第286話 和菓子屋の攻防(後編)

「今日も前年比率で94パーセントかぁ……。これは厳しいなぁ……」




 真正面に、和菓子堂がオープンしてから一ヵ月。

 石島和菓子店の売り上げはそこまで落ちていないが、このまま売り上げの減少が続くと厳しい。

 和菓子堂は有名な全国チェーン店なので、試しに買いに来るお客さんで大繁盛していた。

 CMも打っていたし、オープンセールをずっと続けているのも大きいのだろう。

 資本力を生かしてしばらくセールを続け、お客さんにお菓子の味を覚えてもらいつつ、地元のライバル店を潰していく。

 こうやって、和菓子堂は急拡大を続けてきたわけだ。


「いい材料を使っているし、ゴーレムたちの腕前も悪くないから厳しいな。徐々に腕前を上げているのがわかる」


「学習機能があるからね」


 ぶっちゃけ、地方でライバルがいなかった零細和菓子店の職人よりも、ゴーレムの方が腕がいいという現実もあった。

 実際、『ゴーレムが作ったようには見えない』と、和菓子堂のお菓子を好んで買う人は多かったのだ。


「なにか、石島和菓子店独自の……うーーーん」


 この状況をどう打開すべきか。

 悩んでいると、思いもしなかったお客さんが来店した。


「(えっ? 古谷良二!)いらっしゃいませ」


 あの古谷良二が、どうして地方の零細和菓子店に?

 驚いていると、彼は同行している同年代と思われる青年に声をかけた。


「どうだい? ヤードルト星の人たちは喜びそうかな?」


「こっちのお店は『グー』ですね! お菓子から、『手作りのオーラ』が溢れています。みんな、喜ぶだろうなぁ」  


「向いの和菓子堂はどうなのかな? 俺はあっちも美味しそうに見えるけど」


「美味しいでしょうけど、我々ヤードルト星人は、手作りのオーラが多く籠もった食べ物が好きなんです! すみません、このお店の商品を全部ください!」


「全部ですか?」


 突然、うちのお店の和菓子をすべて購入すると宣言した、古谷良二の同行者。

 彼はいったい何者なのだろう?

 まずは、お店の商品が全部でいくらか計算しないと。




「こんにちは、古谷良二と言います」


「大変よく存じ上げております」


「突然のことで驚くでしょうが、こっちの彼はヤードルト星からやって来た宇宙人なのです」


「宇宙からいらしたのですか。ようこそ」


「それでですね。ご覧のとおり、ヤードルト星人は地球人と外見上の差はないのですが、唯一の違いとして、手作りの品をこよなく愛し、そういう品についている『手作りのオーラ』で見分けるのだそうです。優秀な職人が作った物には、必ずそのオーラが宿るそうで」


「手作りのオーラですか……」


「地球人には見えないけど、ヤードルト星人には見えるそうです」


「はい、このお店のお菓子には手作りのオーラが多く見えます。だからこれを買って帰れば、ヤードルト人はみんな大喜びです」

 

「なるほど。ですが、そこまで手作り、職人に拘っているヤードルト星には多くの職人がいるのでは?」


 わざわざ遠い宇宙からやって来て、地方都市の零細和菓子店で、商品を買い占める必要はないと思うのだ。


「ヤードルト星は進歩と発展のため、手作りのオーラに目を瞑って近代化を押し進めました。そのせいで、腕のいい職人が大幅に不足しているのです。さらに……」


 手作りのオーラを感じることができる謎器官を持つヤードルト星人冒険者特有の特徴として、優れた職人が作った武器、防具、道具を持ち、手作りのオーラが籠もった食べ物などを食べると、それがステータスアップに繋がる……私は冒険者に詳しくないけど、地球人冒険者ではそんなことあり得ないのだけはわかった。


「ダンジョン出現以降、優れた職人は冒険者の武器や防具が最優先のため、ヤードルト人は優れた職人が作るものが常に不足しています。他の汎銀河連合に加盟している惑星国家は、すでにロボットで様々な品を生産しているので職人が作ったものが足りないのです」


「そこで、地球から職人が作った品を輸入しようかなって」


「古谷さんは、その仲介役ですか」


「そうなりますね。これから、石島和菓子店さんからお菓子を仕入れ、ヤードルト星に送ることになるのですが、俺は手作りのオーラなんて見えないから判断できないけど、ヤードルト人が『手作りのオーラ』を感じなくなると、その商品の注文は止まるでしょう。実際、和菓子堂の商品は否定していますから、彼らには見えるんでしょうね。手作りのオーラとやらが」


 和菓子堂は、すべての和菓子をゴーレムに作らせている。

 それでも十分に美味しいから人気なのだけど、ヤードルト人には響かないというわけか。


「(ようするに、沢山売ろうと思って手を抜くなってことか)」


 もし石島和菓子店が和菓子堂と同じことをしたら、たちまちヤードルト人たちはうちの商品を買わなくなってしまう。

 古谷さんはそう言いたいのだろう。


「明日から毎朝、ヤードルト人の代理人がここにお菓子を買いに来るので、よろしくお願いします」


「わかりました、ありがとうございます」


 助かった!

 これで、石島和菓子店は潰れずに済む。

 私は早速、手作りで和菓子を沢山作れる体制を構築することを決意し、お祖父さんの協力を得てなんとか翌日に間に合わせることに成功した。

 そしてお店がオープンすると……。


「ヤードルト人の代理人です。買えるだけの和菓子を買い取らせてもらいます」


「いらっしゃいませ」


 お店で売る分を残し、増産した和菓子はすべてヤードルト人の代理人を名乗る人物が購入していった。

 代理人は地球人なので、手作りのオーラを見分けることはできない。

 だからといって、手を抜いてはいけないってことだ。

 もし増産したお菓子から手作りのオーラを感じなかったら、ヤードルト人は二度と石島和菓子店を利用してくれなくなってしまう。

 私は仕事が終わって床についても緊張したままだったが、翌日もちゃんとお菓子を買いに来てくれた。


「このお店のお菓子てすが、手作りのオーラを沢山感じることができるそうです。今日も売ってもらえる分はすべて売ってください」


「(ふう……)ありがとうございます!」


 これで、石島和菓子店は潰れずに済む。

 あとは、すべて手作りでないと駄目だから、私も含めて和菓子作りの腕を上げなければ。





「石島和菓子店は、なんで潰れないんだよ!」


 この地域の和菓子の売り上げと客を、地元の老舗石島和菓子店から奪う。

 そのために和菓子堂の支店を真ん前に出店したというのに、なかなか潰れないどころか、売り上げが増え続けているなんて!


「ヤードルト人だと! 異星人のくせに、和菓子なんて食べるな!」


 あと少しでまた、石島和菓子店の跡取りになっていた石島を潰せるところだったのに……。

 だいたいあいつは、うちの会社で働いていた頃から気に入らなかったんだ!

 本当はリストラ候補に入っていなかったが、私が上司に働きかけて追い出してやったのに、また私の前に立ちふさがるのか!


「(こうなったら……)」


 石島和菓子店が潰れないのは、ヤードルト人とか言う宇宙人が、毎日あのお店の和菓子を大量に購入するようになったからだ。

 ならば、その売り上げを和菓子堂が奪ってしまえばいい。


「(和菓子堂は、世界進出も計画している最大手だ。宇宙人たちも、和菓子堂との商売を望むはず)」


 そう考えて翌日私は、石島和菓子店から出てきたヤードルト人の代理人に声をかけた。


「ぜひ、和菓子堂の商品も買ってほしいのです。うちの商品は、石島和菓子店よりもいい材料を使っているのに、リーズナブルで美味しいですよ」


「……私はヤードルト人の代理人として、地球で様々な品を買い集めて送っているのですが、和菓子堂の商品からは手作りのオーラを感じないそうで、必要ないと言われています」


「手作りのオーラ?」


「ええ、地球人や、あの古谷良二さんでもわからないそうですが、ヤードルト人は職人が丹精込めて作った品を好み、確実に見分けます。石島和菓子店は、代々腕のいい職人たちが和菓子を作っていると聞くので、手作りオーラがあるのでしょうね。他の商品もそうなのですが、ヤードルト人は人間が作っていない品に魅力を感じません。そもそも機械やロボットを使った大量生産品で十分なら、わざわざ地球で仕入れる必要がないじゃないですか。ヤードルト星は気が遠くなるほど遠く、輸送費がかかるのですから」


「確かに……」


 しかしここで諦めたら、私は石島に負けてしまう。

 そんなことは断固として認められない!


「(この私が、石島に負けるなんてあってはならないのだ! しかし、和菓子堂で職人を使うわけにいかない。職人を使わなければ、ヤードルト人は……いや、待てよ……)」


 いくら異星人でも、本当に手作りのオーラなんてものが見えるわけがない。

 一見そのように見せているが、実はただの手作り好きでしかないはずだ。


「(多分、事前に店を調べているんだ)」


 そして、人間の職人を使っている店舗からのみ仕入れている。

 それが真相なのだろう。


「(職人を使わなくなったら、手作りオーラがなくなったので購入してくれなくなった。これも嘘くさいぞ)」


 ヤードルト人は地球人とまったく変わらぬ外見をしており、人間に手作りオーラなんてものが見えるわけがなく、それなら打つ手はある!


「(最初だけ、職人を雇って和菓子を作らせればいいんだ)」


 和菓子職人は、かなりのお店が潰れたから集められる。

 ヤードルト人が定期的にお菓子を購入し続けるようになったら契約期間終了だが、和菓子堂に負けた職人など正規雇用するわけがないじゃないか。

 短期間だけでも、雇ってやるだけありがたく思うんだな。


「ようし、早速和菓子職人を集めよう」


 私は上の許可を得てから、失業状態の職人たちを集め、作らせた和菓子をヤードルト人の代理人に預けた。

 すると……。


「ヤードルト人たちが驚いていましたよ。以前と違って、手作りのオーラを感じると」


「職人たちに、和菓子を手作りさせる部署を作ったんですよ。これなら、ヤードルト人も満足するでしょう」


「なるほど。ヤードルト人たちにこのサンプルを見せてもいいですか?」


「どうぞ」


 上手くいった。

 代理人に渡した和菓子はすべて職人の手作りだから、ヤードルト人たちも気に入るはずだと?

 どうせ見分けなどつかないくせに、嘘をつきやがって!

 そして翌日。


「ヤードルト人たちから、仕入れの許可がでました」


「これからもよろしくお願いします」


 いきなりゴーレムに作らせたものを納品すると、ヤードルト人にバレるリスクがある。

 どうせ職人たちは一ヵ月で切る予定だが、それまでは働いてもらわないとな。

 先に一ヵ月間職人たちに作らせた和菓子を納品しておけば、そのあとバレる心配もないだろう。


「(ゴーレムたちに作らせたものなら、数も稼げる。石島、私の勝ちだぞ!)」


 これで会社に続き、実家の和菓子店も潰れて失業か。

 いい気味だ。

 石島。

 お前なんて、死ぬまで無職がお似合いだ。

 せいぜい、潰れるまで残り少ないボロ店で頑張って働くんだな。





「はあ? 明日から和菓子堂の和菓子は仕入れないだと?」


「はい、ヤードルト人たちからの伝言です。昨日の品からは手作りのオーラを感じなかったと。あの和菓子をダンジョンで食べて、能力を上げて戦っている冒険者が多いというのに、あんなものを卸されては死活問題ですので」


「バカな! こっちは大量納品に備えて材料を仕入れているんだ! いきなり買わないと言われても困る! そもそも契約違反じゃないか!」


 一ヵ月契約で雇い入れた職人たちのクビを切り、ゴーレムたちに作らせた和菓子を納品した翌日。

 代理人が、和菓子堂から和菓子を仕入れるのをやめると宣言した。

 いきなりそんなことを言われても、こちらにも予定というものがある。

 なにより契約違反だと苦情を述べたら、代理人の表情が険しくなった。


「契約違反は、和菓子堂さんの方です。どうして、人間の職人が作った和菓子を納品してくれないのですか?」


「言いがかりだ! 昨日の和菓子も、職人たちが作っている!」


 この一ヵ月間、職人たちの技をゴーレムたちに盗ませ、以前よりも素晴らしい和菓子を作れるようになった。

 バレないと思っていたはずなのに、どうして?


「昨日の和菓子からは、手作りのオーラが感じられなかったそうで、大変怒っておられましたよ」


「だから、昨日の和菓子は職人たちが作ったと言っているじゃないか! 変な言いがかりをつけると訴えるぞ!」


 こうなったら、うちの会社の力を背景に逃げ切ってやる。

 異星人風情が、エリートの私を陥れようだなんて百年早い!


「代理人たるあんたが、手作りのオーラを見れないというのに、そんなものを条件に売買契約を結んだ方が悪い。和菓子堂の和菓子は素晴らしいんだ。そのまま仕入れておけ」


 今さら、契約を打ち切られたら困る。

 どんな手を用いてもでも、ヤードルト人たちに和菓子堂のお菓子を買わせ続けさせなければ……。


「(私の出世に響くからな)だいたい、これだけの量の和菓子を他から仕入れることなどできないだろう」


 だから好むと好まざるとに関わらず、ヤードルト人たちは、和菓子堂の和菓子を買わなければいけないのだ。


「(なんとか押し切れそうだな)」


「わかりました。他から仕入れることにします。和菓子堂さんの契約違反は事実なので、こちらとしては脅迫めいた要求を受け入れるつもりはありませんね」


「脅迫めいただと! そちらこそ!」


 なにが手作りのオーラだ!

 ありもしないものを契約条件に入れるなんて、そっちこそ卑怯じゃないか!


「あなたは、手作りのオーラが存在しないと言うのですか?」


「お前だって、見たことがないだろうが!」


 だからもしこの件で裁判になっても、勝機は私にある。

 日本の裁判官も、手作りのオーラなんて見えないのだから。


「先に契約違反をしておきながら、開き直って脅迫ですか? とんでもない方だ」


「なんとでも言え!」


 ここは日本で、密かに日本の商品を集めているお前など、日本の法で守ってもらえると思うなよ!

 言ってやった!

 こうなったら、最後まで押し切るしかない!


「もしうちの和菓子を買わないのなら、悪質なクレーマーとして動画に晒してもいいんだぞ。さあ、和菓子堂の和菓子を買うんだ!」


「ですから、手作りのオーラはない商品をヤードルト人は買わないのです」


「今日の和菓子には、タップリと手作りのオーラがあるから大丈夫だ」


 ゴーレムたちが職人たちから学習したおかげで、和菓子の見た目はほぼ変わらなくなった。

 万が一手作りのオーラがもし実在したとしても、どうせ地球人にはわからない。

 宇宙人たちが無理難題を言っていると世間に訴えれば、私の勝ちだ。


「……どうやら和菓子堂は、昨日の生産分から職人たちを使わなかったようですが、今日はまた職人たちを呼び寄せて和菓子を作らせたとでも?」


「そう思った方が幸せだぞ」


 代理人だかなんだか知らないが、お前は日本人なんだから和菓子堂の味方をして当然だろうが。

 宇宙人からの苦情など無視すればいい。

 手作りのオーラなどなくても、和菓子堂の和菓子は美味しいのだから。


「……お話になりませんね。お客さんであるヤードルト人たちが、和菓子堂の和菓子は駄目だと言っているのですよ。私は彼らの代理人なので、今の和菓子堂の和菓子は購入しません」


「後悔するぞ!」


 こうなったら、ネットやマスコミに事の顛末を流してやる。

 そうすれば、宇宙人に媚びるこの代理人を社会的に抹殺することもできよう。


「(新しい代理人には、こいつの末路を言い含めてから、和菓子堂の和菓子を売れば……)」


「ああ、手作りのオーラですけど、地球人にも見えるようになりましたので、本当に今日の和菓子堂の和菓子から手作りのオーラが出ているのか、確認しますね」


「えっ?」


 手作りのオーラが見えるようになっただと?

 私が唖然としていると、代理人はサングラスをかけてから、ケース内の商品を食い入るように見始めた。


「……手作りのオーラは感じませんね。比較対象として、試しに石島和菓子店の商品と比べてみましょう」


 代理人は、魔法の袋から仕入れた和菓子を一つ取り出すと、再び食い入るように見始めた。


「大量の手作りのオーラが出ていますね」


「ただのサングラスじゃないのか?」


「試してみますか?」


 私は代理人から借りたサングラスをかけ、和菓子堂の和菓子と石島和菓子店の和菓子を見比べてみた。

 すると、石島和菓子店の和菓子を覆うモヤのようなものを見ることができた。


「なんだ? このモヤは?」


「これが、手作りのオーラみたいですね。そういうわけでして、私はこのサングラスを古谷良二さんから貰ったのです。私に手作りのオーラが見えないと、仕入れが面倒でしょうからって。あああと、手作りのオーラに関して、古谷良二さんは動画で説明していますし、このサングラスを作ったのも、彼なんですよね」


「……(古谷良二め! 余計なことを!)」


「そういうことなので、和菓子堂の和菓子は仕入れないことになりました。文句があるのなら、裁判でもなんでもどうぞ。契約書にも手作りのオーラに関して記載されているので、御社が恥をかくだけですよ」


「くっ!」


 仕方がない!

 金はかかるが、クビにした和菓子職人たちを呼び寄せよう。

 これも、私が和菓子堂を事業を成功させ、次の社長になるためだ。

 そう思って、職人たちと再び連絡を取ったのだが……。


『もう石島和菓子店に転職しているので、和菓子堂には戻りませんよ』


『石島和菓子店の方が、給料もいいですしね』


『なにより正社員待遇で、一ヵ月でクビを切られる心配もない』


『このまま和菓子職人としては終わりかと思ったけど、宇宙人が俺の和菓子を評価してくれるなんてね。石島和菓子店でもっと腕を上げないと。だから和菓子堂になんて戻らないよ』


「そっ、そんな!」


 零細和菓子店であった石島和菓子店がいつの間に?

 と思って調べてみたら、石島和菓子店はヤードルト人向けの和菓子工場を新設していた。

 わずか一ヵ月でと思ったが、潰れた食品工場を改装して、大勢の和菓子職人たちを雇い入れたようだ。


「あの石島に、金なんてないはずだ!」


 零細和菓子店の跡取りがどうやって事業資金を?

 不思議に思っていたら、この答えを目の当たりにしてしまった。


「石島和菓子店さん、新工場は順調なようでよかったですね」


「古谷さん、古谷銀行からの融資、ありがとうございます」


「ヤードルト人たちに頼まれたからね。融資してもちゃんと返済されるのはわかっていましたし、あっ、そうだ。これでも足りないので第二工場を作ってくださいよ。融資はしますから」


「わかりました。父も体調が回復してきたので、第二工場ができても大丈夫でしょう」


 あの古谷良二が、石島に融資だと!

 なぜだ?

 あんな奴よりも、優秀な私に融資をすべきではないのか?

 そう思った私は、石島和菓子店の前で石島と話をしている古谷良二に声をかけた。


「古谷さん、ヤードルト人向けの和菓子の増産なら、和菓子堂に融資をお願いします」


 石島と今にも潰れそうな和菓子店に融資をしてくれたんだ。

 大企業が経営している和菓子堂に勤める私が頼めば、和菓子堂にも融資してくれるはずだ。


「(これを機に、和菓子で宇宙に進出するんだ! そして、次の社長の座は私だ!)」


「無理ですね」


「えっ?」


 この有名大学を出て、大企業に就職した私の頼みを断るだと?

 二流大学出で、会社をリストラされた石島には融資をしたというのにの……。


「おかしいではないですか! 石島のような二流の人間に融資をして、一流の人間である私の頼みを断るなんて!」


 野蛮な冒険者だからなのか?

 この私の願いを断るなんて!


「一流の人間か、二流の人間かなんてどうでもいいけど、ヤードルト人は職人が手作りしたものを好み、そういった品には『手作りのオーラ』が出ていて、彼らはそれを見分けていると何度も説明したでしょうが。それなのに、契約を取る時だけ職人を使った和菓子を卸し、途中でゴーレムに作らせた和菓子にすり替えるなんて悪質以外の何物でもないですよ。そんな会社とは今後契約なんてしないし、融資なんてするわけないでしょうが」


「なっ!」


「和菓子堂を経営している御社から問い合わせがきたので、あんたの悪行はすべて報告している。だから、和菓子堂の和菓子は仕入れないってね。じゃあ」


「……待ってください! 古谷さん!」


「俺は忙しいから」


 結局、その件が原因で私は降格されられてしまった。

 さらに悪いことは続き、和菓子堂は同業他社との競争に負けて和菓子事業から撤退。

 その責任を取って親戚であっ社長が辞職してしまい、その親戚である私もリストラされてしまった。

 その後、ベーシックインカムを貰いながら転職活動をするも、なかなか新しい仕事が決まらない。


「優秀な私が無職のままなんて、こんな世の中が間違っているんだ!」


「あなた、あの潰れてしまった和菓子堂にいたんだね。今、ヤードルト人向けの手作り和菓子で急成長している石島和菓子店なら、未経験でも職人見習いで入れるけど?」


「誰が石島和菓子店になど入るか!」


「せっかくのチャンスなのに……」


 ハローワークの職員め!

 石島和菓子店に転職しろだなんて、私に対する嫌がらせか?

 元々私は、和菓子作りになんて興味はないんだ。

 ただ今回の件で、宇宙人需要が期待できると判明したので、私は一旗揚げることを決めた。

 どんな事業にするのかはまだ決めていないが、私ほど優秀な人間なら、すぐに石島和菓子店を超えることができるはずだ。

 

「石島、お前は私に永遠に勝てないのだ!」


 必ず起業を成功させ、石島に吠えず面をかかせてやる!

 その前に、資金を貸してくれる人を探さなければ。

 私の経歴を見れば、すぐに起業資金など集まるだろうが。

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