第273話 知名度優先社会

『今日は、奥さんとダンスをします』


『ダンスはパーティーで必須なので、私は最低限できますけど、リョウジさんは大丈夫なのですか?』


『任せなさい!』




 今日は、動画でダンスを踊ってみた。

 冒険者のスキルには『踊り子』、『舞踏家』などがあるし、俺もスキルとしてのダンスは習得している。

 踊りでパーティメンバーの士気を鼓舞し、戦闘力を上げ、踊りながら鉄扇で攻撃する舞踏格闘技を用いたと。

 ただ普段はとほんど用いないので、完全に死にスキルとなっていたのだけど……。 


『動画のネタとしてはいいのだ』


『俺は別に、動画のネタのために踊りを覚えたわけしゃないけどな!』


『それはわかってるのだ。勇者は万能職だから、覚える必要があるのだ』


『わかっているのならいいさ』


 そんなやり取りののち、正装した俺とイザベラはダンスを踊る。

 向こうの世界とこっちの世界のダンスは色々と違うけど、スキルがあるのですぐに覚えられた。 

 本物の貴族であるイザベラに教わったダンスを二人で踊るが、まあこんなものかな。

 下手すぎて、イザベラに呆れられてはいないようだ。


「オーケーなのだ」


「ふう、なんとか踊れたか」


「リョウジさん、お上手ですね。ちょっと驚きました」


「これは俺にダンスのセンスがあるわけではなくて、スキルがあるからなんだけど」


「どんな理由にせよ、今のリョウジさんなら、社交界の花形になれますよ」


「社交界ねぇ……」


 イザベラは俺のダンスを褒めてくれたけど、ダンスは上手でも背が高いわけではないし、顔も普通だからなぁ。

 社交界の花形は難しいのではないかと。

 海外の高身長、イケメンのセレブたちに比べると、俺が貧相であることは確実だったからだ。

 冒険者特性の持ち主はレベルが上がっても、それに応じて背が高くなったり、筋肉ムキムキになるわけがないってのもあった。

 そういう体の変化は、生まれつきの体質に依るからだ。

 なので高レベル冒険者って、一見強く見えなかったりする。

 そのせいで、喧嘩を売られて難儀する人もいると聞いた。

 『「このモヤシ君が、高レベル冒険者? 俺の方が強そうじゃん!』って感じで、喧嘩を売られるのだ。

 ただ、いくら筋肉ムキムキだったり、格闘技経験があっても、凶悪なヤクザでも、高レベル冒険者に勝てるわけがないが、そういう人にそれを説明しても理解できるわけがない。

 だから無謀な喧嘩を売ってしまうのだから。

 かといって、下手に冒険者が反撃したら大怪我どころか、最悪死なせてしまうので、そういう残念な人たちへの対処方法を覚えるのが必須、というのが高レベル冒険者だった。

 たまに、買取所がそういう講習をやっていると聞く。


「貴族や王族が出るパーティーなんて堅苦しいから嫌だけど」


 向こうの世界でも、俺はそういうのに参加するのが苦手で、デナーリスに任せていたくらいなのだから。


「私はイギリス貴族なのでゼロにはてまきませんが、かなりそういうお付き合いを減らしましたわ。面倒ですから」


「やっぱり面倒なんだ」


「ええ、私のように冒険者に、ビジネスに、家庭のことが忙しい貴族は、そういう付き合いを最低限にしています。中には、そういう煩わしいお付き合いに参加することで満たされる方もいますが、それは個々のお好きにといったところです」


「なるほど。イギリス貴族にも、伝統を守ることを無上の喜びとしている人がいるんだな」


 それを古き良き伝統と言う。

 向こうの世界にも、魔王の脅威が迫っているのに儀式だ、伝統だと拘る人が多かったのを思い出した。

 『それどころじゃない!』と批判されても、そういう人たちはそっちを優先するから困るんだよなぁ。

 『臨機応変って言葉を知っているか?』と何度口から出かけたか。


「ええ、私や多くの若い貴族たちは、正直辟易してますけど……」


 地球の若い貴族も、伝統や慣習に固執する貴族に辟易しているのか。

 向こうの世界でも、貴族間の世代抗争が激しかったからなぁ。




「社長、次はホンファさんとなのだ」


「了解。おっ、そのドレスいいね。似合うよ」


「チャイナ服の特徴も生かしたドレスってことで。ボクはダンスを覚えたてだから、お手柔らかに」


「俺もそうだけど、なんとかなるさ」


「リョウジ君は特別だからだよ」


 とは言いつつも、ホンファも見事なダンスを披露した。

 元々運動神経抜群で、それがレベルアップで強化されているから当然か。

 俺はホンファとのダンスを終えた。



「次は私ですね」  


 撮影場所を移し、屋敷の中にはある畳敷きの部屋で、着物姿の綾乃と共に日本舞踊を踊ることとなった。

 パーティーダンスばかりだと飽きるからだ。

 綾乃は幼少の頃から日本舞踊を習っており、免状も持っている。

 定期的に、デナーリス王国に住む冒険者たちに日本舞踊を教えたり、『ダンサー』、『踊り子』、『舞踏家』スキルを持つ人たちと趣味のダンスサークル主催していた。

 他にも、茶道、生け花の免状も持っており、さすがは元華族のお嬢様といったところか。


『(さすが、お上手ですね)』


『(綾乃に合格点を貰えてよかったよ)』


 俺と日本舞踊との接点はないに等しいが、これもスキルのおかげだ。

 日本舞踊を踊っている人の動画を見ただけで、ここまで覚えられてしまうのだから。


「オーケーなのだ」


「良二様なら、日本舞踊の師範になれますよ」


「試験を受ける暇がないから」


「それもそうですね」


 俺はともかく、優雅に日本舞踊を踊る綾乃は美しく、その動画は人気が出そうだなと思いながら、彼女との踊りの撮影を終えた。




「リョウジ、踊りましょう!」


「オーケー」


 リンダとは軽妙に、ラフな服装でハウスダンスを踊る。

 ハウズダンスはアメリカのシカゴ発祥で、早いテンポの曲に合わせた軽やかなステップと抜け感のある踊りが特徴だ。

 屋敷のフローリングが貼られた部屋で、俺とリンダで踊る。

 SNSや動画配信サイトでオリジナルの振り付けをしたこのダンスを踊る人が多く、リンダが踊りたいというのでこのダンスにした。

 俺の中では、アメリカのリア充たちが踊っているというイメージなんだけど、動画を見るとすぐに踊れてしまうのは、やはりスキルのおかげなんだろうな。

 どの踊りにも対応できるので、ある意味便利なスキルとも言えた。

 

『(リョウジ、上手じゃない)』


『(俺は、高校生の時に友人たちとハウスダンスを踊るなんて、したことないけどね)』


 そもそも日本の学生で、友人とダンスを踊る者は少ないか。


『(私も飛級だったせいか、誘われなかったからリョウジと同じよ)』


 それでも踊れたってことは、リンダは誘われる前提でダンスを練習していた……それを聞いてはいけないと思った俺はダンスに集中するのであった。

 ラフな服装でハウスダンスを踊るリンダはとても格好よくて、彼女の動画も人気が出そうだ。 



「次は私ですね」


 ダーシャとは、ビルメスト王国の伝統的な踊りを踊る。

 俺もダーシャも、ビルメスト王国の民族衣装に身を包み、かなり動きの激しいビルメスト舞踊を踊っていく。

 これも、事前に動画で踊り方を見ただけだったけど、スキルのおかげでなんとかなった。


『(リョウジさん、初めてにしては本当に上手ですね)』


『(ビルメスト舞踊って、これ難しくない)』


 スキルがなかったら、かなり練習しないと様にならなかっただろう。

 しかも、かなりの運動量があるな。

 二人で一曲踊りきったが、普通の人ならヘトヘトになってしまうかも。


「リョウジさん、とても上手ですね。ビルメスト人でもここまで踊れる人はそういませんよ」


「かなりの運動量ってのもあるのか」


「はい、昔は騎士たちが戦に赴く前に踊っていたのです。ビルメスト舞踊が上手い騎士は戦で活躍しやすいと言われていたのですが、これがいい鍛錬にもなっていたのではないかと」


「体力はつくだろうな、この踊り」


 ビルメスト人たちが沢山見てくれるといいなと思いつつ、ダーシャとの撮影も終わる。




『次は私ね』


 デナーリスとは、向こうの世界の貴族や王族がパーティーで踊っているダンスを踊る。


『(リョウジはダンスをすぐに覚えたけど、パーティー自体が苦手だったわね)』


『(それはしょうがないさ)』 


 ただの庶民出の中学生が、パーティーを通じて貴族や王族と懇意になったり、魔王討伐が有利になるように交渉するなんて無理なのだから。

 

『(今はこうやって二人で踊るだけだけど、私もこっちの方が楽しくていいわ)』


『(俺も同じことを思ったよ)』


 久々にデナーリスと向こうの世界のダンスを踊るが、王族や貴族に奇を使い、腹の探り合いをするためのダンスパーティーなんてやっぱりつまらない。

 俺たちは、二人で静かにダンスを踊れる時間を楽しんだ。

 デナーリスとのダンスが終わると、最後に里奈と踊るのは、かなり激しい創作ダンスだった。

 独自の振り付け……プロト2が振り付けしたのだが、これが実によくできているのだ。

 里奈に踊り系のスキルはないのだが、元々才能があったようで、すぐに覚えて華麗なダンスを俺とペアで踊っている。

 同時にかなりの運動量で、さすがの俺でもそろそろ疲れてきた。


「オーケーなのだ」


「ふう、随分と激しくて、難しい振り付けだったな」


「なんとか踊れました」


「里奈はダンスも得意なんだ」


 しかも出産直後……冒険者は魔法薬のおかげで産後のダメージをすぐに回復できるから、病院で出産しても入院せず、仕事への復帰も早かった。

 体型も一ヵ月ほどで元に戻ってしまうので、世界中のセレブが高額の魔法薬を買い求める現象が続いていた。


「そんなに踊った経験がないので、レベルアップのおかげかもしれません」


「レベルアップで知力や身体能力は上がるけど、踊りのセンスが上がる保証はないんだよ。『踊り系』のスキル持ちは別だけど」


 イザベラたちもそれは同じなんだけど。

 なので人によっては、レベル1000魔法使い、運動音痴なんて人もいた。

 その人は恐ろしい勢いで魔法が上達しているし、魔力もHPも増えていたが、なにをどうしても運動神経はよくならなかったのだ。

 レベルアップの成長には個性があるってことだ。


「だから、里奈には踊りの才能があるんだろうな」


「バッチリなので、あとは撮影した動画を編集して更新するのみなのだ」


「ダンスの動画なんて、視聴回数を取れるのか?」


「オラは取れると確信しているのだ」


「まあいいけどさ」


 イザベラたちと踊るダンスは楽しかったから。

 そして、プロト2が編集したダンス動画だが、なんとこれが驚異的な再生回数を記録した。


「ただ踊っているだけなのに……」


「勿論、普通の人がただ踊っているだけなら、こんなに再生回数は伸びないのだ。やっぱり社長は有名人なのだ」


「結局そうなるのか」


「プロのダンサーが、自分が踊ってる動画をあげているけど、再生回数はイマイチなのだ。やっぱり知名度って大切なのだ」


「それは事実なんだけどね。身も蓋もないけど」


「このあとも、色々と企画を立てたからやってほしいのだ」


「時間があったらな」


 なんて返事をしてしまったので、俺はプロト2の依頼で多くの映像を撮ることになってしまった。




『……なんか、地味じゃねえ?』


 早送りで短めに仕上げるのだ。そのセーター、上手なのだ


 『裁縫』、『縫製』スキルがあるので、チマチマとセーターやマフラー(奥さんと子供用)を編んだり……勿論毛糸、蜘蛛系モンスターの糸から作った高級品だ。

 他にも、アクエサリーになるミサンガやリリアンを作ってみたり。




『こんかものかな? 手動のロクロ、面倒くさいな』


『今度、魔力で動くロクロを作らせるのだ』


『またやらせるんかい!』


 『陶芸家』スキルもあるので、ロクロを回して陶器を作ったり。



 

『これは、スキル関係あるか? カブトムシ見っけ!』


『繁殖させるのだ』


『虫系動画配信者みたいだな」


 アナザーテラで、虫や生物の採取や観察したり。




『これは大物だ!』


『釣り系動画は、視聴回数を取りやすいのだ』


 釣りをしてみたりと。

 最初はプロト2から指示を出されたが、今では空いている時間に好きなことをしているだけだ。

 勝手にプロト2が動画を撮影し、それを編集してサブチャンネルに更新されていく。

 すると、多くの再生回数が得られるという流れが続いていた。




『ほっ! ダンジョンクラーケンで作ったタコ焼きだ!』


『『『『『『『『『『すごーーーい!』』』』』』』』』』  




『デザートにクレープを焼きます!』


『美味しそうですわね』


『……これも撮影するのか?』    


『勿論なのだ』


 奥さんたちと子供たちのため、ダンジョンで手に入れたタコを使ってタコ焼きを焼き、クレープも作ったのだが、プロト2はこれも撮影していた。


「まあ、子供たちを映さなきゃいいけど」


 ちなみに、この動画も多くの再生回数を稼いだ。




『良二、どうだ? このラーメン屋の全マシマシは』


『うめえ! インスパイア系ではあるが、素晴らしい完成度を誇る一杯だな……プロト2、これも撮影するのか?』


『勿論なのだ』     


 剛が、上野公園ダンジョン特区内に新しいガッツリラーメンのお店ができたと教えてくれたので、所用で行ったついでに二人で食べていると、その様子までプロト2がというか、彼の意を受けた小型ドローン型ビデオカメラで撮影していた。

 プロト2は、ほぼアナザーテラにある俺の屋敷にいて、リモートで色々と指示を出すことが多かったからだ。


「しかし、お店の許可を取らないでいいのか?」


『撮影許可ならちゃんと取ってあるのだ』


 小型ドローン型ビデオカメラ越しに剛が苦言というか、無許可撮影はよくないという注意をすると、プロト2はちゃんと許可を得ていると反論した。 

 二人で店長の方を見ると笑顔で頷いたので、本当にちゃんと許可は取ってあるようだ。


「プロト2って、凄いなんてもんじゃないな。俺や家族が使ってる高性能ゴーレムではできない芸当だ」


「プロト2は、長年俺と行動を共にしてきたからだと思う」


 人工人格のデータ採集は、AIなんかとそれとは違うのかも。

 だから人間臭くなるという予想を俺はしていた。


「そうかな? プロト2だけ特別な気がするぜ」


「もしかしたら、プロト2の人工人格の素材がレアだった、とかあるのかも」


 当時は俺も未熟で、向こうの世界のダンジョンで手に入れた霊石を使って初めて完成させた人工人格だったんだけど、他の高性能ゴーレムたちにいくら学習させても、やっぱりプロト2ほど優秀にはならないし、こんなに人間臭くならなかった。 


「プロト2が特別でも、困るどころか便利だし、いいじゃないか。それに……」


「リョウジ、それになんだ?」


「プロト2は、俺の相棒だからさ」


 異世界で八年、そしてこの世界でも何年も一緒にやってきたプロト2は、もはや家族でもあるのだから。

 その日の撮影も無事に終わり、俺と剛がガッツリラーメンを爆食している動画も、多くの視聴回数を稼ぐことに成功した。


「もはや、なんでもいいんだな」


「社長は世界に大きな影響を持ち、敵も多い。知名度も抜群だから、なにをしても視聴回数を取れるのだ。他の有象無象な動画配信者たちが真似しても無駄なのだ」


「……やっぱりプロト2は、身の蓋もないな」


「良二に似たのかもな」


「……かもしれない」     


 俺の動画は以後も次々と作られ、多くの視聴回数とインセンティブを稼ぐことに成功するのであった。

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