第2話 魔法に興味があるオッ・サンと魔法を覚えた僕

 魔剣オクト・サンクティファイことオッ・サンの朝は早い。健康のためだと言いながら日の出前には変な歌を歌い、元気に体操をしているオッ・サンがいる。なんと迷惑な存在だろうか。


 ちなみにこのオッ・サンの声も姿も僕以外には見えないようだ。いつも僕の周りをふわふわと漂っているか、僕の肩に乗っている。重さがあるわけでも触った感触があるわけでもないが非常に目障りで鬱陶しい。


 鬱陶しいだけならまだしも、オッ・サンは僕と五感を共有しているようで、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚がすべてオッ・サンに伝わっているみたいだ。ご飯を食べれば不味いと言うし、リリーが添い寝すると興奮するし、かなり面倒くさいことになっている。


 父モーリスによる朝一の剣の訓練が終わり、朝食の後はオッ・サンによる講義が日課となった。なぜか知らないがオッ・サンは、この世界の言葉をしゃべれるし文字も読める。そして朝食後から昼食前にかけて読み書き計算を叩き込まれるのだ。


 オッ・サン曰く、剣の訓練も大事だが、読み書き計算くらいできないと将来苦労するそうだ。


 オッ・サンのおぼろげに残っているという前世の記憶では、子供は五才くらいから勉強を始め十二才になるころには読み書きや計算はできるようになっているのが普通らしい。この世界では貴族であれば読み書きや簡単な計算ができることは知っているがいつ頃教えられるかはよく知らない。


 食堂にある本を読み、字を書き、計算の練習をする。それだけで午前中は終わってしまう。今までは昼食後は自由時間だったので、そんな生活も許容できたが、この日以降昼食後の自由時間も無くなってしまった……


(さて、食堂の本は大体読んじまったな。もっと難しい本が読んでみたいしモーリスの書斎に探索に行くぞ)


 食堂にはエイジア王国の地図やエイジア王国の歴史が書かれた本、冒険者の物語などが置かれていたがこの半年で全て読みつくしてしまった。


(モーリスの部屋は怒られると思うけどな……クロエやニックスに見つからずに入るのも難しいし……)


(大丈夫だ。周囲に人がいるかいないかくらい俺が判別できる。そして今は屋敷内に誰もいない、チャンスだ!)


 確かにリリーは外で庭仕事をしているしクロエとニックスは水浴びをしている。僕が決めかねているとオッ・サンが僕の心をくすぐるようなことを言ってくる。


(何日か前にモーリスの部屋に食事を運んで言っただろ? 実はな……そのとき本棚に魔法の本があるのを見つけたんだよ。魔法の本……見たくないか? )


 確かに数日前にリリーが風邪をひいて寝込んでいるときにモーリスの書斎に食事を運んで行った。何の本があるか全く気にしていなかったがオッ・サンは目ざとく見ていたらしい。


 オッ・サンの言うとおり魔法の本は確かに興味がある。


(分かったよ。でも、魔法の本を見るだけだよ? )


 オッ・サンにそそのかされるままにモーリスの部屋に向かった。ドアにカギはかかっておらず簡単に中に入ることができた。モーリスの部屋は事務仕事をするための机と椅子、それに本棚があるだけの質素な部屋だ。


(あったぞ! 上から3段目の左側の赤い本だ! 魔法入門とあるな……)


 椅子を踏み台にして魔法入門と書かれた赤い本を取った。横には魔法初級の本も並んでいる。僕としては一番上にある魔獣図鑑なる本が気になるが……


(できれば全部見たいが二冊も取るとバレそうだからな。今日はこの魔法入門だけ持っていこう)


 本を見るだけだったと思うが、いつの間にか本を持っていくことになっている……確かにここではゆっくり読めないので、オッ・サンにそそのかされるままに魔法入門を持って僕の部屋に戻った。


 部屋に魔法の本を持ち帰って、ページを開き、オッ・サンと一緒に本を読み進めていくが、早く次のページに行けとオッ・サンがうるさくてたまらない。オッ・サンは読むのも理解するのも早すぎるのだ。少しは文字が読めるようになったばかりの六才児のことを考慮して欲しいものだ。


 魔法入門には、魔力操作の方法から、魔法を使うための練習方法まで事細かに書いてあった。物語の中の魔法使いがしていたように、呪文を唱えるだけで魔法を使えると思っていたが、そんなに簡単なものではないらしい。


 本に書いてあることをまとめると、


1 魔法を使うには体内の魔力を体外に出すことが必要。


2 外に出した魔力が分散しないように一点に集中させる。


3 2の状態で魔法の本を持ったまま詠唱。


 以上が魔法を使うために必要なことのようだ。


 初めのうちは魔法の本を持っての詠唱が必要らしいが慣れてくれば魔法の本がなくても魔法が使えるようになるとのことだ。


(割と面倒だな。呪文を唱えればすぐに魔法が使えると思っていたんだが……まあ、ものは試しだ! アル、とりあえず、書いてあるとおり、体外に魔力を出すイメージで詠唱してみろ。火の魔法は少し怖いから……水魔法からやってみるか!)


 確かに、オッ・サンの言うとおり、もしかしたら魔法が使えるかもしれないし、やってみるか。


 体内から体外に魔力を出すイメージで……


「蒼き命よ、我が前に集い、清冽なる産声をあげよ」


(中二病かよ……こんな恥ずかしい詠唱絶対したくないわ……)


 オッ・サンがうるさい。僕はなかなかカッコいい詠唱だと思うが……


 残念なことに詠唱が終わっても何も起こらなかった。


(お約束だと、一発で成功するものなんだがな……体外に何かが出るような感覚はあったし、アルの手から何か出るのも見えたから、魔力を体外に出すまでは成功していると思うぞ。魔法の本には半透明の入れ物に魔力を注ぎ込むように書いてあるな……よし、アル! 手のひらの前にリンゴサイズの入れ物を作ってその中に魔力を注入するようなイメージでやってみろ)


 オッ・サンに指示されるのは癪であるが、言われたとおりにやってみた。全身から魔力を集め手先から外に放出する。そして目の前にリンゴサイズの入れ物を作って……その中に魔力を注ぎ込む……


(おぉー今度は手先に魔力が集まっているのが見えるぞ! おっと、もういいんじゃないのか? 膜が破れそうだ。そのまま最初の魔法を詠唱してみろ!)


 僕には全く変化が感じられないが、オッ・サンには何かが見えるらしい。オッ・サンの言うとおり再び詠唱を行った。


「蒼き命よ、我が前に集い、清冽なる産声をあげよ」


 オッ・サンに言われるがままに再び詠唱をしたところ、手先からコップ一杯ほどの量の水が現れ、そのまま床に落ちた。


(おっしゃっ! 成功したな! さすが俺が憑いているだけはある! アル! お前は魔法の才能があるかもしれないぞ!)


 オッ・サンが妙に張り切っている。本当に魔法の才能があるのならうれしいが、今使ったのは水魔法の初歩だ。初歩の魔法くらい誰も使わないだけで誰でも使えるのではないだろうか? 


(せっかくだから他の魔法も使ってみるぞ! あとは、火に土に風に光か。危なそうなのもあるから窓の外に向かって使ってみるぞ)


 オッ・サンの言うとおり他の魔法も使ってみたがすべて使うことができた。ただ、どの魔法も魔法と呼べるか怪しい程に威力が低い。


 例えば、土魔法なんかは、僕が石を投げた方がマシなレベルだし、火魔法は種火レベルの火が灯る程度だ。こんなものが役に立つとは到底思えないのだが……


(入門書にある全属性が使えたか……これは鍛えればかなりのところまで行けるかもしれないな。お約束では二つ以上の属性が使えるのはかなりレアだぞ! しかもアルの魔力はかなり量が多そうだ。入門書には、最初は魔力量が少なくて発動しないことがあるので根気強く練習しましょうとあるしな。あとは定番どおり限界まで魔力を消費して、魔力量を上げるか……よし、限界が来るまで魔法を唱えてみろ!)


 とりあえず、オッ・サンが言うように、限界まで魔法を使ってみたところ、三巡目の土魔法を唱えたところで意識がなくなり気絶してしまった。


 目が覚めた時はお昼過ぎで、ベッドに寝かされていた。どうやら魔力切れはかなりの負担になるようだ。


「アルヴィン様、寝るときはベッドで寝てくださいね。あと、水遊びをされるなら外でしてください。こんな時期に濡れたまま寝ていたら風邪をひきますよ」


 三回も水魔法で水を出したからな……どうやらリリーが気絶した僕を着替えさせてベッドに運んでくれたようだ。今度から魔法の練習は外で行うことにしよう。


 夜には魔力はだいぶ回復していたようだったがが、いつものようにオッ・サンに魔力を奪われて気絶するように眠りについた。

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