第279話 買取所の民営化(後編)

「……。最近ますます、買取所を利用する冒険者が減ってないか?」


「そりゃあ成果を安く買い叩かれるし、ロッカー代はついに二千円に値上がりした。むしろ、今買取所を利用している冒険者の方が俺には理解できん」


「二千円!? 更衣室のロッカーを使っただけでか?」


「ああ、すげえ勢いで値上げしていったぜ。動画で冒険者配信者がボロクソ批判していただろうが」


「最近、他の仕事で忙しくて、動画を見てなかった」


「良二様は、変身指輪の量産ラインの準備で忙しかったのですからね」


「まさか、冒険者以外にも売れるとは思わなかったからさ。生産ラインを大幅に増やす作業で忙しかったんだ」


 久々に、剛、綾乃の三人で上野公園ダンジョンを訪れてみたが、ダンジョン入り口の一番近い場所にある買取所はますます寂れていた。

 冒険者は独自にダンジョンの成果を売るようになり、買取所以外の会社や個人は欲しいものがあれば大金を出す。

 特にダンジョンが少なかったり、冒険者の平均レベルが低い国では深い階層で手に入る貴重な資源、ドロップアイテム、モンスターの素材が不足していることもあり、高く買い取ってくれる傾向にある。

 上野公園ダンジョン周辺には、世界各国の公的買取所の支店、買取りを行う会社、個人の買取り屋、転売屋の店舗が乱立し、WEBでは品物を入力すると、どこが一番高く買い取ってくれるか教えてくれるサイトまであった。

 今となっては、買取所を開設したホラール星企業やホラール人の姿も珍しくない。

 いまだホラール星では足りないダンジョンからの産出品が多く、地球にまで買い付けに来るホラール人は増える一方だった。

 そんな過当競争のなか、いまだ買取所に成果を持ち込む冒険者がいて、それを目撃した剛は彼らに首を傾げていた。

 俺も、ちょっと彼らの思考が理解できない。


「連中、ドMなのかもしれないな。本当、俺には理解できん」


「剛はSっぽいからな。なにか弱みでも握られているのかね?」


「誰がSだ! 弱みかぁ……。それはあり得そうだな」


「いえ、彼らは自由意志で買取所に持ち込んでいるんです」


「「どうして?」」


 つい声が重なってしまった。

 命がけで得た成果を安く買い叩かれるし、更衣室のロッカーを使えば二千円も取られてしまう。

 俺と剛は、いまだに買取所を使う冒険者たちに、なにか他人に言えない特別な事情があるのではないかと勘ぐってしまったが、綾乃はそれを否定した。


「世の中には、第三者から見たら不気味に思うほど、お上に従順な人たちが一定数いるんです。どんな理不尽なことがあっても、それを受け入れてしまう人が。昔、いよいよ日本が敗戦する時ですら、軍部を妄信し、最後の一兵まで戦うと言っていた人たちがいたじゃないですか。買取所は社団法人で、官僚が多数天下っています。相手が公というだけで無条件に従う人たちが出てしまうんです」


「冒険者なのにか?」


 冒険者なんて、その気になれば嫌な祖国を捨てて他国で豊かに暮らせるのに、わざわざ買取所に安く成果を買い叩かれ、税金まで払っているのだから。


「俺には理解できない」


「良二様も私たちも、獅童総理と敵対しましたからね。ですが、たとえ冒険者になっても国家や公なものになんの疑いもなく従う人はいます。そこから抜け出せないのです」


「なんか、わかるような気がする」


 冒険者じゃなくても、成功した経営者なのに邪教の信者になる人もいるからな。

 彼らは冒険者の前に日本人で、公の存在に近い買取所に、成果を持ち込むことが日本人として正しいと思っているのかも。

 いくら周囲が、『買取所』なんて使うなよと忠告しても、聞く耳を持たないのだろう。


「ただ、さすがにここまで安く買い叩くと、そんな人は少なくなりますけどね」


 重税にも限度があるか。

 そうでなくても、買取所は役人の天下りが多くて批判されていたし。


「ロッカーの使用料を上げたから、ますます客が減ったみたいだしな」


「俺の変身指輪のせい……だけじゃないけど」


「その前に、買取価格が安すぎてな。ロッカーの使用料も、よくぞこの短期間に四倍にしたよな」


「そうしないと、売り上げが落ちる一方なのでしょうね。そこまで値上げしても、買取所の赤字は増える一方ですけど」


 ダンジョンの入り口付近では、変身指輪を使って一瞬で冒険者の装備に変身したり、その逆にダンジョンで一仕事を終え、私服姿に戻る冒険者が沢山いた。

 買取所を利用する冒険者は少なく、ロッカー使用料の値上げでさらに客がいなくなって赤字が増えたみたいだ。

 この変身指輪はとても便利で、冒険者だけでなく、一般人も多数利用していた。

 勤め先の制服を指輪にセットして、通勤後に素早く私服からチェンジする。

 仕事が終わったら、また私服にチェンジして着替えの時間を短縮する。

 こうすることで、生産性を上げることにも役立っていた。

 モデル、舞台俳優、芸能人が舞台裏で素早く衣装を替えたり、子供が制服から私服に素早く着替えたりと。

 使い勝手がいいのもあって爆発的に売れており、俺は変身指輪の量産で大忙しだった。


「官僚って頭がいいんじゃないのか? どうして買取所の経営を立て直せないんだ?」


「剛さん、勉強ができるからって、必ずしも仕事ができるわけではありませんよ。前提として、買取所に天下りしてきた元官僚たちは、出世コースから外れた人たちですから」


「確かに優秀な官僚なら、買取所に天下りなんてしないか」


 西条さんと東条さんは、自ら望んでもう役人には戻らないと宣言していたけど、仕事ぶりは非常に優秀だ。

 だが、買取所の元役人たちはいくら望んでも役人には戻れないし、仕事ぶりも大赤字を生み出すだけだ。

 同じキャリア官僚だったのに、可哀想なほど能力に差があった。

 

「役人としての仕事を数十年も続けてきた人たちですから、当然商売のことなんて一切わかりません。さらに言えば、別に赤字でも困りません。赤字は税金で補填しますから」


「困ったものだな」


「本当にな」


 こっちは、冒険者が素早く装備を変えられるよう、苦労して変身指輪を安価に普及させたってのに。

 民間が頑張って生産性を向上させても、お上が邪魔をするのだから。



「一番の問題は、買取所は大赤字なのに、買取所から安く買い取った品を高く転売している特定の取引先が多いということですね。その特定の取引先とは、天下り官僚と政治家の親族が経営しているんですけど……」


「買取所の赤字を垂れ流しにしたまま税金で補填させておいて、自分たちは副業で大儲けってか。酷い話だな」


「最近、官僚の天下り先が減っていますから」


 ゴーレムとAIが導入されたせいで、民間よりは緩やかだし、獅童政権時に激増させた後遺症もあるが、公務員や関係団体も人間の職員を減らしつつあった。

 それどころか、必要ない関係団体自体も、田中総理によって次々と潰されているところだ。

 そんなところに回すお金があったら、ベーシックインカムに回すということらしい。

 当然官僚たちは抵抗するが、田中総理はまったく動じない。

 なぜなら彼は、一日でも早く総理大臣を辞めたがっていたからだ。

 いくら必要なこととはいえ、こんなに派手に役人の既得権益に手を出せば、ズル賢い官僚たちに陥れられ、辞職しろと圧力がかかると思っているらしい。

 残念ながらそうならず、田中総理はなかなか総理大臣を辞められない状態が続いているらしいけど。


「もう処置ナシだな」


「そのうち潰れるんじゃないですか?」


「自業自得すぎる」


 そんな話をしてから三人でダンジョンに潜り、必要なものと、その他にも多くの成果を得た俺たちがダンジョンから出てくると、閑古鳥の鳴いた買取所から数名の男性たちが出てきた。

 冒険者には見えず、買取所の職員にも見えない。

 初老ででっぷりと太っているので、彼らが噂の天下り官僚たちだろうか?

 初老となり、買取所を食い物にして好き勝手しているから、贅肉がついたのだろう。

 彼らは俺たちの姿を確認した駆け寄り、上から目線で好き勝手言い始めた。


「古谷良二だな。今日から、すべての成果を買取所に持ち込むんだ! いいな?」


「断ればどうなるか、さすがに理解していると思うが」


「お前の妻たちは勿論だが、知り合いの高レベル冒険者たちもお前が責任を持って、買取所にダンジョンでの成果を持ち込ませるのだぞ。わかったな?」


「全然理解できませんし、嫌です」


 いきなり何様なんだ?

 こいつらは。

 しかし、キャリア官僚なんてやっていると、東大を出ても自分を失ってしまうものなんだな。

 自分が支配者にでもなったつもりなのだろうか?


「買取所は安く買い叩かれるから嫌ですよ。冒険者は命がけでダンジョンに潜っているんです。そりゃあ、一円でも高く買い取ってくれるところに持ち込みますって」


 そんなこともわからないのか?

 こいつらは。


「うるさい! 我々を誰だと思っているんだ!」


「さあ? 誰なんです?」


「我々はこれまで各公官庁で、この日本を支えてきた真のエリートだ。つまり、我々のやることはすべて正しく、そんな我々が買取所に成果を売れと言っているんだ!」


「言うことを聞かなければ、お前たちに不利益があるぞ!」


「さあ、早速今日の成果を買取所に持ち込むんだ!」


 いきなり強引なおっさんたちだな。

 元エリート官僚だから、どんな方法で買取所の経営を立て直すのかと思えば、まさかの押買い強要だとは思わなかった。


「別に買取所に持ち込まなくても、不利益なんでないでしょうに」


「今は、国家備蓄分以外は、どこに売っても問題ないですしね」


「買取所に持ち込まないことは違法じゃないからな」


「ふふふっ、表面上はな」


 買取所でダンジョンの成果を売らないのは違法じゃないと俺たちが反論すると、なぜかドヤ顔になる天下り官僚たち。

 果たしてエリートたちがどう逆転するのか、ちょっと興味があったので、反論せずにに話を聞いてみる。


「確かに、ダンジョンで得た成果を買取所に持ち込まないといけない法はない」


「だが、君たちは日本人だ」


「「「いえ、俺(私)たちはデナーリス王国人です」」」


 そこは違うので、すぐ訂正しておいた。

 色々って、今の俺たちはデナーリス王国人なのだから。


「あの国は、日本政府が正式に承認していない!」


「我々お上が承認していないのだから、デナーリス王国など存在しないのだ!」


 デナーリス王国を承認していない先進国なんて、今では日本くらいだ。

 それでも日本のお役所はデナーリス王国を承認していないから、そんな国は存在しないと言い放つ。

 元役人は、辞めても役人のままの人が多いよなぁ。


「お前たちは日本人なのだから、空気を読まないとな」


「たとえ買取所以外が高く買い取ってくれたとしても、義務として買取所を利用しなければならない。それが日本人としての当たり前の行動じゃないか」


「もし我々の要求を断るのなら、我々の後ろにいる日本の公官庁が黙っていないぞ」


「ボンクラ揃いの政治家ども、バカしかいない愚民ども、そしてヤクザのような冒険者。このバカしかいない日本がどうしてダンジョン大国となれたのか。それは、我々優れた官僚たちのおかげだ」


「この国は、我々官僚が動かしてきたのだ」


「それも安い給料でな」


「だから、天下りをして大金を得る資格があるのだ。とはいえ、買取所が大赤字だと愚民たちが騒ぎ出す。だからせいぜい我々に協力するのだな」


「もし我々の要求を断るのであれば、お前などすぐに潰せる」


「わかったら……まあ冒険者なんて脳筋しかいないが、世界最強である日本の官僚に逆らおうとなんて考えないことだ。さあ、買取所を利用するんだ!」


 しかしまぁ、こいつらは言いたい放題だな。

 それだけバックに自信がある……ヤクザみたい。

 

「ある意味、『無敵の人』となっているな」


 剛の発言に、俺は首を縦に振った。

 それにしても、もう辞めてしまった役所の威を借る狐たちには困ったものだ。


「ふう……。剛、綾乃。帰りにジャンボパフェを食べようか?」


「ジャンボパフェ、いいですね」


「耳障りな、自称頭のいいバカたちのおかしな要求を聞いて腹減ったからな。俺はオプション増し増しで食うぜ」


「私もフルーツ増しで」


「ようし! じゃあこの前、里奈に教えてもらった喫茶店に行こう。ちょうど近くにあるからな」


 貧すれば鈍するとはよく言ったものだ。

 よほど困窮しているのか。

 あり得ないおバカな言い分を繰り返す元役人たちを放置して、俺たちは帰路へとついた。

 

「我々を無視しおって!」


「必ず後悔するぞ!」


「お前たちを社会的に抹殺してやる!」


 遠ざかる俺たちの背中に向けて罵詈雑言の嵐だが、後悔するのも、社会的に抹殺されるのも彼らであった。

 なぜなら、彼らのわけのわからない、以前所属していた役所の名前を出しての脅迫めいた要求は、すぐに俺の動画であげられたからだ。


 そして当然の如く炎上する。

 『お前たちは何様なんだ?』というコメントが、その年の流行ワードになるほど、高慢ちきな彼らの動画は世界中に、いやホラール星にまで広がってしまった。

 『威張ってるくせに、買取所も黒字化できない無能』という評価と共に。


「買取所は民営化します」


 即座に田中総理は、買取所の民営化を発表した。

 一部反対意見がなかったわけではないが、同時にワイドショーで、買取所に天下った役人と彼らと懇意にしている政治家たちの悪事が暴露され、世間に袋叩きにされた買取所は、あっという間に民営化されてしまった。

 買取所に天下っていた大半の役人たちが『役立たず』の烙印を押され、買取所を解雇されている。


『民営化した買取所に、ただ赤字を垂れ流す役立たずなんて必要ありませんから。ダンジョンの入り口横にある買取所の利点を生かし、今年度中に黒字にもっていくことを目標とします』


 なお、民営化された買取所のトップは、民間出身だがその能力を買われて買取所に勤めていたにも関わらず、元役人たちによってクビにされ、追い出された人物だそうだ。

 とても優秀な人物だったようで、民営化した買取所はすぐに黒字経営となった。




「元々、ダンジョン入り口傍にあるんだから、普通にやれば大赤字にならないはずなのに……」


「それができないのが、多くの役人って生き物ですからね。役人は個人に意見よりも、役所の意見を絶対優先しますから。一般人からすれば奇異に見えるでしょうけど」


「西条さんと東条さんはやれているじゃないですか」


「私も西条さんも、役人の中では変わり者扱いですからね。組織の言い分に異議があれば意見してしまいますし、だからフルヤアドバイスに出向したという事情もありまして。そういえば、買取所をクビになった天下り役人たちですが、投資やら起業で、これまで得ていた大金を使いはたしたそうです」


「普通に暮らしていたら、そんなことにならなかったのに……」


「役人ってのは、無駄にプライドが高いので。キャリア官僚であった優秀な自分なら、投資も起業も成功するって思ったんでしょうね。意外と世間知らずだから、詐欺にも引っかかりやすいですし。まあ、ベーシックインカムがあるから暮らせるでしょう。それにしても、プロト2社長は上手くやりましたね」


「いつものルーチンワークなのだ」


 プロト2は、民営化し、株式を上場した買取所の株を大量に手に入れ、またも大きな利益を得たのであった。

 特に使い道はないけど。

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