第5話 有限創生

 案内された長屋の一番奥がリンの家だった。

「ユーイ、ゆっくりとしていってね」

「お邪魔します」

 中に入るとそこはとても簡素な作りで、囲炉裏を囲んだ部屋が一つと、もう一つ台所があった。二人で住むには少し手狭に感じられた。

「お母さん、ただいま。友達のユーイよ」

 リンが誰かに声をかけたので慌てて挨拶しようとそちらを向いた。しかしそこに人の姿はなく、東の国特有の死者を悼むための仏壇があるだけだった。

「リンのお母さんは」

「うん。一年くらい前に、亡くなったの」

「そう、なんですか」

 手を合わせるリンの隣で同じように手を合わせる。

「ありがとう、ユーイ」

「いいえ」

 笑顔のリンが私を見つめていた。

「ユーイはどうしてヒサカ先生に会いたいのかしら?」

 当然の疑問だった。どう答えたものかと悩んだ。

「えっと、私、身寄りがなくて、ヒサカ先生のお手伝いをしてたんです。でも、突然先生がいなくなってしまって、探していたらこの村にいるという話を聞いたもので」

「お手伝いって、ユーイはえらいのね。お医者様の卵かしら?」

「いいえ、そんなすごいものじゃないんです」

 何だか持ち上げられてしまっている。

「ただいま」

 話しているとリンの父親が帰宅した。

「お父さん!おかえりなさい。ユーイはすごいのよ。ヒサカ先生のお手伝いをするために、ここまで来たんですって」

「えらい!」

 そんないいものじゃないのに。

「そうなの。ユーイはすごいの」

 リンが胸を張って自慢げに言った。何だろう、心のどこかがむず痒い。

「あ、お父さん。ユーイにこんな綺麗な石をもらったのよ」

 昨日渡した宝石を取り出したリンが言う。

「おい、リン。それって、宝石じゃないか?」

「え?宝石なの?」

「ゆ、ユーイちゃん。何かの間違いじゃないか?こんな高価なものをリンに……」

「そうよ、ユーイ。あたし知らなかったの。そんな高価なもの受け取れないわ」

 慌てふためく二人を見ていると、何だかおかしくて笑ってしまった。

「ユーイ、笑ったね」

「え?」

「とても素敵よ、あなたの笑顔。ねぇ、お父さん」

 父親はうんうんと頷いている。

「あの、私、ずっと笑ってなかったですか?」

 ずっと笑顔で話しているつもりだった。

「無理やり笑顔を作ろうとしているのがバレバレだったもの。あたし、ユーイは素敵な笑顔で笑う子だと思ってたの。思ってたよりもずっと素敵だったけれどね」

「リンさんの笑顔の方が素敵だと思います」

 勝手にそんな言葉が出てきた。

「嬉しい。ありがとう、ユーイ。あ、宝石!」

「それはいいですから。リンさんが持っていてください。どうしても返すと言うなら、私それ捨てちゃいます」

「ええ!」

 父親が驚く。

「わかったわ。大切にするわね、ユーイ。じゃあ、腕によりをかけて料理を作っちゃおうかしら。お父さん、手伝って。ユーイは休んでいてね」

 そう言ってリンは父親を引き連れて台所に向かった。

 一人座って二人の後ろ姿を見ていると、ずっと大人しくしていたオドが話しかけてきた。

「リンはいい子だね」

「うん。リンみたいないい人に会ったのは初めてだよ」

「それは違うと思うよ」

「どういうこと?」

「ユーイは今までマナ以外の人ときちんと話したことがなかったんだよ。リンみたいな人だってこの世界にはたくさんいるはずだよ。きっとユーイが今まで出会った人たちの中にもね」

「そっか」

 今日出会った人たちを思い出した。昨日出会った人たちを思い出した。直接話をした人、すれ違っただけの人。この世界にはたくさんの人たちがいて、色々な人たちがいる。

「きっとそうなのかもしれないね」

 オドの頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を瞑った。

 これまでの私にはマナさえいればそれで良かったから、そんなことは考えたこともなかった。

「オドの笑顔も素敵だよ」

「僕は最高の使い魔だから、何をさせても素敵だよ。知らなかったの」

「そうだね」

 ちょうどオドとの話が終わった時にリンと父親が戻ってきた。自分の前に料理が置かれる。芋のスープや野菜を使った豆料理など、どれも美味しかった。肉類がないのはきっと高級食材だからだろう。

 食事中、父親とリンが楽しそうに話をしていた。私も適当に相槌を打ちながらそれを聞く。

「イーストベルからの帰り道、野盗に襲われそうになったところを、兵隊さんに助けてもらったのよ」

「そうなんですか。私は運良く、襲われずに済みました」

「すごく重装備だったけれど、警備強化期間なのかしら?村のことも熱心に聞かれたわ」

「村の警備もしてくれればなあ」

「お父さんの仕事がなくなっちゃうわ」

「いやいや、俺はまだまだ何でもできるぞ!」

「お父さんもあまり無理はしないでね。あたしだって頑張っちゃうんだから。あ、ユーイ、おかわりはいる?」

「お、おかまいなく。たくさん食べてますから」

 これが家族なんだ。私とマナは家族をできていたのだろうか。胸の奥が少しだけ痛んだ気がした。

「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。リンさんは料理が上手なんですね」

 食べ終えて片付けを手伝う。

「美味しい料理を食べたら、皆幸せな気持ちになれるもの。だから、あたしはもっと美味しい料理を作れるようになりたいの」

「リンさんは料理人になりたいんですか?」

「料理人?」

 リンがきょとんとした顔で私を見た。

「そうね。イーストベルのレストランでお仕事ができたら、きっと素敵ね。けれどあたし、レストランがどういったものかも全然わからないの」

 この村の状況を見るに、きっとレストランに入る余裕などないのだろう。余計なことを言ってしまったと思い、食器に視線を落とした。

「ユーイはあたしに素敵な夢をくれるのね、ありがとう」

「え?」

 リンが笑顔で私を見ていた。

「だって、あたしはそんなこと考えたことなかったもの。ユーイが教えてくれたのよ。だから、ありがとう」

「そんな、私は、思ったことを勝手に口に出してしまっただけで」

「ユーイは物知りなのね」

「そんなこと、ないです」

「あ、お薬を飲まなきゃ!」

 思い出したようにリンが少し待っててねと言って戸棚から薬を取り出した。自分と父親の二人分を用意して持っていく。

「もしかしてユーイも飲んでおいた方がいいかしら……。体に不調はない?」

「?」

 何のことかと思ったが身体に不調は特に感じていない。

「大丈夫です。身体は丈夫なので」

「そう、ならよかった。けれど、ヒサカさんが来た時には、一度診てもらった方がいいと思うわ。それと、おかしなところがあったら言ってね。お薬に余裕はあるから」

「はい」

 そう言うとリンと父親は手を合わせて薬を飲んでいた。

 少し違和感があった。薬と言えば高級な代物のはずだ。そんな薬をどうやって手に入れたのだろうか。

 少し考えて頭を振ってそれをやめた。邪推はよそう。

「そろそろ寝ましょうか。布団は二つしかないから、ユーイはあたしと一緒でいいかしら?」

「大丈夫です、リンさん。私は布団がなくても眠れますから、そこまでしてもらうわけにはいきません」

「なら俺の布団をリンが使って、リンの布団をユーイちゃんに使わせてやったらどうだ?」

「いいえ、私は本当に……」

「そうしましょう!お父さん、悪いけど、しばらく我慢してね」

「しょうがねぇなあ」

 父親は豪快に笑って、そのまま寝転んだ。

「すみません、リンさん。気を遣わせてしまって」

「いいのよ、ユーイ。それにね、そういう時はすみません、じゃないの。ありがとう、って言うのよ」

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして!また明日もよろしくね。おやすみ」

「おやすみなさい」

 笑顔でそう言ったリンは明かりを消して布団に入った。やがて二人の寝息が聞こえてきた。

 二人が眠ったのを確認して、そっと外に出る。

 見上げれば満点の星空。

「リンもお父さんもいい人だね」

 オドに話しかける。

「そうだね。ユーイは眠らないの?」

「何だか眠れなくて」

「もしかして体調が悪いの?」

「別に体調は悪くないよ」

「ならいいんだけど」

「どういうこと?」

「ユーイの体調が悪くなくて安心したんだよ」

「そう」

 久しぶりにこんなに他人と話した気がした。協会に軟禁されてからは、まともに誰かと話をする機会なんてほとんどなかった。マナと縁があったというシーヴェルトは、時折私のところに顔を出してはくれたが、必要最低限しか話はしなかった。

「イーストベルのレストラン、か」

 リンとの先程の会話を思い出す。

「連れて行ってあげたいな」

「でもユーイは文無しだよ」

「分かってるよ」

「宝石、返してもらえば?」

「馬鹿なこと言わないで。あれはもうリンにあげたものなんだから」

「じゃあ、どうするの?」

「オド、お願いがあるの」

「なるほどね」

「流石相棒」

「言っておくけど、それは協会にばれたら厳罰ものだよ」

「う……。もちろん、分かってるよ。それに、必ずきちんと返すから」

 試しに私は右手を出した。

「有限創生」

 私の言葉に反応したように指輪が輝きを放ち、手のひらに金貨が数枚出現する。

「いけそうだね」

「うん。でも、長くは顕現できないよ。その程度のものだったら、ユーイが創ったもので1時間くらいかな」

「そっかぁ。マナならどれくらい顕現していられたのかな」

「それこそマナの気分次第だよ」

「だよね」

 指輪が音を立てて壊れた。破片は地面には落ちず、跡形もなく消え去っていく。

「また壊れちゃった」

「まだ予備があるから大丈夫だよ」

「そうだね」

 指輪には魔力が込められており、一定の魔力量を消費してしまうと壊れて使えなくなってしまう。指輪がなければ魔法は使えない。

 深く息を吐く。

 私はこの魔法で人を騙すことになる。

「それでも、私はリンに夢をみせてあげたいんだ」

「ユーイがやりたいならやればいいよ」

「ごめんね」

「違うよ」

「あ、そっか。ありがとう、オド」

「どういたしまして」

 二人で笑い合って家の中に戻った。中ではぐっすりと二人が眠っている。

 私もリンが貸してくれた布団にくるまり、そのまま眠りに落ちた。

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最後の魔法使い。(東の国) あかる @akarun

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