第284話 異星人投資

『今日は、ミケル星のダンジョンを撮影しています。イザベラたちは、他のダンジョンの攻略動画を撮影していますよ』



 最近、とにかく忙しい。

 地球規模の惑星数百個に、地球とほぼ同数のダンジョンが出現したので、攻略動画の撮影が殺到していたからだ。

 俺のみならず、イザベラたち高レベル冒険者たちにも仕事が殺到していた。

 自国の冒険者たちはまだレベルが低く、情報なしで深い階層に挑んだ結果、死なれてしまうと損失が大きいからだ。

 異星人とはいっても同じ人間なので、中には無謀な挑戦をして死んでしまう冒険者たちも出ており、これをゼロにするのは難しいが、攻略動画があれば減らすことはできる。

 そんなわけで、俺たちデナーリス王国人冒険者と、地球の高レベル冒険者たちは、異星人から引っ張りダコとなっていた。

 異星人の星で仕事をするのは大変そうに思えるが、上野公園ダンジョン特区内にデナーリス王国が募集所と、『テレポーテーション』の仕組みを利用した移転装置を設置しており、そこから異星人の星に飛ぶことができるようになったのでハードルが下がってる。

 これも、異世界人側の欲求にデナーリス王国が応えた結果だ。

 移転装置は、とんでもない距離を飛ぶので膨大な魔力を使う。

 なので運賃は高いけど、それを払えるのが高レベル冒険者だし、異世界から貰える報酬はその数倍〜数十倍だ。

 デナーリス王国側も駄目な冒険者は送り出せないのでチェックも厳しく、それでも大金を求めて多くの高レベル冒険者たちが、宇宙に旅立った。


「そのせいで、地球では冒険者不足なのだ」


「だろうね。地球の冒険者って、格差を広げる存在だからって嫌う人が多いからさ。強く望まれて、そのうえ報酬も高い。異星人の通貨払いだけど」


 これも、そろそろ地球ではダンジョンから産出した品の需要が満たされ、物によっては余っている状態だったからだ。

 困っている時は頼るけど、いざ需要が満たされると。

 冒険者は儲けすぎでズルい。

 格差を広げた!

 と、騒ぐ人たちが一定数出てしまうのは、人間の業かもしれない。

 今はなにもかも不足しており、地球は物価高で大騒ぎだけど。

 満たされたら、稼ぐ冒険者を批判するようになるのは異星人たちも同じかもしれないけど、今は高待遇で迎え入れてくれる。

 それなら、宇宙に進出しようと考える高レベル冒険者たちも多くて当然だろう。

 その際問題になる言葉の壁だが、高レベル冒険者たちは知力が高いからすぐに異星人の言葉を覚えられる。

 さらには、汎銀河連合に参加している惑星国家には高性能な翻訳が安価に普及している。

 デナーリス王国も、ダンジョン技術と人工人格を利用した翻訳機を生産し、これが汎銀河連合規格に合格した。

 この汎銀河連合規格とは、これに合格すれば汎銀河連合加盟国内で販売していいですよ、という証明であり、惑星間貿易には必須だった。


『他の惑星から輸入した物の中に、その惑星の細菌や病原菌が入っていて、それが輸入先で広がってパンデミックになってしまった』


 そんな事例が過去にあり、その反省を生かして定められた制度なのだ。

 デナーリス王国が輸出するダンジョンからの品も、厳しい汎銀河連合規格をクリアしており、結局地球のダンジョンから産出した品も、デナーリス王国経由でしか輸出できなくなってしまった。

 地球の他の国では、汎銀河連合規格の試験に通らないからだ。

 ホラール星だけは、地球でこれらの品を仕入れたホラール商人が独自に自分の星の他の通関を通しているので問題なかったけど、その分安く買い取られているのは語るまでもない。

 そんなわけで、地球の国々がダンジョンから得たものを宇宙に輸出するには、ホラール人に売るか、デナーリス王国に手数料を払って輸出手続きを頼むしかなかった。

 それなら、自分が異星人の星に働きに出た方が儲かる。

 そう考えた多くの高レベル冒険者たちが地球を出てしまい、地球におけるダンジョンの品が値上がりを始めたのは、これまで冒険者を批判してきた報いを受けているとも言えなくもなかった。

 とはいえ、覆水盆に返らず。

 地球の国々では、冒険者特性を持たない冒険者たちにマジックアーマーの魔石代を補助したり、低階層でロボット、ゴーレム軍団にモンスターを狩らせて効率を上げたりと。

 ダンジョンから産出する品の不足を解消すべく、様々な政策を打ち出していた。

 だが、そうやって得たダンジョンからの品だったが、かなりの割合で異星人たちに輸出され、値上がりはいっこうに収まる気配がなかった。


「宇宙も、資本主義ゆえの悲劇なのだ」


「そりゃあ、ダンジョンから命がけで手に入れたものだから、少しでも高く売りたいのが本音だろうしな」


 異星人に仕事を頼まれない冒険者たちにしても、デナーリス王国に輸出手続きを代行してもらっても異星人に売った方が高く売れる。

 なのでこれでは、なかなか地球の需要は満たされなかった。

 さらにこの件でも、冒険者が世間から批判されており、冒険者の宇宙進出も色々と大変だなと思ってしまう。


「冒険者のレベリングなどは進めているのだ」


 俺にはそんな暇はないけど、順番に高レベル冒険者たちにやらせていた。

 指導した冒険者たちのレベルが上がった結果、報酬がいい宇宙に行ってしまうケースが増えるというデメリットもあったけど。


「しばらくは在庫を放出しつつ、地球の冒険者を育てるって感じかな」


「それしかないのだ」


 俺は、多くのダンジョンから得た品の在庫を持っていた。 

 伊達に十年間、異世界の魔王退治をしていたわけだはなく、こっちの世界に戻ってきてからも世界一の冒険者として活動していたからだ。

 ただ、一度に放出するわけにいかず、そうなるとダンジョンの品の不足と値上がりはなかなか収まらない。


「そういえば、ダンジョンの品を転売すると捕まるそうなのだ」


「ついにそこまで……」


「物価高で、田中総理の支持率が落ちてきたのだ」


 あの人も、そろそろ引退かな?

 本人も、それを強く望んだいる……いや、また変な人が政権を取ると大変なとになるから、今は辞めてもらうわけにいかないか。

 ただ田中総理も、後継者を決めかねているのは確かだった。


「とはいえ、田中総理の支持率は、まだ60パーセントを超えているのだ」


「凄いな、田中総理」


 獅童政権の末期とは、雲泥の差だな。


「他の総理大臣に代わっても、劇的にダンジョンの品が手に入りやすくなったり、価格が下がるわけないのだ」


「そりゃそうだ」


 ダンジョンの品が大幅に値上がりしたのは、異星人たちに買い負けているからなのだから。


「それを解決するには、地球人が高く買うしかないのだ」


「それはそうなんだろうけどさぁ」


 それができないから、世界は物価高になっているわけで。


「国によっては、自国のダンジョンから得た品を他国や異星人に売るのを禁止し始めたのだ」


「効果は限定的かな」


 その法律を導入した国に限って、ダンジョンと冒険者の数が少なく、ダンジョンの品の大半を輸入に頼っていたからだ。

 元々、他国や異星人に売る余裕がないので、形だけ法律を作ったのだろう。


「自国の冒険者をもっと育ててくれたらいいんだけど……」  


「そんな余裕がない国の方が多いのだ」


 冒険者の育成は、やはり先進国の方が上手いし進んでいる。

 国によってはそんな余裕もなく、中にはいまだにダンジョン、冒険者を忌避している国もあって、それなのにダンジョンの品を欲している国もあって面倒だった。

 とはいえ、地球に優先的に渡すにも限度がある。 

 『冒険者たちは、買い取り価格が安かろうと地球だけにダンジョンから得た品を売るべきだ!』と騒ぐ人たちが一定数いるのはいつものことで、だけどもしそんなことをしたら、地球が異星人たちに侵略されてしまうかもしれないのだ。

 異星人たちは、汎銀河連合に所属している惑星国家との戦争は避けるが、逆にいえば汎銀河連合に所属していない国となら戦争をしても問題ないと考える可能性を捨てきれない。

 なにしろ彼らには、ダンジョンの品が大いに不足しているのだから。


「なかなかこの辺の事情を、地球の人たちは理解してくれないけど」


「それでも社長は頑張るしかないのだ」


 俺たちも含めて、冒険者は地球の安全保障のために宇宙に進出しているとも言えたのだから。

 勿論儲けるために進出している冒険者の方が多いのだけど、そこを否定すると結果を否定するのと同じになってしまうし、資本主義の原則から外れてしまうというのもあった。


「その結果、社長も、デナーリス王国人冒険者たちも、デナーリス王国も、資産が膨らむ一方ってのもあるのだ」


 金持ちが、ますます金持ちになっていく。

 資本主義の欠点と言われればそれまでだけど。


「技術はともかく、異星人の通貨ばかり手に入るけどな」


 仕方がないので、それを使って異星人の星で資産運用しているが、ダンジョン出現時に異星人たちの金融資産の多くが暴落していたため、多額の評価益を出していた。

 配当や利息もあるので、俺たちはホクホク……という実感はないかも。

 なにしろ異星人たちの通貨立て資産なので、現地で使うか、デナーリス王国の通貨と交換しなければ、地球ではあまり意味がなかったからだ。


「しかも現物はゼロで、全部データ通貨だからなぁ……」


 ある日突然データが消滅して、これまで稼いだお金が水の泡、なんてことになったりして。


「もしそんなことになったら、汎銀河連合が大混乱なのだ。安心して、稼ぐのだ」


「もうこれ以上稼いでも意味がないような……」


「じゃあ、無料でやるか?」


「それもヤダ」


 というか、むしろ条件を高めに設定しているからこの仕事量で済んでいるとも言えた。

 無料なら、みんな俺に仕事を頼むに決まっているのだから。


「それはそうと、地球各国の証券会社、銀行、証券取引所などから仕事がきているのだ」


「仕事?」


「異星人たちの通貨、株式、債券を取引きしたいって言ってたのだ」


「そんなことできるのか?」


 地球の国々は、いまだ汎銀河連合に加盟できておらず、地球各国の通貨も、地方貨扱いで取引が認められていない。

 それなのに、どうやって異星人の通貨や金融商品で商売をする気なんだ?


「そこで、デナーリス王国通貨なのだ」


「ああっ、そういう……」


 地球の人や会社が、異星人たちの通貨、株式、債券を売買するには、デナーリス王国通貨がないとできない。

 さらに、データのみで現物がないため、汎銀河連合に参加しているデナーリス王国政府。

 またはデナーリス王国の銀行、証券会社でなければ購入、保持できなかった。


「デナーリス王国の銀行や証券会社が仲介して、地球の銀行や証券会社が、顧客に異星人たちの通貨、株式、債券を売るわけか」


「そうするしかないのだ」


 さらに、異星人の金融商品で出た儲けは、今のところデナーリス王国通貨に換えなければ使うことができない。

 もし異星人の通貨のままだと、デナーリス王国の銀行口座か、証券口座でしか預かれず、そもそも地球人はまだ異星人たちに直接アクセスできなかった。

 そしてそれができるのは、デナーリス王国の銀行と証券会社のみだからだ。


「その銀行と証券会社って、古谷企画とイワキ工業の子会社なんだけど」


「手数料ビジネスうまーーー、なのだ」


 こうして、また俺たち高レベル冒険者は大衆に嫌われていくわけだ。

 しかし、やらないわけにもいかず、汎銀河連合に承認されていない地球の人たちは、地球数百個分の人口と経済力がある宇宙に投資を通じてアクセスするようになったのであった。





「デナーリス王国の人たちは、ダンジョン探索と投資に熱心なんだな」


「デナーリス王国を通じて、地球の人たちも投資をしているようだけど」


「正式に承認できないから仕方ないけど、惑星一個分の人口と市場が増えるのは、投資環境に悪くないさ」


「はははっ……」


 デナーリス王国を通じて、地球人が投資に参加している事実は異星人たちにバレたけど、損はないので彼らは黙認しつつも、内心歓迎していた。

 俺は、異星人たちのしたたかさに感心するやら、呆れるやらであった。

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