第3話 なぜか探査魔法が使えるオッ・サン

 父モーリスは、朝の訓練が終わり朝食を取るとすぐに仕事に向かい夜遅くまで戻ってこない。モーリスの仕事は領地の警備と開拓だ。イースフィル領は辺境の地であり、警備と言ってもたまに魔獣が出たときに討伐するくらいで仕事のほとんどは領地の開拓だ。


 イースフィル領には五百人程度の領民が暮らしているが、そのほとんどが農家だ。しかし、領内で畑として利用できる土地はほんの一部で、ほとんどは未開拓の森か山である。なんとか領民が飢えなくて住む程度の畑は領内にあるが、今ある畑だけではこれ以上領民を増やすことはできない。


 また、畑は原則として長男が引き継ぐが、畑を引き継げなかった次男以下は都会に働きに行くしかない状況である。都会に働きに行っても読み書きや計算のできない農民に働き口などなく、都会に出た農民のほとんどは仕事を見つけられずに飢え死にしてしまう。運が良くてスラム街で奴隷のような生活ができる程度である。


 土地がない次男以下がイースフィル領に残るためには自ら土地を開拓しなければならないが、開拓はつらい仕事だ。木を伐り、根や石を取り除き、土を耕す必要がある。近くに水場がなければ水路を引くか井戸を掘る必要もある。


 そのような作業を繰り返し、人ひとりが生活できるだけの畑を開拓するためには数年はかかる。家族を持とうと思えば十年以上開拓に従事する必要があるのだ。


 もっとも開拓した土地は開拓者の物になるわけではない。領内の土地は全て貴族である領主の物であり、領民は領主から土地を借りているだけなのだ。土地を借りている領民は領主に税金を支払う必要があるが、税さえ納めていれば土地が取り上げられることはまずない。


 平民だけでは計画的な開拓は難しいため領主が開拓に参加することは下級貴族にはよくあることだ。畑と領民を増やし、税を増やし、自分の老後や子供世代の生活を楽にするためには開拓は領主にとって必要不可欠な仕事だ。





 イースフィル領の内情はさておき、父が仕事に向かった後はオッ・サンによる講義が始まる。最近では読み書きや簡単な計算は問題なくできるようになったので、より難易度の高い計算や面積の求め方を教え込まれている。


「兄様、本ばかり読んでないで外で剣の練習をしましょう。貴族には剣の腕が必要ですよ」


 弟のニックスは本には全く興味がないようで、暇なのか外で遊びたさそうだ。ニックスはまだ四才なのでモーリスから剣の訓練は受けていないが、木の棒を使って素振りの真似事をしている。


 既に僕より太刀筋が綺麗なのは気のせいだろうか……ニックスと一緒に遊びたい気持ちはあるが、勉強を途中で止めるとオッ・サンがめちゃくちゃ怒るのだ。


「アルは忙しいみたいだから私が一緒に遊びましょう。それにしてもアルはいつも本を読むふりばかりせずに、ちゃんと訓練しないとどこも雇ってくれませんよ。ただでさえ剣の才能はなさそうですのに……」


 クロエの中では僕が家を出るのは決定事項らしい。僕が本を読んでいるといつもこのようにあざけ笑ってくるのだ。まあ、六才児が大人の本を読むなど通常ありえないから、本を読んでいるふりをしているように見えるのは仕方ないことかもしれない。


(相変わらずこの乳軽女はうざいな。俺は読み書きのできないニックスのような奴が貴族になることの方が心配だ。今のうちから本の読み聞かせくらいしてやらないと文字を覚えるときに苦労するぞ。まあ、アルに剣の才能がないのは本当だから何も言い返せないがな!)


 せっかくかばってくれたのに一言多いのだ。確かに僕に剣の才能はないかもしれないけど、最近ではふらつかずに素振りができるようになったし少しは進歩しているはずだ。


 オッ・サンはクロエのことを乳軽女と呼んでいる。クロエは鼻筋は高く、目もぱっちりとしていてそれなりに美人であり、細くて長身でスタイルが良いし巨乳に見える。


 だが、たまにおっぱいが上がったり下がったりしているのだ。オッ・サン曰く、クロエの乳は偽物で胸に詰め物をしているらしい。胸が上下する様子からオッ・サンは乳軽女と呼び始めた。


(クロエがうざいのは今に始まったことじゃないしね。ニックスと遊んでやれないのは悪いと思うけど)


(剣についてはニックスに任せて、アルは勉強と魔法を頑張るぞ。アルの覚えはかなり早いし、予定よりかなり早いペースで勉強は進んでいるが、まだまだ教えたいことはたくさんあるからな)


 オッ・サンとの午前の勉強が終わった後は魔法の訓練だ。魔法入門の魔法は問題なく使えるようになったため、モーリスの部屋に魔法入門を返し、魔法初級を新たに借りた。借りたと言っても勝手に持ってきただけである。


 魔法初級にある呪文は入門とは比べ物にならないレベルの威力だった。火魔法は木を燃やし、土魔法は岩を貫くほどの威力だ。隠れて練習するための場所の確保が難しいが、入門魔法より早く魔力が空になるので訓練自体はすぐに終わってしまう。


(しかし初級魔法でこれだけの威力が出るとはな……中級魔法がどんな魔法か楽しみだな。せっかく初級魔法まで覚えたんだし、裏の山まで狩りに出よう。探せばシカやイノシシくらいはいそうだ)


(それはさすがに怒られると思うよ。狩れたとしても持って帰れないし)


(それもそうだが……なら狩るのは鳥や小さな動物だけにしてその場で食っちまおう。成長期の食事には肉が必要だしな!)


 いつも通りオッ・サンに丸め込まれて裏山に向かうことになった。裏山は山と言っても、小さな丘程度の盛り上がった地面に木が生えている程度の場所だ。


(周りの生き物を探ってみるからちょっと待て。少し魔力を貰うぞ)


 オッ・サンは僕から勝手に魔力を奪うと何かを探るように集中し始めた。


(大きな動物はいないが、小さな生物は少しいるみたいだな。イタチかウサギに猿かな? 水場もあるみたいだし魚が取れるかもしれん。水場は北側だからそっちに行ってみるぞ)


(オッ・サンはなんで分かるの? 魔眼でも持ってるの)


 魔眼は『ユグドラシルの勇者』に出てくる魔王が持っている。魔王は相手を意のままに操る邪眼、遠くが見える千里眼、心を読める独身眼など多くの魔眼を持っていて勇者を苦しめるのだ。


(魔眼ならカッコいいんだが残念ながら違う。魔力を拡散して周囲の状況を探っているんだ。アルも練習すればできるようになるんじゃないか? )


 なんかよくわからないけど色々なことができるオッ・サンだ。オッ・サンの言うとおり北側にあるという水場を目指すことにした。


 五分ほど鬱蒼と生い茂る木々の中を歩いたところに水場はあった。裏山のほぼてっぺんにある水場はそこまで大きくないが、水は透き通っており中心部の底まで岸から見ることができる。


(綺麗な場所だな。夏場の昼寝場所として良さそうだ。さっきまで動物がいたが俺たちが近付いたから逃げてしまったようだが……反対岸の木に小さな鳥がとまっているから魔法で狙ってみろ)


 反対岸の木にとまっている鳥は非常にカラフルですぐに気づくことができた。くちばしと顔は白いが胸は黄色で羽は赤と青で大きさは僕の頭くらいだろうか、結構な大きさだ。オッ・サンに言われたとおり土魔法で土を固め狙いをつける。


(アルの魔法の威力で体に当てると食える場所がなくなるから頭を狙えよ)


 危ない、危ない……狙いを体から頭に変えて固めた土を射出する。音もなく一瞬で鳥の頭をつらぬき、鳥だったものは木から落下した。


(狙いは完璧だな! 一発で当てるとは思わなかったぞ。早く焼いて食うぞ!)


 鳥がいた木の周辺には血が飛び散っていた。鳥の頭は完全に吹き飛んでいたが、体は無傷だ。既に血抜きは充分に出来ているようで、オッ・サンの指示どおり毛を毟って火魔法で残った毛を綺麗に処理する。


(よし、後は体を剣で切って内臓を出したら焼くだけだ。ちょっと気持ち悪そうだからあまりやりたくはないが仕方ない。そのうち慣れるだろう)


 剣を使いお尻から鳥を切り裂き内臓を取り出す。なんとも言えない生臭い匂いがあたりに広がるが我慢できないレベルではない。


(本当は内臓も食べられるが、処理が面倒だから今日は捨てるぞ。内臓は火魔法で焼いて土に埋めよう。あとは手羽と本体部分を切り分けて焼くぞ。適当に枯れ枝を拾って来て火をつけるか)


 拾ってきた枝に火魔法で火をつけて枝に刺した鳥を焼いていく。しばらく焼いたところで手羽部分にかぶりついた。


(おいしい! こんな大きいお肉を食べるのは初めてだよ。でも塩を持ってくればよかったね)


(調味料は確かに欲しかったな。だが、いつもの味気ない食事とは比べ物にならんほどうまいな。アルの家は貴族なのに食事が質素すぎるんだよ。だがこれで毎日でも肉が食えるな。鳥は嫌と言うほど飛んでいるし毎日狩って食べても何も問題はないだろう)


 イースフィル領でも狩りは行われていて、猪やシカなどそれなりの数は捕れているが、肉は貴重な輸出品でもある。狩った肉のほとんどは燻製などにして冬の食糧にしたり、輸出してしまうために沢山の肉を食べられる機会はほとんどない。


 この日以降、晴れた日は裏山で狩りをするのが日課となった。

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