魔剣に転生したおっさんと剣が使えない僕 ~最弱の僕が魔法を極め魔王と呼ばれるまでの話~
kirin
第一章 第一部 魔王の卵
第1話 魔剣に転生したおっさんと憑りつかれた僕
「アル、六才の誕生日おめでとう。エイジア王国の伝統に従い剣を授ける。イースフィル家の跡継ぎとなれるように明日から剣を教えるからな」
六才の誕生日、僕は父のモーリスから剣をもらった。エイジア王国の貴族は六才の誕生日に剣を親から貰い、跡継ぎとなれるように剣を習う風習があるのだ。それは王族でも僕の家のような最下級の貴族でも同じことだ。
いつも甘いモーリスもこの時ばかりは父の威厳を出したいのか非常にまじめな顔で剣を渡してくれた。
いつもは笑っているから怖くはないが、真面目な顔をしたモーリスの顔はかなり怖い。筋骨隆々の身体に茶髪を刈り上げた髪型は貴族というよりは剣士のような見た目だ。唯一貴族らしく見えるのは整った口元の髭くらいだろうか。
イースフィル家はノストルダム侯爵領の中の準男爵家で人口五百人程度の小さな村を治めている。
貴族といっても普段は領地の警備と開拓が仕事で平民と一緒に仕事をしている。食べる物に困ることはないが特別美味しい物が食べられるわけでもない。
今日は僕の誕生日だがテーブルの上に並べられているのはいつもより少し肉が多い野菜スープといつもの硬いパンだけだ。
不満があるわけではないが、誕生日くらいお腹いっぱい肉が食べたいものだ。テーブルの上の料理はあっという間に食べつくしてしまった。
弟のニックスは僕だけが剣を貰ったことに不満らしく自分も剣が欲しいと駄々をこねている。義母のクロエがすぐに貰えるようになるとなだめているがニックスはなかなか納得しないようだ。
ニックスは僕の異母兄弟だ。僕の母アリス・イースフィルは出産のときに亡くなったらしい。
母の死後、周囲からの圧力もあり、父モーリスはクロエを第一婦人として迎え、すぐに弟のニックスが誕生した。モーリスは兄弟を分け隔てなく扱ってくれるが、クロエはやはり自分の子がかわいいのか僕に構うことは一切なく、いつもニックスを甘やかしている。
「ニックス様も六才になったら貰えますから我慢しましょう。今日はアルヴィン様の誕生日ですからね」
メイドのリリーに言われてニックスはやっとおとなしくなった。ニックスはリリーのことが大好きだからリリーの言うことならちゃんと聞くのだ。クロエにとってはそれがおもしろくないらしく、いつもリリーに嫌味を言っている。
弟のニックスだけでなく、僕もリリーのことは大好きだ。健康的な褐色の肌に黒いロングヘアー、引き締まった身体はとても綺麗でなによりとっても優しいのだ。
「ニックスにも六才になったら剣を教えるからそれまで我慢しろ。アルは明日から剣を教えるからいつもより早く起きるんだぞ。今日はもうアルもニックスも寝なさい」
上級貴族にでもなれば違うのであろうが、下級貴族である僕たちは平民と同じように夜は暗くなったら寝て、朝明るくなったら起きる生活を送っている。灯りもタダではないので生活に余裕がない下級貴族としては仕方のないことだ。
「アルヴィン様、寝床に行きましょう」
リリーが沿い寝のために手を握って僕の部屋まで連れて行ってくれる。いつもニックスもリリーと一緒に寝たがっているが、ニックスの添い寝はクロエの仕事だ。ニックスは妬ましそうにこちらをにらみクロエと寝室に向かっていった。
リリーと部屋に入り寝間着に着替え、モーリスに貰った剣を枕元に置いて、ベッドに座りお話をしてもらえるようにリリーにお願いをする。
「リリー、今日は『ユグドラシルの勇者』の話を聞きたいな」
「アルヴィン様はそのお話が好きですね。寝るまでの間お話しますからベッドに入ってください」
僕に布団をかけるとリリーはベッドの端に座りお話をしてくれる。
『ユグドラシルの勇者』は、冒険者であるギルバードが世界樹ユグドラシルに魅入られ、魔法使いと神官の仲間と力を合わせ三人で魔王を倒す冒険譚だ。それなりに長い話でいつも途中で寝てしまう。
今日は勇者ギルバードが魔神を倒すための聖剣を手に入れるところで寝てしまったようだ。
(おい聞こえるか! 聞こえたら返事をしろ)
野太い男性の声で目が覚める。まだ日の出前のようで部屋の中は真っ暗だ。リリーは僕を寝かしつけた後に出て行っただろうし、部屋の中には僕一人しかいないはずだが……
(聞こえているようだな! 俺はここだ、剣を見ろ!)
気のせいではなかったようだ。今回もはっきりと聞こえる。綺麗な女性の声ならともかく、野太い男性の声で言われても警戒してしまうが……言われるがままに枕元に置いてある剣を見てみるが特段変わった様子はない。
(俺にもよく分からんがどうも剣の中に閉じ込められちまったようだ。悪いが助けてくれ!)
助けろと言われてもどうすればいいか分からないし……魔獣の類かもしれないし……でも、この声の主が悪いものには感じなかった。なぜかとても懐かしく身近な存在に思えてしまう。
「どうすればいいの?」
(剣を持って魔力を注いでくれ! 魔力が欲しいと何かが頭に訴えかけてくるんだ!)
声の主の言うとおりに剣を持ったところ、身体の力が大きく吸われて行く感じがした。その日はどうやらそのまま気を失ってしまったようだ。
「アルヴィン様、アルヴィン様、剣の訓練の時間ですので起きてください」
どうやら変な声に話しかけられていたのは夢だったらしい。しかし、いつにもない倦怠感を身体中に感じる。
「おはようリリー。すぐ起きるよ」
起き上がるとリリーが着替えを手伝ってくれた。腰の剣帯ベルトに貰った剣を指しモーリスが待っている庭に向かった。
季節は冬。見渡す限りの銀世界に白い雪が降り続いている。雪が足首ぐらいまで積もっていて、とても寒い。
「父様おはようございます。今日から剣の稽古よろしくお願いします」
「ああ、おはよう。早速だが始めようか。剣を抜きなさい」
モーリスに言われたとおり腰の剣帯ベルトに刺した剣を抜き目の前に構える。大人と同じサイズの剣のせいか、かなり重く感じる。
「よし、じゃあ早速素振りから始める。父さんと同じように剣を振るんだ」
モーリスは上段に構え振り下ろす。たったそれだけの動作のはずだがモーリスの剣先は早すぎて全く目で追うことができない。上段に構えたと思った瞬間には下段まで振り下ろされているのだ。モーリスはその動きを何度も繰り返すが一度も剣先が見えることはなかった。
「どうした? アルも同じようにやってみろ。剣は重いし難しいと思うができるところからでいいからな」
モーリスがやったように上段に構えるがそれだけで腕がプルプルと振るえる。なんとか上段で構えそこから振り下ろすがモーリスのように中段で止めることもできずに降り積もった雪に剣が突き刺さる。その後一時間近くモーリスと一緒に剣を振るがなかなか上達しない。
「まあ、最初はそんなものだ。まずは剣をしっかり振れるように練習しなさい。剣は危ないから父さんがいないときは木刀を振るんだぞ」
心なしか父モーリスの顔が曇っているように見える。
しかし……やっと終わった……立っているのもつらいぐらいの疲労が全身を襲う。初めての訓練としては厳しすぎるのではないだろうか……
(六才児に一時間近く剣を振るわせるのは虐待だろ……さすがに引くわ……)
どこからともなく野太い男の声が聞こえてきた。当たりを見渡してもモーリス以外に周りに人はいない。
(俺はここだ。お前が昨日魔力を流し込んでくれたおかげで色々なことが分かった。本当に助かったぞ。俺はどうやら魔剣オクト・サンクティファイと言うらしい。詳しい話はまた後でな)
どうやら昨日のやり取りは夢ではなかったらしい。腰に捧げている剣が話しかけてきている。そしてその声はモーリスには聞こえていないらしく僕にしか聞こえていないようだ。
声の正体が気になったものの、朝食の準備ができたとリリーに呼ばれたため食堂に向かった。今日の朝食はいつもと変わらない麦粥と野菜スープのようだ。
「剣のお稽古はいかがでしたか?」
リリーが優しく今日の様子を聞いてくれた。
「剣が重くて難しかったよ。父様のように剣を振れるようにもっと練習しなきゃ」
僕の言葉にモーリスはうれしそうに微笑んでいる。息子に褒められるのがうれしいのだろう。顔は怖いが単純な父親である。
朝食をゆっくり食べながら、リリーに剣の訓練のことを話したい気持ちもあったが声の主の正体が気になったため、急いで朝食を掻き込み、剣を持って部屋に戻った。
「なにがなんだかよくわからないけど説明してくれる?」
僕は剣に向かって小声で話しかけた。剣に話しかける六才児、傍から見たら異様な光景だろう。
(多分声に出さなくても話せるぞ。さっきも言ったが、俺は魔剣オクト・サンクティファイと言うらしい。なぜかうまく思い出せないが……今までは他の世界で生きていたと思う。お前が魔力をくれたおかげで色々な知識が流れこんできたが、どうやら俺はこの魔剣に転生したらしい)
魔剣? 転生? 色々な情報が詰め込まれすぎて正直よくわからない……
(ちょっと意味が分からないよ。魔力をくれたと言われても僕は魔法を使えないし……そもそも僕の家の財力で魔剣なんて買えるわけないよ!)
(そんなこと言われても知らん! どこからか流れ込んでくる知識が俺は魔剣だと言っているんだ! 魔力はお前から勝手に貰ったわ、すまん。)
なかなか大変な事態だと思うがなんとも軽いノリのやつだ。
(だが、おかげで剣から出て動けるようになったぞ)
そういうと剣から半透明の猿のようなものがあふれだしてきた。リンゴくらいの大きさで猿のようなシルエット、長いしっぽもある。色は黒いが半透明で透き通って見える。
間違いなく精霊など綺麗な類ではなく、むしろ悪魔の類だろう。にやけた顔がなんだか気持ち悪い。
(魔剣だし悪魔が宿っていても仕方がないけど……なんか邪悪な猿みたいで気持ち悪い!)
(俺のデザインにケチをつけんじゃねえ! 猿じゃねえし、精霊っぽくてカッコいいだろ!? ダンディーな俺を表現するような黒色もカッコいいしな!)
まさか自分で考えた姿とは……あまりのセンスのなさにびっくりだ。
(まあ、細かいことは気にすんな。俺もどうすればいいかよくわからんが、第二の人生と思って楽しむことにするわ。ところでお前名前はなんて言うんだ? )
なんとも適当な人……いや精霊なのだろうか……とにかく、色々考えていても仕方がなさそうだ。
(僕はイースフィル準男爵家長男アルヴィン・イースフィル。魔剣のおじさんはなんて呼べばいいの? )
(アルヴィンか。じゃあお前のことはアルって呼ぶぞ。俺のことは……前の名前も覚えてないし、今の魔剣の名前にちなんでオクトでもサンクティファイとでも適当に呼んでくれ)
オクトでもサンクティファイもカッコよすぎるだろう……この精霊にはもったいない名前だ。
(……じゃあ、略しておっさんって呼ぶよ。カッコイイ名前は似合わないしね)
(おっさんって……もうちょっとカッコイイ名前がいいんだが……)
せっかく名付けてあげたのにわがままな精霊である。
(なら、オッ・サンはどう? ちょっとかっこいいでしょ? )
(イントネーションが変わっただけのような気もするが……まあとりあえずそれでいい。ところで俺が思考を維持したり、姿を具現化するためには魔力が必要みたいでな。寝る前でいいからアルの魔力を注いでくれないか? 動けないし考えられないんじゃ転生した意味がないからな)
僕に何もメリットがない気がするけど……ここは魔剣に呪われたと思って諦めるか……
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