第276話 とある農業法人を経営する男性の話(後編)

「よう、正二。動画を見たぜ。随分と調子がいいじゃないか。さすがは俺の弟だ」


「お久ぶりでね、正二君。私は、あなたなら絶対に農園の経営を成功させると思ったていたの」


「叔父さん、僕、農業に興味があるんだ」


「「……」」



 とまあ、そのまま終わればよかったんだが、コラボ動画が更新された翌日。

 うちを尋ねてきた三人がいた。

 よく見ると、一年前に縁を切った兄と義姉、そして甥であった。

 兄は、義姉の親戚で反社とも繋がりがある人物や、やはり反社との繋がりがあると噂の地方議員と手を組み、大石農園を乗っ取ろうとした。

 その目的は、農園を潰して産業廃棄物の処分場を作るためだ。

 私がそれを阻止するため、両親が残した遺産の現金の大半を兄に渡す羽目になったのは前に説明したとおり。

 相続税を払っても億に近いお金を得た兄だったが、この一年でさらに太ったようだ。

 よほど美味しい物ばかりを食べていたのか。

 義姉と甥も同じくよく肥えており、そういえば姪がいないな。

 ただ一つ気になるのは、三人とも服装がとてもみずぼらしいことだ。

 特に義姉は、夫である兄が有名大企業の子会社で働いているからという理由で、常にブランド物の服を着ていたはず……。

 大手企業の子会社勤務で威張るのかと、地元以外の人は思うかもしれないが、この地方ではその子会社に勤めているだけでステータスだった。

 四十代で平均年収が六百万円を超えるから……この地方では、トップレベルのエリート扱いだった。

 

「兄さん、底辺の農家になんの用事なんだ? 兄さんは、リステート通商でエリート街道を驀進中で、私に構っている暇なんてないだろうに」


 その前に、ここには二度と来ないと言ったのは自分のくせに……。


「……それは……。なあ、正二。俺がこの大石農園を手伝ってやるよ。俺はそのままリステート通商勤めでもよかったんだけど、あそこに勤め続けていても、俺の能力を生かしきれないとわかったんだ。俺がこの大石農園の社長になれば、今以上に大きくできるはずだ」


「そうね、それがいいわ。兄弟が協力し合えば、天国のお義父さんとお義母さんも喜ぶはずよ」


「「……」」


 兄と義姉の言い分に、俺と幸音は呆れてしまい言葉が出なかった。


「……噂は本当だったか」


「噂?」


「リステート通商でリストラがあったらしいじゃないか」


「……」


 兄さんがリストラされた話は直接聞いていないが、『農作物、山の幸月刊便』を利用してくれているお客さんから、リステート通商で大規模なリストラがあったと聞いていたのだ。


『優秀なのが数名、親会社に転籍して、残りのうち九割がリストラされたんだよ。AIとゴーレムで用が足りるからだな』


 その話を聞いた時、私は兄さんが親会社に行けるわけもなく、リステート通商のリストラから逃れることは難しいだろとうと思っていた。

 だけど不思議なのは、リステート通商はかなりの退職金を支払ったと聞いた。

 両親の遺産もあるはずなのに、どうしてわずか一年でこんなにみずぼらしい姿になったのだろう?


「兄さんは、リステート通商をリストラされたのでは?」


「そっ、そんなことはない! 俺は新たなるキャリアを積むべく、自分から辞めてやったんだ!」


 兄さんの言っていることは嘘だ。

 それだけは、その態度からすぐにわかった。


「それでうちの農園に? お金があるんだから、それを元手に独立でもすればいいんじゃないかな?」


 本来なら、大石農園の跡取りは兄さんだった。

 両親も最初はそれに期待していたけど、それを嫌がって私に押し付けたのは兄さんだ。

 私は元々農業が好きだったし、亡くなる前に両親は、私が跡継ぎでよかったと言ってくれた。

 両親は自分勝手な兄に呆れ、だから大石農園の後継者は私が指名されたという事情もある。

 それなのに、今になって大石農園の社長にしろだなんて、ムシがいいなんてものじゃない。


「大石農園を兄さんに任せたら、ここをヤクザに売り払って産業廃棄物の処分場にされてしまうからね。それはできないよ。そんなに農園をやりたかったら、自分でやればいいじゃないか」


 大石農園の農地と山の価値なんて、兄さんが難癖付けて持っていた遺産に届かない価値しかないのだから。


「貰った遺産と退職金があれば、大石農園以上の広さの農地を買えるよ。だけど、その前に兄さんは農業の知識も経験もないんだから、どこかでそれを得る必要がある」


「だから、俺を大石農園にだな……」


「農業の知識と経験、なんらかのスキルがない人を社長にするなんてあり得ないし、この大石農園の社長は私だ。見習いで一から働くならいいけど……」


「俺はリステート通商に勤めていたんだぞ! エリートである俺が、農園の見習いなんてやれるか! 社長にしろ! 地べたで畑を耕すことしかできないお前とは違って、俺なら戦略的に経営ができるんだから!」


「そうよ。なんと言ってもうちの夫は、あのリステート通商に勤めていたんだから、その経験を生かして大石農園の経営をするべきなのよ。農作業なんて、ゴーレムに任せていればいいのよ」


「叔父さん、僕もパパの息子で将来のエリートだから、大石農園の役員にしてね。年収は一千万円くらいで!」


「「……」」


 駄目だ。

 兄も、義姉も、甥も、バカすぎて言葉が通じない。

 というか、甥は確か今年大学に入学している年齢のはず……入学試験に落ちてしまったんだろうな。

 この夫婦と甥は本当にそっくりで、自分勝手な要求ばかりで呆れるしかなかった。


「(この三人は、どうして大石農園に拘るんだ?)この大石農園は、私が正式に相続したんだ。そのために、兄さんには大半の現金を渡している。農業をやりたかったら、そのお金でやればいいじゃないか。お金はどうしたんだ?」


「……儲かる投資に出資している……」


 私と幸音は兄たちのみずぼらしい姿を見て、『詐欺に引っかかってお金を失ったんだな』と悟った。


「投資? 騙されたの?」


「そっ、そんなわけはない! 投資のリターンを得られるまで、少し時間がかかるだけだ!」


 兄はプライドもあってか。

 詐欺に騙されたことを意地でも認めなかった。

 このところ仕事がないからか、この手の詐欺に引っかかる人が増えているとニュースでやっていたけど、まさか兄が……。

 兄は自分が思っているほど優秀ではないけど、変にプライドが高いから、詐欺に引っかかりやすいとは思っていたけど。


「それなら、お金が増えるまで待てばいいのでは?」

 

「……それまで、このチンケ農園で働いてやるって言っているんだ!」


「ありがたく思いなさい!」


「ボロイけど、住めなくはないか。叔父さん、早く家に入れてよ。お腹空いたし」


「……語るに落ちたね。詐欺で家まで取られちゃったのか」


 大方、詐欺師に騙されて自慢の家まで担保にしてお金でも借りたのだろう。

 当然お金は戻って来ず、家まで失った三人は困窮していたと。


「うるさい! 俺は長男なんだ! その農園と家を寄こせ!」


「そうよ! 家も農園も財産もすべて寄越しなさい! 夫は跡取りなんだから!」


「叔父さん、僕、お腹空いたよ。ウナギが食べたい」


 それにしても、プライドというのは怖いものだ。

 完全に落ちぶれたのに、上から目線であり得ないことを要求してくるのだから。


「「……」」


 そんな三人に、私と幸音は蔑みの視線を送った。

 そして幸音が我慢しきれなくなったのか。

 トドメの一撃を加える。


「あなたたちがおかしな要求をして財産の大半を持ち去ったあと、正二さんがどれだけ苦労したのかわかっているのですか? やっと軌道に乗ったところで旨味だけ持って行こうだなんて、よくそれで自分がエリートだなんて威張っていられますね。リストラされたくせに。本当にエリートで有能ならリストラなんてされませんし、稀にリストラされても独立して上手くやるはずです。大切なお金を呆気なく詐欺で失うなんて、どこがエリートなんですか?」


「小娘が生意気な!」


「義妹なんだから、義姉である私を立てなさいよ!」


「僕、お腹が空いたなぁ」


「とにかく、自業自得すぎて手助けする気すら起きないね。ベーシックインカムが出るんだから、市内でアパートでも借りて暮らしたら? 市内なら仕事があるかもしれないし。とにかく、この大石農園は私と幸音の持ち物だから、部外者が出て行ってくれ」


「お前には、家族に対する情がないのか? 人としての情はないのか?」


「この人でなし夫婦が!」


「僕、アパートでなんて暮らしたくないよぉ」


 いざ困ると、情に訴えてくる。

 本当にしょうもない人たちだ。


「正二! とにかく家に入れろ! ここは俺の実家でもあるんだ!」


「夫を社長にしないと、私の親戚のヤクザがあんたたちを山林に埋めるわよ! 言うことを聞きなさい!」


「そうだ! どうせここには滅多に人が来ないからな。明美の親戚には本当にヤクザがいるのだから、大人しく言うことを聞いた方がいいぞ。お前の妻は、もうすぐ子供も生まれるんだ。親子三人で冷たい土の中に埋められるか?」


 人間って、困窮すると本当におかしくなるんだな。

 まさか、私と幸音を脅迫するとは思わなかった。


「本当、語るに落ちたな。兄さん、これで衣食住が保証されてよかったじゃないか」


「正二? それはどういう? うぉーーー! なんだこいつらは?」


「きゃぁーーー! 離れなさいよ!」


 大規模農業をやるにおいて、一番の問題は防犯だ。

 人里離れた場所に住むことになるから、犯罪者に襲われても警察はすぐに来てくれない。

 そこで、ゴーレムたちには防犯機能もついていた。

 義姉が『ヤクザ』というワードを出した時点で脅迫罪が成立するし、その様子は防犯カメラにバッチリ映っている。

 三人はゴーレムたちに取り押さえられ、三十分後に駆け付けた警察官たちによって逮捕されてしまった。


「今、ヤクザというワードを出して脅迫すると、罪が重たいんだよ。しばらく刑務所で暮らすといいよ。衣食住は保証されているんだから」


「正二ぃーーー! 実の兄を警察に売るのか?」


「売ってはいないね。私と幸音に害を与えようとしたから、相応の罰を受けるだけでしょう」


「正二さん、私たち家族よねぇ?」


「いいえ、私の家族は幸音と生まれてくる子供だけですよ」


「僕はなにも知らなかったんだ! 逮捕されて刑務所に入るのはパパとママだけでいいと思うんだ」


「詳しい話は署で聞くから。大石さん、ご協力ありがとうございました。ほら、いくぞ」


 現行犯逮捕された兄たちはパトカーに乗せられ、そのまま警察署に連行されていった。

 このあと兄たちがどうなろうと知ったことではないし、また姿を見せたらゴーレムたちに排除してもらうだけだ。

 

「……さてと、作業に戻るかな」


「そうですね」


「幸音は無理をしては駄目だよ」


「もう安定期だから、少し運動しろって言われているし、大丈夫ですよ。正二さんは心配性ですね。正二さんこそ、無理しないでくださいね」


「大丈夫だよ」


 もう兄たちのことなど一切考えないようにする。

 それよりも、今は妻と生まれてくる子供たちの方が大切だからだ。



 


「ねーーーね。あそぼ」


「勇人、今は仕事中だから駄目だよ」


「うう……」


「……勇人、泣かないでね。仕事が終わったら、遊んであげるから」


「すまない、涼子。ちょっと勇人と遊んであげてくれないかな? これもアルバイトのうちってことで」


「叔父さん、一人で大丈夫?」


「安治を引っ張ってくるから大丈夫。ちょっと彼氏を借りるよ」



 幸音が無事に男の子を出産した。

 将来、大石農園の跡継ぎになるのかは不明だけど、自然の中で伸び伸びと成長していると思う。

 そんな彼は今、従姉の涼子が一番のお気に入りだ。

 年上好きとは、なかなかにやるな。

 落ちぶれた兄たちが押し掛けた時にいなかった、あの『田舎が嫌いだ』と言ってブスっとしていた姪だったが、今は私が出た地元県の国立の農学部に通い、うちで下宿しながら空いている時間に大石農園でアルバイトをしている。

 実は彼女、父親である兄と母親である義姉に対し、あまりいい感情を持っていなかったそうだ。

 二人はあの残念な兄の方ばかり可愛がり、贔屓していた。 

 跡取りだから……兄はそういうのを嫌って農家を継がなかったはずなのに、自称エリートサラリーマンになってもそんなことに拘っていたと聞き、驚きを隠せなかった。

 『叔父さん、田舎は嫌なんて言ってしまってごめんなさい』と謝られた時、本当に兄は駄目な人なんだなと、再確認した次第だ。

 甥が受験した大学にすべて落ちた時、姪は『お兄ちゃんが大学に合格するまで、お前は受験するな!』と、兄と義姉から言われたそうで、そのあとに兄は詐欺に引っかかって家まで失ってしまった。

 それに加えて私の家と農園を奪いに行くと聞き、そんなものに参加したくなくて友達の家に避難していたらしい。

 結局、兄と義妹は逮捕されて刑務所送りになってしまったので、私は姪の所在を確認し、彼女を引き取ったというわけだ。

 姪は大石農園でアルバイトをしながら高校に通い、無事に私の後輩となった。

 大学で彼氏もでき、今はその彼にもアルバイトをしてもらっている。

 大石農園は規模拡大中なので、兄も下働きから始めればいくらでも仕事はあったのだが、彼はプライドが高いからどだい無理な話だったんだ。

 姪と彼氏の安治君は農作業のみならず、動画の企画、編集、事務作業、AIの操作、ゴーレムの扱い方なども覚えていき、若いって素晴らしいなと思う。

 兄も年寄りってわけでもないのだが、企業で四十代以上がよくリストラされてしまう理由がわかるというか。

 変にプライドがあるから、突然農業未経験なのに社長にしろと言い出したり、彼にとって今の世の中は地獄なのかもしれない。

 それなら、衣食住がしっかりと保証された刑務所の方がいいのかも。

 それと、甥は共犯ではないと判断されて逮捕されなかった。

 今は、市内に古いアパートを借りて、ベーシックインカムで暮らしているはずだ。


 私は若い彼にもチェンスを与えようと思って大石農園のアルバイトに誘ったのだけど、『叔父さん、僕は起業してビッグになるんです!』と言われ、断られてしまった。

 そんな甥が、起業した様子はない。

 毎日自堕落に暮らしているそうだが、それも彼の選んだ人生だ。

 私が口出すすることではない。


「社長、拳さんから送ってもらった黄金小麦ですけど、なかなか品質が安定しなくて……。大学で学んだ知識だけだと難しいですね」


「無事に、地元の有名なラーメン屋さんにも卸せるようになったから、これからも試行錯誤するしかないよ。安治君、ちょっとこっちを手伝ってくれるかな?」


「わかりました。涼子は、勇人君に取られちゃいましたね」


「はははっ、勇人は私と違って女の子にモテるようになるかもしれないな。幸音によく似ているから。じゃあ、頼むよ」


「はい」


 もし勇人が大石農園を継がなくても、涼子と安治君がいるから大丈夫そうだ。

 誰が継ぐにしても、その時まで大石農園を潰さないように頑張らないと。

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