第29話 運命が動き出したことに気が付かない僕

 グリフォンはルアンナを弾き飛ばしたことで安心したのか、僕のことを忘れたように近くの岩場に降り立った。


 ルアンナは無事なのだろうか? 僕は焦りながらも最後に残ったグリフォンに狙いをつけ、土魔法を放った。グリフォンは僕の魔法に気づくこともなく頭を吹き飛ばされ絶命した。




 まだ地面でもがいているグリフォンもいたが、気にも留めずにルアンナが飛ばされた場所に走り寄った。ルアンナが飛ばされた衝撃で崖が崩れ、ルアンナは岩に埋もれてしまっているようだ。


 岩をどかそうと近づいたとき、崩れた岩山が大きく動いた。


「ちょっと死ぬかと思ったぞ。連携して攻撃してくるとは……グリフォンのくせに強すぎだ」


 ルアンナは岩を魔法で跳ね飛ばしながら起き上がってきた。今回ばかりは死んだと思ったがすさまじい生命力だ。


「無事だったんですね。死んだかと思いましたよ!」


 僕はルアンナが無事だったことがうれしく思わず抱き着いてしまった。


「痛い! 痛い! 痛い! 抱き着かれるのはうれしいが、今は勘弁してくれ! 体中が痛くてたまらん! 本当に死ぬかと思ったぞ。魔鱗である程度攻撃は防げても衝撃までは完璧に防げんからな」


 ルアンナが無事だったことに安心して、離れようとした瞬間、ルアンナが再び僕を強く抱きしめた。


「八匹のグリフォンを一瞬で倒すとはさすがですね、ルアンナさん」


 ルアンナに抱き着かれたまま首を後ろに向けると、黒い司祭服を着た黒い目の男がすぐ後ろに立っていた。黒い目の人間はこの国では非常に珍しく、見るのは僕も初めてである


 司祭服を着ているのだからほぼ間違いなく教会関係者なのだろうが、オールバックの黒髪とこの世のものとは思えない程整った顔立ちは、とても教会関係者には見えない。どこかの王子様と言われた方が納得するかもしれない。


「ルタ、お前だったのか……こんなところで会いたくなかったが会ってしまった以上は仕方がない」


 ルアンナは僕を後ろに隠すように前に出て、右手で腹部を押さえながらも構えを取った。


「ルアンナさんと戦うつもりはありませんよ。僕もルアンナさんと同じようにグリフォン討伐に来ただけですから。それより、そっちの子はルアンナさんの弟子ですか? グリフォンとの戦いを見ていましたが、少年とは思えない強さですね」


 ルタは構えることなく笑顔で話をしている。


「白々しいことを……どうせこのグリフォンをけしかけたのもお前だろう? 来ないならこちらからいくぞ」


「今日の私の状態ではルアンナさんには勝てないでしょうし、本当に戦う気はないのですよ。もっと話したいところですが……ルアンナさんはそうじゃなさそうなので消えましょう。またどこかでお会いできればいいですね。隣の君もまたどこかで……」


 僕の顔を見た後、一瞬ルタが笑ったような気がした。


「……今度こそ失礼しますね。また会いましょう」


 ルタはそう言うと煙のように消えてしまった。


「先生、今の男は一体!?」


「山を下りたら話す。あの男のことだ、まだこの辺りに何か仕掛けを残しているかもしれん。急いで下山するぞ。レイバンに討伐完了を知らせんといかんな……悪いがファイアボールを打ち上げてくれ」


 傷がないので大丈夫と思っていたがルアンナはだいぶ苦しそうだ。ファイアボールを打ち上げたあと、ルアンナをかばうようにして僕たちは下山した。





 村に戻ってすぐに治療のために教会にかけこんだ。治療のためには多額の寄付が必要になるが魔法治癒師がいるのは教会だけなのだから仕方がない。


「すまんが治療を頼む。骨と……臓器がやられているかもしれん。金はあるから早急に終わらせてくれ」


 教会で対応してくれたのは初老の男性だった。司祭が着る黒の服ではなく、真っ白のローブに首元には銀のペンダントがぶら下げられている。ペンダントトップは木の形で幹の中央に黄色い魔石が付いている。おそらくは世界樹を模した形なのだろう。


「少し診させていただきますね。痛みがある箇所を教えてください」


 治療師の男性はルアンナの身体を触診しながら怪我の個所を調べていく。


「肋骨の背中側が二本……あとは肺に損傷があるようですね。肺は下手したら破れていますよ。このような状態でよく動けますね……お急ぎでしたら金貨三十枚で日が沈むまでには治療ができますがどういたしましょう?」


「相変わらずのぼったくりだが仕方ない。さっさと酒を飲みたいから早く終わらせてくれ」


 ルアンナは治療師に金貨を渡し、治療を開始してもらった。


(呪文を唱えるわけでもないし、意外と地味だな。魔法だから一瞬でケガや病気が治ると思っていたんだが、かなり時間もかかるようだし、それに金貨三十枚は高すぎだろ……一般人はケガしても気軽には頼めないな)


(普通は薬草を使うか自然に治るのを待つくらいしかできないからね。エイジア王国で教会の魔法治療師を使うのは一般市民には無理だよ)


(教会からしたら貴重な収益を上げる手段だからな。それなりに時間もかかるようだし、安い金額で気軽には難しいか)


 日が沈むくらいの時間にはルアンナの治療が完了した。


「さあ、治療も終わったことだし飲みに行くぞ」


「いろいろと聞きたいこともがあるんですけど、酒場ですか?」


「別にそこらのやつに聞かれて困るような話はないから大丈夫だ。どうせうるさくて他のやつの話など聞こえんだろうしな」


 結局ルアンナに引きずられるように酒場に向かうことになった。


「葡萄酒でいいな? 今日狩ったグリフォンの肉もあればよかったんだが、レイバンはまだ戻ってないようだし、つまみを適当に頼むぞ」


 ルアンナは葡萄酒を二つと鶏肉の串焼き、ベーコンを注文した。ルアンナは本当にベーコンが好きなようで酒場ではいつも注文しているような気がする。


「さあ、とりあえず飲むぞ! 本当に今日は散々な一日だった」


 ルアンナは葡萄酒を一気に飲み干すと追加で注文をした。


「司祭服の男は何者ですか? 確か、ルタと呼んでいましたよね?」


 ルアンナは面倒そうな表情で運ばれてきた葡萄酒を再び飲み干した。

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