第283話 値上がり

「うわぁ、ここがアナザーテラ、デナーリス王国かぁ」


「富士に樹海だ。自然が多く感じるけど」


「無人の惑星だったんだ。開発されていない場所が多いんだろうな」


「デナーリス王国の王都は……っと」


 懸命にレベルを上げ、富士の樹海ダンジョンニ千階層を突破した僕たちのパーティは、アナザーテラ側の富士の樹海ダンジョンへと繋がる扉へと到着。

 今度は地上を目指し、見事アナザーテラ側の地上に出ることに成功した。


「看板がある。王都はあっちだ」


 少し歩くと樹海が切れ、大きな町が姿を現した。

 デナーリス王国の王都だとすぐにわかったのは、ダンジョン探索チャンネルで見たことがあるからだろう。

 動画で見たとおり、ファンタジー風ながらもダンジョン技術や最新の科学技術も沢山使われた建物が整然と並び、景観も考えられて作られていた。

 法律により、過度な高層建築は禁止されているようで、雅な雰囲気も感じる。

 王都の中心部にある王城も美しく、ダンジョン探索チャンネルによると、地震や洪水などの自然災害にも強い作りになっているそうだ。


「わずか数年で、こんな都市が作られたなんて」


「さすがは古谷良二だな」


 デナーリス王国のトップは女王様だけど、彼女の夫である古谷良二がデナーリス王国の真の統治者であることを知らない人はいないと思う。


「僕がよく読む異世界ファンタジー風な建物も多くて、将来観光客が来ることを想定しているのかな?」


「かもしれないが、かなり未来のことになるだろうな」


 今のデナーリス王国は、冒険者でなければ入国が難しい。

 例外は、各国の大使とその家族ぐらいだろう。

 なにしろ現在の地球の技術では、アナザーテラまで航行できる宇宙船がないのだから。


「登録に行こうか」


「そうだな」


 そしてデナーリス王国の国籍を貰う方法だが、富士の樹海ダンジョン経由で自力でここにたどり着き、外務省の建物で手続きをするだけであった。

 冒険者の国であるデナーリス王国では、実力のある冒険者はすぐに国籍を取れた。

 もっとも、いくら強くても秩序を乱す人はデナーリス王国の高レベル冒険者たちによって物理的に排除されてしまうそうだけど。

 あとは、国籍が取れた冒険者の家族も国民になれるけど、厳しい審査があると聞く。

 以前、とある高レベル冒険者が、デナーリス王国の国籍が欲しい人から大金を取り、家族だと偽って国籍申請をした事件があり、そこから審査が厳しくなったという。

 ただ、デナーリス王国の社会保障はないに等しいので、優れた冒険者でない人がデナーリス王国の国民で居続けるのは難しいはずだけど。

 デナーリス王国イコール冒険者の国。

 これが、世界、いや宇宙の常識だった。


「みなさん、レベル3000を超えているのですね。デナーリス王国の国籍を付与します。手続きを始めましょう」


 外務省の役所は、見た目はクラシックだったけど、中は近未来的だった。

 デナーリス王国は人口が少ないので、役所も人手不足だ。

 人間の職員は一人しかおらず、あとはゴーレムや人工人格模を搭載した端末だけだった。

 国籍付与は人間の職員……この人、かなりの高レベル冒険者だな。当然か……が担当するが、手続き自体はものの数分で終わってしまった。


「僕たち、日本人なんですけど、日本の国籍ってどうなるんですか?」


 手続きが終わり、僕は気になっていたことを職員さんに尋ねた。


「そのままで問題ないですよ。デナーリス王国国籍を持っていても、日本国内でも普通に行動できますし、選挙の投票用紙も届きますから。日本は二重国籍を認めていませんが、デナーリス王国を正式承認していないので、法的には二重国籍にならないのです。他の国の国籍を持っている人は、元の国の法に従ってください」


「なるほど」


 日本だけが、デナーリス王国を承認していないって本当だったんだ。

 そのおかげで、これまでどおり日本で制限なく暮らせたり、仕事ができるのはよかったけど。


「上野公園ダンジョン特区のマンションは維持しつつ、デナーリス王国のダンジョンを探るため、こっちにも住む場所を確保するか」


「そういう方は多いですね。今、ダンジョンから産出したものは、また価格が高騰しつつあるので、アナザーテラのダンジョンで高価な品を、地球のダンジョンの低階層で低品質のものを大量に。と、状況に応じて切り替える方が多いです」


「へえ、そうなんですね」


 宇宙に数百ある惑星国家でも、地球から教官役の高レベル冒険者たちが派遣され、異星人冒険者たちか活動を開始。

 地球、ホラール星での経験もあるので、早いペースでレベルが上がり、成果を出していると聞く。

 それでも、短期間で惑星一つ分の需要を完全に満たせるわけがない。

 地球よりも高度な文明を持ち、富裕層が多いためか、深い階層で手に入る高品質の魔石、貴重な資源、ドロップアイテム、モンスターの素材などを欲していたが、自国の冒険者たちが手に入れられるまで時間がかかる。

 自然と輸入に頼るようになり、ダンジョンから産出する物の値段は上がり続けた。

 このところ、価格が落ち続けていたスライムの粘液ですら最初の数倍というから、再びゴールドラッシュが訪れたかのように、ダンジョンに人が押し寄せていた。

 仕事がなく、冒険者特性がない人たちが、スライムならイケると、大挙して押しかけたのだ。

 その分、死んでしまう人も増えていたけど。

 その結果、地球のダンジョンの低階層は混んでいるし、競争率も激しくなった。

 低品質品を大量に得ようと、高レベル冒険者が低階層にいると批判が大きく、異星人に売るなら深い階層の高級品の方が値上がりも激しい。

 なんてたって、地球と同じような惑星国家数百個分の需要だからだ。


「とりあえず住むマンションやアパートなら、こちらで紹介しますよ。一時的にそこに住みながら、ダンジョンに潜ってお金を稼ぎ、そのあとマンションを購入したり、オーダーメイドで家を建てる人も多いですね」


 冒険者はお金を持っているから、気に入った家を建ててもらう人が多いのか。

 土地が沢山あるデナーリス王国らしい住宅事情だ。

 その人の資産状況や、家族構成によっても変わるのだろうけど。


「じゃあ一人暮らしに便利なところを紹介してください」


「わかりました」


 デナーリス王国国籍は簡単に得られ、住むマンションまで紹介してもらえて、日本の役所もこのくらい融通が利けばよかったのに。

 僕たちは高レベル冒険者だから、扱いがいいのだろうけど。

 定期的に、デナーリス王国に亡命したいと騒ぐ人たちがニュースになっているくらいだから、普通の人には厳しい……ここにたどり着けないと相手にされないから、眼中にないのかも。

 たまに国連から、『デナーリス王国は、難民を受け入れるように!』と勧告されているけど、デナーリス王国は無視していた。


「地図を転送しますので、それを見て現地に向かってください。手続きは、現地にいるゴーレムがやってくれますから」


「「「「「ありがとうございます」」」」


 職員さんにお礼を述べてから役所を出た僕たちだったけど、紹介してもらったマンションに無事入居できたので、明日からダンジョン探索を頑張ろうと思う。






『政府はなにをやっているんでしょうね? 最近、値上がりばかりだ!』

 

『庶民は、物価高に泣いていますよ』


『値上がりの原因は、冒険者たちがダンジョンから得た物を、高く買ってくれる異星人たちに優先して売るからだと聞いています。お金のために同胞を無視する冒険者。そんなことが許されるのでしょうか!』




「西条君、もう少しダンジョンから産出した品を、日本や各国に回すことはできないのかね?」


「難しいですね。異星人冒険者たちがレベルアップして、自分の惑星の需要を満たせるようになるまで、少なくともあと数年はかかるでしょうから。これでも、育成やレベリングが効率化しているので、地球やホラール星よりも早く成果が出始めているんです」


「なにより、下手に異星人たちに売る分を減らすと、資源やエネルギー、便利なドロップアイテムが欲しい異星人たちが、デナーリス王国と地球を支配しようと目論まない保証がない。ここは、耐えていただかないと」


「そうだな……」


 ワイドショーでは、このところの物価高のニュースばかりだ。

 田中総理は、ダンジョンから産出する物及び、それを使った商品の価格高騰に悩んでいた。

 古谷さんからの指示で、日本にはできる限りの量をできる限り安く売っているのだけど、そもそも世界で活動している冒険者たちの多くが、高く買ってくれる異星人にダンジョンで得たものを売ってしまうので、焼け石に水なのだ。

 異星人たちは、デナーリス王国を経由してでないとダンジョンの品を購入しない。

 そういう決まりというか、異星人たちは汎銀河連合に加入した、同じ文明国であるデナーリス王国としか取引きしないのだ。

 地球の他の国は地方政府扱いで、信用できないと思っているのもある。

 ただ、地球のダンジョンから産出した品も欲しいため、それをデナーリス王国を介して購入しているわけだ。

 購入の際に支払われる異星人たちの通貨だが、今はデナーリス王国の通貨としか交換できない。

 ドル、ユーロ、円は、異星人からすれば地方政府の雑貨でしかないからだ。

 そのため、デナーリス王国では円滑な貿易のために異星人通貨の備蓄を進めていた。

 データ通貨なので現物はないけど。

 さらに最近のデナーリス王国は無人ゴーレム工場、農場、養殖場の普及で大幅に生産力が大幅に上昇し、徐々に地球の国々から輸入するのもが減っていた。

 そこで必要のない外貨を、異星人に売るダンジョンの品を地球人冒険者たちから買い取る時に支払おうとしたのだけど、彼らはドル、ユーロ、円ではなく、デナーリス王国通貨を欲しがるようになっていた。

 そのせいか、今の地球では大幅なデナーリス王国通貨高、他の国々の通貨の大幅安が進んでいる。 

 それに加えて最近では、地球にダンジョンの品の仕入れにやって来るホラール商人人たちが代金をデナーリス王国通貨で支払うケースが増えており、『異星人たちに通用するのは、デナーリス王国通貨だけだ!』という噂が市場に流れた結果、世界でこれを買い集める動きが多く、通貨高が止まる気配がない。

 いまだ地球人類の大半が、あの国連のテレビ放映以外で異星人を見たことすらないが、いつかくる宇宙時代に備えて、異星人に受け取ってもらえるデナーリス王国通貨を集め始めたのだ。

異星人たちはいまだ地球に姿を見せておらず……極秘裏に一部大国の政府関係者たちと交渉はしているが、やはり地球とは正式に国交を結ばないし、汎銀河連合への参加も、自国通貨の汎銀河連合為替市場への参加も断られていると聞く……デナーリス王国が代理人の状態であった。


『我々の星も、他の惑星国家も、長い年月をかけて多数あった国家を統合し、惑星国家の樹立に至ったのです。地球が汎銀河連合に加盟し、正式に我々と国交を結びたければ、惑星国家を樹立するしかありません』


 密かに来訪した異星人……とはいっても、全員人間タイプなので、異星人だと言わなければわからないけど……の使者はそう言ったが、いまた戦争すらある地球の国々が一つの国にまとまるわけがない。

 これから、『地球でも統一国家を作りまりょう!』的な主張をする人たちが増えるだろうが、課題が多すぎてすぐには実現しないだろう。

 異星人たちだって、惑星国家を作るために数多の戦争を経験し、膨大な時間がかかったと言っているのだから。


「本当は引退したいが、この物価高を放置できない。下手をすると政権が倒れかねないしな」


「古谷さんとしても、今の政権が倒れて、また獅童総理みたいな扇動政治家が日本のトップになることを恐れています。もう少しダンジョンの品を安く回せないか、聞いてみます」


「すまない、西条君、東条君」


「ただ、食料の値上がりがほとんどないのは救いですね。モンスター食材や、ダンジョンのドロップ品を除きですけど」


 税金の無駄遣いだと批判されながら、田中総理が日本国内の農地の整理、拡大、生産性の向上、デナーリス王国からの食料輸入の全面解禁を決断していて助かった。

 魔石発電は魔石の価格向上で厳しいが、獅童総理の常温核融合炉のおかげで電気代は安いままなのも助かっている。

 獅童総理……学者のままだったら、偉人のまま死ねたのに不幸なことだ。


「モンスター食材は贅沢品と考えれば、なんとか持ちこたえてはいるが……」


 今の日本人はベーシックインカムのおかげで最低限文化的な暮らしはできるが、人間には見栄というものもある。

 たまに食べる、モンスターの食材とダンジョン技術で作られた食べ物が、価格高騰で食べられなくなると人々の不満が募り、それがワイドショーで放送され、支持率が落ちていく。

 田中総理は大変だな。

 私も東条さんも、役人としてのキャリアを極めてから政治家に……なんて野心が若い頃にはあったけど、今は絶対にゴメンだと思うようになったのだから。


 本当、政治家になんてなるものじゃないな。

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