」


 ルタが何を言っているのか全く理解ができないが、何も分からないまま命を狙われるのは納得がいかない。


 話している間にもルタに向かって絶え間なく岩弾が放たれている。既に相当量の魔法を放っているが一発たりともルタに命中していない。当たりさえすれば一発で倒せるが当てる手段がない。まだまだ魔力に余裕はあるが先に魔力が切れれば間違いなくやられてしまう。


「しかしクロエさんに聞いていたとおり本当に底無しの魔力ですね。益々期待が持てますよ」


「クロエだって!?」


「ええ、この村の村長がクロエ夫人を紹介してくれましてね。クロエ夫人は僕がユグド教の枢機卿だと分かると、アルヴィン君より息子ニックスの方が跡継ぎに相応しいと長い時間をかけて語ってくれましてね、僕がアルヴィン君のことを殺してあげると言ったら嬉しそうにアルヴィン君のことを教えてくれましたよ。魔法は使えるが剣はつかえないこと、魔獣の探知ができること、次の当主になるために開拓を手伝ったり、狩った魔獣の肉を領民に配っていること、どんどん領地が開拓され領民の支持を集めるようになったこと、クロエ夫人はアルヴィン君のことを憎々しげに語っていましたよ」


(クロエか……しかし、探知のことがばれていたのは痛手だったな……だから魔獣の群れに紛れてやってきたわけか……俺の探知では詳細まで探ることはできんからな……)


「さて、私の魔力もそろそろ尽きますし、そろそろ勝負を決めましょうかね」


(クソッ! アル! 北方上空から魔獣が来る! おそらくこれもルタが操っている魔獣だ! このために時間を稼いでいたのか! あと数十秒でここに着く! 魔獣が到着したら勝ち目はないぞ! 一か八かでも勝負を仕掛けろ!)


 もう出し惜しみをしている場合ではない。岩弾を放つのを止め、新たに開発した雷魔法の雷弾を放つ。ルタに距離を詰めさせないためにも威力の低い雷弾しか放てないが、電気は魔障壁をすり抜けることができる。


 ルタも恐らく雷魔法は見たことがないため、うまく当てればダメージは入らなくても隙を作ることくらいはできるかもしれない。


 雷弾はルタの方に向かいまっすぐ突き進み魔障壁をすり抜け、ルタの胸のあたりに命中した。


 ルタは大きくよろめきながらもなんとか膝をつき踏みとどまったようだが、しばらくの間は満足に動くことは難しいだろう。ただ、魔障壁事態はまだ消えずに残っている。


 この隙に魔障壁を貫通できる威力の魔法を構成する。今ルタが展開している魔障壁を貫通できるレベルの魔法であれば二秒あれば放てるだろう。魔法の構築を始めた瞬間、ルタの姿を見失った。


「惜しかったですね。もう少しで意識が持っていかれましたよ」


 見失ったと思ったルタが目の前に立っている。


 ルタの剣は既に僕の胸を貫いていた。ルタが剣を引き抜くと僕の胸からおびただしい量の血が噴き出すのが見えた。オッ・サンが何かを言っているようだが全く分からない。負けてしまったと思ったのを最後に意識を失った。

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