第275話 とある農業法人を経営する男性の話(中編)

「幸音、『農作物、山の幸月刊便』や、『ネット販売』の送り先のデータベース化と、作業の自動化は終わりそうかな?」


「もうすぐ終わりますよ」


「早いね」


「AIはどんどん進化していますからね。以前ならもっと時間がかかっていたんですけど、今は早くできるようになったんです。まあ、そのおかげで私もSEで食べられなくなってしまったんですけど……」


「幸音は優秀なSEだって聞いていたけど……」


「でも天才じゃないですから。AIにプログラミングを任せた方が安く早く仕上がるので、人間のSEは一部の天才と、仕事を安く買い叩かれる『個人事業主』のSEだけになってしまったんです。それなら、自然の中で農業をやった方が健康にいいじゃないですか」


「割り切るなぁ……」




 私が経営する『大石農園』は、私と大学時代の後輩が紹介してくれた新入社員である生川幸音……彼女は私に一目惚れしたとかで、押しかけ女房感もあるけど、まだ入社して日が浅く、知り合ったばかりなので普通の社員として扱っている……だけで広大な農地と複数の山を管理しているが、過労死しそうなほど忙しいわけではなかった。

 なぜなら、大石農園も含めて今の日本の農家で、ゴーレムを使わない人などほぼいないからだ。

 近年、跡継ぎがいない老齢の小規模農家が大多数であった日本農業であったが、彼らの引退と、残った農地の集約、法人化……これには既得権益を守ろうとする岩盤規制があったが、今となってはそれが意味をなさなくなってしまった……が進み、大規模農家が増えていた。

 与野党の政治家も、農林水産省の官僚たちも、JAも。

 利権のために農家の数を減らしたくなったのだが、若者が儲からない小規模農家なんてやるわけがなく、ある時期を境に突然農家が減ってしまったというわけだ。

 もっとも、農業の就業者数は減ったが、生産量は何倍にも増加していたのでまったく問題なかったけど。

 小規模でも農業を続けている人たちは、ベーシックインカムがあるので現金収入に拘らず、半自給自足の暮らしを楽しむために参入した老若男女。

 農家レストランなどの飲食業や、自作した作物で作った加工品の販売も行う『六次産業的な』商売をしている人たちが大変を占めていた。

 とはいえ、山の多い日本の農業は、いくら効率化しても外国にコスト面で太刀打ちできない。

 それは事実であったが、数年前に地球が寒冷化して農作物がほぼ収穫できなかった時期があった。

 どこの国も食料の輸出を止めてしまい、食料自給率の低い日本はパニックになりかけたのだが、その時は日本政府がどこからか集めていた食料でなんとかなった。

 のちに、もう一つの地球で大量に栽培されたものであることが判明して、その時は『日本には古谷良二のアナザーテラがあるから、食料自給率も生産量も世界一! これから日本が始まる!』と、浮かれ喜び、動画などにして金を稼く人が多かったのを思い出す。

 まあその後、獅童総理がやらかしたせいで古谷良二はアナザーテラに引っ込み、デナーリス女王がアナザーテラにデナーリス王国を建国したため、アナザーテラの農作物は日本の食料自給率、生産量にカウントされなくなったのだけど。

 今でもその時のことを思い出す。

 動画では『食料がない日本オワタ!』的なものが増え、食料自給率の低い日本はパニックになりかけた。

 そこで田中総理が、この期に及んで規制を守ろうとする農水族の議員たち、JA、農林水産省の役人たちを粛清(社会的に)、農地の集約化、法人経営の緩和、補助金を出すなどして、食料自給率を100パーセント以上に高める政策を始めたわけだ。 

 とはいえ、補助金予算は無尽蔵ではない。

 国が補助金を出す農家の条件が、一定の農地面積と生産量を上回るという条件がつき、そのおかげで日本の食料自給率は100パーセントに迫りつつある。

 ただ、以前では考えられないほどの円高なので、どうしても海外から輸入した食料には太刀打ちできなかったのだけど。 

 だから私……というか亡くなった父と母が廃業した近隣農家の土地や山を買い集めており、さらにゴーレムとAIの普及で、人間の従業員が二人でも経営できる農業法人が誕生したというわけだ。

 

 私が必要な農作業とその他の仕事をデータ化し、それを幸音がAIとゴーレムたちができるように落とし込んでいく。

 AIとゴーレムによって生産性が向上し、大幅に価格が下がった国産農作物であるが、他国も同じことをしているので価格では歯が立たない。

 絶望的な価格差じゃないのは、AIはともかく、まだまだ高性能ゴーレムはイワキ工業と古谷企画のシェアが圧倒的だからだ。 

 他国の冒険者たちが作ったゴーレムは、性能やコスト、燃費があまりよくなく、日本の農業よりも人間を多く必要とした。


「『農作物、山の幸月刊便』と『ネット販売』の売り上げが大きいんですね」


「普通に価格競争をしたら、輸入品やもっと大規模にやっている国内の大型農業法人には勝てないからさ」


 ただ一定量を超える農作物を作るだけでも、国からの補助金があれば赤字にはならない。

 だけどそれでは経営がギリギリになってしまうので、私は収穫した農作物や、所有する山で採れる山菜、キノコ、果物や木の実などを毎月会費を払ってくれる会員さんに送るサービスと、ネット通販にも力を入れていた。

 幸音が調整、操るAIがプリンターを動かし、顧客の名前や住所が書かれた宅配便用の伝票を印刷、事務員ゴーレムが収穫、採集した野菜と山菜などを詰め込んだダンボールに貼りつけていく。

 以前は、この配送作業がもの凄く手間だったけど、今では幸音とAI、ゴーレムにお任せなので楽だった。


「そこで、うちの大石農園を応援してくれる全国の人たちに向けて、農作物や採集物を送るサービスを始めたというわけ」


「もの凄い売り上げですね」


「おかげさまでね」


 農作物自体は安いものが沢山あるし、お米などの基本的な食料はベーシックインカムと一緒に配られている。

 そんな状況で、普通の農業法人である大石農園がどう生き残るか。

 私は動画を始めており、大石農園の季節の移り変わりや、作物の生育状態、山の山菜やキノコの生育状況、収穫と採集の様子を動画投稿サイトにアップするようになっていた。

 他にも、山を流れる川で渓流釣りをしてみたり、ウナギを獲る筒を仕掛けてみたり、カブトムシを捕まえてみたりと。

 動画チャンネル『大石農園通信』は、自然系動画配信チャンネルとしてかなり好評で、こちらの収益でも食べられるようになったのは幸いだった。

 メンバーシップも始め、これに入った人に毎月『農作物、山の幸月刊便』を送っている。

 動画の編集もAIがやってくれるようになったし、幸音が最後にチェックしてくれるので、こちらも作業を軽減できた。

 その分、他の作業に集中できる。

 

「山で採れた山ブドウやサルナシの自然ジャム、自家製ピクルスなど。加工品の販売も強化でできるのは、幸音のおかげだよ」


「私は正二さんの妻になるのです。妻が夫を支えるのは当然ですから」


「……」 


 まあ、幸音もそのうち同年代の男性を探すだろうから聞き流すとして。

 頑張って大石農園を経営していかないと。






「カブトムシだぁ!」


「父ちゃん、赤くてデカいよ」


「それはよかったな」


「持ち帰って飼育するといいよ」


「「ありがとう、おじさん」」


「大石さん、私たち家族を招待してくれてありがとうございます」


「せっかくコラボ動画を撮影しますからね。こんな田舎の山奥でよければ、いつでも遊びに来てください」


「正二さん、私も子供は二人……いえ、三人は欲しいです」


「幸音、今は一人目が無事に生まれればいいさ」


 大石農園と動画配信をやっていたら、思わぬ縁ができた。

 冒険者として有名な拳剛さんと知り合いになり、話が合って一緒に動画撮影することになったのだ。

 彼の奥さんの冬美さんと子供たちにも遊びに来てもらい、野菜を収穫したり、山に食べられる山菜を採りに行ったり、仕掛けたウナギ筒を見に行ったり。

 そして夜には、一緒にカブトムシを獲りに行った。

 拳さんには二人のお子さんがいて、大きな赤いカブトムシを採って喜んでいる。

 結局幸音に押し切られてしまって、私は彼女と結婚した。

 もうすぐ子供が生まれるので、年の差のあるオジさんは愛する妻と子供たちのため、健康に留意しようと思う。

 そんな理由で、この前人間ドックに行ってきたのだけど、その時の動画の再生数がえらくよかったのは謎だ。

 動画配信の仕事は奥がが深いと思う。


「良二から、赤いカブトムシは四匹に一匹くらいいるって聞いたことがある。赤いカブトムシ同士を掛け合わせると、さらに赤いカブトムシが羽化するらしい」


「古谷さんって、カブトムシにも詳しいのね。それじゃあ赤いメスを探して、もっと赤いカブトムシを羽化させてみましょうか?」


「父ちゃん、母ちゃん、僕もやる!」


「僕も!」


 拳さんはいい父親で、奥さんと子供たちにも好かれていた。

 唯一の欠点は、妻である冬美さんによると、『父ちゃん』と呼ばないと怒るらしいけど。

 『パパ』、『お父様』呼びは論外らしい。

 『うちは、良二の家みたいに国際色豊かじゃないし、全員庶民だから』というのが拳さんの言い分だった。


「ウナギって、捌くの難しいよなぁ」


 翌日、自宅の庭でバーベキューをしながら、拳さんが昨日筒で獲ったウナギを捌いているが、意外にも上手だった。


「ははん! これでもウナギは何度も獲って捌いたことがあるんだ。白焼きと蒲焼きを作る予定だ」


「おじちゃん、このトウモロコシ、甘くておいしい」


「おいしい」


「採れたてをすぐに茹でたからね。時間が経つと甘味が減っちゃうんだよ」


 拳さんがウナギを焼き、うちの農園で収穫した野菜を使った使った料理。

 そして、お土産でいただいたモンスター肉でバーベキューも行い、その日の夕食はとても楽しいものとなった。

 後日に公開されたコラボ動画も好評で、私は両親から受け継いだ大石農園をこのまま続けることができそうだ。

 将来は、幸音のお腹にいる子供がこの農園を受け継いでくれると嬉しいのだけど、それは本人の意思を尊重しようと思う。

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