第269話 余暇

「おっ! かかったな!」


「良二、バラすなよ!」


「任せとけ! これは大きいぞ!」



 このところ休日は、アナザーテラで家族と過ごすことが多くなった。

 今日は、アナザーテラのカナダでサーモン釣りだ。

 デナーリス王国の人口は徐々に増えているが、いまだ三万人ほど。

 アメリカ大陸に住んでいる人は三千人ほどで、サーモンが遡上する川には俺たちの他に、数家族が釣りをしているのみであった。

 俺たちが釣る分くらいなら漁業資源の枯渇もあり得ず、これまでほとんど人間に釣られたことがないサーモンは釣りやすかった。

 唯一のライバルは熊だが、彼らは高レベル冒険者には決して近づかない。

 野生生物なので、勝てない相手からはすぐに逃げてしまうのだ。


「これは大きいぞ! しかもメスだ!」


 鮭、サーモンといえは、イクラでしょう!

 ということて、釣ったサーモンを捌いて身を切り分け、イクラをほぐして醤油漬けにする。

 生の鮭の身は寄生虫の問題があるので、一度完全に冷凍させる。

 確か、マイナス二十度以下で四十八時間以上だったかな。

 美味しさを保つ急速冷凍は、魔法使いである綾乃の担当だ。 

 処理を終えたサーモンを持ち帰り、後日それを子供たちに食べさせた。   


「おいちい」   


「いくらプチプチ」


「そうか、美味しいか、よかったな」


「おかわり」


「いっぱい食べるんだぞ」


 もう少し大きくなったら、子供たちをサーモン釣りに連れて行きたいものだ。

 釣りを教えて……俺は釣りもスキルを持っていて名人級だからな。

 子供用の釣り道具も作っておこうかな。


「私も行きたかったです」


「里奈は産休中だから、無理は駄目だよ」


「リョウジさんのおっしゃるとおりですわ。その代わりといってはなんですが、沢山召し上がってくださいね」


「サーモンのお刺身、マリネ、ソテー、親子丼、全部美味しいですぅ」


 産休中のため、サーモン釣りに参加できなかった里奈は残念そうな表情を浮かべつつも、大量のサーモン料理を食べまくっていた。

 すでに安定期に入っており、冒険者の仕事は休んでいるが、動画配信は続けていた。

 自身の妊娠も動画で報告しているが、チャンネル登録者数や視聴回数は減っておらず、逆に増えている。

 アイドル的な人気がある動画配信者が、ママタレ的なイメチェンを図って無事に成功したわけだ。

 どうやったのかは、俺にはよくわからないけど。


「ママ動画配信者競争に勝ち抜くため、ちゃんと対策したのだ」


 食事を終えた子供たちと遊んでいるプロト2が、俺の疑問に答えるように説明を始めた。


「参考になったのは、イザベラたちなのだ」


 イザベラたちも、子供たちは動画に映さないが、それっぽい動画を定期的に出していたし、自分の育児経験で得たヒントを参考にベビー用品をリリースして、これが大変好調なのだそうだ。

 俺にはその分野はさっぱりわからないけど、夫として協力はしていた。


「ママ動画配信者競争かぁ……。ということは、俺もパパ動画配信者競争に参入した方がいいのかな?」


「社長、人間には向き、不向きがあるのだ」


「……確かに……」 


 相変わらず、俺には容赦のない奴だ。

 今さら俺が育児分野に参入しても、大きな成果は得られないのは確かだけど。

 我が家の育児は母親であるイザベラたちがメインでやっており、俺は養育費を多めに出していた。

 現代では批判されそうだけど、家にいる時間やお休みの日にはよく子供たちと遊んでいるから、これで勘弁してほしいと思う。


「イザベラたちに、ベビー用品の素材は提供しているしね」


 オートで適温に調整してくれるベビー服の布は、高性能な防具の内側に貼ってあるものだ。

 向こうの世界では、駆け出し冒険者が初期装備で温度の高いダンジョンで戦っている間に熱射病になって倒れてしまう、なんてこともあった。

 それを防ぐため、高性能な防具の内側にはオートで温度調整ができる布が貼られているものが大半だった。

 逆に、極寒の環境で戦って凍傷にならないのも、その布のおかげなのだ。

 勿論、ダンジョンで高性能な防具を手に入れないといけなかったが。

 無事に高性能な防具をダンジョンで手に入れた俺は 防具の内側に貼られていたこの布を分析。

 その後、試作、量産することに成功していた。

 これを自分のアパレルブランドや、イザベラたちのベビー服ブランドの製品として用いている。


「社長が子育てに集中すると、困る人たちが沢山いるのだ。お休みに家族サービスすることで我慢するのだ」


「リョウジ君のおかげで、ボクたちは安心して産休に入れるんだからいいんだよ」


「子供たちも、お父さんが大好きですから」


「リョウジはいいパパだと思うわよ。アメリカ人男性が全員、奥さんと育児を平等に分担しているなんて幻想よ。子供に興味のない父親なんて珍しくないし、どこの国もそんなに変わらないって」


「ビルメスト王国の国民たちは、私とリョウジさんの子供が、将来ビルメスト国王になるのを歓迎していますから」


「リョウジは子育てをよく手伝っている方だと思うわよ。向こうの世界の男性なんて、全然子育てをしなかったじゃないの」


「そう言われると、そうだったな」


 確かにデナーリスの言うとおりだ。

 封建社会だから仕方がなかったんだけど、 向こうの世界は考えが古くて、育児は女性がするものって考えだったのだから。


「リョウジさんは、最速でダンジョン攻略動画の配信しなければいけませんからね」


 最近、地球とホラール星のダンジョンに潜る冒険者が増えたせいか、ダンジョンが成長する感覚が短くなっており、動画の更新頻度を上げていた。

 冒険者が活発にダンジョンに潜れば潜るほど、短い頻度でダンジョンが成長するからだ。

 構造が変わった低階層なら他の冒険者に任せても問題ないのだが、階層が増えた時は、最下層の探索は俺がやらないと。

 俺よりも先に、更新、成長したダンジョンの撮影に成功すれば視聴回数を稼げる。

 そう考えた高レベル冒険者が何人も死亡してしまい、今では俺が最初に攻略、撮影する空気になっているというか。

 そうでなくても冒険者が足りないのに、そんな理由で死んでくれるな。

 古谷良二に任せとけ、ってことなんだろうけど。

 初めてのダンジョンで初見殺しの被害に遭うのが冒険者にとって一番怖いので、俺はダンジョン攻略動画を続けていた。


「良二、鮭のちゃんちゃん焼きが完成したぞ」


「うまそう! この味噌、美味いな。黄金大豆で作ったやつだからな」


「剛が作ったのか?」


「俺の嫁さんだよ」


「手作り味噌を作れるとは凄いな」


「そんなに難しくないらしいが、ちゃんちゃん焼きうめえ」


 アナザーテラに娯楽施設は少ないけど、冒険者特区に出かければ事足りる。

 今は子供たちを自然豊かなアナザーテラで育てる方がいいなと思う俺であった。







「また組合員が減っただと?」


「はい。日本のみならず、世界中で正社員は減り続けていますからね。アルバイトや非正規、個人事業主用の新しい労働組合もできて、そっちに移る人も増えていますし……」


「なんてことだ! これも冒険者のせいだ!」


 日本で正社員として働く人が減り続けた結果、労働組合の組合員は減る一方だ。

 このままでは、労働組合が維持できなくなる。

 労働組合は労働者の権利を守るために必要なので、なくすわけにはいかない!

 私は集まった組合員たちに危機を訴えたのだが……。


「これも時代の流れなんじゃないですか? こういう時に必要なのは、無駄な抵抗をせず、潔くよく組合を解散することだと思いますね」


「……若造、今なんて言った?」


 私が労働組合存亡の危機に憂慮しているのに、会合に参加していた若造が、この私の発言を遮りやがった!

 これだから、最近の若造は!


「組合がなければ、労働者の権利は守られんのだ!」


「本当にそうですか? 正確には、正社員だけの権利じゃないんですか? だって、アルバイト、パート、非正規職の人用の新しい労働組合は問題なく機能していますし、加入者は増え続けています。今となっては、労働争議も弁護士が安く請け負ってくれるますしね。毎月、高い組合費を払う意味がないと、正社員でも組合に入らない人もいますし。そもそもこの工場に期間工や派遣が増えた時、組合が彼らの権利を守らなかったから、この組合は存亡の危機に陥ったのだと思いますけど……。組合のトップであるあなたたちが、出世目当てで会社の顔色ばかり伺って、彼らを切る時に反対しなかったじゃないですか。正社員のクビが切られることはないとタカを括って。そういうところじゃないですか? 労働組合が衰退した理由って」


「若造になにがわかる!」


「労働組合って野党の票田だから、組合員が減ると選挙が厳しいですよね。でも、今の世の中働く人が減るのは避けられないですし、昔は景気がよかった組合が新しい時代にアップデートできなくて滅びつつある。まさに栄枯盛衰ですね」


「ぐぬぬ……」


「昔は会社と交渉なんてしなくても勝手に昇給してたから、労働組合なのに交渉能力がないし。集まる組合費で豪遊できて、我が世の春だったんでしょうけど、落ちる時なんてこんなものです。諦めましょう」


「労働組合ひと筋半世紀! この半沢博之をバカにするのか?」


「あたなの仲間は上手くやって、野党の議員になれましたけど、あなたは組合を食い物にするだけで、今の時代の流れになんら対応できず、組合員の減少を嘆くだけ。周囲の方々も、そんなあなたの顔色を伺っているだけだ。こんな組合、存続なんて無理ですよ」 


「貴様は組合から追放だ!」


 若造のくせに、この半世紀、労働者の権利を守り続けた私をバカにするなど、決して許されぬことなのだ!

 そのような輩は追放するのが一番だ。


「それは嬉しいなぁ。元々私は、組合になんて入りたくなかったのに、いくら言っても会社は勝手に組合費を徴収するし……。組合に入る、入らないって、自分で決められるんじゃないんですか? 僕は自分で会社と交渉できますし、交渉が決裂しても転職すればいいので組合になんて入りたくなかったんです。じゃあ、来月からは組合費は払いませんので。それじゃあ」


「……」


 若造が、神聖なる会合を途中で抜け出しやがった!

 協調性がないにもほどがある! 


「組合をやめるだと! とんでもない若造だ!」


「今後もし困っても、決してあんな若造は助けんぞ!」


「腹が立つ若造だ! 自分を何様だと思っているんだ!」


「組合の正義なんだと思ってるんだ!」


 幸にして、残っている組合員たちの結束は強い。

 とはいえ、なにかしら手を打たないと組合の先がないのも事実だ。


「(とはいえ、組合に入る資格のある正社員は減るばかり……。増えるのはゴーレムとAIばかりで……そうだ!)」


 いい手を思いついた!

 早速政治家を動かして、労働組合の力を復活させないと。

 そして私も、将来は議員になって美味しい思いをしなければ。




「えっ? ゴーレムとAIにも労働組合に入る権利があるって? 意味がわからない」


「他にも、ゴーレムとAIの労働環境は守られているのかって話が出たのだ」


「労働環境ってもなぁ。ゴーレムとAIは人間じゃないんだからさぁ」


「人間は面白いことを考えるのだ。さすがは、刀も競走馬も擬人化することだけはあるのだ」


「それとは話が違い過ぎると思う」



 最近、ゴーレムとAIを働かせすぎなのではないか?

 だとしたら、これは重大な人権侵害だ。

 ゴーレムとAIにも人権があるので、労働時間を管理すべきだと、騒ぐ人たちが出てきた。

 最初は意味がわからなかったのだけど、すぐに西条さんがその裏事情を掴んできた。


「つまり、労働組合存続の危機ってことですよ」


「だからゴーレムを労働組合に? 無理があり過ぎる」 


「ゴーレムに組合費は支払えないので、それを払うのはゴーレムとAIの使役者、企業や個人事業主になります。ゴーレムはあんなに働いているのに、報酬や休みがゼロなんておかしい。組合費くらい出せと」


「ゴーレムに報酬を出したとして、どうして労働組合が会費として徴収できるんだ? 労働組合って、そんなに苦しいんですか?」


「はい、こんな無茶なことを言い出すくらいには」


「労働組合に入る人は減る一方だからなぁ」


 正社員の分母が減っているし、非正規労働者用の新しい労働組合は小さいところがぽ多いから、組合数の現象は防げていないんだよなぁ。


「組合専属の人たちは、会員が支払う会費で生活してますからね。実入りが減れば焦りますし、昔の組合の幹部たちなんて、会費で贅沢三昧したり、議員に天下ったり、高度成長期は我が家の春を謳歌してたんですよ。まさに労働貴族ですね」


「その時に、今に備えておけばよかったのに……」


「そんな能力がある人たちが、こんなことになるまでなにもしないわけがないじゃないですか」


「悲しい現実ですね」 


「かなり無理な要求ですが、組合票で議席を得ている政治家を巻き込んだようで、世間の支持は割とあるんですよ」


「ゴーレムの労働時間が多すぎるから可哀想って、本気で思ってるのか……」


 ゴーレムは人間のように働くから、ブラック労働させられると可哀想?

 でもゴーレムは人間でも、生物でもない。

 少し前まで、『ブラック労働? 甘えるな! 俺の若い頃はもっと働いてたぞ!』なんて言っていた老人たちが、ワイドショーでゴーレムが可哀想だっで評論家やタレントが言うと、自分もゴーレムは可哀想だと思ってしまう。

 人間というのは、案外いい加減なものだと思った次第だ。


「だから対策したのだ」


「対策?」


「古谷企画のゴーレムたちは、交代制で一日七時間、週三十五時間しか働かせてないのだ」


 プロト2が見せてくれた動画には、交代で働き、労働時間以外はメンテナンスを受けながら安置されているゴーレムたちが映っていた。

 しかもご丁寧に、テロップには『古谷企画は、ゴーレムたちが快適に働ける労働環境を整えています』と表情されていた。


「これで文句は言われないだろうが、ゴーレムを沢山用意しないといけないから大変だな」


 理論的に考えたらおかしいのだけど、これに納得する人たちがいる。

 人間が真に生物である証拠だな。


「その分、他の企業、役所から、ゴーレムの注文が劇的に増えたのだ」


 『ゴーレムの働かせすぎは可哀想』、という世論を利用して、ゴーレムを企業に沢山売りつける。

 プロト2は商売上手だな。    


「逆に言うと、ゴーレムを多数導入して非効率な運用になっても、人間は雇いたくないってことなのだ」


「……それは深刻だな」


「労働組合が完全に消滅することはないけど、減るのは事実で、ゴーレムの労働問題なんて屁理屈こねる前に、対策を打てなかった間抜けな労働組合がなくなるだけなのだ」


「プロト2が辛辣で草」   


「まあ、政府にはこの問題を上手く利用されてしまいましたけど……」


 西条さんが、『処置ナシ』という表情を浮かべていた。

 後日、ゴーレムとAIを使っている企業や個人事業主は、一体につきいくらか税金を支払うことになってしまった。

 そしてその税金を財源に、失業者たちに職業訓練を施すらしいが、それでも失業者は増える一方で、さらに企業はゴーレム税を払ってでもゴーレムの導入をさらに推進。

 ところが、税金を投じて行っている職業訓練の内容が古臭くてまったく就業に繋がっておらず、天下り官僚が好き勝手やっていると、マスコミて大批判されてしまうのは、いつものお約束であった。

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