第274話 とある農業法人を経営する男性の話(前編)

「相変わらず、儲かりもしない農業を一生懸命。本当にご苦労様ってやつだ。エリートである俺には真似できないな」


「あなた、またこの家はボロくなったわね。本当、貧乏くさいわ。そのうち台風で倒れそうね」


「叔父さん、いい年してまだ一人なの? パパとママが言っていたよ。叔父さんみたいな人を『人生の負け組』って言うんだってさ」


「よくこんななにもない場所に住めるわね。パパ、ママ。もう私、二度とここに来ないからね」



 父と母が交通事故で亡くなり、二人がやっていた農業を正式に継いだ私は、都市部に出てサラリーマンをしている兄とその家族を三回忌に招待した。

 ところが兄家族が来た途端、嫌味と悪口のオンパレードだ。

 兄は農業を継ぐのを嫌がり、都市部の大学を卒業するとそこで就職してしまった。

 就職後すぐに都市部出身の義姉と結婚もして、甥と姪も生まれている。

 私は農業が嫌いではなかったので、地元にある国立大学の農学部に入り、卒業後は両親を手伝いながら正式に農業を継ぐべく、日々奮闘していた。

 残念ながら、今のところ独り身だけど。

 ところが三年前のこと。

 町に買い物に出ていた両親が、運転手が居眠りをしていたトラックに追突されて亡くなってしまったのだ。

 突然のことに私は大きなショックを受けたが、それでも農業大学を卒業してから両親の手伝いを始めて十四年。

 いつ私が継いでも大丈夫な状態になっていたし、両親はあまり浪費もせず、交通事故はトラック側が一方的に悪かったこともあり、トラックを所有していた運送会社から多額の賠償金が支払われたので、資金繰りが大変になることはないはず……。

 だったのだけど、両親の死で兄と義姉、さらにその親族たちが暴走を始めた。

 『兄である俺がすべてを継ぐから、お前は出ていけ!』と。

 兄は農業を継ぐのが嫌で実家を出たはずなのに、突然そんなことを言い始め、私はその対応に苦慮した。

 なので弁護士を雇って色々と調べた結果、義姉の親族に筋の悪い人がいたことが判明したのだ。

 私と両親が農業をしている通称『白久地区(しらくちく)』は、過疎化のせいでもう私と両親しか人が住んでいなかった。

 そのため両親は、少しでも稼げる農業を目指して規模を拡大しており、法人化をして廃業した近所の土地なども買い集めていた。

 その白久地区(しらくちく)に、義姉の筋のよくない親戚が産業廃棄物の処分場を作ろうとしており……つまり、反社会的な組織の一員だったわけだ。

 とにかく白久地区の土地が欲しい兄と義姉とその親戚は、遺産配分でも色々と嫌らがらせや、脅迫までしてきた。

 間違いなく犯罪だと思うのだが、その親戚にはとある地方議員がついていたのと、警察が動かなかったので有耶無耶にされてしまった。

 結局私は農業法人を守るため、両親が残してくれた現金の大半を兄に渡す羽目になってしまった。

 このまま争い続けると、農業にも支障が出てしまうからだ。

 そんなトラブルはあったが、両親の三回忌なので仕方なく呼んだら、兄と義姉ばかりでなく、甥と姪も嫌な奴らになっていた。

 遺伝とは恐ろしいものだ。

 兄は、今住んでいる黒澤市では有名な大企業の子会社勤務であり、この地方では勝ち組と称される存在だ。

 いい物を食べているせいか大分ふくよかになり、弟の私を『貧しい百姓だ!』と露骨に見下すようになっていた。

 義姉は言うまでもなく、甥も姪も同じような感じなので、これもご両親の教育の薫陶というやつであろう。

 今回行われる両親の三回忌が終われば、兄たちはもう二度とここに来ないはず。

 両親の死後の行動があまりに酷かったため、私ももう二度と会う必要はないと思っている。

 兄たちももう両親の遺産は搾り取ったと思っていたようで、低能な百姓につき纏まれると子供たちに危険がある言い出したから、この点については双方の考えが一致したようでょうあよかった。

 三回忌に呼んだのは肉親としての最後の義務理であり、うちがボロイの、大企業(子会社)でバリバリ働く自分に比べたら、農業をしている私が負け組だの。

 出てくる料理が田舎臭いだの……その割には全部食べていたけど……久しぶりに見る兄一家は、姪以外は大分肥えていた。

 両親の遺産で、億近い現金が入れば贅沢もしたくなるか。

 私は現金不足で、農業法人の運営に大分苦労した三年間だったというのに……。

 とにかく言いたい放題だが、これでもう二度と顔を合わせずに済むと思うと清々した。

 『家族なんだから仲良くしなさい』と無責任に言う人もいそうな話だが、昔から仲が悪い家族なんて珍しくもない。

 殺し合いになるよりはマシってやつだ。


「じゃあな、正二。そこで死んで朽ち果てて、農地の肥料にでもなりやがれ」


「困窮しても、生活保護なんて申請しないでくださいね。うちに養えって、市役所から連絡が来たら困りますから」


「農業なんてオワコン! 俺はミーチューバーになるから」


「本当、ここにはなにもないのねぇ……来る価値ないわ」


 最後に全員がそれぞれに嫌味を言い放ち、うちをあとにした。


「やっと終わった! あいつらの相手をするとと疲れるよなぁ」


 両親への最後の義理は終わった。

 私は明日から、農業の仕事に打ち込もうと決意するのであった。





「正二さん、今日から正式によろしくお願いします」


「よろしくね、幸音さん」


「もう他人行事ですよ。幸音でいいです」


「未婚の女性を呼び捨てにするのは……」


「もう少しで、私は正二さんの妻になるから問題ないです」


「……(えっ? それはどういう? とにかく話が進まないな)よろしく、幸音」


「はあ……正二さんに呼び捨てで呼ばれる快感……癖になりそう……」


「そう……なんだ……」


 兄一家と縁切りをしてから一年後。

 私の農業法人に新入社員がやってきた。

 人間の従業員は彼女が初めてだな。

 これまではずっと一人法人だったけど、イワキ工業からゴーレムを導入し、AIも導入して、その扱いに長けている社員を雇った。

 生川幸音さんは二十五歳で、学部は違うけど同じ大学の後輩だ。

 元はSEだったそうだけど、勤めていた会社が倒産したそうで、同じくOBである後輩(既婚者)の紹介で私の会社に入社することになった。




『見つけた、私の運命の人』


『……武藤君、これは?』


『えっ? えっ? 生川さんと大石先輩って同じ大学だけど、年が離れているから初対面ですよね? ……先輩、モテていいですね』


『そういう問題か?』


 どういうわけか、若い大学の後輩に惚れられ、新入社員というよりも押しかけ女房感があるけど、彼女はAIの専門家だそうで、必要な人材なのは確かだった。

 AIも使いこなせなければ、お金をかけて導入した意味がないのだから。


『こんなに給料をいただけるんですか?』


『武藤君?』


『先輩、優秀なSEが高額の給料を貰える保証なんてないんですよ。実際、彼女の会社は倒産してしまったわけで……』


『はあ……』


 兄たちは、私が一人で低収入な農家をしていると思い込んでいたが、私はあえてそれを訂正しないまま縁切りをした。

 下手に稼いでいることを知られると、またタカってきて面倒だからだ。

 そんなわけで、私の法人では生川幸音さんを雇うくらい余裕だった。

 私としては、住み込みで家賃、光熱費、食費がかからない分、かなり安い給料を提案したつもりなんだけど……。

 ダンジョンができて以降、世の中は色々と大変なことになっているようだ。




 

「AIを駆使して、事務作業や経理などの仕事を効率よくこなしていただけたら」


「任せてください。正二さんの将来の妻として頑張ります!」


「……よろしくお願いします(この子、美人だからモテそうなんだけどなぁ……)」


 こんなオジさんのどこがいいんだか。

 じきに同年代の好きな男性が現れるだろうと、私は純粋に社員として彼女を雇い入れた。

 このところ仕事が少ないから沢山応募してくると思ったのに、やはり過疎地に住み込んで農業をしてくれる人は滅多にいなかったか。

 そんな予感はしていたけど……。


「ちなみに、幸音のお父さんとお母さんはなにも言わなかったのかな? 住む込みの仕事だから」


 いくら職がないとはいえ、未婚の女性が十歳以上年上のオジさんと同じ家に住むのだ。

 心配にならないのであろうか?

 私もできれば男性がよかったのだけど、誰も応募してこなかったから仕方がない。

 やっぱり農業って、イメージが悪いのかな?


「心配はしていましたよ」


「やっぱりそうだよね」


 部屋数があるので部屋は完全に別だけど、色々と気をつけないと……。


「正二さんが、あまり年を取らないうちに孫が見たいって言っていました」


「……そっち?」


 というか、生川家では私と幸音が結婚することが規定路線なのか!

 私は彼女の両親に会ったことないけど、それでいいのか?


「あの時、私と正二さんが出会ったのは運命だったのです……って両親に話したら、それなら仕方ないって」


「……そっ、そうなんだ。とにかく、頑張って仕事をしましょう」


「おおっーーー!」


 じきに幸音も正常に戻るというか、同年代の彼氏を見つけるだろう。

 無事にAIを使いこなせる新入社員が入ったので、もっと農場を広げないと。

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