第16話 ゴブリンを狩る僕
「昼からは狩りに出るぞ。干し肉とパンだけの昼食など耐えられんからな。明日からの昼食を狩りに行く」
昼からは二人で森の中に向かっていったが、魔獣はなかなか出てこない。鳥やイノシシ、シカなどは見かけるが、ルアンナは魔獣がお目当てなのか普通の動物には目もくれなかった。
「やはりこれだけ魔力濃度が薄いと魔獣はほぼいないか……仕方ない、シカでも狩って戻るか」
「魔力濃度と魔獣は関係があるんですか?」
「基本的に魔獣は高い魔力濃度のところに行く性質があるし、魔力濃度が低い場所では繁殖がしにくいらしい。このあたりに魔獣がいないのは、魔力濃度が低いということもあるだろうが、モーリスがほとんど狩ってしまっているんだろうな」
(アル、北西一キロ程先くらいに普通の動物とは違う反応がある。五匹いるな……小型だが魔獣かもしれんから行ってみるぞ)
オッ・サンレーダーは正確なので期待ができる。
「先生、北西方向に何か気配がするので行ってみましょう」
ルアンナはいぶかしげな表情をしつつも着いてくる。オッ・サンが示した場所の数百メートル程手前のところで魔獣の姿が視認できた。
「ゴブリンだな。肉はほとんどないし食ってもうまくないが一応狩っておくぞ。幸いまだ気づかれていないようだからここから魔法で仕留めるか。ゴブリン狩りに威力はいらんから命中精度を重視してやってみろ」
ゴブリンは僕と同じくらいの大きさで体に毛はほとんどなく、頭が大きく腹が出ていて、全身赤黒い色をしている。服は着ておらず、ゴブリンは手に木の棒を持って土を掘っているようだ。
(あれがゴブリンか……イメージどおりだな。道具を使う知能があるところを見ると猿よりは賢そうだ)
(ちょっと気持ち悪いね。あれを食べようとは思わないね……)
(肉として出されたら食ってしまうかもしれんが、やはり人型ってだけで食うことに禁忌感があるな……さっさと狩って次の獲物を探すぞ)
土魔法で弾を五つ作り出しゴブリンの頭目掛けて飛ばす。弾は全て命中しゴブリンの頭を弾き飛ばした。このくらいの距離であれば複数の魔法を発動しても問題なく命中させることができる。
「威力が強すぎだ。十分の一以下でいい。頭がぐちゃぐちゃでちょっと気持ち悪いぞ」
一撃で倒せなかったらめんどうだと思ってつい強めに撃ってしまうが、初めての魔獣相手には仕方がない気もする。頭半分吹き飛んだゴブリンはかなり気持ち悪い。
「ゴブリンはおいしくないんですよね?」
「肉の味としてはシカやイノシシよりはうまいが、骨と皮ばかりだから食うには値せんな」
(オッ・サン、どうする? そのまま捨てて行っていいかな? )
(うーん……味自体がまずくないなら煮込んで出汁をとってみるか? 内臓を取って、洗った後に煮込んでみるぞ。なんでもやってみないと分からんからな)
「せっかくだし料理してみます。調理次第ではおいしいかもしれませんので」
「物好きだな……アル君がそうしたいなら止めないがお勧めはしないぞ」
ゴブリン一体の少し残った頭を切り落とし、内臓を出した後に水魔法で洗い持っていくことにした。ルアンナはゴブリンなど食えんと言い残し、一人で森の奥の方に狩りに行ってしまった。
モーリス達のところまでゴブリンを持って帰るとモーリスと領民たちは顔をし
かめ、残念なものを見る目で僕を見てくる。
「ゴブリンか……持ってきたってことは食べるってことだよな? 俺はできれば遠慮したいが……」
モーリスは顔を引きつらせている。やはりゴブリンを食べる習慣はないようだ。
「あんまり美味しくないらしいですけど煮込んでスープにしてみようと思いまして。大きな鍋はありますか?」
モーリスが嫌そうな顔で鍋を貸してくれた。大きな寸胴鍋でゴブリン一体程度は軽く煮込めそうだ。
(石窯を作って火をつけるぞ。水は鍋の六分目ぐらいまで入れて煮込むぞ)
オッ・サンの指示通り火をつけてしばらく煮込む。今の時点では血生臭いにおいしかしない。
(よし、そろそろ良さそうだな。ほんとに肉はほとんどないんだな……ある程度火が通ったし、一度水を全部捨てて、骨を水魔法で綺麗に洗ってくれ。できるだけ肉が残らないように水魔法で肉をそぎ落としてもらっていいか)
(せっかく煮込んだのに肉を捨てちゃうの!? なんかもったいない気がするんだけど……)
(肉を煮込み続けると癖の強い味になるからな。骨から出汁だけを取ろうと思う。骨は洗ったら真ん中で半分に割ってまた煮込んでくれ。火力は強めで水分が減ったら途中で継ぎ足して煮込み続けるぞ。モーリス達の今日の仕事が終わるころまで煮込めば充分だろ)
オッ・サンの指示どおり煮込み続けた。モーリスや領民からはかなり変な目で見られている気がする。
「本当にゴブリンを食う気か!? アル君は物好きだな。ゴブリン料理なんかより、シカを狩ってきたから解体を手伝ってくれ。せっかくだから夕飯はここで食べていくぞ」
ルアンナが狩ってきたのはまだ小鹿のようだがゴブリンに比べれば肉がついていて美味しそうだ。シカを解体し、木の串に刺して焼く準備をする。最近かなりの頻度で解体をやっているせいか肉を捌くのがかなり早くなった気がする。
「モーリス! 今日の作業はそのあたりにして夕食にするぞ! 酒も持ってきたから早く飲むぞ」
ルアンナはいつの間にか酒を持っていたようでコップに注いで飲んでいる。領民たちも酒と聞いて急いで集まってきた。
「シカ肉と酒は沢山あるから好きなだけ食って飲んでくれ。アル君の作ったスープもあるが……」
(いい具合に白濁してきたな。そろそろ飲みごろだぞ。塩もあるし少し入れて味を調えるか)
ちょうど良いタイミングでゴブリンスープもできたようだ。皆、シカ肉と酒は貪るように飲み食いするが誰もスープには手を付けない。正直僕もあまり手を付けたくない。
白く濁ったスープはおいしそうには見えないが……そもそもゴブリンのスープというだけで飲む気が失せるのだが……
(いいから飲んでみろ! 多分うまいと思うぞ!)
多分というのが信用ならないが、せっかく作ったので捨てるわけにもいかずお椀に注いで一口飲んでみる。
「美味しい!」
飲んだ瞬間思わず叫んでしまった。初めて飲んだ味だが濃厚で少しとろみのあるスープの味は最高だ。いくらでも飲めてしまう気がする。
(なかなかうまいな。ちょっと生臭いが薬味を入れなかったから仕方ないか。研究すれば商売になりそうだな)
「本当にうまいのか? 一口飲ませてみろ」
僕のお椀を奪い取ってルアンナが口を付けた。
「私にもお椀をよこせ。これは下手な魔獣肉よりよほどうまいぞ!」
ルアンナが絶賛したことで、領民たちもゴブリンスープを飲み始め、口々にうまいうまいと感想を述べている。
(魔獣の旨味成分を凝縮したのがよかったんだろうな。麦もあるしラーメンでも作ったら売れるかもな)
「ゴブリンがこれほどうまくなるとは……アル君、魔法や領地のことは忘れて料理人になった方がいいと思うぞ」
領民たちやモーリスまでもが無言でうなずく。領主の長男に向かってとてもひどい態度だと思う。
「食べるに困ったらその道も考えるかもしれませんが、あまり魅力は感じないので今は遠慮しときます」
ルアンナは本気で言っていたのか少しがっかりしたような顔をした。
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