第4話 弟に負ける僕
「兄様! 今日こそ剣の練習を一緒にしてください!」
いつもと違い弟のニックスが今日はしつこく剣の練習に誘ってくる。
「ニックスもアルと遊びたがっているし、たまには遊んであげてもいいかしら? 私も見ておきますから」
珍しく義母のクロエからもお願いされた。クロエから話しかけられること自体ずいぶん久しぶりな気がする。
「少しなら構いませんが……ニックス、一緒に素振りをすればいい?」
「いえ! 僕は兄様と決闘ごっこがしたいです。ほら、兄様の分の木剣もありますから!」
どこから持ってきたのかニックスは二本の木剣を持っていた。ニックスから剣を受け取ってみるとすごく軽いのが分かった。恐らく対人訓練で使うための木剣だろう。これならば思い切り叩かれてもなんとか我慢できそうだ。
「決闘ごっこか……あんまり気が進まないけど……」
さすがに四才のニックスに負けるとは思わないが、弟を叩くのはなんだか申し訳ない気分になってしまう。
結局ニックスに引きずられるように庭に連れて行かれてしまった。
「では、兄様、よろしくお願いします」
ニックスが剣を構える。構えを見る限り僕より剣の腕が上に見えるのは気のせいだろうか……
「よろしくお願いします」
僕も剣を構える。まずは挨拶代わりにとニックスに近づき、上段から剣を振り下ろす。
ニックスは僕の剣を軽々と受け止め、そのまま斜めに振り下ろしてきた。
なんとかニックスの剣筋を目で追うことはできたが速すぎて防ぐことはできず僕の脇腹にニックスの剣が食い込んだ。
いくら訓練用の木剣とはいってもまともに当たれば激痛が走る。僕は地面にうずくまりしばらく立ち上がることができないでいた。
(木刀なのにめちゃくちゃ痛いぞ! しかし、体は小さいのに強いな……剣を振るとき少しニックスの身体が光っているような気もするが……)
オッ・サンが何か言っているようだが頭に入ってこない。
「まずは僕の勝ちですね! 僕はずっと剣の練習をしていたので手加減しなくてもいいですよ!」
僕が痛みを抑えようやく立ち上がると、ニックスが無邪気に答えた。後ろでクロエは薄笑いを浮かべているのが気になる……
(相手を四才児と思うな! 恐らくだがニックスは無意識で強化魔法を使っているぞ! 遠慮なく木刀を叩き込んでやれ!)
(分かった……本気で行くよ!)
しかし、全力の僕の一撃は軽々とニックスにかわされ、また脇腹にニックスの攻撃が命中する。とても四才児とは思えない強さだ。
その後何度もニックスと切り合うが何度やってもニックスに剣を当てることができず、逆にニックスの剣が僕に何度も激痛を与える。腕に足、腹部に頭部……もう剣を構えるのも立っているのも辛いが、弟の前で倒れることはできない。
「アルヴィン様! ニックス様! 何をしていらっしゃるのですか!」
リリーが僕たちの決闘ごっこに気が付いたようで駆け寄ってきた。
「アルにはニックスの剣の練習の相手をしてもらっていたの。あまりに弱すぎてニックスの練習相手にはならなかったけど。さあ、ニックス、もういいでしょう。アルと練習しても何も学ぶことはありませんよ」
「はい。兄様ありがとうございました。でも兄様はもっと剣の練習をした方がいいと思いますよ。貴族にとって剣は大事ですから」
「あら、イースフィルの跡を継ぐのはニックスだし、アルは貴族にはならないから関係がないわよ。いずれは家を出ていくのだから、お勉強を頑張った方がいいかもしれないわね」
クロエは僕を見下し、あざけ笑うように言い放った。
僕は涙を堪えながら耐えているとリリーが僕を抱き上げてくれた。
「アルヴィン様、体中傷だらけですし傷の手当てをしましょう」
リリーがそう言って僕を部屋まで運んでくれた。僕はリリーの胸に抱かれながら鳴き声を押し殺すことで精いっぱいだった。
【リリー視点】
アルヴィン様の身体はあちらこちらに青あざや摩れたような傷が付いていて見るに無残な姿だった。
アルヴィン様は泣くのを我慢してか、目を真っ赤にしながら耐えている。傷口に薬を塗るときも染みるだろうに必死で涙を見せないように耐えているようだ。
「アルヴィン様痛かったでしょう。やりたくないことは断ってもいいのですよ?」
「だって……ニックスといつも遊んでやれないから…………たまには遊んであげなくちゃって思って……でも、ニックスの方が強くって……ニックスに負けたくなくて……」
アルヴィン様はとても悔しいのだろう、たまに嗚咽を上げながら、だけど決して涙を見せないよう我慢して話している。
「今日は負けちゃいましたけど、いつか勝てばいいのですよ。それに何も剣で勝たなくてもアルヴィン様の得意なことでニックス様に勝てばいいのですから。剣ではニックス様には勝てないかもしれませんが、他の事ではアルヴィン様は負けませんよ」
確かにニックス様の剣の才能はかなりのものだろう。モーリス様もたまにニックス様の素振りを見ては、あの子は才能があると言ってうれしそうに笑っている。
だが、何も剣の腕が全てではない。アルヴィン様は剣よりも本に興味があるようで、暇さえあれば本を読んだり、読み書きの練習をしたりしている。領地の跡継ぎにはなれないかもしれないが、文官として出世するかもしれない。
アルヴィン様は今にも泣きだしそうな顔で下を向いている。
「私はずっとアルヴィン様の味方ですからね。辛いときは我慢しないで泣いてもいいんですよ」
アルヴィン様の茶色い首筋まである髪を撫でると、限界に達してしまったようで、私に抱き着きながら大声で泣きだしてしまった。よっぽど我慢していたのだろう、しばらく泣き続け、そのまま疲れ切って眠ってしまったようだ。
目から涙をこぼしながら寝てしまっている。小ぶりでピンク色の唇、すっと通った鼻筋、柔らかく赤みを帯びた頬、アルヴィン様の寝顔はいつ見てもかわいい。
勇猛果敢なモーリス様には似ていないが、アリス様には本当にそっくりだ……
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