第30話 ギフト『魔獣の王』にビビる僕
「ルタはユグド教の枢機卿の一人だ。ユグド教の最高幹部の一人と思っておけばいい。まだそれなりに若いが、類まれな才能と力で一気に枢機卿までかけあがった男だ。やつが動き出したここ十年でユグド教国の国力は数倍に跳ね上がった」
「ユグド教は知っていますが、ユグド教国ですか?」
「本当にアル君はモノを知らんな。仕方ないから基本から教えてやる。まず私たちが今いるのがエイジア王国だ。そして、今日グリフォンを狩った山脈を超えた西方にあるのがユールシア連邦、ユールシア連邦の東にあるのがソビールト帝国だ。この三国が三大国と呼ばれている。そして、この三大国に囲まれるように自由国家テイニーと宗教国家のユグド教国がある」
「国は五か国だけなんですか?」
「王国の東側には小国が乱立しているが、最近の情勢は詳しくないから正直よく分からん。私が知っている時点の情報では他に五つの国があったが、あの辺りは戦乱地域ですぐに国が変わってしまうから今どうなっているのかはよく分からん」
「どんな国があるかはわかりましたけど、なんでユグド教のルタ枢機卿がエイジア王国にいるんですか?」
「建前上は布教のためだ。現在治療師のほとんどを教会が独占しているからエイジア王国としてもユグド教の布教活動を止められない状況なんだ。ユグド教の上層部ともなればフリーパスで入国ができてしまう」
「建前上はってことは何か別に目的があってエイジア王国にいるんですか?」
ルアンナは二杯目の葡萄酒を飲み干し、アクアヴィテと呼ばれるお酒を注文した。アクアヴィテというのは蒸留酒の総称らしい。葡萄酒でのどが潤ったのでアルコール度数の強い酒に変えたのだろう。
「詳しくは知らんがあるモノを探して各国を回っているようだ。探しているのはどうせろくなものではないと思うがな」
「ユグド教の枢機卿ほどの男が一体何を探しているんでしょうね……」
「さあな。ルタに興味はないからどうでもいいがな」
ルアンナはよほど機嫌が悪いのかいつもより更に早いペースで酒を飲んでいる。
「探し物をしているのは分かりましたが、なぜ先生と仲が悪いのですか?」
「ルタの面倒なところは探しモノのついでに各国への妨害工作をしているところだ。もちろん気が付かれないようにこっそりとな。ここ最近の三大国の情勢だが、エイジア王国とユールシア連邦が急接近していて、ソビールト帝国が孤立状態にある。ソビールト帝国自体も飢饉や内乱などで国力が落ちているからこのまま行けば帝国はエイジア王国に攻め滅ぼされかねないからな。なんとかそれを阻止しようとしているんだろう」
「ソビールト帝国が滅びるとユグド教国としては何か困るんですか?」
「今は三大国でバランスを取っているからユグド教国は存在できているが、帝国が滅びてしまったら間違いなく大陸のバランスは崩れて大陸国家統一の流れになるだろうからな。ユグド教国が存続するためには今の三すくみの状況が一番都合がいいんだ」
「いくら帝国の国力が落ちてもエイジア王国が戦争を仕掛けるとは思いませんけどね……」
「何を言っているんだ。王国と帝国の歴史は戦争の歴史だぞ。過去に何度も大きな戦争が起こっているし、王国と帝国の間の小国が戦争を繰り返している話をしただろ? あれは王国と帝国の貴族を独立させて代理戦争をしているような状況なんだ。ユールシア連邦ができてから下手に戦争を仕掛けることができなくなってしまったから王国と帝国で直接戦争をすることは無くなったが、今でもお互いに憎しみあっているし、隙さえあれば攻め入ろうと虎視眈々とお互いに狙い合っているんだぞ」
(戦争の話なんて聞いたこともなかったから平和な国だと思っていたんだがそういうわけでもないんだな。イースフィル領は中央より西側だし、東側の状況が入ってこないもんな)
「なんとなくそのあたりの話は分かりましたけど、先生とルタの仲が悪い説明にはなっていませんが……先生がルタの企みを防ごうと戦っているようには見えませんし……先生には愛国心とか全くなさそうですもんね」
「事実だが失礼な奴だな。私にもいろいろ目的があってな、エイジア王国の国力を落とされるのは困るんだ。一応言っておくが、アル君の家庭教師を引き受けたのも王国の国力増強のためだぞ。まあ、その話は置いといて、ルタとは何度もやり合っているが、決着つかずというかいつも逃げられてしまう。そろそろ仕留めてしまいたいんだがな」
「先生と何度もやり合って生きているなんてかなりの実力者ですね。魔法の実力もあると言っていましたが、そんなに強いんですか?」
「魔法については私やアル君とそんなに変わらないレベルだ。それだけでも厄介なのにルタはギフト持ちでな、それが何よりも厄介なんだ」
ギフトとは原理の解明されていない魔法や能力のことだ。
「ギフトですか。どんな能力なのですか?」
「私はルタのギフトのことを『魔獣の王』と呼んでいる。ルタは魔獣を意のままに操り従わせることができるんだ。今回討伐したグリフォンが異常に強かったのもルタが操っていたからだろうな」
(なんだその能力!? ちょっとチートすぎるだろ! うまく使えば一国くらい簡単に落とせそうな能力だぞ!)
「それってドラゴンやデーモンなどの魔獣も従えることができるんですか?」
「従えられる数や強さには限界があるようだが、どのレベルが限界なのかは分からん。今までの傾向から見るにCランク程度の魔獣なら少なくとも十匹前後は従えられるようだな。以前はゴブリンの群れ千匹以上を従えていたこともあったから、弱い魔獣ならかなりの数を従えさせることができるのだろう」
(こんなチート野郎がいるとは予想外だったな。普通の魔法であればある程度戦略の予想を立てることもできるがギフト持ちに関しては対策を立てるのがかなり難しそうだ。できれば会いたくはないな。ギフト持ちか……下手したらネクロマンサーや完全再生能力を持っているやつなんかもいるんじゃないか? )
オッ・サンの心配は杞憂に終わることを望む限りだ。できるだけ強い人と戦いたくはない。
「厄介そうなのでできるだけ会わないように祈っておきます」
「ルタは国力を落とすためか、他国の優秀な子供は躊躇なく殺すからな。今回アル君のことを見られたのは私としても痛手だったが、素性はばれていないから大丈夫だろう。万が一会った時は遠慮なく殺してくれ」
別に恨みがあるわけではないので殺したいわけではないのだが……多分どこかで会ったとしても全力で逃げると思う。
「そういえば先生は治療魔法を使えないのですか? できれば僕も覚えたいのですが」
「原理は簡単だぞ。体の細胞に魔力を与えて活性化して治してしまうだけだからな。だが私には使えん。なぜだか分かるか?」
「先生が人を治すところは想像できないですもんね。人を治すイメージを持てないから使えないのだと思います」
「あほか! アル君は時々失礼なことを言うよな……治療魔法を使うためには身体の構造について熟知していないと駄目なんだ。どこにどのような臓器や骨、血管があるのか、それが分からずに細胞にやみくもに魔力を与えても治療できないどころか、下手したら悪化させてしまうからな。知識も大事だが、患者の怪我や病気を正確に見極める必要がある。さっきの治療師も私の体中を触って怪我の程度を確かめていただろ? 治療師は何らかの魔法を使って体の中を見ることができるんだそうだ。どこに異常があるかを見極めて正確な知識を持って治療ができるようになるためには長い年月がかかるようだからな。私にはとても真似ができん。あと、細胞に魔力を与える魔法は身体強化の一種のようなもんだから、どちらにしろアル君には使えないと思うぞ」
(アル……俺はだんだんお前のことが不憫に思えてきたぞ……普通の魔法が使えて本当によかったな……)
(うるさいな……僕も毎回ショックを受けているんだからほっといてよ)
「毎度毎度そんなにショックを受けるな。治療には時間がかかるから、覚えても実戦では役に立たんし、怪我をしたら教会で金を払って治してもらえばいい。なんでもできるのは理想だが、一芸特化も悪くないぞ。一人でできんことは仲間にしてもらってもいいしな」
ルアンナは少し寂しそうに答えた。
「さあ、もうルタの話はいいだろ? とにかくやることはやったんだ。あとはとことん飲むぞ」
食事が終わったところで僕は酒場を後にしたが、ルアンナはまだ飲むとのことで一緒に宿に戻ることはなかった。
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