第7話 魔獣と戦う僕

 麦の収穫が終わったころにニックスは六才の誕生日を迎えた。父モーリスからは剣を母親のクロエからは魔石が入ったペンダントを貰っていた。クロエは僕の六才の誕生日には何もくれなかったと思うが、考えても仕方ないので気にしないことにした。自分の子であるニックスを特別扱いするのはいつものことだ。


 翌朝からの剣の訓練にはニックスも加わる。モーリスの素振りにあわせて素振りをするが、ニックスの素振りの方が明らかに綺麗だ。


(何度見てもニックスの素振りは綺麗だな。アルとは比べものにならん。あいつは剣の才能があるぞ)


 剣でニックスに勝てないことくらい分かっている。二才も下の弟に負けるのは悔しいが仕方ない。人には向き不向きというものがあるのだ。これは決して強がりではない。


 「ニックスは筋が良いな。頑張れば俺より強くなれるかもしれんぞ。アルは……だんだん剣筋が綺麗になってきたから引き続き頑張れ!」


 モーリスが剣の練習中に褒めるなど初めて聞いた。ニックスに剣の才能があるのを感じてうれしいのだろう。僕の良いところをなんとか見つけて褒めてくれたのはモーリスの優しさだと思う。


 訓練後の朝食ではニックスはうれしそうに訓練の様子をクロエに伝えていた。


「母様、朝の訓練で父様から筋が良いと褒められました。これからも立派な領主になれるように剣の訓練を頑張ります」


 誉められたことがよほどうれしかったのだろう。朝の訓練の様子を一生懸命クロエに伝えている。


「まあ、それは良かった。ニックスはイースフィルの領主になるんだから剣の訓練はこれからも頑張りなさい」


 ニックスはうれしそうに、モーリスは苦笑いしながらクロエの話を聞いている。僕は全く聞いていないようなそぶりで朝食を掻き込んで部屋に戻った。僕は領主になりたいとは思わないが、クロエが跡継ぎの話をするのを聞くのは苦手なのだ。


(乳軽女も困ったもんだな。確かに剣の腕はニックスが圧倒的だし、自分の子だから跡継ぎにしたい気持ちもわかるが、単純な強さだけなら魔法が使えるアルの方が圧倒的に上だと思うけどな)


(クロエとしてはニックスが跡継ぎになれなかったら自分の居場所がなくなるから仕方ないよ。別に僕が跡継ぎになったからといって、クロエを追い出したりはしないけどね。そんなのクロエは知る由もないしね)


(アルは変に大人びているな。そうなったのもクロエのせいだと思うが……まあいい、今日の勉強を始めるぞ。今日は化学結合の種類についてだ)


 午前中はいつも通りオッ・サンの講義を受けて、午後からは魔法の練習に取り組む。


 魔法の練習では、体の周りにいくつもの火球を作り出し上空に向けて飛ばしたり、無駄に穴を掘って埋め返したり、魔力の限界が来るまで魔法を使い続ける。慣れてしまえばなんてことない練習であるが、無駄に魔力量が増えてきたことで、限界まで使い切ることが難しくなってきていた。


 いつもどおり、裏山で魔法の練習をしていたところ、庭の方から大きな音が鳴り響いた。


(なんだ今の音は!? アル、庭の方だ!)


 以前僕がやらかした裏山の爆発事件ほどの音ではなかったが、何かが壊れるような音が何回も鳴り響いている。


 急いで庭にかけつけたところ、体長三メートルはあろうかという熊が屋敷の壁を壊そうと巨大な腕を振り下ろしている。既に壁は半壊しており、熊は壁を完全に壊すため、再度体当たりの体勢をとっていた。


(なんだこの熊は!? アル、こいつはやべぇ、急いで逃げるぞ!)


(ちょっと待って! ニックスが……)


「魔獣め! 僕がやっつけてやる!」


 熊の後方には、剣を構えたニックスが立っていた。さらにその後ろからは大声を出しながらクロエとリリーが走ってくるのが見える。


 熊はお目当ての人間の存在に気が付いたようで、ニックスに向かって走り寄り、巨大な右手を振り下ろした。ニックスは辛うじて剣で防御したが、熊の一撃を完全に防ぐことはできず大きく跳ね飛ばされてしまった。


 クロエとリリーはニックスが攻撃されたことで大きな悲鳴を上げた。


 熊はニックスに続いてリリーたちをターゲットにしたようで、リリーたちの方に顔を向けている。


 リリーたちの姿が見えたことと悲鳴が聞こえたことで僕は冷静さを失い、とっさに初級魔法のファイアボールを発動し熊に向けて飛ばした。


(アル! 魔力制御が乱れているぞ! 威力がいつもより弱い!)


 熊の左肩にファイアボールが直撃したが、多少ふらつく程度で倒すに至っていないようだ。


 そして、僕の存在にも気が付いたようだ。


(思ったより効いていないぞ! あいつは火の耐性があるのかもしれない! 土魔法で一気に決めろ! 来るぞ!)


 熊は魔法での攻撃が脅威に感じたのか、僕の方を向きこちらに向かって突進してきた。


 またリリーが叫んでいるのが見える。必死で僕に逃げろと叫んでいるようだ。


 ここで僕が何とかしなければ全員死んでしまう……熊の攻撃が僕に命中するまで一秒もかからないだろう。


 手を前に出し魔力を圧縮し、土魔法を発動するが、既に熊は目と鼻の先まで迫っている


 ……かろうじて土魔法の発動は間に合ったようで、ほぼゼロ距離で土魔法が熊の頭に命中する。熊の頭は粉々に吹き飛び、衝撃で熊は仰向けに倒れてしまった。


 飛び散った熊の肉片や血が僕に降り注ぐ中、リリーがこちらに向かって走ってくるのが見える。そこまで理解して僕は崩れ落ちるように倒れこんだ。





【モーリス視点】

 今日はとんでもない一日だ。何年も目撃が無かった大型魔獣が、よりによって我が家に現れたようだ。幸いなことに家族は皆無事らしい。屋敷の壁が大きく破損したとのことだが家は直せばいい。家族の無事に感謝した。


 急いで家に戻った私が見たのは驚くべき光景だった。庭先で倒れていたのは、体長三メートルはあろうかという熊の魔獣。しかも頭部は完全に破壊されており、状況を見るに恐らく、一撃で頭部を破壊したのではないだろうか。


 よほど高名な剣士か魔法使いが近くにいたのだろう。このレベルの魔獣であれば、自分一人で倒せないことはないだろうが、無傷で倒すのは難しいだろう。骨の二、三本は覚悟しないといけない。ましてや頭部を一撃で完全に破壊して動きを止めるなどは私にはまず不可能だ。


 食堂の壁は完全に破壊されており、魔獣の脅威に改めて身震いする。


 食堂が使えなくなっていたため、皆、客間に避難してようだ。クロエとニックス、リリーは椅子から立ち上がり私を迎えてくれた。三人を抱きしめてアルが寝込んでいることに気づく。


「アルはケガをしたのか!? 誰もケガはしなかったと聞いていたが……」


「アルヴィン様は気絶しているだけですよ。熊の魔獣を魔法で倒した後に気絶してしまわれて……」


 アルが魔法で魔獣を倒した? 一体どういうことだ? アルが魔法を使えるなんて全く聞いたことがないし、子供が魔獣を倒せるほどの魔法を使えるわけがない……


「あの子は悪魔の子よ! 子供が魔獣を倒せるわけがないわ! 魔獣を屋敷に呼び込んでこの家を乗っ取ろうとしたのよ! こないだの爆発事件もきっとこの子の仕業よ! きっと私たちを殺すための実験をしていたのよ! 今すぐこの子を殺して!」


 クロエの言っていることはめちゃくちゃで全く整合性がない……魔獣の襲撃で混乱しているのだろうか……


「奥様! アルヴィン様は私たちを守ってくれただけです。アルヴィン様がいなければ私たちは魔獣に殺されていました!」


 リリーが必死でアルをかばっている。恐らくリリーが言っていることが正しいのだろう。ニックスは何も言わずに俯いている。


「クロエとニックスは寝室に行っていなさい。アルの様子は私が見ておく。リリーはアルの看病を手伝ってくれ」


 クロエはアルに対する悪態をつきながらしぶしぶ部屋を出て行った。


 クロエが出て行ったあと、リリーから状況の説明を受けたが、リリーの話を聞く限り、アルは無謀にも魔獣に立ち向かったニックスを、そして、クロエとリリーを助けるために魔法を使ったことで間違いはないようだ。ニックスを助けてくれたというのにクロエはどうしてあのように混乱しているのだろうか。


 色々と考えなければならないことは多いが、しなければいけないことも多い。侯爵への報告や魔獣の処理、周辺の安全確認などやることは沢山ある。


 アルのことはリリーに任せて食堂から蒸留酒の入った酒瓶を取り書斎に向かった。仕事に取り掛かる前に一杯くらいやってもバチは当たらないだろう。家族の無事を祝って一杯やることにした。

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