第5話 暴動発生

 ジーンが駆けつけたときには、ドロシーとクオは、ジーンと同じくレベル三の装備をもって、収容所の診察所に待機していた。


「遅いぞ、優男」


 そう、ジーンに声を掛けたクオの表情は、いつもの薄笑いを浮かべたままで、緊張というものがまったく感じられない。

 一方、ドロシーは銃に弾倉を装填するのに集中していて、ジーンの方を見ようともしない。だが、その手は微かに震えている。

 その様子を見て、ジーンは少しの躊躇いの後、ドロシーに声を掛けた。


「手伝いましょうか」

「ありがとう。でも、できるだけ、自分でできるよう、慣れておかないと」


 それを聞いて、クオが口笛を吹いた。


「研究者さんにしては、良い心構えだなぁ」

「クオ、うるさい。私をからかっている暇があったら、外の状況をちゃんと見て、報告して」

「へいへい」


 クオはあいかわらず緊迫感の欠けた声を発しながら、部屋に設置された外部監視用モニターに目を走らせた。


「いまのところ、奴ら、この管理棟に侵入してくる兆しはないね。収容棟でのみ、ご様子。そこで鎮圧されちまうんじゃないか? 収容棟にゃ、警備兵が派遣されているんだし」

「だとしても、怪我人が出ている情報は入っているのよ」


 やっと、銃に弾倉を装填し終わったドロシーが、きっ、と顔を上げてクオを睨んだその瞬間、彼女の声に被るように複数の鈍い着弾音が収容棟の方向から響いてきた。


 同時に、モニターからは多数の人の悲鳴と怒号が、入り乱れて聞こえてくる。


「なに? 警備兵が、銃撃したの?」

「いや、いまのは催涙銃による銃声でしょう。だとすると、ドロシー、すぐにここには催涙弾によるガス中毒者が多数運び込まれてきます。その受け入れ準備を急ぎましょう」


 ジーンが冷静に答えた。

 その淡々とした言に、クオが感心したような、或いは、茶化すような、どちらともつかぬ絶妙な声音を発した。まるでジーンを挑発するかのように。


「ほう、流石に、最近まで戦地にいただけのことはあるなぁ、軍医殿」


 だが、ジーンはその皮肉を受け流し、無表情のまま、解毒剤の準備をすべく、診療所の奥にある薬局へ身を翻した。



 それから数時間、診療所は催涙ガスによる患者であふれかえり、さながら野戦病院の形相であった。


 警備兵が暴動を起こした難民に放った催涙弾の威力は最低レベルのものだったため、入院が必要となるような重い中毒症状を見せた難民は数人に過ぎず、幸いにして死者は出なかった。それでも嘔吐を示す者や、目の痛みや咳が止まらないなどの軽微な症状の患者が多数運び込まれたものだから、ドロシーとクオ、ジーンは広くもない診療所内を駆けずり回り、その夜、遅くまで治療に追われた。


 だが、日付が変わる頃には、それも片が付き、診療所は平穏を取り戻しつつあった。


「はぁ、八面六臂の活躍だよなあ。今夜の俺たち」


 少し休憩、ということでスタッフルームに戻った三人のうち、一番初めに口を開いたのはクオだった。そう言うクオの額には長い髪が汗によって張り付いている。


「ようやく、減らず口を叩く余裕が戻ってきたようね」

「まあな、でもドロシー、そんなあんたも、汗だくでせっかくの化粧が台無しだぜ」

「そんなの、構ってられないわよ、ほっといて。それにしても、ジーン、あなた、処置の手際の良さ、流石だわね」

「それは、どうも。お役に立てたのなら幸いです」


 ジーンは汗に濡れたダークグレーの短髪をタオルで拭いながら、控えめに礼を述べた。そんなジーンを見てクオがなにか言いたそうに口を開きかけた、そのとき。


 診療所の入り口が慌ただしく、複数の人間による気配に乱された。


「おい、重体の患者だ! だめかも知れないが、診てやってくれないか!」


 警備兵らしき数人の声に、慌ててドロシーを先頭に、三人はスタッフルームから飛び出す。

 見れば、担架に乗せられ運び込まれてきたのは、血まみれの一体の人間であった。その青ざめた顔と、担架から、だらり、と垂れ下がった長い白髪と細い腕は、腹部から溢れたどす黒い血に汚れ、一刻を争う容態であるのは、誰の目にも明らかである。


 それが、ジーンとカナデのはじめての対面であった。

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