独占欲を形にする太宰

歩夢

ヨコハマでばったりと……

「げ」

「あぁ?」

 心底厭そうな顔を浮かべる長身の男と、その顔を帽子越しに睨み上げる小柄な男。偶然か必然か、同じ日の同じ時刻に、同じ場所を二人は通りがかっていた。


「うわぁ。折角いい日本酒と巡り会えた日に君に会うなんて、最悪なんだけど!」

「そりゃこっちのセリフだ!!俺だって二カ月ぶりの休暇に手前の面なんざ見たくねぇんだよ!」

 しかめ面で指さす中也に、太宰はやれやれと肩をすくめた。

「相変わらずブラックだね~マフィアは。あ、この街の暗部そのものだから仕方ないか、あはは~」

「るせぇ、どうせ手前はろくに働かねぇで仕事サボってやがんだろ」

「私の繊細な勤労意欲なんて、図太い神経の中也には分からないだろうねー」

「あぁ!?手前が繊細だあ?」

「そうさ、だからそんな大声で怒鳴られると、煩くてますます働く気が失せちゃったじゃないか」

「はあ”?」


 ポート・マフィアの元幹部と現役幹部らしからぬ罵倒が昼下がりの長閑のどかな街で繰り広げられる。傍からみればただの痴話喧嘩なため、止める者もいない。


「で、中也どこ行くの?」

「手前に関係ねぇだろ」

 そういう中也の表情にはいつもの不機嫌さの中に、どことなく恥ずかしさが混じっていることに太宰は気付き、とある考えが浮かぶ―――。


 無言で歩き去ろうとする中也の後ろに、太宰はぴたりとくっつくことにした。

「なっ、付いてくんなっ!!」

「え~いいじゃん別に。私暇だし」

 くそ、面倒くせぇと吐き捨てながらも、何を云っても無駄だと諦めた中也はそのまま進んでいった。

 一方の太宰はあまりに楽しすぎる状況に、にやけを隠せずそのまま中也のあとを追った。


―――少しばかり歩くと、目的地にたどり着いたようで中也は停止する。

 重厚な扉の先には燕尾服を身にまとった男性が待ち構えていて、いわゆる高級服飾店ブティックといわれるところだった。


 中也、いつもこんな処で洋服買っているのかなー。生意気。と太宰は考えながら、小柄な姿のあとに続いて扉をくぐる。


* * * *


「わー、とてもお似合いです!」

「お、そうか?」


 勧められた服を試着し、まんざらでもなさそうに中也は鏡の前に立っていた。その様子を太宰は面白くなさそうにソファに腰かけ、顎に手を添えながら見つめる。

「中也ってば……全然決まらないじゃないか」

 店に入ってから既に二時間は経っていた。

「あ、それも良いですね。本当に似合っていますよ」

「ん、ああ。悪くねぇな」

 するとおだてる店員に太宰は微笑を浮かべたままそっと近づいた。

「お姉さん、お世辞上手ですね。でも中也になんて気を遣わなくていいんですよ」

「んだと手前!!」

「その心遣いは美しいが、あなた自身も美しい……良ければこの後、私と一緒にそこの喫茶店でお茶でも―――」

「こんな処で口説いてんじゃねぇ!帰るぞ!!!」


* * * *


「中也ったら嫉妬深いなあ」

 首元の襟を後ろから引っ張られ体を引きずられながら、太宰は口をすぼめて云った。

「あぁ!?何いってんだ手前―――」

 中也は牙を剥きだして振り向いた。しかし、ふと太宰の手にしたものに気付き、しかめていた顔が緩まる。

「ああ、これ。気になるかい?」太宰は視線に気付き、嬉しそうに笑顔を向けて立ちあがった。「はい、私からのささやかな贈り物だよ」

 中也は太宰に渡された小箱を凝視した。

「……」

「疑っているのかい?安心し給え、何も飛び出たりはしないから」

 中也は不信感を募らせた目を向けたまま、ゆっくりと小箱の蓋を開けた。太宰のいう通り、何も飛び出たりはしなかった。だが中也の目は見開き、その表情は驚きを物語っていた。

 その見つめる先にあったのは、ひとつの腕時計だった。

 細い金色に輝くベルト。そして縁のくぼみには、小さいのに強力な輝きを放つ宝石が幾つも施されている。

「……いつのまに」

「中也が変な形の布に熱中している間に見つけたのだよ。どうだい、なかなかに君の好みだろう?」

「なんで……」

「理由なんてないさ。ただ君に似合いそうだったから」

 そう云うと、太宰はその腕時計を箱から取り出し、中也の左腕にそっと付けた。

「ほら、似合うじゃないか」

 しかし中也は太宰のおだてに舌打ちで返した。

「こんなもん付けてたら、目立つだろ」

「えー、目立つようにあげたのに」

「は!?なんのためだっ」

「ふふふ。あー、それにしてもおかげで全財産がなくなってしまったなあ。というわけで中也、おごって」

「なっ、手前!」

 困惑から苛立ちへと次々と変わる中也の表情をみて太宰は楽しそうに笑う。

「そうだなー、うな重か回らない寿司がいいなぁ」

「……チッ、仕方ねぇな」

 中也は腕時計に目を落とし、少し沈黙した後、太宰に背中を向けて歩き始めた。

「わーい、中也優しい!ついでに明日も明々後日もおごってくれないかい?」

「調子にのんじゃねぇ!」


 中也の横顔が赤く照らされているのは、夕焼けのせいだろうか――。横目で相棒の姿をちらりと見つめて、太宰は思った。

 その細い首を一周する黒いベルトも目に入り、ふっと笑う。

「あ?どうかしたか」

「いや、何もないよ。食事が楽しみなだけさ」

「そうか」

 そして中也に気付かれないよう、彼の腕にはめられた腕時計を見る。

―――首輪だけじゃ足りないようだからね、私の小犬イヌは。

 太宰は心の中でそっと呟き、先ほどの中也の照れくさそうな笑顔を想い浮かべてまたふふっと笑った。




~おまけ~

翌日、ポート・マフィアの廊下にて。

中也の腕時計に気付いた芥川はじっとそれを見据える。


「……」

「なんだ?……これか。やっぱ目立つよな……」

「いえ。中也さんが腕時計をつけるなんて珍しいと思っただけです」

「ああ。これは太宰―――」

「太宰さん!?まさか、太宰さんがその時計を!?」

「あー……いや、えと。太宰とは無縁な品だから気に入ってな……はは」


中也は芥川から必死に前日の出来事を隠すのであった。

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