第8話 都会に憧れる僕
目覚めは最悪だった。頭はガンガンしてちょっと気持ち悪い。
(よう、起きたか。魔法を使うときに切羽詰まりすぎて魔力が暴走して脳みそに負荷がかかったんだろう。急なことにも対応できるように実戦経験も積まなきゃな)
(そんなことよりみんなは無事!? 熊は倒せた!? ってか何日か寝てたの!? )
(俺もアルと一緒に意識がなくなっていたようでよく分からんが……多分一日も眠ってないから安心しろ。ちょうど朝だからそろそろリリーが様子を見に来るだろう)
そう言っているとリリーが部屋に入ってきた。
「アルヴィン様! 目が覚めたのですね! よかった」
そういうとリリーは僕に抱き着いてきた。薄いが柔らかい胸の感触が心地よい。
「着替えたら朝食にしましょう。モーリス様もお待ちですよ」
食堂は壁が壊れて使える状況じゃなかったため、応接間で食事をとっているようだ。既にモーリスは朝食を食べ始めていたがクロエとニックスの姿は見えない。
「父様おはようございます」
「起きたか。無事でよかった。とりあえず朝食を食べなさい。昨日から何も食べていないんだ、お腹も減っただろう」
朝食はいつもどおりの麦粥と野菜スープだった。お腹が減っていたこともあってすぐに食べ終わってしまった。
「さて、アル、色々と聞きたいこともあるが、体調はどうだ? 魔獣の討伐については侯爵様に報告しなければいけなくてな。リリーも一緒に聞いておいてくれ」
どうやら洗いざらい報告しなければならないらしく、怒られることを覚悟した。クロエじゃなく、リリーが一緒に聞くのがまた辛い。だいぶ嘘をついていたこともあるから非常に気まずいのだ。
「少し頭は痛いですがもう大丈夫です。何から話せばよいでしょうか?」
「まずは魔法のことからだな。いつから使えるようになった? 全く気付かなかったぞ」
やはりまずは魔法の話からか……
「六才になってしばらく経ったきだったと思います。父様の部屋から魔法の本を持ち出してこっそり練習していました」
モーリスは目を細めてこちらを見ている。もしかしたら魔法を勝手に覚えてはいけなかったのだろうか。
「もしかして魔法を勝手に覚えてはいけなかったのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。
「そんなことはないが、その年で魔法を覚えられるのかと思ってな……魔法の本は魔法適正のある領民がいた場合に備えて全ての貴族に与えられている。イースフィルでは魔法の才能がある者はほとんど現れないから使う機会はほとんどないがな。私にも魔法の適正はなかったが、アリスは魔法を使えていたからな……遺伝だろうな」
アリスは僕を生んだ後に亡くなった母親の名前だ。
「まあいい。初級の魔法の本までは置いてあったと思うが、魔獣を倒すレベルの魔法を使ったということは当然、初級魔法までは覚えているんだな? 魔獣を倒したのは何の魔法を使ったんだ」
あの熊、強いと思ったら魔獣だったのか……ファイアボールでほとんどダメージが入らなかったはずだ。
「最初は初級の火魔法を熊の左肩に当てましたが、ほとんどダメージがなかったので土魔法で熊の頭を吹き飛ばしたと思います。正直必死だったのであまり記憶にありませんが……」
「なるほど。リリーの話との食い違いもなさそうだな……アルは火と土の魔法が使えるのか?」
「一応魔法の本にある魔法は全属性使えますが……」
「全属性使えるだと! そうか……」
モーリスは少し考え始めた。今は沈黙が辛い……そしてリリーがこちらを見つめる視線も同じく辛い……
「魔法の件は理解したし、アルが魔獣を倒したこともわかった。もしかして先日の裏山の爆発事件もアルの魔法の仕業か?」
一番聞かれたくないところを突かれてしまった……しかし、嘘をつくわけにはいかない……
「はい……火と土の合成魔法を試したくて裏山で実験をしましたが予想以上の威力が出てしまって……リリーには裏庭で遊んでいたって言ったけど……嘘ついてごめんなさい」
モーリスは深いため息をついたがなぜか嬉しそうな顔をしている。
「分かった。アル、リリー、裏山の爆発の件は三人だけの秘密だ。とてもじゃないが侯爵様に報告ができない。知らなかったことにしておく」
しばらくの沈黙のあと再びモーリスが話し始めた。
「アルに魔法の才能があることは分かったが、イースフィルではその才能を伸ばしてやることはできない。正直に言うがアルに剣の才能は全くない、このまま順当にいけば跡取りはニックスに決まるだろう。アルがイースフィル領の跡取りを目指すにしろ、他の目標を持つにしろ魔法の能力を伸ばすべきだと思うが、アルはどう思う?」
「跡取りはできればニックスに任せたいと思います。領地を引っ張っていくためには剣の才能が必要でしょうし、僕が跡取りを目指すことはイースフィル領に不要の争いを招くことになると思いますので僕は洗礼式後に家を出たいと思います」
(アルも大人になったな。俺もそれがいいと思う。言っちゃ悪いがこんな狭い領地に閉じこもっていても何も面白いことはなさそうだし俺も都会でうまい物が食べたいしな。うまい酒にうまい飯、いい女と都会なら選り取り見取りだろうからな)
オッ・サンの意向はどうでもいいが、家に残っても幸せな生活は想像できない。何か目標があるわけではないが、僕が家を出ることが皆にとっての幸せだろう。
「アルが家を出たいというのならそれを応援しよう。しかし、魔法の教育は受けた方がいいだろうな……クロエの説得が大変そうだが教師を手配してみよう。これでも少しは中央にコネがあってな」
片田舎の準男爵のコネがどの程度のものなのかはわからないが、モーリスが自信を持って言ってくれるのだから任せてみよう。万が一ダメでも今までどおりオッ・サンとの練習を続けていくだけだ。
モーリスの話はそこで終わり応接室を出た。部屋を出たところでニックスを抱いたクロエがいた。モーリスと話がしたかったのか、ずっとドアの前で待っていたようだ。クロエは僕をにらみつけると入れ替わりに応接室に入っていった。
(昨日から乳軽女の様子がおかしいんだよな。無能と思っていたアルが魔法で魔獣を退治したから焦っているのかもな)
応接室の中からはクロエの叫ぶような声が聞こえてくるが気にせずに部屋に戻った。
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