第271話 デナーリス王国、亜人レポート(前編)

「俺たち翼人は、魔王によって宝箱に閉じ込められ……」


「拙者たちリザードマンは魔王軍に敗れて虜囚となり、宝箱に閉じ込められるという不覚を……」


「僕たちホビット族は、魔王に捕まって宝箱に閉じ込められてさぁ。えっ? エルフたちもそうなの?」


「私たち妖精族は魔王に……って、ドワーフやリザードマンたちも?」


「あの魔王、閉じ込めマニアなのかもしれぬな。羽があり飛べる翼人は、狭い場所に閉じ込められるとストレスが溜まって仕方がない」


「僕たちが、魔族の脅威と見なされたのかな? でもホビット族の戦闘力なんて大したことないからなぁ」


「私たちって人間ほど大勢いないのに……。勇者に色々と融通していたのがバレたせいなんでしょうけど」


「人間と組まれると厄介だと思われたのでは? 拙者たちリザードマンも、人間の勇者に誘われ、魔王退治に参加した者もいましたので」


「そして人間によって救われるも、ここがまったくの別世界とは……。飛べるのであれば、翼人はあまり気にしないが」


「元の世界に戻るのは難しそうね。私たち妖精族は、新天地で生きていくことにするわ」


「僕たちホビットも、そうするしかないよね」


「というわけで、住む場所があれば教えてもらいたいのだが……。拙者たちリザードマンは乾燥したところが苦手なので、そこだけは配慮してほしい」


「……はい……」


 富士の樹海ダンジョン一万二階層以降も、宝箱から様々な種族たちが出てきた。

 翼人、リザードマン、ホビット、妖精族など。

 全種族共通しているのは、魔王によって宝箱に閉じ込められたということだ。

 ただ、彼らを閉じ込めた魔王とらやは、すべて別人らしい。




『俺、そんなことしてませんよ! そもそも、俺たちがいた世界って、亜人はいなかったじゃないですか!』


『確かにそうだった。他の世界の魔王と交流なんてないよな?』


『あったら、その魔王と組んであなたと戦っていたと思いますけど……』


『正論だな』




 リブランドの塔の管理神に転職した元魔王に聞いてみるも、彼自身や知り合いが亜人たちの封印に関わっていないそうだ。

 亜人たちも、元魔王を見たことがないって言っていたしな。


「数多ある異世界のダンジョンは、実はすべて繋がっているのかもしれないわね。私たちの知らない異世界の魔王が、邪魔なエルフたちを宝箱に封印してダンジョンに放置したら、こちらの世界のダンジョンが宝箱を引き寄せてしまったとか?」


「そんな感じなのかな?」


 デナーリスの推論は、そう間違っていないと思う。

 少なくとも、俺は同じ推論を立てていた。


「とにかく、アナザーテラの土地は余ってるから、代表者を貴族に任じて土地を与えましょう」


「それがいいな」


 こうしてデナーリス王国には、エルフとドワーフだけでなく、翼人、リザードマン、ホビット、妖精族なども住むようになったのであった。

 ある意味、デナーリス王国は他民族国家になったとも言える。





『この度、デナーリス王国に移住してきたエルフのみなさんです。早速お話を聞いてみましょう』


 アナザーテラに移住したエルフたちのことは、移住先に関する騒動で世界に知られてはいたが、映像や写真ででも現物を見た人は少なく、彼らに対する理解が足りないという話になって、俺の動画で紹介することになった。

 最初は、『いくらなんでも、エルフやドワーフが実在するものか!』と否定的な人も少くなかったが、幸いというか、俺の『富士の樹海ダンジョンアタックシリーズ』動画を見ている視聴者たちは信じてくれた。

 宝箱を開けると、エルフたちが飛び出てくるところをちゃんと撮影していたのも大きかったし、最初、エルフの移住先で世界各国と一悶着あったせいで記憶に残っている人も多い。

 なにより最近では、仕事や観光で上野公園ダンジョン特区を訪れるエルフたちが増えていたからだ。

 耳が長いエルフたちを目の当たりにすれば、信じて当然というか。

 そんなわけで俺は、アシスタント役のイザベラと共に、今日はデナーリス王国エルフ伯爵領内にある、広大な薬品工場を訪れていた。

 北海道の森から少し離れた平原に、大きな薬品工場がいくつも並んでいた。


『ここまで広大な工場だったなんて……』


『このところ注文が多くて、設備をフル稼働させても全然薬が足りないんです。魔法薬は特に不足気味でして……』


『これはまた、随分と近代的な工場なんですね。私はてっきり……』


 俺もそうだが、創作物のエルフはもっとファンタジー風……古い工房みたいなところか、なんなら森の中にある村で、採取した野草を石の器と擂粉木で潰す、なんて原始的な方法で魔法薬を作っていると思っていた。

 向こうの世界では、実際にそうだったし。


『昔というか、この世界に来るまではそんな風に作っていましたが、それでは全然足りないので、世界の薬品工場を参考に、工場を作って稼働させていますよ』


 と、イザベラの問に答えるエルフの工場長。

 エルフが作る魔法薬の需要は増える一方なのに、人口は少なく生産量がなかなか上がらない。

 ならば、大量のゴーレムとAIを利用した、広大な薬品工場を作るという結論に至ったわけだ。


『イメージとは大分かけ離れているので、少し複雑な気分ですけど……』


『地球の創作物に描かれたエルフの様子は、かなりリアルですよね。昔、地球にもエルフが住んでいたのではないかと思ってしまいました』

 

『地球では、エルフは空想の種族でしたから。ところで、魔法薬以外の薬も作っているのですね』


『ええ、こちらも評判がいいので、また工場を増設するつもりです。他にも、森で採取したり栽培した天然素材を使ったサプリメントや、加工食品なども作っています 』


『まあ、色々とやっているのですね』


 エルフは製薬が得意であり、頭もいいので、すぐに地球の薬学や製造技術を参考に、安くて品質がいい薬品の量産に成功していた。

 そりゃあエルフも、人間の薬品工場を見れば『こっちの方が高品質で沢山作れるから、採用しよう』ってなるよな。

 創作物のような薬の作り方に拘るエルフなんて、人間の思い込みに過ぎないのだから。


『エルフが作る、自然食品は健康にいいと評判がいいようでして』


 魔法薬を除くと、人間が作るものとそう差はないんだが、イメージって大切なんだなって思う。

 エルフは病気になりにくく長生きなので、人間が勝手にそう思い込んで、エルフが作るサプリメントや加工食品をこぞって購入していた。

 誤解なきように言っておくと、エルフが作るサプリメントや加工食品は素材や製法にも拘っており、人数が少ないので最初からゴーレムとAIを用いた巨大工場で製造する前提だったから、高品質でお値段も安かった。

 人気があった当然というか。

 そして、そのおかげで世界中から注文が殺到しており、エルフは製薬業で大成功を収めている。

 その代わり、世界中で多くの製薬会社が潰れたけど……。

 なお、地球の国々にエルフの薬を販売しているのはイワキ工業である。 


『人間の工業力や品質管理技術は、本当に参考になります。ホラール星での魔法薬需要は増える一方で、こちらも薬草の栽培量を増やし、製薬工場も増やす予定です』


『エルフの方々が、森で採取した薬草を石の容器で摩り下ろし、魔力を加えながら他の材料と混ぜてポーションを作る、とはいきませんでしだが、技術が進めば当然のお話ですね。エルフの薬品工場からお伝えしました』


 エルフたちが効率よく、魔法薬どころか、通常の薬まで作るようになり、地球でも、ホラール星でも、『一流の魔法薬と薬はといえばエルフ製』と言われるまで、そう日はかからなかったのであった。





「だから、エルフを受け入れておけばよかったのに!」


「しかし、エルフを受け入れても、国民の仕事は増えないだろうが! かえって国内の製薬会社が潰れるだけだ!」


「今も、デナーリス王国から大量に輸入されているせいで、国内の製薬会社の経営が危ないから同じじゃないか! それならせめて税収があれば、経済対策だって打てたのに!」


「彼らが気に入る森がなければ意味ないじゃないか! 最初に頼まれた時に、断ったのはあんただろうが!」


「お前も反対しなかっただろうが! こうなれば、関税をかけるしかないか?」 


 エルフの受け入れを拒否した国々は、エルフが製薬業で稼いでデナーリス王国に多額の税収をもたしていることを知り、大きく後悔したのであった。





「前にいた世界でも魔法薬を作って人間に販売していましたけど、売り上げが段違いですよ。この世界は人間が多いですから」


「それはよかったですね」


「エルフ族はこれから大きく繁栄するでしょう! あと一万年もあれば、人口が十倍ほどにまで増えるはずです」


「……気の長い話ですね」


「まあ、我々はエルフですから。人間よりも、性欲も少ないですしねぇ」


 数万年後、エルフ族はデナーリス王国の大貴族となった。







『あれ? 金槌の音がしないね。ここって、ドワーフの工房……工業団地にしか見えないけど……』


『はははっ! エルフだって、この世界の人間の技術を参考に大量生産しているんだ。ドワーフが、エルフに負けていられるかってんだ! 目指せ、工業化への道だ! ドワーフは匠の心を胸に、進化し続けるぜ!』


『ドワーフとエルフって、本当に仲が悪いんだ……』


『仲が悪いとまではいかんが、仲良しにはなれんな。だが、エルフがいいことをしていたら、真似することも嫌だ、とまでは思わん。ドワーフも品質管理をしながら、大量生産に適応したぜ』


『なんか、ドワーフらしくないなぁ……』


『お嬢ちゃんが創作物で見たドワーフってのは、この世界にやって来る前の俺たちって感じだが、俺たちは新しい技術の導入を躊躇ったりしないぜ』


 エルフの次は、ドワーフの領地の様子を動画に撮影する。

 レポーターはホンファだが、ドワーフもエルフほとではないが長生きなので、子持ちのホンファでもお嬢ちゃん扱いだった。


『中国大陸は土地が広いから、広大な工業団地がいくつも作られています。これだけの工場群を、千人ほどのドワーフたちだけで維持しているのが凄いよね』


『工場の建設は、イワキ工業に頼んだけどな。あの会社の会長とはウマが合うんだよ。ゴーレムたちも用意してくれたしな』


 創作物だと、金床の上に置いた熱した鉄をハンマーで叩いているイメージのドワーフだが、動画のドワーフたちは一人で数千体のゴーレムを管理し、トラブルがあれば適切に動くといった感じだ。

 人間を使うと数十万人は必要になるはずの巨大工場群をわずか数百人で動かし、デナーリス王国向け、地球の各国向け、ホラール星向けの武器と防具、各種金属製品、工業製品を製造していた。


『勿論俺たちは、昔のやり方をまったくやらなくなったわけじゃないぜ。ついてきな』


 ドワーフの工場長の案内で、俺とホンファがとある区画に移動すると、昔ながらの造りの工房があった。

 いや、外観は鍛冶屋といった外観だが、よく見ると最新の魔導工学を用いた設備が置かれ、効率よく作業できるようになっているのがわかる。


『武器も、かなり高性能なものまで工業化できたんだけどよ。お嬢ちゃんの旦那のような、凄腕には物足りない。そういう冒険者向けに、オーダーメイドでも武器や防具を作ったり、ドワーフの一品物ってジャンルで注文が沢山入っているんだよ』


『ザ・ドワーフって感じだね』


『その代わり、値段は天井知らずだけどな。それでも、数年待ちの商品があるんだが……』


『ボクの装備も注文しようかな』


『時間はかかるけどな。ダンジョンで手に入れた武器や防具の調整とかなら、すぐに対応できるがね』


 ドワーフは現代社会の工業化に順応し、アナザーテラの中国大陸に作った広大な工場団地で楽しそうに働いていた。

 エルフ同様、こちらも順調に儲けしており、デナーリス王国の税収は増え続けていた。

 

『デナーリス王国は、税金が安くていいよな。魔王に閉じ込められる前、とある人間貴族の領地内で工房群を経営していたんだが、とにかく税金が高くて難義したからな』


 前の世界で、ドワーフ族は税金の高さに悩んていたようだ。

 デナーリス王国の場合、社会保障があまりなく、人手不足で公的サービスはAIとゴーレムに任せてしまうからコストが安く、税金が安くても問題ないのだけど。


『酒も色々と手に入るのがいい』


 ドワーフといえばお酒好きのイメージだが、デナーリス王国のドワーフたちもそうだった。

 お金はあるので、世界中どころか、ホラール星のお酒も買い集め、毎日宴会をしている。

 毎日宴会してもドワーフはお酒に強いから、翌日の仕事にまったく支障が出ないのは、凄いというか、羨ましいというか。

 しかしながら、ドワーフが大量にお酒を集めたところで貿易収支は完全に黒字であり、今度はこちらの対策も考えないとな、とデナーリスが言っていた。

 最近は聞かなかったけど、貿易摩擦って大変そうだから。


『地球の企業に頼まれて、色々試作したり作ったりもしているから、仕事があったらよろしくな』


 ドワーフに仕事を頼む地球の人や会社は増えており、そのせいで潰れた企業や工場、工房もあったけど、仕方がないというか。

 別に、ドワーフたちはインチキをしているわけでなく、技術力で勝負しているのだから。


『ちょっとイメージが違うけど、匠の心を忘れないドワーフでした』


 ドワーフ族もデナーリス王国の有力貴族となり、工芸、工業の分野で大きな力を持つことになるのであった。

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