第270話 いい森、探しているツアー

「ふう……。ようやく一万階層を突破したか。アルティメットドラゴンの死骸を回収……うん? 宝箱があるな。罠はない」


 富士の樹海ダンジョンの一万階層を突破したが、最下層までは道半ばだな。

 フロアボスであるアルティメットドラゴンを倒したら宝箱が出てきた。

 罠はなかったので、俺はいつものように宝箱を開けたのだが、まさかこんなことになってしまうなんて想像すらできなかったのだった。






「我らエルフ族は、魔王によってこの宝箱に封印されてしまったのです。ところで、ここはエーリアスランドのどこにあるダンジョンなのでしょうか?」


「すみません、エーリアスランドがどこにあるのかわかりません。ここは、アナザーテラと俺が名付けた惑星なのです」


「惑星……ここは別の世界なのかな? むむむっ、どうやら我々は宝箱に封印されたあと、別の世界に運ばれてしまったようです。我々を封印した魔王アギュラシーはどこに消えたのか……」


「魔王アギュラシーとやらも、聞いたことがないです」


「そうですか……」


 宝箱を開けたら、煙と共に数百人の色白で細めで美形なエルフたちが出現した。

 ただ一つ不思議なことがあって、俺が魔王を倒した世界にエルフは存在しなかったことだ。

 彼らが別の世界からやって来たことは確実で、でもそれは大した問題ではない。

 突然元いた世界から、富士の樹海ダンジョン一万階層に飛ばされてしまったエルフたちをどうするか。

 そこが問題一番のだろう。


「まずは地上に出ましょう。ここは強いモンスターが多数出現するダンジョンの一万階層なんです。よほど強くないと瞬殺されていまうので」


「我々は魔王の前では無力でしたので、自力ではこのダンジョンから地上に出られないでしょう。貴殿にお任せします。ところで貴殿の名前は?」


「リョウジ・フルヤです」


「族長のサハスです。お世話になります」


 以上のような経緯で、俺は異世界のエルフ族五百六十七名を保護した。

 富士に樹海ダンジョン一万階層から、『エスケープ』で百往復以上もして、彼らを地上から連れ出すのには苦労したけど。 

 あとは、彼らの生活をどうするかだな。   





「この森はどうですか?」


「駄目てすね」    


「じゃあ、ここは?」


「そこも駄目です」


「じゃあ、ここは?」


「我らエルフが住める森ではありませんね」


「そうですか……」


 エルフは森の住民であり、町で暮らすとストレスが溜まってしまうそうだ。

 一時避難ならともかく、長期間冒険者特区で暮らすのは難しく、俺は地球にあるすべての森の映像を見せて、エルフたちが好む森を探していた。

 彼らの移住先候補だ。

 だが、地球上のどの森の映像を見せても、サハス族長は首を縦に振らなかった。


「良二、そもそもどこの国からも、移住を断られたんだろう?」


「まあな」

 

 エルフたちに定住できる森を提供する。

 言うは容易く、実行は難しかった。

 あなたの国の森を、エルフたちのために提供してくれ。

 そんなムシのいい願い事を聞いてくれる国は、どこにも存在しないのだから。


「それなのに、エルフたちに森の好みを聞くんだな゙」


「それはだな……」


 俺は剛に説明を始めた。


「地球の森と、エルフたちが住んでいた異世界の森とは大きく違う。ただ地球の森を見せても彼らが首を縦に振るわけがないが、彼らの森の好みを探るのに必要なことなんだ」


「好みの森ねぇ……」


「地球の森が駄目なら、デナーリスに頼んでアナザーテラの森を提供してもらうしかない。だけど、やはり地球の森と変わらないから、そこは改良する必要があるのさ」


 エルフたちが好む森を、人工的に作り出すしかない。

 そのために、まず彼らの森の好みを掴まなければならなかった。


「しかしまぁ、よく無償でそこまで面倒を見るよな」


「無償? いや、これは長期的視野に立った投資なんだが。さて、そろそろ世論が騒ぐ頃だな」


 俺の動画チャンネルで、富士の樹海ダンジョンでエルフたちを助けた動画が流され、彼らが森でなければ生きていけないことも伝える。

 同時に、エルフたちの住む森を探していますと動画で伝えたら、案の定世論は燃え上がった。


「どうしてよそ者に、我が国の貴重な森を分け与えなければならないんだ!」


「貴重な原生林をエルフが好む森に改良するだと! 環境保護の観点からも反対だ!」


「エルフって、魔法が使えたり、長生きなんだろう? 庇を貸して母屋を取られるなんてことになりかねん!」


 自分の国の森がエルフに奪われると、世界各国でエルフ受け入れ反対の運動が起こってしまったが、俺はそこまて織り込み済みだった。

 これまで、伊達に何度もしょうもない理由で炎上していない。


「リョウジ、あなたの指示どおりに北海道の森を改良しておいたわ」


「ありがとう、デナーリス。さすがは俺の愛する妻だ」


「もう、照れちゃうじゃないの。じゃあ早速サハス族長をデナーリス王国の貴族に任じて、北海道の森に領地を与えるわ。平地がなくてもいいのかしら?」


「エルフは森の住民だから、平地はいらないんだよ。森の中で自給自足の生活をするから」


「エルフって、浮世離れしているのね」


 デナーリスがいた世界にはエルフがいなかったので、エルフは不思議な種族に見えるのだろう。

 そんなわけで、彼女がアナザーテラの北海道の森を改良して彼らに渡すと、喜んで移住していった。

 なお、別世界の魔王に不覚を取ったエルフたちであったが、富士の樹海ダンジョン二千階層までなら余裕でクリアしていたので、全員が精鋭のエルフに邪な感情を抱かない方がいいと思う。


「しかし、自給自足生活のエルフたちに無料で森を与えて、利益なんて出るのか?」


 まだ剛は半信半疑のようだが、安心してくれ。

 すぐに、デナーリス王国がエルフたちを受け入れてよかったと思うはずだから。






「こんなものですが、よろしいでしょうか?」


「助かりました。正式な返答は詳細な分析結果が出てからですが、このキノコも薬草も、高額で買い取らせていただきます。増産は可能でしょうか?」


「はい。女王陛下よりいただいた森は広いので」


「人手が足りないのなら、ゴーレムを使うという手もありますよ」


「そちらの手配もお願いします」


「任せてください」


 エルフたちが森で栽培するキノコや薬草は大変高品質で、これを用いて作った魔法薬も効果絶大だった。

 元々は彼らが魔王に封印されても持ち続けていた種子、菌糸、苗を育てた別の世界のキノコと薬草なので、最初は俺も使い方を覚えるのに手こずったが、どうにか上手く使いこなせるようになった。

 そしてこれら高品質な魔法薬の材料になるキノコと薬草は、領地を与えてくれたデナーリス王国にのみ販売することとなった。

 その代わりデナーリス王国も、森の代金をエルフたちに求めることはない。

 まさに、WINWINの関係だ。


「地球にも、改造すれはエルフが住めそうな゙森があったのに惜しいね」


 森をエルフたちにあげていれば、霊薬に等しいキノコや薬草を売ってもらえたのに。

 悪いけど、そこに気がつかない他国が悪いとしか思えない。 

 

「しかし、リョウジも悪いわねぇ」


「これもデナーリス王国の国益のためさ。とはいえ、エルフたちは地球に住まない方がいいと思う」


 エルフは若く美しいまま、数千年の時を生きる。

 その秘密を解き、自身の不老長寿に利用しようと考え、エルフたちを攫おうとする連中が現れる危険があったのだから。

 エルフたちは強いのでそう簡単にはいかないだろうけど、なにか搦手でエルフたちを無力化、誘拐するかもしれないので油断は禁物だ。

 とはいえ、無事にエルフたちはアナザーテラに引っ越せたので、もう彼らに手は出しにくいと思う。


「確かにな。永遠の命を欲する政治家や金持ちとかいそうだし、そういう奴は無茶しそうだ」


「一応エルフたちに協力してもらって、研究はするみたい」


 デナーリス王国には、冒険者特性を持つ医者や、『医者』スキルを持つ冒険者がおり、冒険者大学も移転している。

 エルフの長寿と長年年を取らない理由についての研究は、ちゃんと彼らに協力してもらって始める予定だ。


「エルフは長寿だからか、人間ほど人口も増えないし、北海道の森の一部だけでこんなに協力的なのに」


「アナザーテラの土地が余りまくっているってのもあるけどな」


 こうして、族長一族がデナーリス王国貴族になったエルフたちであったが、北海道の森への引っ越しが終わると、次は世界中にある改造可能な森を借り、俺も見たことがなかった異世界の薬草やキノコをゴーレムを使って栽培し、デナーリス王国に販売して大儲けするようになった。

 デナーリス王国からそれら素材を俺が買い取り、それを原料に新しい魔法薬を作って世界中に販売し、同じくらい大儲けしたのは別の話だけど。





『富士の樹海ダンジョン一万一階層に到達。フロアボスを倒したらまた宝箱が……。罠はない。さて、中身は……』


 またも手に入れた宝箱を開けると、再び盛大に煙が吹き上がり、それが晴れると、背か低く、体型がガッチリとして、ヒゲを蓄えた人たちが。


『もしかしてあなた方は、ドワーフですか?』


『そうだ。不運にも、我らドワーフ族は魔王によって宝箱に封印されてしまってな。はて、ここはどこかな?』


 エルフの次は、ドワーフたちが暮らす場所を探すことになってなしまった。

 ただ一つだけ懸念があり、俺が嗜んだ創作物によると、彼らは鉱山の地下などに住みたいと言い出す可能性があったのだ。

 だがダンジョン出現以来、鉱山はすべて廃坑になっており、その地下に住んでも資源が手に入りにくいし、インフラの問題もある。

 とはいえ、彼らがそれを希望するのであれば、廃坑でも探す必要があったのだが……。


『おおっ! 異世界では、鍛冶技術がもの凄く進んでいるのだな』


『俺たちドワーフは、別に鉱山の地下じゃなくても生活に不満はないぞ』


『酒さえ手に入ればな』


『酒があればいいんですね』


『むしろ、他は特に拘りはない!』


『わかりました……』


 とはいえ、やはりエルフの時と同じく地球への移住は難しかったので、デナーリス王国が建設予定だった工業団地への引っ越しとなった。

 

「地球の創作物を見てみたけど、エルフやドワーフの実物がいるとなると、興味本位で大勢の人たちが見にやって来そうだから、アナザーテラで引き取った方がいいわよね」


「騒動は少ないだろうね」


 ドワーフの族長もデナーリスから貴族に任じられ、デナーリス王国の人口が少し増えたのであった。

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