最終話

 息を吸うと、大好きな男の香りが鼻腔をくすぐる。

 そんな距離感で、私はサイクスの腕に囚われていた。

 それもなぜか――裸で。


「事後ぉぉぉぉぉ!?」

「お前、ほんと色気がねぇな」


 慌てふためく私を抱えながら、サイクスが笑う。

 いつもより少し髭が伸び、眠そうな顔にとんでもない色気をたたえた彼の顔に、私はふんぐぅと息を詰まらせる。


 その様子もまた色気がないに違いないのに、彼はそこでちゅっと額にキスを落としてきた。


「な、なななな……」

「何でって、お前の呪いを解くためだ。恋は叶わないって無意味に信じ込む呪いをな」


 さて……と言いながらあくびを一つしたあと、彼は私の左手を持ち上げる。

 見れば薬指には、大きなルビーがはめられた指輪がくっついていた。ルビーはこの国では婚約指輪に使われるもので、3歳の時から私はこれをサイクスにねだり続けてきた。


「それで、願いが叶った感想は?」

「へ?」

「もう少し喜べよ。間抜けな顔も可愛いが、お前に笑って欲しくて用意したのに」

「いやでも、あの……だって……」

「俺は推しキャラなんだろ?」


 その言葉で、すべてゲロってしまった事を思い出す。


「あ、あれは……戯言というか……」

「俺の魔法薬は真実しか引き出さない。それも、知ってるんだろ?」

「うぅ……知ってます……」

「ならもう観念しろ。お前の考えも記憶のことも、全部知ってる」

「でもだったらなんで、こんな……」

「自分の気持ちを我慢するなって、そう言ったのはリリーだろ」


 大きすぎるルビーに震える手を、サイクスがぎゅっと握る。

 はっとして彼の顔を見ると、そこには前世で何百回とみたスチルと同じ、甘い表情が浮かんでいた。


「俺もお前を――リリーベルを愛したい」


 記憶と違うのは、愛の告白に私の名前が差し込まれたことだ。

 胸が苦しくなるほどの愛情を感じ、私はまた泣きそうになる。


「お前ほど声高々には言えないが、こうして愛を囁きたいし身体も心も全部俺の物にしたい」

「うぅっ……ゲームでは、そこまで熱烈な告白はついてなかったのに」

「お前のが移ったのかもな。出来ることなら、同じだけの愛を返してやりたいって、そう思ってる」

「でもなんで私を……」

「こんなに可愛い子にずっと好きだって言われて、落ちない男がいるかよ」


 あまりの殺し文句に、またしてもふぐぅと変な息がこぼれると、サイクスに笑われた。

 それを見ていると拗ねた気持ちが芽生え、私は隠す気のない胸筋をぽかぽか叩く。


「ずっと、塩対応だったくせに……」

「そうしないと、想いをこらえきれなかったからだ」

「じゃあ、前から好きだったんですか?」

「ロリコンかもしれねぇって不安だった時期もある」

「ロリコンでも良い!!」

「そう言って調子にのるから言わなかったんだよ。まあ、さすがに欲情するようになったのは最近だが、昔から俺はお前が可愛くて仕方なかったんだ」


 そう言って、サイクスの指が乱れた私の髪をそっとつまみ上げる。


「なのに勝手に身を引こうとするから、無理矢理つなぎ止めた。薬を使ったのは悪いと思うが、リリーだけは絶対に手放せなかった」

「……じゃああの、本当に昨日は……」

「結ばれたら、俺から逃げようなんて思わないだろう?」

「ここに来て若干のヤンデレ要素出してくるとかずるいです!!」

「男に執着されるのはいやか?」

「嫌じゃないから困ってます」


 ただでさえ好きなキャラだったのに、更に好きな要素が足されてしんどい。

 それもその執着の対象は自分だなんて、夢にしか思えない。


「いやこれ、夢かな……。壮大な夢でも見てるのかな……」

「夢にするなよ。なんなら、現実だってわからせようか?」


 妖しく光ったサイクスの瞳に、私は慌てて首を横に振った。


「いえ、あの、今はもう……色気は無理です」

「ならそれは今夜改めてにしよう。そろそろ結婚の許可証が届くだろうし、さっそく教会で誓いを立てよう」

「え、許可ってもう!?」

「どんな呪いかは知らないが、『愛があればきっと解けます』って陛下に言ったらあっという間に許可をくれてな。式は少し先だが、もう夫婦も同然だ」

「わ、私の意思は……!?」

「反映されてるだろ? 俺と結婚するのは3歳……いや前世からの夢だったんだから」

「そうですけど、こんな急に……」

「どのみちリリーが20歳になったら結婚する予定だったんだ。少し早まっただけで、問題は無い」

「でもあの、ヒロインは……」

「安心しろ、浮気はしない」


 でもサイクスがいないとお話が……と戸惑っていると、「そこもぬかりはない」と彼は笑った。


「聖女の恋愛が国の平和に関わるなら、騎士にはなる。だが、俺がなるのはリリーの騎士だ」

「え、なんで私?」

「才能は無いがお前だって一応魔法使いだから、魔法学校への入学は可能だろ。それに俺もついていって、必要なら『攻略キャラ』とやらの仲を取り持ってやる」

「いやでも、サイクスはともかく私まで魔法学校に行っていいんですかね?? 私、モブでもないんですけど?」

「ならこれからなれば良い。いやモブどころか主要キャラだな『サイクス=クルスニクの妻』っていう重要なキャラだ」


 ゲーム開始前から攻略キャラを寝取っているとか有りなんだろうかと思いつつも、今更サイクスを取られるなんて死んでも嫌だった。

 かといって彼の存在が消えることで、聖女の恋が破綻するのがまずいのは確かである。

 ゲームの内容は緩いが、それでも世界を脅かす魔王なんかはいるし、それを倒すには聖女と彼女に愛された男の愛の力がいるのだ。

 まあその魔王も、ルートによっては聖女の恋人になったりもするが。


「昨日お前から引き出した話が確かなら、聖女は人の旦那を誘惑するようなキャラではないだろ?」

「はい、それはもう品行方正で天使みたいな子です」

「なら俺に言い寄ることはないだろ。言い寄られたとしても、俺はリリーしか見てねぇけどな」


 意味深な表情で私の唇を指で撫で、サイクスが微笑む。

 垂れ流される色気にあてられながらも、ようやく私は彼に恋をしていても良いのだと実感を覚えた。


 とはいえこうも急速に事が運ぶと、今更気恥ずかしさや緊張が戻ってくる。

 その上これまでとは別人のように、サイクスは大人の色気と甘さを垂れ流している。


 というか、覚えてないけどきっと昨日はすごかったんだろうな……。などとうっかり考えていると、不意に彼の手が私の腰に回る。

 むろん、身につけている物は何もない。


「そ、そういえば私の下着はいずこへ……」

「どこでもいいだろ。今は必要ない」

「いや、でもベッドから出られないし」

「出られると思っているのか?」


 無理なのはなんとなく察した。

 色恋の経験は全くないが、前世ではエッチな本をいっぱい読んだ私である。


「その顔だと昨日のことは覚えていなさそうだし、念のため俺がいかにリリーを愛しているか証明する」

「ちなみにあの、私マグロじゃなかったですか?」

「まぐろ?」

「あの、下手だったりとか」

「安心しろ。俺たちはとても、相性が良い」


 そしてそれは、その後半日かけて証明された。

 色々すごすぎて結局後半は意識を飛ばされたけれど、ここまで散々愛されれば嫌でもわかる。


 私の推しキャラ――いや夫は、愛情深くて執着心も強いらしい。


 そんな気づきと共に始まった結婚生活は色々な意味で波乱に満ちた物になる予感がしたが、愛があればなんとかなるだろう。


 私はヒロインでもモブでもないけれど、ここは何があっても最後に愛が勝つ、恋愛ゲームの世界なのだから。



モブにもなれない姫君は、静かに恋を諦めたい【END】

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モブにもなれない姫君は、静かに恋を諦めたい 28号(八巻にのは) @28gogo

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