第17話 奥義を伝授される僕

 この日以降もモーリスと一緒に開拓を進めて行った。日数的には他の領民の半分ほどしか開拓には従事しなかったが、ほんの数十日で領民五十人程度が生活できるだけの畑を新たに確保することができた。


 ルアンナも手伝ってくれたとはいえ、短い期間で領民五人の何十年分もの仕事をこなしてしまったことになる。魔法での開拓スピードは異常そのものだ。


 開拓を手伝っていた領民たちは無事畑を貸し与えられ、今は種まきで忙しいらしい。五人とも秋には結婚するんだとやる気は満々のようだ。


 イースフィルは王国内では北方に位置し、冬は雪が積もり雪解けも遅い。そのため春が麦の種まきの時期になり、雪解け後は領民たちが急に忙しくなる。逆に貴族はこの時期が一番暇な時期だ。夏の初めから秋にかけては繁殖した魔獣を狩る必要があるし、冬は中央への報告に開拓にと忙しくなる。例年であればモーリス一人で開拓を続けているが、今年はニックスと庭で剣を振っていることが多い。


 朝の剣の訓練は相変わらず素振りだけだが、ニックスが最近身体強化を使えるようになったことで、日中はニックスとモーリスで模擬戦をしているのだ。


 剣の訓練を初めて半年たらずで身体強化が使えるようになったことはかなり成長が早いらしく毎日クロエがニックスのことをほめちぎっている。ニックスもそれに気を良くしてまた剣の訓練を頑張るのだからクロエとニックスはいい親子というか、いいコンビなのだろう。


 身体強化をしたニックスの速度と反射神経はすさまじく、既に僕が立ち入れる領域にはなかった。今のニックスでも普通の大人程度なら何の問題もなく倒せる気がする。そんなニックスの剣を軽くいなすモーリスもかなり剣を使えるのだろう。


 この雪解けの時期に僕の魔法修行も佳境に入ることになった。


「開拓も一段落したし魔法の方も仕上げていくぞ。はっきり言って既にアル君に教えることはほとんどない。最後に私の奥義を伝授しようと思うが、その前に魔障壁を教える。アル君の『メテオクリムゾン』だったか? あれを防いだ魔法だ。今、私の目の前に魔障壁を張ってあるから火魔法で攻撃してみろ」


(ルアンナの前に魔力の壁があるのが見えるが、あの程度でアルの魔法が防げるのは不思議だな。後ろには何もないし、とりあえず全力で火魔法を使ってみるか)


 魔力を込められるだけ込めて熱に変え、ルアンナ目掛けて火球を打ち出す。火球はルアンナの数十センチ前ではじけ飛び、ルアンナの上下左右に向かって炎が噴き出したがルアンナには全く炎は届いておらず微動だにしない。


「魔力は熱をほとんど通さない性質がある。当然魔障壁も熱を通さないから火魔法には滅法強い。ドラゴンのブレスだろうが何だろうが熱であれば簡単に耐えることができる。物理攻撃に対してはそれなりの防御力しかないが、剣士の一撃を防御する程度は可能だし魔力を込めれば込めるほど防御力は上げることができる非常に便利な魔法だ。もっとも一度形を作ってしまうと解除するしか形を変えることができないのが玉に瑕だがな。アル君も私と同じようにやってみろ。今度は私が火魔法を飛ばす」


 ルアンナがやったように体全部が隠れる大きさの魔障壁を目の前に作り出す。思った以上に簡単に魔障壁を作り出すことができた。魔力を外に出して魔力の圧縮さえできれば問題なく使えるようで、これなら詠唱魔法しか使えない魔法使いでも簡単に使えそうだ。


 魔障壁の準備が整ったところでルアンナがファイアボールを僕に向けて打ち出してきた。一発目を魔障壁で受けたと思ったら二発目、三発目がすぐ後ろから飛んできたが、全て魔障壁でなんなく防ぐことができた。魔障壁に当たったファイアボールは弾け、熱が僕の上と左右を抜けていく。


「よし、魔障壁は全く問題ないな。魔障壁は熱を完全に防ぐことはできるが、あたり一面を火の海にするような魔法には気を付けろよ。そのときは全身を魔障壁で覆わないと焼け死ぬからな」


(魔障壁は少し大きめに張っておかないと対流した熱が体まで届きそうだな。この辺りは使いながら慣れていくしかなさそうだな)


 実際ファイアボールを防いだことで周囲の気温が一気に上昇してしまった。すぐに元の気温に戻ったが油断しているとすぐに焼け死にそうだ。


「さて、魔障壁も問題なく使えたことだし奥義を伝授するぞ。私の奥義の名は『魔鱗』という。名前の通り魔法で作った鱗を体に纏う防御魔法だ。体中に鱗のような小さな魔障壁を張ることでミスリルの鎧以上の防御力を得ることができるようになる。重さはないし防御力は高く、しかも完全火耐性のおまけつきだ。地味かもしれんが魔力量が多く魔力制御も得意なアル君にはぴったりの魔法だと思うぞ。もっとも魔法制御がきつすぎて私は『魔鱗』を使いながら他の魔法を使えんが、近距離戦では一流の剣士にも負けないくらいの強さを得ることができる。使ってみるから見ておけ」


 普段はないくらい真剣な表情の顔のルアンナを見ると難しい魔法だということが分かるが発動しているのかどうかが僕には見えない。


(ルアンナの身体全体を覆うように小さな魔障壁が展開されているな。一つの魔障壁が小指の爪程度の大きさで、六角形が一番近い形かな? 魚の鱗のように規則正しく、それぞれが少しずつ重なるように並んでいるみたいだな)


「鱗のような形の魔障壁を重なり合うように体に張り付けていくイメージで、いきなり全身は難しいからまずは右手から順番にやってみろ」


 オッ・サンが伝えてくれたイメージを参考に右の手のひらに小さな魔障壁をいくつも展開し並べていく。手のひらを覆うくらいに広げた時に早くも限界を感じてしまった。


「いいぞ。その感じだ。若干並びが雑だな……魔障壁同士が重なるように並べてみろ。きれいに並べないと防御力が落ちるからな。とりあえず形にはなっているからあとは綺麗に並べることと少しずつ全身に広げていく訓練をすればそのうち使えるようになる。アル君なら『魔鱗』を使いながら他の魔法を使えるようになるかもしれんぞ。そうなれば身体強化の使えないアル君でも充分剣士に対抗できるようになるはずだ」


(まあ最初にしたら悪くないかな? アルが苦戦するとはよほど制御が難しいんだな。魔障壁の並びは俺が見てやるから少しずつ全身に広げる練習をするぞ。確かにこれを極めればアルの弱点を補って最強への道が見えてくるな)


(別に最強を目指しているわけじゃないけど、防御力が上がるのは大事だからしっかり練習することにするよ)


「さて、予想外に早く終わったが、私が教えられることは以上だ。一年では間に合わなと思っていたが半年で無事終わったし、あとの半年は狩りなどの実践を交えながら魔法以外のことも教えていく。狩りの時間以外は基本的に自習にするから分からないことがあったら聞きに来い」


 そういうとそそくさと部屋に戻っていった。やることが終わったので部屋で一杯やるのだろう。


 結局この日は夕食前まで練習をして、手のひらから親指の先まで『魔鱗』を広げるだけで終わってしまった。

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