第6話 領地運営と魔獣討伐
季節はめぐり、また秋が訪れた。畑では領民たちが麦の収穫をしている。領土一面が金色に輝くこの時期が僕は大好きだ。収穫をしている領民が手を振ってくれたので、僕もそれに手を振り返す。
モーリスは領主として領民に慕われているのか、領民たちは僕たち家族にも気軽に接してくれる。貴族に対して手を振るなど地域によっては罰せられることもあるらしいが、イースフィル領ではそのようなことはない。領主も領民も関係なく一つの家族のような関係が築けている。クロエとニックスが村に来ることはめったにないが……
(今日は天空城が見えるな。いつか天空城で酒でも飲みたいものだな)
(オッ・サンは天神様に雷を落とされるかもしれないから近づかない方がいいと思うけど……)
初めのころは天空城に興味深々だったオッ・サンだがもう慣れてしまったようだ。
天空城には天神という気まぐれな神様が住んでいて悪人や天神の機嫌を損ねた者に雷を落とすというおとぎ話がある。
(まじめで善人な俺に雷を落とされるわけないだろ!)
その後しばらく麦畑と天空城を見ながら黄昏れているとオッ・サンが話しかけてきた。
(収穫の時期は良いものだな。しかし、イースフィルの麦は穂が小さいのが気になる。アル、麦を大きく育てるためには何が必要か知っているか? )
オッ・サンの野外講義は突然始まる。最近は部屋での勉学の他にも外に出た時にいろいろと叩き込まれる。
(土を耕して、たくさん水をあげればいいんじゃないの? )
(土壌が豊かで毎年のように養分が降り注ぐならそれでも問題はない。実際領民たちはそのように育てているみたいだしな。ただ、この領地の麦は俺の知っている麦に比べて明らかに小さいし、収穫量も少ない。俺の知っている麦なら同じ広さの土地で三倍、いや下手すれば五倍以上の収穫量がある)
さすがに五倍は言い過ぎではないだろうか……麦の穂が今の五倍以上ついている姿はなかなか想像ができない……
(オッ・サンの知っている麦とは種類が違うんじゃないの? 今の五倍も収穫できたらノースフィル家は男爵くらいには軽く昇爵しちゃうよ)
(品種の違いもあるとは思うがそれだけじゃないだろうな。根菜や葉物などの野菜は俺の知っているものとそこまで変わらないところを見ると、栄養素の一部、恐らくリンが不足しているのだと思う。リンは以前教えたが覚えているか? )
この半年で簡単な物理、化学、数学の知識はオッ・サンから叩き込まれた。毎日かなりの時間オッ・サンの講義はあり、かなりの知識が詰め込まれた気がする……
(植物や動物の体内にもある物質だったっけ? それがあれば収穫量が増えるの? )
(やってみないと分からないがな。不足しているのはリンだけではなさそうだし、肥料を開発できれば収穫量はぐんと上がると思うが……人糞の使用は忌避されているし、この世界の技術ではまだまだ難しいかもしれんしな……)
オッ・サンの話はここで終わり、二人でまた金色の麦畑を見つめていた。
「今年も無事に実ってくれてよかった。なんとか今年も領民を飢えさせることなく年をこせそうだ」
いつの間にか横に立っていたモーリスが話しかけてきた。いつもに比べてかなり早い帰りだ。
「父様、おかえりなさい。沢山採れてみんなお腹いっぱい食べられるくらい収穫できたらいいですね」
「そうだな。現状では領民が飢えることはないが、満足できるほど食べることはできないからな……それでも飢えて死なないだけまだましだ。私の代になってからはまだ飢饉は起きていないが、以前は大きな飢饉が起きて領民が何百人も死んだと聞いている。領主としてはそんな光景は見たくないものだ。飢饉に備えて備蓄ができるくらい収穫が増えればいいんだが……」
「麦の収穫量を増やすことは難しいのですか?」
「畑を休ませたり、輸作をしたり、いろいろと試してはいるんだが、劇的に増やすのはなかなか難しいな。今は少しずつ開拓を進めて耕作地を増やしているところだが、開拓に使える人材も少なくてなかなか進まないのが現状だ。アルやニックスの代で少しでも楽ができるように開拓を頑張るよ」
モーリスは僕の頭をなでながら話してくれた。モーリスの仕事の大半は開拓の仕事だ。イースフィル領がモーリスの代になったのが十年ほど前で、それからずっと開拓を行っているらしい。土地の広さだけなら下手な男爵領より多いが大半が森と山に囲まれており開拓を進めなければ人口を増やすことも難しい、そんな領地なのだ。
「さあ、母さんとニックスが待っているだろうし帰ろうか」
その日はモーリスと手をつないで家路についた。
【モーリス視点の話】
イースフィル領は人口五百人程の小さな領地だ。領地の大半を森に囲まれており、耕作地を増やすのは簡単ではない。ただ、開拓を進めていかなければこの領地に未来はない。領地では今年も十人近い子供が生まれており、将来この子たちが耕せるだけの土地を確保しなければ、皆イースフィルを出て、もっと都会の町に行ってしまうだろう。
決して都会の町に出ていくことが悪いことではないが、都会に出た田舎者の末路はたいてい悲惨なものだ。冒険者として開拓や魔獣の討伐で生計を立てたり、兵士として雇ってもらえれば大成功で大半の者は職に就くこともできずにスラムで野垂れ死にするしかない。
少しでも領民が残って、畑を耕して暮らすことができるよう、開拓作業を続けているが、なかなか進まないのが現状だ。せめて、土魔法を使える魔法使いが一人でもいれば、今の何倍もの効率で開拓を進めることができるのだが、今領地で少しでも魔法が使える者は数人しかおらず、土魔法が使える者は一人もいない。優秀な魔法使いが生まれても大抵はこの村を出ていってしまうのだ。
現在は農家の二男以下の者五人と開拓を行っている。少しばかりの給金と開拓した土地の使用を条件に手伝ってもらっているが、一つの家族が生活できるだけの耕作地を開拓しようとすると全員で作業をして一年はかかる。
井戸を掘ったり治水まで考えればさらに一年、このペースでは全員が独立でできるまでに十年かかってしまうことなる。とても大変な道のりだが、皆、独立する未来を夢見て開拓作業を行ってくれており、領主としてはありがたい限りだ。
「親方様! 魔獣が出ました!」
開拓作業中、若者の一人が声をあげた。森の開拓に魔獣はつきものだ。声をあげた若者の方に駆け寄ると、白い角を持った小型のシカの魔獣が数百メートルほどの距離にいるのが確認できた。
「白い角……ホワイトホーンディアか? 危ないから皆後ろに下がっていろ」
魔獣の討伐は領主の仕事だ。いくら小型とはいえ、訓練を受けていない者では魔獣の相手はできない。魔獣は皆体内に魔力を宿しており、普通の動物の何倍もの力とスピードを持っている。魔力を帯びた角の先がかすっただけで命を落とす危険性もある。
剣を抜き体中に魔力を巡らせる。ホワイトホーンディアはじりじりと距離を詰めてきており、数メートルほどの間合いを残し立ち止まっている。
魔獣の厄介なところは、ほとんどが雑食性であり人間を餌と認識しているところだ。魔獣から見ればほとんどの人間は弱くちっぽけな存在であるため、ほとんどの場合遭遇した瞬間に遠慮なく襲われる。今回はこちらに六人もいるので少しは警戒しているのか、なかなか間合いを詰めてこない。
にらみ合いがしばらく続いた後、こちらから先手を切った。大きく踏み込み、上段から剣を振り下ろす。大きな角で振り下ろした剣は弾かれたが、それはこちらの予想通り。ホワイトホーンディアは斬撃の衝撃でよろめいている。
すぐに左側面に移動し、後ろ足を切りつける。ホワイトホーンディアの後ろ右足は切り飛ばされ、血しぶきが飛んだ。いくら魔獣といえども、足を切り飛ばされて立っていられるはずもなく、こちらを睨みながらその場に倒れこんだ。
とどめに倒れた魔獣の首めがけて剣を振り下ろす。一刀両断とまではいかなかったが、首の半分程度には刃が食い込んだようだ。ホワイトホーンディアは断末魔のような悲鳴をあげ、しばらく痙攣したあと崩れ落ちた。
「取れる肉は二十キロくらいか。角も売れそうだし、それなりの金額にはなりそうだな」
開拓中に倒した魔獣の売却益はボーナスとして配るか皆の飲み代に充てることにしている。娯楽の少ない町なので、たまには楽しみも必要なのだ。
「さすが親方様! 見事な剣裁きでした。私たちも剣が使えれば少しは親方様のお役に立てるのですが……」
気持ちはありがたいが、その気持ちだけを受け取っておく。開拓に参加する若者は土地が継げる長男ではなく、そして剣の才能も魔法の才能もない真面目なだけが取り柄の若者なのだ。才能がなくても努力すれば今の魔獣くらいは倒せるようになるかもしれない。しかし、開拓をしながら剣の修行を行い、ある程度の剣技が使えるレベルまで達するのは不可能に近い。
「領民を守るのが私の仕事だ。開拓を手伝ってくれるだけで充分だ。さあ、血の臭いで他の魔獣が集まってくるかもしれない。今日の仕事は止めにして帰ろう。悪いが解体した魔獣は売りに行ってくれるか? お詫びに売却代金で今日は皆で飲みにでも行ってくれ」
そう言って家路についた。たまには早く帰って家族とゆっくりするのもいいだろう。
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