第268話 インフルエンサーは、カップ麺を出す

「……」



 ダンジョンの階層と階層の間にある階段の端に携帯コンロを置き、、鍋でお湯を沸かす。

 この携帯コンロの燃料は、魔液を再び固形化したものだ。

 大半が水分である魔液を、凍らせることなく常温で結晶化させるのが、俺が新しく開発した魔導技術の肝だな。

 液体である魔液よりも、固形化させた魔液の結晶の方が扱いも楽だ。

 ガスやガソリン、炭のように引火しないから、安全に持ち運べる利点もあった。

 お湯が沸いたので、早速カップラーメンを作る。

 このカップラーメンは俺が味を監修した新製品で、ポイズンボアの骨と醤油の味で、豚骨醤油ラーメンに近い。

 〇系……いや、これを家系というとクレームがきそうなので、豚骨醤油でいいと教えてくれたのは、このカップ麺を販売したメーカーの社員さんだった。

 麺に使っている小麦はアナザーテラ産の黄金小麦で、具材のチャーシューもポイズンボアの肉を使っていて、お値段はなかなかのものだ。

 高級カップラーメンという、一見矛盾したものを販売しているわけだ。


「……」


 できあがりまで五分だ。

 太麺なので、できあがるまで時間が長い。

 待ち遠しい時間だ。

 五分が経ち、早速完成したカップラーメンを食べてみる。


「(うん、美味い!)」


 朝食は食べてきたが、冒険者の仕事は過酷なので、お昼になればお腹はペコペコだ。

 豚骨醤油をさらに美味しくした、ポイズンボア骨醤油味の汁と、黄金麦の太麺が胃に染み渡る。


「(煮卵が欲しいな……)」


 『「アイテムボックス」から、レトルトパックの煮卵とメンマを取り出し、具材を追加した。

 

「(やはり、ラーメンの具材にメンマと煮卵はあった方がいいな)」


 あとは、無言で食べ進めていく。

 残りは汁だけとなったが、これも残さずに味わい尽くす。

 今度は『アイテムボックス』から、黄金米のレトルトパックを取り出し、これを残りの汁にぶち込んだ。


「(ラーメン汁雑炊の完成!)」


 健康に悪いと言われそうだが、罪なものほど美味しいのがこの世の常だ。

 俺はラーメン汁雑炊をかき込むように完食してから、携帯コンロを片付けてモンスターのいる階層へと戻った。

 夕食は妻と子供たちととる予定なので、午後も精一杯頑張ろう。

 富士の樹海ダンジョンクリアまで、俺の挑戦は続く。






「古谷さん、宣伝は好評ですよ」


「そうですか? だた普通の兄ちゃんが、携帯コンロでカップラーメンを作って食べてるだけですけど……」


「かなり前から、ソロキャンプ動画が流行してますからね。ダンジョンの階層間にある階段で、討伐の休憩時間に携帯コンロを使ってカップラーメンを作る。具材の追加や、シメの雑炊もエモくて大好評ですよ。古谷さん監修のカップラーメンも爆発的に売れてます」


「社長、新型の携帯コンロも売れているって、イワキ会長が大喜びなのだ」


「それはよかったけど……」




 有名なインフルエンサーは、カップラーメンを販売することが多いそうだ。

 プロト2がそう言うので、俺は昔からこよなく愛しているカップラーメンの製造メーカーに声をかけ、高級カップラーメンを共同開発した。

 普通のカップラーメンなら俺が監修する必要もなく、そうなるとモンスターの素材を使ったものになるから、これは完全な嗜好品だ。

 ある程度売れればいいかな、程度に思っていたけど、こんなに人気になるとは思わなかった。

 そして宣伝だが、俺の動画チャンネルで、終始無言の俺が携帯コンロでお湯を沸かし、それを作って食べるだけ。

 こんなんで大丈夫かなと心配だったが、動画はバズって、カップラーメンもお店に並ぶとすぐに売り切れる状態だそうだ。


「特にイケメンでもない俺が、午前のモンスター討伐を終えて、疲れた顔でカップラーメンを作って食べてるだけなんだけど」


「動画って、案外そういうものがバズるのだ」


「なるほどねぇ」


 すでに、プロト2の方が動画には詳しそうなので、素直に納得しておいた。

 宣伝はともかく、実はこのカップラーメン、俺はフレーバーをいくつも開発、監修した。

 完全に趣味の領域だな。


 俺が動画で作って食べた、ポイズンボアの骨と醤油ダレを使った、豚骨醤油味。


 コカトリスの骨と醤油を合わせた、鶏ガラ醤油味。

 塩ダレと合わせた塩味もある。


 特殊階層で手に入れた、魚介型モンスターと醤油、塩ダレを合わせた、魚介醤油、塩味。


 ポイズンボアの上位種である、エレメントボアの骨を煮込んだ、濃厚豚骨味。


 他にも、味噌󠄀味、担々、タンメン、チャンポン、汁なし、焼きそばなど。

 多くのフレーバーを発売。

 その宣伝を担当したのは、イザベラたちだった。

 彼女たちも、俺と同じようにダンジョンの階層と階層の間で、無言でカップラーメンを作って食べるだけという動画を、俺と自分たちの動画チャンネルで流したのだ。


「今回は、テレビ、新聞などの媒体で一切宣伝していません。古谷さんたちの動画チャンネルで、調理、喫食している無言の動画を流しているだけです」


「モンスター討伐で、疲労、空腹な状態で、無言でカップラーメンを作って食べる。そこがウケているのだ」


「ソロキャンプで、ただ飯作って食べているだけの動画が視聴回数を稼ぐのと同じか……」


「そんなところなのだ」


 実は、この宣言方法を提案したのはプロト2だった。

 カップラーメンなので安くなってるとはいえ、モンスター食材を使っているので一個千円もする。

 なので、マスコミ媒体で宣伝する意味がないという判断らしい。


「安くない商品だし、本当に好きな人しか買わないと思うのだ。だから宣伝は、社長たちの動画だけで問題ないのだ」


「我が社としても、検証してみたいことがあったのです。プロト2社長の提案は渡りに船でした。それにしても、出来すぎなくらい売れてますね」


「まさか即完売とは思わなかった」


 俺たちも、メーカーの人たちも想定外の大ヒットだと思っていたが、プロト2はこうなることを予想していたようにも見える。

 こいつ、段々と敏腕経営者になっていくな。


「このところ、カップラーメンも二極化していまして。カップラーメンが二極化ってのも変な話ですけど、特にインフルエンサーがプロデュースするカップラーメンって高額じゃないですか」


「そうですね」


 一個三百円とか、普通にするからな。

 根が庶民の俺は、カップラーメンが三百円って、『高っ!』と思ってしまうのだ。


「ましてや、この商品はその三倍以上します」


「それでも薄利なんだけどね」


 使っている食材が高級品ばかりなので、大規模な生産設備を持つメーカーさんに効率よく一定の数を生産してもらうことで、生産コストを落としていた。

 宣伝を俺たちの動画だけにしたのも、宣伝費を節約するためなのだから。


「マスコミ媒体やネットに広告に出さなくてもこんなに売れるなら、この手の商品はこのやり方が主流になるでしょう。従来の商品はこれまでどおり、マスコミ媒体に宣伝を出さないと駄目ですけど」


 ほぼ無人のゴーレム工場で大量生産された低価格品のカップラーメンは、ホラール星特需による円安があったとて、政府国債発行額をゼロにしたデフレの影響もあって、五十円ほどとかなり安くなっていた。

 しかも、従来のような『安かろう、悪かろう』が通用しないのだ。

 国内の大規模農地や牧場、農業工場で、科学肥料や農薬を用いずに作られた安全な食材のみを使い、衛生管理も万全で、悪くないどころか、以前なら五百円くらいで売らないと割に合わない商品でとても美味しかった。

 これでは、中堅食品メーカーやラーメン屋が多数潰れてしまって当然だが、悪いことをしているわけではないので仕方がないという。

 価格が安いのは、ベーシックインカムで暮らしている人が買えるようにだ。

 そこまでしても、他に生き残った同業他社と熾烈なシェア争いをしており、低価格品は従来の宣伝をする必要があった。


「広告費も大分安くしてもらえて助かっています」


 俺たちは、ただカップラーメンを無言で食べている動画を流すだけで、視聴回数とインセンティブが稼げるから、別に損をしているわけではない。

 少しでも動画のギャラが貰えたので、逆に儲かっていると思う。

 カップラーメンが売れれば売れるほど歩合で報酬も得られる、というのもあった。


「(食品の開発や監修っても、実はプロト2が部下のゴーレムたちにやらせているだけで、俺たちは大雑把な指示や味見しかしてないんだよなぁ……)」


「リョウジ君、カップラーメンが売れたってことは、ボクたちも一人前のインフルエンサーだね」


「ホンファ。そういう基準ってあるの?」


「えっ? 日本のインフルエンサーってそうじゃないの? ボク、有名動画配信者がプロデュースした味噌ラーメンも買って食べてみたし」


「俺、アレ買えなかったんだよ。転売ヤーから買うのが癪だったから、スルーしちゃった」


「ボクたちのラーメン、転売されていないといいね」


「それをゼロにするのは難しくないか?」


「確かにね、あっ、もうフリマアプリに出されちゃってるよ。一個二千円で売ってる! 高っ!」


 転売されたのはムカつくけど、それだけ俺たちがプロデュースしたラーメンが人気だったということで。

 こうしてダンジョン産食品を使った高級カップラーメンはロングセラーとなり、長々と古谷企画に利益をもたらすのであった。





「良二! お前がプロデュースしたカップ麺だが、一つ大切な味を忘れてないか?」


「そりゃあ、まだ再現していないラーメンは多いけどさぁ。大切な味ってなんだ?」


「デカ盛り系を忘れているぞ! ニンニク、野菜、脂、カラメマシマシだぁーーー!」


「剛、カップ麺でデカ盛り系が再現できるわけないだろうが! 特に野菜! コンビニと共同開発しなさい」


「モンスターをふんだんに用いた『漢のデカ盛りラーメン』を作ってやるぜ! 巨大ポイズンボアの煮豚! チャーシューとマシマシ野菜、雪崩ニンニク、大雪原脂、揚げ玉とマヨネーズ、ネギ、紅ショウガも……」


「剛、そこまでやるとインスパイア系じゃないか?」


「本流の再現は難しいからな。しかし俺は、インスパイアも好きだぜ。これで、二千円だ!」


「高っ!」


 剛が遠慮なく口を出して商品化した、醤油ポイズンボア骨デカ盛りマシマシラーメンは、二千円で店舗のラーメンよりも高額だったにも関わらず、追加生産をするほど売れていた。

 その原因の一つに、それを食うとその日一日なにも食べられないという、暴力的な量のため、多くの人たちが試食する動画をあげて知名度が上がったというものもあったのだけど。

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