第280話 異星人たち
『今日は、デナーリス王国領内に所有している栗林で栗を収穫します!』
『収穫した栗でマロングラッセを作ります!』
『メンバーシップの方限定ですが、俺が自作したマロングラッセを抽選で五百名にプレゼント! 無農薬栽培、添加物不使用。古谷良二手作りのマロングラッセをご賞味あれ。前回のメンバーシップ限定の新米プレゼントですが……』
残念ながら、動画の視聴回数を増やしてインセンティブを稼ぐ商売方法のみでは、広告単価の低下により売り上げを増やすのに限界があった。
このところ、動画配信者を試練が襲っている。
と、プロト2から説明を受け、今はメンバーシップ会員を増やして彼らから集めた会費が、動画配信者古谷良二のもう一つの収入源になりつつあった。
無料動画と有料動画に差をつけ、視聴者に会費を払ってもらえるようにする。
俺は一部の例外以外案件は受けなかったので、メンバーシップがこれから大切になるはずだ。
俺のメンバーシップ会員の会費は少しお高めだが、その分、無料プレゼント企画が多かった。
アナザーテラに所有する田畑や山、川、海で手に入れた食料及びその加工品を、抽選で気前よくプレゼントする。
さらには……。
『メンバーシップの方々全員に、デナーリス王国で採れた食料を無料でお送りします!』
『化学肥料、農薬、除草剤、添加物不使用! 旬の物だけ! ダンジョン動画チャンネルなので、モンスターの食材が入ることもありますよ。みんなで、ダンジョン探索チャンネルのメンバーシップに入ろう!』
旬の食材プレゼントつきである俺のチャンネルのメンバーシップ会員は、順調に増えていった。
確かに会費は高いのだが、定期的に送られてくる食材と加工品の種類と量を考えたら、圧倒的に得だったからだ。
『節約生活の奈々でーーーす。今回のお得情報は、ダンジョン探索チャンネルのメンバーシップです。えっ? お高い? いえいえ、確かに額面は高いですけど、これに入っていればお値段以上の高品質で美味しい食材が、それも豊富に手に入るんです。こんなにお得なメンバーシップは他にありませんよ』
有名な節約系動画配信者が紹介をしてくれたら、爆発的にメンバーシップ会員が増え、ゴーレムたちは収穫、採集したり、加工した食材、食品の配送作業に大忙しだ。
「なるほど。こうやって、アナザーテラで余ってる食料を現金に変えるのか」
「地球一個分の食料生産量だし、地球でも食料生産の効率化が進んでいて、食料が余りつつあるから、売るためには工夫が必要なのだ」
現在、多くの国ではベーシックインカムが導入され、もしくは食料の無料配給制度が導入されていた。
国民を飢えさせると革命騒ぎになるので、食料が余っているのなら無料で配れはいい。
そうすれば政権も安定するということで、よほど変わり者の独裁者でなければ世界各国で導入するようになっていた。
ただ、どうやっても食料がなくて国民が飢える国が出てしまうのは、人間の業というか、流通システム不備というか。
それでも、徐々に世界中から飢えて死ぬ人が減りつつあった。
だがそうなると逆に、食料で商売をしている人たちが大変になる。
自分が作っている食料でお金を貰えるのか?
それが出来なければ、ただ自給自足で暮らしている人になってしまうからだ。
効率を極めて、国が無料で配る食料を栽培、加工して卸すか、お客さんがお金を払ってでも欲しいものを作るか。
富裕層が大金を払ってくれる高級食材の生産、それを調理したものを出す飲食店の開業を目指す人も多かった。
競争が激しくてその多くが潰れたけど、今の時代一回起業が失敗したくらいで気に病む人は少なかった。
そして、俺のような動画配信者やインフルエンサーが、メンバーシップ会員に食料を配るパターンも増えつつある。
「食料生産量を減らすのはナシなのだ。もしなにかあって世界の食料生産量が減ったりなくなると、大混乱に陥るからなのだ」
「効率を極めすぎるのは危険か……」
これだけ食料生産量が増えすぎてしまうと逆に問題だから、生産調整をした方がいいという意見を言う人もいるが、そういう人に限っていざ食料不足になると責任を取らなかったりするのは、これまで散々見てきた。
彼らは逆張りをすることで知名度をお金に変えるが、いざとなると責任を取らないのは、過去の教訓からあきらかだ。
食料生産量を減らさないというのは、大半のまともな為政者の意見だった。
「余った食料をどうするか。それは為政者の責任だし、食料不足への対処をしなくていいのだから贅沢言うなって話なのだ」
「最悪、また肥料に戻してしまえばいいからな」
「しかし、段々とお金を得るのが大変になっていく恐ろしい世界なのだ」
最低限の生活が保障されていて飢え死にする心配はないけど、贅沢に暮らすお金を稼ぐにはハードルがあって、仕事以外に人生の目標を見つけられない人には辛い社会かもしれない。
「普通に暮らすために、毎日過酷な競争に晒される世界とどちらがいいのか、俺にはわからないけど」
「なんて言いつつ、社長は隠居しないのか?」
「動画配信者はそのうちやめるかもだけど、冒険者は子どもたちが成人するまでやめられそうにないな」
養育費の問題じゃなくて、この世界を維持するために必要な魔石、資源、ドロップアイテム、モンスターの素材を俺抜きで確保できるようになったら、俺はノンビリ過ごすようになるかも。
「ホラール星のこともあるから、しばらく無理なのだ」
「だよなぁ」
ホラール星の冒険者たちが、地球の冒険者の平均レベルに追いつくには時間がかかるし、他にも懸念がある。
「今はその現在を忘れるため、梨狩りに行こう!」
古谷家は広大な梨畑も持っており、これもメンバーシップ会員に抽選でプレゼントしたり、配る予定だ。
配らないと余ってしまい、最後には肥料にするしかないってのもある。
いくら腐らないからって、全部『アイテムボックス』やその仕組を利用した倉庫に入れ続けるわけにいかないからだ。
「来週はブドウ畑で収穫だし。結構忙しいな、俺」
「撮影の準備をしておくのだ」
ダンジョン探索チャンネルメンバーシップは好評で、世界一の会員数へと成長していくのであった。
「我々は、アザルド星からやってきました。突然我らの母星、アザルド星から資源とエネルギーがなくなり、ダンジョンが出現しまして……」
「ウチのミート星でもそうや。地球さん、ダンジョン探索のノウハウを売ってください」
「私の星でもダンジョンが出現しまして、緊急で魔石と資源を売ってほしいのです」
「モンスターの素材も欲しいですな。お願いします」
「はあ……」
そんな予感はしていたけど、やはりこうなったか。
この世界の全惑星から鉱山と油田、ガス田が消滅し、ダンジョンが出現。
住民の一部に地球人と同じく冒険者特性が現れたのはいいが、すぐに全惑星の需要を満たせるわけがない。
彼らは宇宙を巡ってダンジョン先進国である地球に辿りつき、続けてなぜか全員が俺がいるアナザーテラにもやって来たというわけだ。
「もう地球各国にも、高レベル冒険者は多いんだけどなぁ」
俺とイザベラたちが苦労して、レベリングを繰り返した成果だ。
だから、無理にこっちに来なくていいのに……。
「いやいや、我々ミート星の運命がかかってますからな。そりゃあ、第一人者に仕事を頼みたくなるのが筋でっしゃろ」
「はあ……(宇宙人なのに、なぞの関西弁モドキ……)」
「我ら、アザルド人も同じ気持ちです」
「エネルギーは核融合炉があるからいいとして、資源とドロップアイテム、モンスターの素材は独自に手に入れられるようになりたい」
「それまでは輸入に頼らなければいけないのだから、最高のものを必要な量出せるデナーリス王国を頼るのは当然でしょう」
「他の惑星国家との競争もあるのだから」
「ですよねぇ……」
この異星人たち、今は交渉モードだからいいけど、もし必要なものが手に入らないと、地球やデナーリス王国の支配を目論むかもしれない。
宇宙人が地球征服を狙う。
まさにアニメの世界だな。
だが、銀河系のアチコチから地球にやってこれる宇宙船の建造技術を持つ相手なので、戦争にならないようにしないと。
「(仕事は増えるが、頑張って向こうの欲しがるものを輸出するしかない。冒険者たちの教育は、異星人の冒険者たちは低レベルだし、今はホラール人冒険者たちを教育した時に作った『新人教育者マニュアル』があるから、ある程度高レベルの冒険者なら、異星人冒険者への指導を任せても問題ないか)」
全部俺がやるわけにいかないってのもあった。
ただ異世人の惑星に派遣した分、地球の産出量が落ちてしまうのが欠点だな。
また、地球の冒険者のレベリングをするか。
「必要なものは、デナーリス王国でなんとかしましょう」
性格的に太鼓判を押すのは苦手なんだけど、下手に『可能な限り』とか言うと、異星人たちが必要なものを手に入れようと、アナザーテラの征服を目論むかもしれない。
ここは自信満々に答えておくか。
外交にはハッタリも必要だ。
「(デナーリス王国の冒険者たちにも発破をかけないとなぁ)」
『君たちの成果が多ければ多いほど、アナザーテラと地球の平和は保てるのだ』と。
他にも、『異星人の冒険者たちが育つまでが勝負だ』とも。
「それで支払いなんですが……」
異星人と貿易をする時に一番困るのは、なにで支払ってもらうかだ。
貴金属……は、全宇宙から鉱山が消え、ダンジョンからしか手に入らなくなったので、向こうも支払いたくないはず。
なにより、向こうの需要も満たせていないものは払えないだろう。
お金も、厳しいといえば厳しい。
まず交換レートを決めるのが難しく、取引の度に現金で支払うのも面倒くさい。
電子決済するにしても、準備に手間がかかることは確実だった。
「現金化しやすい、ダンジョンから産出したもの……は全然足りなくて、欲しいのにこちらに支払うわけがないし、今の異成人冒険者たちでは、低階層のものしか手に入れられない。通貨だと、交換レートを決めるのは時間がかかりますよね?」
「その問題があるので、それを素早く解決する方法があります」
「それはなんですか?」
「デナーリス王国が、銀河系の惑星国家の九割が参加する、『汎銀河連合』に参加するのです。そうすれば、デナーリス王国貨幣の交換レートは市場が決めてくれます」
地球の為替相場のように、銀河の惑星国家間でも通貨取引をやっているのか。
確かにこれに参加すれば、ダンジョンからの産出品の相場がわかりやすい。
相場は市場に委ねるわけか。
「女王陛下にこの問題を諮ってみます」
「それはありがたい。さすがはデナーリス女王の夫にして、実質デナーリス王国の王であるフルヤ殿だ」
「(……なるほど)」
異世界人たちが一番に俺のところにやって来たのは、彼らの情報収集能力は非常に高く、地球からよりもデナーリス王国から必要なのものを手に入れた方が確実だとわかっていたからなのか。
「いいんじゃない」
「デナーリス、そんなに簡単に決めていいの?」
「リンダ、もし受け入れられないような提案なら、リョウジは最初に断ってるって」
「それもそうね」
異世界たちからの提案をデナーリス王国は受け入れ、デナーリス王国は汎銀河連合に参加した。
そのおかげで各惑星国家通貨との為替相場が決まり、大量のダンジョンからの産出品と、教官役となる高レベル冒険者たちが、異星人の惑星へと旅立った。
「勿論、貿易の代価はダンジョンからの産出品だけじゃないけど」
「リョウジはよく考えるわね」
そのくらいは考えないと、デナーリス王国は危うい立ち位置にいるのだから。
なお、デナーリス王国が貿易の代価として異星人たちから受け取ったのは、地球よりも遥かに進んだ知識と技術だった。
向こうも、最新のものや、他国に漏れると大変な知識と技術は渡さなかったけど、それでも地球の他の国家よりも圧倒的に優れていたので、デナーリス王国はさらに力をつけることに成功。
他にも、ホラール星から中古の宇宙船を購入したように、惑星国家の中古兵器を手に入れ、それとダンジョン技術、古代ムー文明、ホラール星の技術を組み合わせて改良、新規開発し、優れた兵器を配備することができた。
短期間でそれが可能だったのは、AIとプロト2を頂点とする、人工人格ネットワクーのおかげだった。
急速に学習し、試作、量産を行う。
そのおかげで、デナーリス王国は地球のどの国よりも技術力を高めることに成功した。
「隙あらば、デナーリス王国を手に入れようと考えている地球の国は多い。特に独裁者がいるような国はね。だから軍備は必要さ」
デナーリス王国は、国土の広さの割に人口が少ないから防衛が難しく、大金持ちだから狙っている国は多かった。
異星人の惑星国家にもあるかもしれないので、用心に越したことはなかったのだ。
「向こうは中古の型落ち兵器で、ダンジョンで産するものが手に入るし、こっちは進んだ惑星国家の知識や技術が手に入る。まさにWINWINな関係だね」
「リョウジ、それでも異星人からしたら型落ち兵器でしょ? 大丈夫なの?」
「今は大丈夫」
なぜなら、今はどの惑星国家も、デナーリス王国が特定の惑星国家の支配下に入ることを望んでいないからだ。
「しばらくデナーリス王国は、公平に相場の価格ですべての惑星国家にダンジョンからの産出品を輸出してほしいからさ。そのために、汎銀河連合にも参加したんだ。あれの付属条項として、参加国同士の戦争は禁じられているってものある」
国家に絶対はないけど、今のところ汎銀河連合に参加していれば、惑星国家に侵略されることはなかった。
「軍拡するのは、地球の国々に備えてのことだよ」
現に今だって、地球のあちこちでは戦争が続いているのだから。
ダンジョンができても、それだけは変わらなかった。
地球人冒険者に恩義を感じているホラール星人たちですら、地球人同士で争っているとこだけは理解できないってよく言われる。
そして、そんな進んだホラール星ですら、実は汎銀河連合に参加している惑星国家からしたら『辺境の未開惑星』という扱いだそうで、汎銀河連合への参加は承認待ちの状態だ。
なお、多くの惑星国家が密かに地球で情報収集を行い、続けてアナザーテラに来訪した事実に気がついていない地球の国は多かった。
「将来、地球の国々が宇宙航行技術を進化させ、アナザーテラを侵略したとしても、これなら守れるってことね」
「ホラール星の技術と惑星国家の技術が手に入ったから、これとダンジョン技術と地球従来の技術をプロト2と他の人工人格に学習させると……」
「させると?」
「上手くすれば数年で、惑星国家の技術に追いつくかもしれない」
「そうなれば、デナーリス王国ももっと安全になるわね」
「そういうこと」
こうしてデナーリス王国は、汎銀河連合に参加して大量のダンジョン産出品を輸出。
多くの惑星国家から、半ば中立国的な存在として認められ、ますます富を蓄えることとなったのであった。
「俺の仕事が減らないのは草」
「社長、頑張ってダンジョンに潜るのだ」
もはや稼ぐ必要がない俺の仕事は、一向に減らないわけだけど。
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