第5話 無詠唱魔法を発見したオッ・サンと大騒動を引き起こした僕
魔法の練習を始めて半年がたつ頃には魔法の方は目に見えて成長してきたが、剣の方は相変わらず素振りをさせられるだけで成長は実感できない。
ニックスと決闘ごっこをして完膚なきまでに叩きのめされてからはニックスに剣の練習に誘われることはなくなった。僕と剣の練習をしても何も学ぶものはないと思われたのだろう。
だが、魔法の方は本当に成長している。まず魔法の本初級の魔法まですべて使えるようになった。中級以降の魔法も覚えたいが魔法の本がないため覚えることができないが仕方のないことだ。
そして、魔力量もオッ・サンの予想どおり使えば使うほど増えていった。今では初級魔法を一時間ほど唱え続けなければ魔力枯渇は起きないレベルまで魔力量が増えてしまった。
なんとなくの予想だが、昼間に魔法の練習で魔力を使い切って、ちょっと回復した夜寝る前にオッ・サンに限界まで魔力を吸い取られるせいで想像以上に魔力が伸びたのではないだろうか。
とにかく今の目標はニックスに負けないだけの実力を身に付けることだ。剣で勝てないなら魔法を使って勝てばいい! そう思って魔法の練習を頑張っている。
今日もいつもどおり庭で魔法の練習をしていると、オッ・サンが話しかけてきた。
(アル……俺は魔法の神髄に気づいてしまったかもしれない……これは世界が取れるかもしれないぞ!)
(オッ・サン……最近おとなしいと思っていたけど……遂におかしくなっちゃったの? )
ここ最近魔法の練習をしているときオッ・サンは非常に静かだった。いや、魔法の練習をしているとき以外もいつも何か考えこんでいて非常に静かで快適な時を過ごすことができていた。
(あほか! ずっとお前の魔法を見て、考えていたんだ! ほぼ確信したが、魔法は魔力を他のエネルギーに変換することで発動されているようだ。例えば初級のファイアボールは熱に変換した魔力に運動エネルギーを与えることで射出されている。つまり、魔力をバランスよく熱と運動エネルギーに変えてだな………………………………………………………………とにかくこれは大発見だぞ!)
しばらくの間オッ・サンの話は続いたが、正直オッ・サンの言っていることがよくわからない。やはりおかしくなってしまったのかもしれない……
(ちょっと言っていることがよくわからないんだけど……オッ・サンの言っているとおりだとして何がすごいの? )
(魔力のエネルギーへの変換が思い通りにできれば、詠唱無しで魔法が使えるようになるはずだ。そして、何よりすごいのは、自由に魔法を作れるようになることだ。初級までの魔法はすべて直線的に火や岩、水を飛ばすだけの魔法しかなかったが、エネルギー変換をうまく組み立てれば、炎の嵐を作りだしたり、雨のように岩を降らす魔法などいくらでも作れるはずだ!)
オッ・サンがすごく興奮した口調でしゃべる。
(オッ・サンの言うとおりなら確かにすごいけど……それ本当に実現できるの? )
(理論を一つ一つ組み立てればできるはずだ! アル! 今日から魔法の練習が終わったら、物理と化学を教えてやる! すべて理解して、魔力を組み立てれば必ずできるはずだ! これは魔法を見つけた時以来にわくわくしてきたな……)
どうやらまたオッ・サンのスイッチが入ってしまったようだ……この日以降、午前中は読み書き計算に加え、オッ・サンによる物理と化学の講義が始まることになった。
火が燃えるためには酸素が必要でそれは空気中に二十パーセントしかないとか、水素と酸素が結合して水になるとか、ケイ素と酸素が結合して金属イオンを取り込むことで岩石ができるなど最初は全く意味の分からないことばかりであった。これほどの知識を持っているとは、オッ・サンの前世は何をしていたのか気になるところだが、オッ・サン自身も前世のことはほとんど覚えておらず、なぜか知識だけが残っている状態らしいのだ。
オッ・サンにしごかれること約半年で無詠唱魔法を使えるようになったが、あまりのスパルタ指導に脳みそが焼き切れるかと思った……
魔力の熱エネルギーや運動エネルギーへの変換についてはオッ・サンの説明で理解し、すぐに使うことができるようになったのだが、魔力制御を行いながら魔力の返還を行うのが非常に困難であった。
また、無詠唱魔法は何種類ものエネルギー変換をほぼ同時に行う必要があり、これは例えるなら右手と左手で別の文章を書くようなものだ。慣れてしまえば何ということはないが、慣れるまではとにかく脳をフル活用する必要があり、最初のころはひどい頭痛に何度も襲われた。
しかし人間の慣れというものは良くも悪くも恐ろしいもので、今では詠唱魔法より無詠唱魔法の方が発動の負担が少ないようにも感じる。
一旦無詠唱魔法が使えるようになると、オッ・サンの言うとおり、魔法の開発もある程度思うとおりに行うことができるようになった。魔法の本にのっていない魔法でもエネルギーの組み合わせでいくらでも作ることができる。
初級魔法のファイアボールを複数同時に撃つこともできるようになったし、土魔法の発射する弾を尖らせ貫通力を持たせることもできるようになった。
無詠唱魔法や新魔法が使えるようになったある日、オッ・サンから提案があった。
(アル、俺が開発した『メテオクリムゾン』の実験をしに行くぞ。火魔法だから裏山の池で実験するぞ)
『メテオクリムゾン』とはオッ・サンが開発した岩と火の合成魔法で、上空に土魔法で岩を作り出し、岩に火をまとい打ち下ろす魔法だ。
『メテオクリムゾン』という中二感溢れる名前はオッ・サンが名付けたものだ。以前魔法の詠唱を中二病かよとバカにしていた人が付けた名前とはとても思えない。
(別にいいけど大丈夫? あたり一面燃えちゃったら怒られるだけじゃすまないよ? )
(規模を小さくすれば大丈夫だろ。水場もあるし、いざとなったらすぐに消火できるし問題ないな)
少し悩んだがオッ・サンの言うことを信じて裏山に向かったが、これが間違いだった。
裏山ではオッ・サンの指示のもと、僕が魔法を組み立てる。
(まず上空に岩の塊を作ってくれ。なるべく高いところから落とした方が威力が出そうだな……岩はアルの顔ぐらいの大きさでいいが、落下途中に割れると困るから目一杯圧縮して硬くしてくれ)
オッ・サンに指示されるとおりに岩の塊を作り、上空に浮かべる。この岩……どのくらいの重さがあるのだろうか……
(よし、高さはそれくらいでいいぞ。あとは火魔法で加熱して炎をまとわせたら池の北側の平原に向けて打ち込んでみてくれ)
池の北側はピクニックが出来そうな平原になっており木に燃え移る心配もなさそうだ。オッ・サンの言う通りに岩の塊に運動エネルギーを与え平原に向かって打ち込んだ。
風を切るような音が聞こえるとほぼ同時にすさまじい爆発音が鳴り響く。空気が震えるような爆風が起こり、目を開けておくこともできない。爆風はすぐに収まったが、土ぼこりが舞い上がり周囲の状況が全く分からない。
(アル、やばい! ばれる前に逃げるぞ! これだけの爆音だ、すぐに誰かが来る!)
確かにこれだけの爆音と砂埃だ。すぐに大人が集まってくるだろう。これはさすがに怒られるだけじゃ済まなさそうだし、オッ・サンの言うとおり逃げた方がよさそうだ。
急いで屋敷に戻るとクロエとニックスが村の方に向けて逃げ出していた。リリーは僕の名前を叫びながら走り回っている。
「何かあったの!?」
何も知らないそぶりでリリーに話しかける。
「アルヴィン様ご無事でしたか! 魔獣の襲撃かもしれません。早く村の方に!」
リリーに手を引かれるまま屋敷南側の村に向かって走り出した。
……これはとてもじゃないが僕がやりましたとは言えない状況だ。村にある広場には領民たちが集まり、裏山に立ち上る砂埃を見つめている。
「みんな無事か!? 何があった!?」
しばらく領民たちと裏山を見つめていると、馬に乗った父モーリスがひどく慌てた様子でやってきた。
「ええ、みんな無事ですよ。突然大きな音と地響きがしたので逃げてきましたが何が起こったのかはわかりません」
クロエがモーリスに状況を伝える。
「私は状況を確認してくる。安全が確認できるまでハリソンの宿にいなさい。調査が終わり次第迎えに来る。セオは私についてこい。ハリソンはここに残って周りを警戒してくれ!」
モーリスは護衛のセオを付けて裏山に向かい、僕たちはハリソンに連れられて村に一件だけある宿屋に向かった。
「では、私とニックスがこちらの部屋に、リリーとアルはそちらの部屋でモーリスが戻ってくるまで待ちます。ハリソンはそちらで守護をお願いします」
僕とリリーが同じ部屋なのが羨ましいのかニックスは恨めしそうに僕を見ながらクロエと部屋に入っていった.
今日ばかりはクロエに感謝して僕もリリーと部屋に入った。部屋に入るとリリーが僕の服を脱がせ身体を布で拭いてくれた。
「アルヴィン様がご無事でよかったです。こんなに土ぼこりで汚れているところを見ると屋敷の裏の方にいたのでしょうか?」
「裏で剣を振っていたらすごい音がして腰を抜かしちゃって……リリーの声がしたから急いで正面に走っていったんだ」
適当に思いついた嘘を並べてその場をやり過ごそうとしたが、リリーがすごい涙目になって僕を抱きしめた。
「本当にご無事でよかったです。いくら探してもいらっしゃらないから巻き込まれたのかと……」
自分がやりましたとは非常に言いづらい……
リリー……本当にごめんなさい。心の中でリリーに謝ったがすごくモヤモヤする。
結局その日、モーリスは戻らず、夕食後はリリーに抱きしめられながら眠りについた。よっぽど僕のことが心配だったのだろう。本当にリリーには悪いことをしたと思う。
翌朝、モーリスが迎えに来て屋敷に戻った。モーリスの調査の結果、原因は何か分からないが裏山で大きな爆発が起こったことだけは分かったらしい。裏山には数メートルのクレーターができており、あたり一面の土が溶けていたとのことだ。
特に不審者の痕跡等はなかったことから家に戻ることにはしたが、当面の間はモーリスが仕事を休み周囲を警戒するのだそうだ。
部屋に戻って一段落した後にオッ・サンに話しかける。
(オッ・サン! あれはやりすぎでしょ! ばれなかったのが奇跡だよ!)
(まあ、ばれなくてよかったな。俺もあそこまで威力が出るとは思わなかったから昨日計算してみたんだ。普通に考えれて何百キロもある岩が上空から魔法で打ち出されたからな。威力が出ないわけがない。軽い軍事兵器並みの威力が出る計算になって俺もびっくりしたが……もうちょっと手前に落としていたらアルも死んでいたぞ)
このオッ・サンは……怖いことを平然と笑いながら言うからたちが悪い。今回は僕も同意して実験に参加したから文句は言えないけど、すごくモヤモヤする。
(しばらくの間、実験は禁止ね! それと実験する前にどの程度の威力になるかちゃんと事前に教えてよ!)
実験の禁止にオッ・サンはへこんでいたが、さすがに悪いと思っていたのか文句は言わなかった。
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