ナチュラルボーン チキンダンス

ねなしぐさ はな娘

第1話

ぼんやりと浮かんではそれを引き寄せようと手繰ると霧散するような、そんな人生だったと思う。


さくらはサブだった。ドラマで言えばエキストラ、友人Aにもなれない。諦めながら楽な方に傷つかないようにと生きてきたら気づけば端っこにいた。


数人で終わる程の人間関係と手持ち無沙汰に集めた家具を持って生きている。

それが女、さくらの今までだった。


そう、こんな陽気ないかにも主人公みたいな目立つヤツとはすれ違いすらもしないような。


「早坂さんが担当してるソロパート、先生が見たいそうです」


絶対に、絶対に目を合わせちゃいけないし

向こうなんか歯牙にもかけていない。

でも目線を合わせずとも洋平という男と喋るには首をいくらか上に向けなければいけなかった。


オドオドとした佇まいと右往左往する視線は自分でも情けないくらいだったけど、違う世界の人間と話すのは勇気がいる。

絶対下に見られてる。分かってる、被害妄想だと。

相手はそう思っているかもだけど。


さくらは逃げるようにその場を後にした。

洋平だけでは無い、他の人間の視線も怖いのだ。

心臓はバクバクし、直立不動になりながらも目立たないように気配を消した。

自分は壁の、あるいは空気の一部だと念じた。


そうする事で雰囲気に溶け込み自分の存在が消える。この安心感。誰もが自分の存在を忘れている事が気楽だった。


集団の目線は目立つ方に常に向けられる。

1人で縦横無尽に空間を使う男、洋平に。


舞台から飛び出さんばかりの迫力のある跳躍も、

観る人の目を離さない表情や指先ひとつで惹き付けるような演技力も。


自分では叶わない領域に立つ者を羨望の目で拝む人、挑もうと芸を貪欲に盗もうとする人、

妬む人、はたまた比較して諦める人が舞台袖から視線を送る。


本番前のゲネプロといわれる通し稽古は

細かないくつかの修正点を数時間かけて改善していった。


朝から夜までかかったゲネプロの終了後、

各々バタバタと片付けや談笑しながらのクールダウンをする人を横目にさくらはそそくさと帰ろうとした。


さくらは後ろから声をかけられるのが苦手だった。

それなのに無愛想な声で後ろから

「ダンサーがそんな背中丸くていいの?」と呆れられるように言われた。

自分に向けられた事とビックリして飛び上がるように後ろを振り向くと、ソロパート様が突っ立っていた。


さくらは条件反射ですみませんが出てきた。

猫背は学生時代から先生方にも注意されてきたのだ。さくらの中で舞踊の先生は親よりも学校の教師よりも恐ろしかったものだから、ただちに背筋を伸ばして一目散に更衣室に走った。目線は合わせられなかった。


家に着くまで心臓は緊張でドキドキしていた。

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ナチュラルボーン チキンダンス ねなしぐさ はな娘 @87ko

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