第28話 グリフォン討伐に出かける僕

 エイジア王国とユールシア連邦の間をふさぐようにジフ山脈はそびえたっている。ジフ山脈は夏の終わりには積雪し、春の終わりごろまで雪が解けることはない。南側は比較的低山が連なっていて、なだらかではあるが、それでも行き来ができるのは夏の間だけだ。


雪が解けた夏の間だけ商隊が行き来をするが、それも簡単ではない。ジフ山脈は比較的魔獣は少ないが、それでもグリフォンやワイバーンなどの高ランク魔獣が生息していて、出合ったら最後、ほぼ商隊は壊滅してしまう。それでも両国にとって貿易は欠かせないものだ。


ユールシア連邦は自国で生産のできない香辛料や砂糖を欲し、エイジア王国は金や銀、魔金属などの希少金属を欲する。海は大型魔獣が生息するため行き来は難しく、北からの輸出では時間がかかりすぎて利益が出ないため、商隊はジフ山脈を超えるしかないのである。


 だが、今年は例年と状況が違う。エイジア王国とユールシア連邦を結び山道がグリフォンの縄張りになってしまっているのだ。グリフォンは非常に縄張り意識が強く、獰猛な魔獣で縄張りに侵入した生き物はすべてエサと認識し狩ってしまう性質がある。当然そこを通る商隊は全てエサになってしまう。今年は既に数隊のユールシア連邦からの商隊が犠牲になっているようだ。


 そのような話をしながら僕とルアンナ、ギルド長のレイバンはジフ山脈の麓に向かって進んでいた。今回の旅路は急ぎとのことで普通の馬ではなく、二本角に黒い毛並みの馬が馬車を引いているが、これがとんでもなく早い。普通の馬車の何倍もの速度が出ている気がするが、その分揺れがひどく乗り心地は最悪だ。


 今日中には麓の村に付く予定であるが、ルアンナの機嫌が最高に悪く、レイバンに毒づいている。そして癒しのためということで僕はルアンナの膝の上に乗せられている。


「一日中馬車の中で過ごすなんて信じられん! 退屈だわ、乗り心地は悪いわ、チェイス君がいなかったら、とっくにこの馬車は吹き飛んでいたぞ!」


 ルアンナは僕を抱きしめながらレイバンに文句を言っている。僕はというと、ちょうどルアンナの胸に後頭部が挟まれる形になっていて、居心地が良いのか悪いのかよくわからない状況になっている。


「そう何回も言われんでも分かっている。向こうについたら夜は好きなだけ飲んでいいから勘弁してくれ」


 こんなやりとりを繰り返すうちに麓の村に到着したが、既に日が沈みそうな時間であり、辺りは薄暗くなっていた。村といっても商隊が行き来するだけはあってイースフィルよりは規模が大きいように感じるし、宿もそれなりにあるようだ。


 ルアンナは酒が待ちきれない様子でギルド長を引きずって酒場に入っていった。一人で好き勝手に飲んで食べて支払いだけをギルド長にさせる魂胆なのだろう。かわいそうなギルド長である。


(田舎だが、宿も酒場もあって悪くない村だな。畑しかないイースフィルよりよっぽど住みやすそうだ)


 ちなみにイースフィルにも宿と酒場はあるが、それぞれ一件ずつで農業の片手間にやっている程度の店だ。


(イースフィルに比べたらどこだって住みやすいよ。冷静に考えるとあんな領地を継がされるニックスがかわいそうになってきた)


(それは確かに言えてるな……それにしてもこの村なんか変な感じがしないか? )


(僕は何も感じないけど……オッ・サンの気のせいじゃないの? それより疲れたから早く寝ようよ)


(……そうかもな。飯は宿で適当に出してもらうか)

 酒場に向かったルアンナとレイバンのことは気にせず僕だけ先に宿に向かうことにした。





 翌朝、元気なルアンナとは対照的にギルド長は死んだように真っ青な顔をしている。遅くまでルアンナに付き合わされたのだろう。


「さあ、さっさと終わらせて飲むぞ。あまり期待していなかったが、飯も酒もなかなか良かった。さすが貿易が主産業なだけはあるな、香辛料の効いた肉にアルコール度数の高い酒は格別だったぞ。チェイス君も来ればよかったのに」


(ルアンナは本当に酒が強いな……いや、そんなことより、やっぱりなんか違和感があるんだよな。ルアンナも何か感じていないか聞いてみてくれよ)


「なんか昨日から調子が悪いというか妙な違和感がありまして……ルアンナ先生も何か感じませんか?」


「特に何も感じないが? チェイス君の感知能力に何か引っかかっているのかもしれんな。そういうなんとなく悪い予感や違和感があるときは気を付けとけよ」


 確かにオッ・サンの特殊な能力が何かを感じ取っているのかもしれない。僕たちが河合をしている横でギルド長のレイバンは立っているのもやっとの様子でうなだれている。


「すまん……今日は着いていくのは無理そうだ……討伐が出来たら教えてくれ、素材は責任をもって運ぶから……」


「弱いのに調子にのって飲むからだ。討伐が完了したらファイアボールを打ち上げるから、それから素材の回収に来い」


(ギルド長は酒強そうだけどな……大方、ルアンナを酔わせてどうにかしようと考えて飲みまくってたら先に潰れてしまったんだろうな。ルアンナは性格は悪いが顔と体は完璧だからな)


 ギルド長の二日酔いは無視してグリフォンの生息地に向かって山道を昇っていくことにしたが、さすが貿易路というべきか、馬車が通りやすいように踏み固められた道は、上り坂にはなっているもののかなり歩きやすい。それでも、二日酔いで歩くには厳しそうな道だから村に待機しておくというギルド長の判断は正解だったと思う。既に村を出てから二時間程度たつが、未だ魔獣の一匹とも遭遇しない。

「だいぶ歩いてきたと思うが……アル君、何か反応はないか?」


(オッ・サン、どう? )


(全く分からんな。超巨大な魔獣だったら遠くからでもなんとなく分かるが、それなりのサイズの魔獣ならかなり近づかないと分からんぞ。今のところ周囲には子鹿ぐらいの大きさの生き物しか反応がないな。空を飛んでいたりすればすぐに分かるんだが、動いていないなら岩と見分けがつかんし、まず見つけるのは無理だな)


「周囲には小さな生き物しか感じないですね。グリフォンが巨大な魔獣なら遠くからでも分かると思うんですけど、そんなに大きくはないんでしょ?」


「せいぜい馬程度の大きさだからな。グリフォンの縄張りに入れば嫌でも攻撃されるだろうし、先に進んでみるか」


 さらに上に登ること一時間程度、上に登るにつれて周囲から木が無くなり、低い草と岩しか辺りにはなくなった。今日は見つからないかもしれないと諦め半分でいたところオッ・サンの探査魔法に反応があったようだ。


(いたぞ! 左側崖の上に八匹確認、こちらのことは気づかれているぞ!)


「左側の崖の上に八匹います。既にこちらのことは気づかれているみたいです!」


「いつでも迎え撃つ準備をしろ。奇襲をかけるつもりだったが仕方ない。攻撃より防御重視でいくぞ!」


(来たぞ! 一斉に飛び掛かってきやがった!)


 グリフォンが大きな羽を広げて飛び上がったのがこちらからも視認ができた。


 馬のような体に大きな茶色い羽根、顔は猛禽類のようだ。グリフォンは飛び上がったと思った瞬間に翼をたたみ、こちらに向かって急降下をしてくる。


 僕は慌てて魔障壁を展開し防御体勢に入った。空を飛びながら攻撃してくるグリフォンの動きが早すぎて、グリフォンに向かって攻撃魔法を飛ばすことができない。


 亀のように防御態勢を取っているところにグリフォンが突っ込んでくる。前足による攻撃はかなり強力なようで、一撃で魔障壁はかなり削られてしまう。


 削られた分はすぐに魔力を補充して修復をするが、次々に突っ込んでくるグリフォン相手にどこまで耐えられるかは分からない。


 ルアンナは僕がグリフォンの攻撃を防いでいる間に、いつの間にか崖の上に飛び上がっていたようで、上空から僕に攻撃するグリフォンに向かって火魔法を放った。


 魔法が当たったグリフォンは大きく燃え上がり、断末魔のような奇声を上げ、山道を転げ落ちて行った。ルアンナの攻撃を見たグリフォンたちは僕への攻撃をやめ、一斉にルアンナに向かって飛び掛かっていった。


 グリフォンが去ったことで魔障壁を展開しておく必要がなくなったために解除し、即座に身体の周りに岩の弾を七つ作り出し、ルアンナに襲い掛かるグリフォンに向かって打ち放った。


 弾は七匹のグリフォンそれぞれに命中したが、全てを一撃で仕留めるには至らなかったようで、少なくとも二匹のグリフォンはまだ動けるようだ。


 生き残ったグリフォンは傷を負いながらもルアンナへの攻撃を止めることはない。


 恐らく魔鱗を発動して戦闘をしているルアンナは冷静にグリフォンの前足での攻撃を左手で反らし、右手に持っていた剣で首を跳ね飛ばした。




 ルアンナも決して油断したわけではなかったと思うが、残り一匹となったことで若干気が緩んだのだろう。


 いつの間にかルアンナの後ろに回り込んでいたもう一匹のグリフォンの一撃がルアンナの背中を捉えた。


 予想外の一撃を叩き込まれたルアンナは跳ねるように飛ばされ岸壁に叩きつけられた。

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