第2話 プロローグ~そして少年は世界を渡る~後編

「僕が君と喋っていられるのは、あとどれ位かな」


「・・・あと三分程。残りの二分は意識が無い状態になります」


 ――余命三分。

 そっか。と、少年は小さく頷いた。

 余命宣告をされても、もう指は震えなかった。


「――最期に、一つだけ聞いても良い?」


「可能な限り、お答えしましょう」


 黒いフードの中からはなを啜る音がして、少年はくすりと笑った。


「やっぱり、君は。・・・僕ね、ずっと気になってたんだ。なって」


 確信をもって告げられた少年の言葉に、死神の肩がビクリと跳ねる。


「私は――」


「――でも、やっぱり答えなくていいよ。やっと解ったんだ。死神でもそうじゃなくても、君は僕の可愛い妹であることに変わりないって。そうでしょ?――花凛かりん


 花凛。そう呼ばれた死神は、パサリとフードを外した。


「お兄ちゃん・・・いつから気づいてたの」


 小さく震える心許ない声に、少年は優しく笑いかける。


「そんなの、すぐに分かったよ。身長も声も、何も変わってないじゃないか。正体を隠すなら、もっと上手くやらないと」


「うん・・・ありがとう、お兄ちゃん」


 ――残り一分。


 規則正しく進む秒針が、酷く恨めしく感じられた。


「最期に、花凛に逢えてよかったよ」


「ねえ、お兄ちゃ——」


 死神の声は、唐突に遮られた。


 少年が苦しそうに、命を絞り出すように咳込み始める。


 ティッシュペーパーを取るのも間に合わず、少年は手のひらで咳を受け止めた。


 ――ごぷり、ごぷり。溢れだした血が指の間から零れ落ちる。


「――お兄ちゃん?!え?ちょっと待って!!」


 真っ青な顔でナースコールを押そうと慌てる死神の手を、少年が止めた。


 小さく動かされる口から言葉を聞き取ろうと、死神は耳を寄せる。


「・・・も、じゅう・・・ぶん。・・・いき・・・た、から」


 ――ありがとう、花凛。


 そう言ったきり、少年は喋らなくなった。


 浅くか細い呼吸を繰り返す少年は、先程と打って変わって穏やかな表情をしている。


 それからきっかり二分後。


 八月十六日。午後十時四十七分。


 少年は息を引き取った。


 零れる涙を拭いもせず、少女は寂しげに笑う。


「十分生きたなんて、嘘吐かないでよ。高校に行きたいって、言ってたじゃない。騎士団長助けるって、言ってたじゃない。私と一緒にゲームするって、約束したじゃない」


 少女の独り言は、もう少年には届かない。


「お兄ちゃん、って訊いたでしょ?教えてあげる。・・・私は。これが答えだよ。力を得るには代償が必要。だから、私は人としての幸せを捨てた」


 少女は真っ黒なフードを目深に被り直して言葉を繋ぐ。


「死神も、神って言うだけあって奇跡を起こせる。・・・お兄ちゃん、ヴィンスレッド団長に宜しくね」


 少女は夜闇に紛れて姿を消した。

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二度目の人生は貴方の為に。 閑谷 璃緒 @RIO_S

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