おもちゃの国の冒険
Naka
第1話
《一》
その国は一言で言えば寂れた国でした。街の空気は悪く、薄暗い、滞在しようとする旅人なんて一人もいなかったのです。
だけどその国には、それはとても高名な魔法使いがいました。魔法使いはその街の良さをどうにかして旅人に伝えられないかを考え、自分の魔法を何かに活かせないかと考え始めました。
その魔法使いは、国の為に様々な発明を行いました。空を飛ぶ船、水源が無いのに水が出続ける水道等々……。
そんな魔法使いの最大の発明は、動くおもちゃです。ぬいぐるみや人形たちに簡単な意志を与えて、仕事をさせました。街の清掃や、お店の経営、警備とかです。どうやら喋らせることも出来たそうですね。
その国は動くおもちゃ達の働きで更に活気が良くなっていきました。街は綺麗に光るようで、街の中で働くおもちゃたちの姿はまるでテーマパークを連想させました。滞在する旅人も増えていき、街の良さが様々な人に伝わっていったのです。
やがて長い時間が経ち、魔法使いは死んでしまいましたが、魔法が解けることはなく、おもちゃたちは今も街を活気づけています。
それがこの国に伝わる物語です。
《二》
「おもちゃの国……か」
入国ゲートの前には、美少女がいた。肩までかかる程の黒髪。真っ白な肌に宝石の様に美しい青い目。エルナ・アーレンスという流浪の旅をする十六歳の美少女だ。まあ私のことなのだけど。
おもちゃの国の噂を旅の最中に聞きつけた私は、胸を高鳴らせてこの街まで来ていた。だっておもちゃが仕事をしているのだ。凄い楽しそうに決まっている。
「ゲートの前には誰もいない……かぁ。これは何かありそうだね」
今はまだ太陽も上り切っていないというのに。門番の人は、いやこの場合はおもちゃか。門番のおもちゃは一体何をしているのだ。門番がいないとなると、旅人としては少し困る。勝手に入って不法侵入したとか言われたらたまったものじゃないからだ。
「しかし……ここでこうして待っていても、何も起きそうにない」
入るべきか、入らないべきか。私はしばし考えて、やはり入ることにした。
入国ゲートは門の鉄の部分が錆びていた。開けてみるとギギィ……という擦れた音が鳴り響く。完全に整備されていない。
「……?」
前情報とは違うが、噂だし間違いもあるだろう。中に入ればきっと綺麗なのだ。私はそう思うことにした。
ガガガ……ギギギ……と音を立てる門を開き切ると、私は埃だらけになった服をはたいて汚れを落とした。
「……はぁ」
何だか入る前からテンションが下がってきた。これが噂に聞くメルヒェンの街かと思うと少し失望してきた。いやまだ、入った訳ではないのだが、いいレストランというのは水から既に美味しいように、いい国というのも門の時点でそれなりにいい対応をしてくれるものだ。今のところ、この国は最悪だ。
落ち込んだ気分のまま、私は入国ゲートをくぐり、長い通路を通って国へと入った。通路を出ると一気に視界が開けるのはどこも変わらない。
「うわぁ……」
私がふと口から漏らしたこのセリフが感動ではなく、落胆なのは説明するまでも無いだろう。街は一言で言って、悲惨だった。光る様に綺麗な街並みは、雲一つない日中なのに日陰にあるような暗さがあって、青や黄色の塗装がされている建物は塗装が所々剥げていて、入り口広場のシンボルなのか無駄に大きな噴水には水が入っていない。
「これは……予想外というか、最早滅んでない?」
そんな感想が私の口からこぼれた。だがこう思うのも当然だろう。だって、勝手に国に入ったというのに、何も無いからだ。そして誰もいない。おもちゃも人も。見える限りはどこにもいないのだ。
「あ、第一国民発見」
とぼとぼと歩いている男性がいた。ボロボロの格好で、猫背に歩く男性の姿はどう見ても浮浪者だ。出来ればお近づきになりたくはなかったが、ここは我慢して私はその男性に近付いて尋ねた。
「ねえこの国っておもちゃの国なの?」
急に見知らぬ美少女を見て、脳の処理が追い付いていないのか「あ……あ……う?」とか呻いている男性だった。浮浪者特有の反応だった。私は腰のポーチに入っている水を彼に分けてあげた。すると彼はひったくるようにそれを取り、一気に飲み干す。
「ふぅ……死ぬかと思った。ありがとうお嬢さん」
お嬢さんだなんて、随分と礼儀の正しい紳士だ。
水を飲めなくて死ぬ。まあこの国の現状を見る限り、有り得なくはない話だなと私は思いながら言った。
「この国は水を飲むにも苦労するの?」
男性は不思議そうに私を見るが、すぐに旅人だと気付いたのだろう。
「ああ、そうさ。我々人間はこの国では歯車でしかないからね」
男性の言葉の意味は少し分かりにくかったが、歯車ということはつまり、国を動かすパーツでしかないと言いたいのだろう。それは何とも酷い話だ。
「ここはおもちゃの国……なのよね?」
「そうだよ、ここはおもちゃたちの国さ」
《三》
男性と別れた私は、とりあえずお腹が空いたので、食事をとることにした。男性からどこに何があるかは大体聞いたので迷うことはない。どんどん街の内部に入るごとにちらほらと人の影は見えてきた。が、どれも浮浪者みたいにボロボロだ。噂に聞くおもちゃの姿は影も形もない。
「キナ臭い国だ。やっぱり人づての情報なんてアテにならないのか」
絶賛不法入国中なのもあってか、実に落ち着かない。何だか誰かに見られている様な嫌な感じすらある。私はここまで不法入国に罪悪感を感じるタイプだっただろうか。
街の中に一つしかないレストランに入ると、私を出迎えたのは人間の店員だった。そろそろおもちゃの店員が見れるだろうとワクワクしていたのだが。拍子抜けだ。
「どうぞ好きな席に座って」
狭い店だった。カウンター席が四つと、テーブルが二つしかない。この街唯一のレストランがこれというのは何だか変だ。
「うちはお持ち帰りが多いんだよ。ここで食ってくのなんてたまに来る旅人さんだけさ」
「なるほど」
そういうことなら、それでいいのだろう。今はそう納得することにした。さっきの浮浪者の男性と違って、ここの店員はそこそこ小奇麗だ。といってもこの国の基準であって、他所と比べると彼も彼で浮浪者だが。ともかく話が出来そうな人なので、私は色々と質問をすることにした。
「この国っておもちゃの国なのよね」
男性は言った。
「ああそうだよ。旅人さん、それで来たんだろ?」
どうやらおもちゃの国でいいらしい。だがそうだとしたらおかしい。ここまでおもちゃを一体も見かけていない。まさかここまで会ってきた人間が、全て実はおもちゃだったとか言うドッキリはやめていただきたい。心臓に悪いので。
「はははははは。そんな愉快な話だったらよかったよ」
と言って男性は笑った。
「それ笑い事じゃないんだけど……」
とはいえ恐ろしいのは私が考えた最悪の想像を愉快と言い放ったことだ。どうやら実際はもっと酷い状況らしい。気にはなったが、聞いてしまったら多分食事を美味しくいただけないだろうなという気がしたので、それ以上質問はしなかった。
聞かなくてよかったとレストランを出た私は思った。
食事が美味しくなかったのである。
「まあ店員さんは悪人じゃなさそうだけど」
適当に店の経営をしていたようにも見えなかった。彼自体は誠実でいい人だった。それなのに料理が美味しくない。いやまあ善人なら料理が上手いとは言わないが、仕事を真面目にしている人間にしてはおかしい気がしたのだ。代理でやらされているような感じがするというか……。何となく不慣れな雰囲気があった。
「この国のトップの顔が見てみたいものだ」
そう思ったら行動は速い。私はすぐに国の中央にある城の前に来た。城だけはやたらと綺麗だった。しかし門や城壁の色は、赤や黄緑などかなりハッキリとした色合いで、どこか機械的な雰囲気があった。庭園の草木は瑞々しく、生命力を見せつけていた。ここまで死んだような街並みだったので、圧倒された。
「綺麗な城だなぁ。いつか住んでみたい」
綺麗すぎるほどに。中身の醜悪さを隠すかのように。
城へと入ろうとする私の前に、槍の切っ先が突き付けられた。
「ハイルナ」
そこにいたのは二体のブリキの兵隊だ。まん丸の点の様な目に、ご立派な髭をたくわえている。とても可愛らしい見た目をしている。実に私好みだった。ここまで失望しっぱなしだったので、初めて動くおもちゃを見て、少し感情がおかしなことになっていた。
「へ、兵隊さんだぁ!」
「ハイルナ」
「おう……」
可愛らしい見た目だが、手に持っている槍は凶悪だった。
しかし先程からブリキの兵隊の態度が気に障った。
「入るなって、随分な言い草ね。それに私はただ見ていただけだから」
国には平気で入らせた癖に。しかし槍を向けられていては、口を動かすしかできない。何かしようとしたら殺されるだろう。どうしたものか。
そう思っていると、不意に私の口と鼻を覆うようにハンカチを当てられた。ハンカチには薬品の様なものが塗られていた。
「……だ、誰……」
思考が段々と纏まらなくなってきた私が最後に見たのは青い空だった。
《四》
目を覚ましたらそこは見知らぬ部屋の様な場所だった。
天井が土だ。どうやって固めているのだろうか。明かりは簡素なライトが一つ。部屋の中には小さいテーブルとタンスが一つずつ。後は私が寝ているベッドだけだ。
窓一つない部屋。ということは地下だろうか。気絶させられて地下の部屋にというのは別に珍しくもないシチュエーションだが、それならば私を拘束してあってもいいだろうに。私の両手両足は問題なく動かせた。
「状況が分からない」
私をここまで運んだ誰か。ここまでするからには理由はあるのだろうが。何なのだろうか。あの城やこの街の寂れ具合に関係があるのだろうか。様々な思考が巡っては消えを繰り返していると、この部屋に一つだけある木の扉が開いた。
「ようさっきぶりだな旅人さん」
現れたのはレストランの店員の男性だった。驚きはなかった。ここに来て私と交流がある人間なんて二人しかいない。そのどっちかが私をここまで運んだこと自体は容易に予想出来ることだ。問題なのはその理由だ。
「何で私を助けたの?」
「今の状況でそれが分かるのなら、説明する必要もないんじゃないのか?」
彼の言葉で私はここまでずっと頭に残っていたものが繋がったような気がしました。汚い街並み、不慣れな人間の店員、綺麗すぎる城、城を守るブリキの兵隊。
「人とおもちゃの立場が逆転してるってことね」
人の仕事をする中で、人を知ったおもちゃたち。彼らは人を知った上で、最初の命令(何か知らないが、国を良くしろ的なことかと)を実行するのに最善策を取ろうとしたのだろう。それが永遠の命を持つおもちゃによる統治。定命の人間では何をしても百年もしたら死んでしまうが、おもちゃならばきちんと整備すれば長生きする。
「そうだよ。あんたを助けたのは、あの場にいたら奴らに倒されていたからだ」
あの場というのは、ブリキの兵隊に槍を向けられていた時だ。
「別に私、そこまで弱くないんだけど」
「そりゃああいつら二体だけなら、俺だって助けはしないさ。ただこの国には至る所に奴らの目がある」
どういうことなのだろうか。私は一瞬、考えた。そして彼の次の言葉で合点がいった。
「君は何となく誰かに見られている様な感覚をこの国で感じなかったかい?」
それは私が不法入国に罪悪感を感じていると思い込んでいた時に感じたものだ。見られている様ではなく、実際に見られていたのか。おもちゃに。
仕事をするおもちゃにばかり私は意識が向いていたが、子供が一人もいない国など存在しないし、子供がいる以上、おもちゃはあるものだ。そしてその全てのおもちゃが、魔法使いの魔法にかけられていたとしたら。
「なるほど。国にしては入国者への警戒が緩いなと思ってたけど違うのね。むしろ警戒が厳重過ぎる。見かけには何も無さそうなのに実際は監視されまくりという訳」
性格の悪いトラップだった。
「そうだ。そいつらのせいで、俺達は外では会話の自由も失われている」
私はこの部屋を見渡した。おもちゃは一つもない。窓もないし、木の扉も閉まっていると向こうは見えない作りなので、監視の目は無いのだろう。
だがそれならば、私は降って湧いた疑問を彼に問いかけた。
「なんでおもちゃを破棄しようとしないの? 子供の持ち物とはいえ、それで自由が失われているのなら、無いほうがいいじゃない?」
私の言葉に彼は苦々しく言った。
「それがなおもちゃを破棄するのは法律で禁止されているんだよ」
《五》
この国はおもちゃの国だ。
それは言葉通りでおもちゃが統治する国ということだ。ここまでは私も分かっていたことだが、少し考えが足りていなかった。
おもちゃが統治する国ということを考えれば、この国でおもちゃを破棄するのは、統治する支配者層への攻撃となる。つまり、人でいう殺人と同じようなものだったのだ。
流石にそこまでは分からなかった。
では逆に人間はどうなのだろう。おもちゃと人間の立場が逆転しているのを、言葉通りに捉えたらどうなるだろうか。私達はおもちゃを買って何をする? 遊んだり、飾ったりだ。この国の人は仕事もさせていた。
ここまで語ればもうお分かりだろう。この国はおもちゃに支配されている国だ。石を持つおもちゃたちの監視の目と耳があちこちにあり、人々は行動も思想も全てを管理されている。そんな国なのだから、この荒廃ぶりも納得がいった。
「……」
彼から話を聞かされた私は、言葉を失っていた。
「おもちゃの奴らは、見目麗しい人間を見つけては収集する癖がある。目を付けられるとあの手この手で追い詰められてあの城に閉じ込められちまうんだ」
なるほど。では私もあそこで捕まっていた可能性があったのだろう。見目麗しい人間には私も含まれるだろうから。となると早くここから出るべきだ。
ここまで話を聞いて滞在する気は全く無かった。今すぐにでも私はこの国を出なければならない。でないときっと大変なことになる。
「貴重なお話ありがとう。私はもうこの国を出ることにするよ」
「ああ、その方がいい」
どうやら彼はそれを伝えたくて私をここまで連れてきたみたいだ。
彼の好意には素直に感謝した。それついでではないが、私は彼に聞いてみた。
「あなたはこの国を出ないの? 一人か二人なら一緒に逃すくらい訳はないけど」
私が言うと、彼は答えた。
「いいや。俺は残るよ。元はと言えば俺らがおもちゃに働かせて楽しようとしていたのがいけないことだったんだ。今の状況は罪滅ぼしみたいなものだよ」
実際に人に実害が出ている以上、そんな納得は敗北宣言と同じだ。それでも彼がその答えに辿り着いたのにはきっと何か葛藤があったのだ。
決意にも似た彼の言葉を聞いても、ここから出るべきだと言う程、私はお人好しではない。助けを求められれば助けはするが、求められていないのに助ける道理はない。それに逃がすくらい訳はないと大口を叩きはしたが、さっき聞いた話を照らし合わせると、それも難しい気はしていたのだ。
「そう。それなら――」
私は彼の方を振り向いた。そして彼に向けて手をかざす。
すると私のかざした手から握りこぶしよりも小さい青くて丸い綺麗な球体の様なものが現れた。それは中に眠る力を抑え込もうとバチバチと雷鳴を鳴らしている。
「あんたそれ……」
「ええ、私は魔法使いなのよ。それも悪い方のね」
それは魔法だ。人が持つ世界の法則を歪める力。私が使っているのはかなり単純な魔弾だ。持ち主の魔力をそのまま弾丸にしてぶつけるというシンプルイズシンプルな魔法だ。それ故にこの魔法を好む魔法使いは多いのだが、威力や命中精度はその術者のスペックにより変動する。発射前の魔弾から魔力の雷鳴が鳴るのは、強力な魔法使いの証拠だ。つまり私はそこそこ強い魔法使いなのである。
「あなたが私と共に逃げないというのなら、ここで口を封じさせてもらいます」
「それは脅しか? 言っておくが脅されようとも俺の答えは……」
「大丈夫。今更答えを変えても遅いから」
私はかざした手の先でうねる魔力の塊を彼に向けて発射した。
《六》
かたぎの人間に魔法をぶつけるのは心苦しいものだ。だがあのレストランの店員さんは私がやらなくてはいけなかった。彼は私を助ける所を城の前であのブリキの兵隊達に見られている。ここで私が一人で逃げたりしたら、彼に責任が行く可能性もあった。だが、私に攻撃されたのならば、彼は私の敵ということになる。少なくとも今すぐブリキの兵隊に何かされるなんてことはないだろう。
だからといって何の罪もない善人に魔法をぶつけるのは面白くはないが。
あの木の扉を開いて出た先はレストランだった。どうやらあの部屋はレストランの地下室だったらしい。ここの店主は今頃、あの部屋で気絶しているが、まあ彼の店ならば問題はないだろう。念のためにこの店の鍵は閉めていってやろうと思ったが、私はレストランを扉から出ることはできなかった。
その理由は、ブリキの兵隊が大量にいるからだ。レストランから出てすぐの通りに、そして窓から見えるその反対側の通りも、おそらくすべての通りにブリキの兵隊が配置されている。多分、私狙いかもしれない。
「これは、思ったより大事になってきたな……」
最初から戦うつもりで挑むのならばブリキの兵隊程度は数十体来ても問題ないが、多分ざっと見た限りでも百はくだらないだろう。あれを相手したら流石に魔力がキレるわ。
「とりあえず、二階から天井に上がるか」
私は店主に内心で謝りながら、レストランのカウンター奥にある梯子を上る。その上は店主の生活空間だった。自分よりも倍以上年上の男性の生活空間なんて見たくはなかったが、目に入ってしまった。即刻記憶から消去しよう。
店主が警戒していたのもあってか、この建物にはおもちゃが一つもない。向かいの家などから見えないように、部屋の窓は全てカーテンで遮られているし、ブリキの兵隊が向かってこないのも、私がどこにいるか分からないというのが大きいのだろう。
私は一つの窓にかかっているカーテンを慎重に開き、窓を開く。そこは道に面していない窓で、すぐ下が屋根なので、外に出れた。とはいえ、外に出た以上、どこかの部屋の二階の窓からおもちゃに見られる可能性があった。私はすぐにレストランの二階の窓を閉めると、そこから屋根越しに入国ゲートを目指すことにした。
魔法で風を集めて、足場を作り空中を走れば、一度も通路に降りることなく、入国ゲートまで辿り着くことが出来た。入国ゲートに近付くごとに、ブリキの兵隊の数は減っており、入り口前の噴水跡に着いた時にはもうブリキの兵隊はいなかった。
「私があの辺にいたことを知っていたのか。やっぱりおもちゃの目っていうのは本当みたいだ」
まあ何でもいいやと私は入国ゲートをくぐろうと歩き出した。しかしその私の前に立ちはだかる者がいた。おもちゃではない、人だ。
「あなたは……最初に会った紳士の人」
最初はただの浮浪者かと思いきや、私を変に子供扱いせずにお嬢さんと呼んだ常識のある方だ。なぜ彼が私の前に立ちはだかるのか。理由が分からない。
「どきなさい。私は出国するのよ」
「出国も何も、お嬢さん。入国すらしてないじゃないか」
「まあそうだけど」
だって誰もいなかったのだから。仕方がない。
私は無言で彼に向けて手をかざした。それだけで彼は私が何をしようとしているのか分かったみたいで、両手を挙げた。
「別に俺はあんたをあのおもちゃどもに引き渡すつもりはない。ただ最後に聞きたいだけなんだ」
そういうことなら、私は手を降ろした。
「聞きたいこと?」
「君はこの国をどう思った?」
「そう……ね。あえて言葉を選ばないなら、酷い国だった」
一切の遠慮も無しに言い放った私の言葉に彼は笑った。それにはどこか諦めのようなものも見えた。
「そうだ。それがこの国の本質さ」
紳士は語りました。魔法使いがこの国の為にしたありとあらゆることは全て頼まれごとだったということ。空を飛ぶ船も、水源無しに出続ける水道も、そしておもちゃの兵隊たちも。全てこの国の人が楽をしたいから魔法使いに頼んだものだというのです。
その依頼を出したのが誰かは知らない。だが結果的にこの国のすべての人間はその楽に手を出した。私はレストランの店主の言葉を思い出していた。
「だからあの店主は、罪だなんて言ってたのか」
楽なのは決して悪いことではないが、それ自体はという意味なのだろう。
「あなたが件の魔法使いね?」
私は聞いてみた。何となく勘だが。
「そうさ」
彼は肯定した。まあそういうことなのだろう。何がそういうことなのかは自分でもよく分かっていないが。元々国民の怠惰が原因で寂れていた国を、楽して立て直そうとしたツケが、おもちゃに支配されるという形で現れた。この国を語るならばそうなるのだろう。そしてそれを引き起こした魔法使いは。全て分かっていたのだ。こうなることも。
「では、さようなら」
話を終えた私は入国ゲートを通って外に出た。錆びまくりの門や全く手入れされていない周辺の木々に見送られながら、私は次の旅に向けて心を入れ替えていた。
おもちゃの国の冒険 Naka @shigure9521
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