第9話 王都魔法騎士団と試験を受ける僕
魔獣の襲撃事件から数十日が経つ頃、イースフィル領に一人の男がやってきた。黒いローブに腰に差した高そうな杖、これだけならただの魔法使いに見えるが、銀色のマントをローブの上に羽織り、黄金色の長髪をなびかせながら爽やかな笑顔で馬車から降りてくる姿は魔法使いとは思えないくらい目立っている。その男をモーリスはいつもとは違う笑みで迎え入れる。
「久しぶりだな、ウィリアム。銀色のマント……副団長になったのか、出世したものだ。その長髪は相変わらず騎士団らしくないがな」
「久しぶり。モーリスは元気そうだね。今は長髪の騎士も珍しくないよ。君の考えは相変わらず凝り固まっているね」
ウィリアムと呼ばれる男の言葉にモーリスは苦笑を返す。今のやり取りで、二人が気のおけない関係だということは一目でわかった。
「まあいい、よく来てくれた。これが長男のアルヴィンだ。手紙に書いた通り、この年にしてはそれなりに魔法が使える。急な依頼で申し訳ないがどの程度のレベルなのか見て欲しい」
「ああ、次世代の発掘と育成も騎士団の仕事だ。早速だが、アルヴィン君の魔法を見せて欲しい」
今日来てくれたのは王都の魔法騎士団副長のウィリアムで、クロエの猛反対を押し切り、モーリスが僕のために王都から呼んでくれたのだ。ウィリアムは王都の士官学校時代のモーリスの同期らしく、わざわざ辺境のイースフィル領まで無料で来てくれた。そして僕に才能があれば、十二才になったときに王都の士官学校に推薦をしてくれるとのことだ。
「イースフィル領主長男のアルヴィン・イースフィルと申します。本日はお忙しい中イースフィル領まで来ていただいてありがとうございます。魔法はどのように見せれば良いですか?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。王都魔法騎士団所属、子爵のウィリアム・グラバーだ。訓練場があると聞いているからそこで魔法を見せてもらおうかな」
ウィリアムは子爵なので準男爵の父モーリスより位は上だが、ウィリアムの爵位は一代限りの貴族である法衣貴族である。モーリスは位こそ低いものの、子孫に引き継げる領土貴族である。士官すると一代限りの爵位である準男爵が与えられ、その後出世するにしたがって爵位は上がる。副団長であれば子爵の位が与えられるのだろう。
簡単な挨拶が終わった後、早速村の訓練場に向かった。訓練場といっても周りを木の板で囲んでいるだけの土のグラウンドだ。周りには何もないので多少魔法で爆発を起こしても問題はないだろう。そして、なぜか訓練場にはクロエとニックスもついてきた。
「じゃあ、早速だけど始めようか。百メートル先に的を十個設置してもらっている。魔法で的に当てるのが今回の試験だ。ちなみに士官学校の実技試験もこれと同じ内容だよ。とりあえずお手本を見せようか」
そういうとウィリアムは杖を持ち呪文を唱え始める。ウィリアムの周りに十個の火球が現れそれが的に向け飛ばされた。的まで一瞬で到着した火球は的に当たると激しい火柱をあげて燃え上がった。
(なかなかやるな。十もの火球を操る魔力制御に魔法の威力と早さはさすが魔法騎士団の副団長だな)
ウィリアムに対するオッ・サンの評価も上々だ。モーリスやクロエ、ニックスも目を見開いてみている。この領地にいると魔法は珍しいから驚くのも仕方がない。
「こんなものかな。使う魔法の種類は自由だし、魔力が続く限り何回でも魔法を使っていいからね」
十個の的を壊すまでのスピードを競う試験なのだろうか? それならウィリアムのように十の火球を作り飛ばすのが最も早いだろう。
「的の準備ができたようだからアルヴィン君もやってみようか。まだ七才だし失敗してもいいから気楽にやろうね」
目指すところは一発合格だ。失敗するつもりはない。ウィリアムがやったように体の周りに十の圧縮した魔力を展開し、熱へとエネルギー変換を行う。十の火球に運動エネルギーを与え的に向かって射出する。
火球は全て的に向かって飛んでいくように見えたが、二つは的を外して外周の壁に当たってしまった。的に当たった火球と外壁に当たった火球は同じように大きな火柱を上げ燃え上がった。
残っている二個の的に向け、すぐに火球を飛ばしすべての的を破壊した。二発外してしまったがなかなかのスピードだったと思うし試験結果はぎりぎり合格といったところではないだろうか。
結果はどうかとウィリアムを見たが、なぜか茫然とたたずんでいる。モーリスもウィリアムもニックスも目を見開いていて的を見つめている。
「ええっと、どうでしたか?」
しばらくの沈黙の後ウィリアムから返事があった。
「うーん……理解が追い付かないけど……まず中級魔法はどこで習ったのかな? 中級魔法の本は侯爵領以上にしかないはずだけど……そもそも無詠唱魔法はどこで覚えたんだい?」
合否を教えて欲しいところだが、予想外の質問が飛んできた……もしかして中級魔法以上を使うためには何かの許可がいるのか?
「無詠唱は練習しているうちに使えるようになったんですが……さっきの魔法は中級魔法なのですか? 無詠唱で魔法を使えるようになった後に自分で作ったんですけど……」
「自分で作ったのか……僕も詠唱破棄程度はできるんだけど無詠唱は完全に使えないんだよね……そもそも士官学校の合格基準は的に魔法が届けば合格だからちょっと規格外すぎるよ……」
オッ・サン発案の方法で無詠唱を練習してきたけど結構難しいことだったみたいだ……それより士官学校の合格基準は低すぎではないだろうか。的に一発当てるだけなら初級魔法が使えれば誰でも合格できそうであるが……
(思った以上に魔法使いのレベルは低そうだな……剣士が高く見られるはずだ。ウィリアムの話が本当ならまともな魔法使いの数はかなり少ないぞ……)
「ウィリアム、では合格でいいのか!?」
ウィリアムは少し考えた後にモーリスに答えた。
「士官学校への推薦なら何の問題もないけど、アルヴィン君のレベルで士官学校に行っても仕方ないと思うよ? アルヴィン君は魔法のレベルだけなら既に魔法騎士団の上級兵……下手したら僕より上だし、士官学校に通わないで十五才になったら士官試験を受ければいいよ。僕も推薦するし間違いなく合格できるよ。魔法のレベルを上げることを考えるなら士官学校は完全に無駄だし、あとはアルヴィン君がどうしたいかだけど……見習いでよければ僕の側付として働いて十五才になったら正式に魔法騎士団に入団する手もあるけど、それにしてもアルヴィン君はまだ幼すぎるし、せめて十二才の洗礼式の後かな……」
ちなみに士官するためには二つの方法がある。士官学校を卒業するか、士官試験を受けるかだ。士官学校は原則十二才から入学でき最長五年間通うことができる。卒業後は士官の権利が与えられ十五才以上になれば士官できるようになる。
士官試験は二十才までなら誰でも受けることができるが倍率は数百倍にもなる狭き門だ。
「士官するかどうかはまだ分かりませんが、魔法は完全に自己流なので、できれば師匠をつけて正式な魔法を覚えたいです。魔法を教えてくれるならウィリアム子爵について王都に行きたいのですが……」
イースフィルに居てクロエに睨まれながら過ごすよりは王都の方がよほど居心地がよさそうだ。
「モーリス達が許してくれて洗礼式後であればそれでもいいけど、洗礼式前の領主の子を王都に連れていくのは外聞がよくなくてね……そうだな……あまり気乗りはしないけど、僕の師匠を紹介しようか? かなりの変人だけど魔法の腕だけは確かな人だし、根無し草の人だから家庭教師としても来てくれるかもしれないしね」
「ウィリアム子爵! 申し訳ありませんが、我が家に家庭教師を呼ぶほどの余裕はありません。領主になるニックスのためならまだしも、いずれ家を出ていくアルヴィンのために使えるお金などありません」
僕が魔獣を倒したあの日からクロエの僕へのあたりがさらに厳しくなった気がする。最近は人目もはばからず僕のことを全否定してくる。
「イースフィル準男爵夫人、跡継ぎのことは領主が決めるものですし、領主の存命中は洗礼式前の子供を跡継ぎに指名することはできません。アルヴィン君が魔法を習いたいと思っているならあとはモーリス……イースフィル準男爵の決定次第です」
クロエの発言に対して、ウィリアムが厳しい口調で反論してくれた。ウィリアムの言うとおり、ニックスが跡継ぎというのはクロエが勝手に言っているだけで何も決まった話ではないのだ。
「アルが魔法を習いたいというなら金のことなら心配するな。領地を継ぐにしろ士官するにしろイースフィル領にとっては悪くないことだ。一族から優秀な士官者が出ればイースフィルの地位も上がる」
「ですが、そんな優秀な魔法使いを呼べばいくらになるのか……イースフィルが傾きます!」
クロエのいうことももっともだ。イースフィル準男爵領は決して裕福な領地ではない。お金が全くないわけではないが、家庭教師を呼ぶことにより今後の領地経営に間違いなく影響を与えるぐらいの金銭が飛ぶことになるだろう。
クロエの指摘にモーリスもウィリアムも反論ができないでいた。
(イースフィルは貧乏だからな……しかし、せっかくのチャンスを逃す手はない。アルが開拓を手伝う条件で交渉しろ。開拓にアルが加われば人力の何百倍以上の力を発揮するはずだ)
手間はかかるが良いアイディアかもしれない。どちらにしろ今の僕の魔力を消費するためには通常の魔法練習だけでは難しくなってきている。大規模に魔法を使った方が効率よく魔力を消費できるかもしれない。
「家庭教師を呼んでいただく代わりに僕が開拓を手伝うのはどうですか? 最低限の土魔法は使えますので少しは開拓の力になれると思います」
「クロエ、アルの条件ならどうだ。魔法を使えば開拓の速さは何倍にもなるはずだ。短期的には領地の経営は厳しくなるかもしれんが、長期では領民や収穫、税収を増やすことになると思うぞ」
モーリスの言葉にこれ以上クロエは言い返すことができないようだ。
「では決定だね。師匠には私から手紙を書いておくよ。気まぐれな人だからどんな反応が返ってくるか分からないけど……三十日もあれば返事は返ってくると思うよ」
どんどん決まっていく家庭教師の話にクロエは腹立ちそうに僕とウィリアムをにらんでいた。
ウィリアムは屋敷で一泊した後に王都に戻っていった。本当に僕のことを見るためだけにイースフィルまで来たらしい。ありがたいことだ。
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