第285話 和菓子屋の攻防(前編)

「みたらし団子と草団子を一本ずつね。いつもありがとう」


「豆大福四つですね」


「お赤飯の予約ですね。二十人前を来週の月曜日。ご予約承りました」




 私の実家は、曽祖父の代から続く和菓子屋だ。

 子供の頃は、和菓子屋なんて地味だし、儲かりそうにないから絶対に継がないと思っていたので都内に進学し、やはり都内にある名の通った会社に就職した。

 ところが、そんな私の人生が一変する。

 この世界にダンジョンが出現した余波で、会社が経営危機に見舞われてしまったのだ。

 どの会社もAIとゴーレムを多数導入し、生産性と利益率を上げ始めたのだ。

 同業者同士による価格、サービス競争も始まり、多くの同業会社が潰れた。

 私が働いていた会社は潰れずに済んだが、全社員の95パーセントという大リストラが行われ、私も会社に残れなかった。

 私の会社での評価は上の下といった感じだったらしく、残り5パーセントの最優秀な社員たちと、潰れた同業他社の優れた人材が転職してきたので、私は会社に残れなかった。

 リストラされた時に割増の退職金を貰っているとはいえ、都内での生活はお金がかかるし、転職活動はどこの会社も人間の雇用を減らしていたので芳しくなかった。

 そしてそんな時、父が急病で倒れてしまった。

 命に別状はなかったものの、しばらく休養が必要とのことで、私が和菓子屋を手伝うことになったというわけだ。

 私は都内から故郷のある田舎に戻り、まだ元気な熟練和菓子職人である祖父に毎日和菓子作りを教わりながら、和菓子屋で働いていた。

 いつの間にか、私はこの和菓子屋の跡取りにされており、そのことに不満がないわけではないが、今さら都内に戻っても仕事が見つかる保証もない。

 なにより覚える仕事が多くて、今はそれで精一杯だった。


「誠一、和菓子作りの修行は一生続くのだ」


「それはわかったし、可能な限りの努力を続けているけど、今一番の問題は、どうやって売り上げを上げるかだよ」


 うちのお店の売り上げは以前よりは増えたけど、今は停滞している。

 人間の仕事がなくなって失業率は上がったけど、ベーシックインカム制度のおかげで和菓子を買いに来るお客さんが増えた。 

 人間は、気軽な娯楽、食から満たそうとするからだと推測しているが、失業者が多いせいで客単価は下がっており、売り上げの停滞はそれが原因だろう。

 さらに、父が療養中なので人を増やしたのもある。

 ここは田舎なので、親戚や常連客の子供や孫が失業したので頼む、と言われると断りにくい。

 こういうのはお互い様なところもあって、アルバイトやパートではあるけど、人を増やしていた。

 その人たちを雇ったおかげでお客さんが増えたというメリットもあるのだが、人件費が増大したので、家族の給料はかなり下げていた。

 私の給料もサラリーマン時代の半分以下だけど、実家に住んでいれば衣食住の費用はほとんどかからないので、暮らせないこともない、というのが救いか。

 おかげで『子供部屋おじさん』になってしまい、結婚は遠のいた気がするけど。

 とはいえ、今は結婚どころではなく、いかにお店のお客さんを増やすかだ。


「誠一、写真を撮ってるのか?」


「動画の撮影だよ。うちのお店の宣伝をミーチューブや、他のSNSでやろうと思ってさ」


「今はそういうのが流行しているらしいな。俺はよくわからんが、爺さんの動画なんて見てくれるのか?」


「メインは和菓子作りのだよ。私はまだ未熟で、和菓子を作っているところの動画を撮影しても使えないから」


 お祖父さんが和菓子を作っている動画を撮影し、それを編集して動画投稿サイトに流す。

 今流行のショート動画も作ったら、熟練の職人(お祖父さん)が作る和菓子が美味しそうだと評判になって、収益化に成功した。

 インセンティブは微々たる額だけど、今のお店にはありがたい収益だった。

 ただ、私も修行があって忙しいので、今は若いアルバイトの子に動画の編集を任せることが多くなっていた。

 もっと動画で稼げるようになったら、編集をしてくれている子を正社員にしてあげたいのだけど、なかなか難しいところだ。


「ジジイが和菓子を作っているところ動画がお金になるなんて、よくわからん時代だ」


「思ってたよりも視聴回数があって、収益化もしているから」


「俺にはよくわからんが、お金になっているのならいいか」


「これ以上、アルバイトとパートを増やすのは難しいけど……」


「雇ってくれって頼みを全部聞いてたら、うちが潰れてしまうからな。それは仕方がない」


 お店のある地域の失業率も上がっており、今ではアルバイトでも採用倍率が数十倍なんて珍しくないそうだ。

 ベーシックインカムのおかげで生活はできるけど、無職でいるのは嫌だと思う人たちは思ったよりも多かった。

 この前、職がある人が無職の人をバカにして、そのままズブリなんて事件もあったと聞く。

 地域のコミュニティーの維持や治安の問題もあるから、できる限り雇ってあげたいとだけど、やはり零細和菓子屋には限界があった。

 とはいえ、地方で有名な会社ほどゴーレムとAIの導入を進めないと会社が潰れてしまうので、やはり求人は少なかったのだけど。


「新事業として通販を始めたら反応は悪くないけど、これも儲かってるとは言えないしね」


「儲けはほぼ、人件費に消えてるって感じだな」


 通販も競争率が激しいから、売り上げを増やすのは難しいってのもある。

 それでも、うちは潰れる心配がないだけマシなんだと思う。

 同じ零細和菓子屋でも、ゴーレムとAIを駆使し、いい材料を使い、安く売る大手企業に売り上げを奪われて倒産した、なんて話をよく聞く。

 できる限り地元の雇用を確保しているからこそ、同じ零細和菓子屋でも、うちは生き残れていたという面もあった。

 問題は、今療養中で給料が出ていない父が復帰したら、給料をどうするかだな。


「(生活できないわけではないから、私とお祖父さんの給料を減らせばいいか)」


 父はもうしばらく療養しないといけないから、それはあとで考えるとして。

 しばらくはお店を順調に経営していたのだけど、ついに黒船がやってきた。

 大手企業が経営する和菓子ブランドのお店が、ついに地元にも進出してきたのだ。


「よりにもよって、うちの目の前とはなぁ……」


「完全にうちを潰すつもりだな」


 そしてもう一点、私の心をかき乱す事実があった。

 それは、この和菓子のチェーン店を経営しているのが、私がリストラされた会社だからだ。


「カビ臭い、チンケな店だな。うちの会社をリストラされた無能には相応しいか」


「羽鳥か……」


 羽鳥は、将来の社長と噂されるほどの社員だった。

 当然リストラなどされず、今は部長となり、偉そうに私に名刺を投げつけてきた。


「(確かに、こいつは羽鳥だ)」


 彼は優秀ではあったが、それ以上に性格が悪かった。

 その悪評を上回る実績をあげ、実は現社長の親戚だから問題にはなっていなかったけど。


「石島、今なら大きな借金を抱えることなく店を閉められるはずだ。とっとと閉店するんだな」


「従業員の生活があるんだ。そんな重要な話、即決できるわけないだろうが」


「さすがは無能だ。無能はダラダラと店を続けて、借金塗れになってから、泣きながら店を閉めることになる。僕はこれまで、散々そういうお店を見てきた」


「……」


 和菓子堂の全国展開により、地元の和菓子店がかなり潰れていると、同業者たちの間で噂になっていたのを思い出してしまった。


「今の世は自己破産しても、ベーシックインカムで暮らせるから問題ない。無能は労働市場に参加せず、我々有能な者たちの邪魔をしないでくれたまえ」


 相変わらずの性格の悪さだが、『和菓子堂』ブランドは現在、急成長中で全国に展開しつつあった。


「(私がリストラされたあと、会社が新しく立ち上げた和菓子事業が、うちの和菓子屋を潰そうとしているのか……)」


 こんな皮肉はないと思うが、今お店を潰すわけにいかない。

 だが、かなり分の悪い勝負となるだろう。

 なぜなら和菓子堂は、和菓子の製造も販売も、ゴーレムとAIにすべて任せており、店内に人間の従業員が一人もいなかったからだ。

 そうすることで、高品質の材料を惜しげもなく使った和菓子が、とてもリーズナブルな価格で販売されており、現在大人気となっていた。

 人件費がかからない分、いい材料に予算を回しても、こちらと似たような価格で売れて利益率も高いという。

 写真で見た限り、和菓子自体の出来はうちの80パーセントといったところだ。

材料はうちよりもいいものを使っているし、名和菓子職人であるお祖父さんの80パーセントの程度の完成度なら、十分に売り物になる。


「(なにより、AIで学習しているからなぁ)」


 この80パーセントが、将来90パーセント、95パーセントと成長していくので、他の売り……ブランド化できないと、うちのお店は潰れてしまう。


「まあ、せいぜい足掻くといいさ。僕は他の支店の様子を見に行くので、失礼させてもらうよ」


 羽鳥はそう言い残すと、お店から出ていった。


「誠一、これは困ったことになったな」


 お祖父さんは和菓子作りの名人だけど、それと商売とは別の話だと気がついていた。

 和菓子堂に潰された和菓子店だって、技術力のある名店は多かったのに、商売で敗れて潰れてしまったのだから。


「なにか方策を考えないとなぁ……」


 それから、正式に和菓子堂がオープンすると、大勢のお客さんが詰めかけた。

 やはり最初は、和菓子を安く売ってお客さんに覚えてもらおうという作戦か。

 安い和菓子目当てに、大勢のお客さんが和菓子堂に押しかけ、こちらは客数の減少に悩まされるようになった。


「安売りをするべきか……」 


「誠一、うちが安売りをしたら、和菓子堂の資本力に負けるぞ」


「そうだよねぇ……。じゃあ、新標品は?」


「開発はしているが、安易に新商品を出しても、この事態は解決しないだろうな」


 売り上げ減少は、動画のインセンティブと通販の売上増加で補えているけど、今後さらなる店舗客数の減少に見舞われた場合、従業員のリストラを考えないといけない。

 だが、もしそれをすれば、うちのお店は地元の信用を失うだろう。

 

「いったいどうすれば……」


 もし私がお店を潰してしまったら、また羽鳥にバカにされるのか……。

 それは我慢できるにしても、地元の人たちの雇用をある程度維持していたこのお店が潰れてしまったら……。

 私は、石島和菓子店四代目(予定)として大きな試練に見舞われていた。

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