第266話 宝石事情
「リョウジ、あなたは健やかなる時も病める時も、リナを妻として愛しますか?」
「はい、愛します」
「リナ、あなたは健やかなる時も病める時も、リョウジを夫として愛しますか?」
「はい、愛します」
「じゃあ、パパっと誓いの口ずづけと指輪の交換をしちゃってね」
「リンダ、えらくざっくりとした結婚式だな」
「私たちの時も、こんな感じだったじゃない」
「確かにそうだった」
里奈との結婚式だが、イザベラたち子供たち。
そして、剛の家族だけが出席してデナーリス王国の教会で行われた。
なぜか神父役となったリンダが、素早く結婚式を進めていく。
なお里奈の家族とは、後日上野公園ダンジョン特区内のお店で顔合わせをする予定だ。
自分の娘の他に六人の妻がいる男なので反対されるかと思ったけど、里奈の両親はこの結婚を歓迎しているそうだ。
「(もし両親が生きていたら、なんて言うのかな?)」
反対はされないと思いたいけど、それを確認する術もないからな。
それとやはり、結婚式の様子は二人の動画チャンネルでは流さなかった。
俺も里奈も人気のある動画配信者で、プライベートまで切り売りする必要はない。
あとで、サラっと報告だけすればいい。
イザベラたちの時もそうだったし、仕事とプライベートはきっりとと分けないと。
子供たちも、いることは知られているけど、動画では話題にしない。
分別ついて、自分が動画に出たいと望めば出すけど、今は小さくて意思表示もできないのだから当然だ。
「はーーー、これで式は終わり。お腹空いたわ、早くパーティーを始めましょう」
俺も里奈も堅苦しいのは苦手なので、これでいいと思いつつ、指輪の交換と誓いの口づけをして、結婚式を終えたのであった。
なおブーケトスは、出席者が既婚者ばかりで、子供たちも小さかったので意味がないと中止になった。
まさか俺の結婚式がこんなにいい加減だなんて、世間の人たちは思うまい。
「うわぁ、とても綺麗ですねぇ。ありがとうございます、良二さん」
「里奈が気に入ってくれてよかったよ」
里奈に、結婚指輪とは別の指輪を贈った。
ダンジョンの深い階層で手に入れた、大きさも、品質も最高峰のダイヤモンドを俺が指輪に加工したもので、買えば数十億円はするだろう。
指輪としては高価だが、俺の場合無料で作れる。
イザベラたちにも同等のものを贈っているが、普段使いしてくれれば……ダイヤモンドが大きすぎて難しいか。
「綺麗……。本当に嬉しいです。でも最近、天然ダイヤモンド、それもダンジョン産のダイヤモンドの相場は高騰しているのにいいんですか?」
「自力採取&自力加工だから問題ないって」
「私のために……。ありがとうございます」
里奈なら自力で手に入れられるだろうけど、夫としてせめて一つくらいは指輪を贈りたいじゃないか。
自力で手に入れた宝石をアクセサリーにして着けている女性冒険者は多いが、宝石はドロップ率が低いので、それは苦労の証でもあった。
宝石が好きな女性は多く、自分が欲しいのでダンジョンに挑む女性冒険者も多い。
購入する手もあるのだが、今の宝石相場はちょっと異常だからな。
そもそもダンジョンが出現した時点で、鉱山掘りの天然ダイヤモンドは市場に出回っている分だけとなり、新しく掘り出すことはできない。
そして、ダンジョンで手に入るダイヤモンドも非常に少なかった。
自然界にあるような、小粒だったり、低品質のものがない代わりに、ドロップ数がとても少なかったからだ。
資産価値が高騰したので、ダイヤモンドを所有する富裕層も増えて今では相場の高騰が著しく、ますます庶民には高嶺の花となっていた。
「人造ダイヤモンドなら大きくて安いけど、俺は冒険者だからさ」
現在では人造ダイヤモンドが安価に作れるようになっていたので、かなり市場に出回っていた。
今の人造ダイヤモンドは天然ダイヤモンドと品質に遜色ないが、人造ダイヤモンドを天然ダイヤモンドだと偽って販売する行為が世界中で発生したため、鑑定書つきでの販売が主流となっていた。
ダンジョン産ダイヤモンドは、ぶっちゃけ天然ダイヤモンドと同じため、これも鑑定書をつけて販売するのが今や常識となっている。
天然ダイヤモンドはもう発掘されることはなく、ダンジョン産ダイヤモンドはドロップ数が少ないので、あまり大きくなくても巨大な人造ダイヤモンドよりもはるかに高価だった。
婚約指輪は給料の三ヵ月分なんて話もあるが、もはや天然ダイヤモンドとダンジョン産ダイヤモンドを購入できる人が少ないというのが現実だった。
他の宝石も同じで、これも天然物とダンジョンでドロップしたものは鑑定書つきで市場に流通し、やはり高価なので大きな人造宝石で我慢する人が多かった。
鑑定書がない宝石には価値がない、なんていう皮肉なことも起こっているが、鑑定書の偽物まで出回っていて、現在の宝石事情は相場の高騰と共に、複雑怪奇な状態というわけだ。
「良二さんって、宝石のカッティングまでできるんですね」
「必要があって覚えたんだ」
宝石の用途に、武器や魔法道具の材料になるというのがあった。
たとえば、魔法使いが使う指輪や杖の先端には宝石がついている。
魔法の威力を上げたり、消費魔力を抑えたり、魔力を蓄えたり。
用途によって使う宝石の種類と品質、大きさ、形状は様々で、目的に応じて宝石をカッティングする必要があったので覚えたのだ。
作るものによって必要な宝石の品質も違ったので、俺は測定器を使わなくても宝石の『鑑定』ができる。
そのため、自分が持つ宝石ブランドの会社で、騙されて人造ダイタモンドを購入したことがないのが自慢だ。
今は少ないが、一時期有名な宝飾店が天然、ダンジョン産ダイヤモンドだと騙され、人造ダイヤモンドを仕入れてしまったケースがかなりあるからだ。
そのせいで、客の信用を失って倒産してしまった宝飾店もあったほどだ。
「向こうの世界では、望む性能の武器と防具、魔法道具が手に入らないことが多かったから、自分でなんとかするしかなかったんだ」
モンスターによっては魔法戦用の装備で戦わなければならず、それなのに必要な杖や指輪が手に入らなかったことも多かった。
ダンジョンのドロップアイテム頼りでは必要な時に手に入る保証もなく、必要に応じて覚えたって感じだな。
「普段の俺は、綾乃の杖や指輪の改良やメンテナンスもやっているからね。宝石の鑑定と加工ならお任せって感じ」
「良二さんの宝石ブランド、売り上げが好調ですからね」
あまりに天然、ダンジョン産宝石の価格が上がり過ぎて、宝石不足で売る商品がなく、仕方なしに人造宝石を販売する業者が出始めるなか、仕入れとカッティング、
アクセサリーへの加工が自前でできる俺のブランドは劇的に売り上げを伸ばしていた。
その一番の原因は、俺がダンジョン産宝石の在庫を多数持っており、これをカッティング、加工し、高額で販売しているからだろう。
確かにダンジョンで宝石をドロップする確率は低いが、俺は向こうの世界で手に入れた宝石の在庫が多数あったし、深い階層で活動すると宝石のドロップ率も上がる。
深い階層ほど高品質な宝石をドロップしやすくなるが、今のところ特に使い道がない宝石も多数手に入れたので、ずっと死蔵していたというのもあった。
魔法道具の材料に使うとはいえ、俺もそんなに沢山は作れないからだ。
イザベラ妻たちにプレゼントするといっても限度があるし、彼女たちからドロップした未加工の宝石を、逆によく買い取っていたというのもあった。
「宝石が好きな人と、投資用とで、需要が爆発しているのもあるんだろうな」
「いつの時代も、宝石は人を惑わせますから」
「それはどこの世界でも同じよね」
綾乃とデナーリスがしみじみと語る。
とはいえ、俺は在庫を吐き出す気にはならなかった。
なぜなら、武器や防具、魔法道具の材料として、ある程度のダンジョン産宝石を確保しておきたいからだ。
「良二さん、人造ダイヤモンドは魔法道具の材料に使えないんですか?」
「人造宝石を使うと、性能がイマイチでねぇ」
今や天然ダイヤモンドやダンジョン産ダイヤモンドとほぼ差がない人造ダイヤモンドだが、なぜか武器や防具、魔法道具に使うと性能が低くなるという欠点があった。
どういう理由なのかわからないが、人造ダイヤモンドを魔法道具の材料には回せない。
「人造宝石をつけた魔法の杖は、俺が試作したものを綾乃に散々実験してもらったけど、第二十層くらいまで使えれば上出来だな。完全に初心者向けなんだよ」
その分安く作れるけど、冒険者として上を目指したいのなら、すぐに天然物か、ダンジョン産の宝石を使ったものに替えるべきだと思う。
「だから、天然宝石とダンジョン産宝石を投資の対象にしてほしくないんだよなぁ……」
現在の人類はダンジョンで得た資源やエネルギーがないと生きていけないのに、それを得るために必要な武器や防具、魔法道具に使う天然宝石とダンジョン産宝石を資産形成のために爆買いしている。
そうやって得た宝石を、所有者が冒険者の武器や防具に提供するわけがなく、実質死蔵に近くなってしまうので、これは世の中のためによくないと思うんだ。
「それを、宝石ブランドをやっている俺が言うなって話なんだろうけど」
「でも、良二さんの宝石ブランドで使っている宝石は、大半が良二さんが自力で集めたものではないですか。大金で買い漁っているわけではないですし、問題ないと思いますよ」
「こうなったのは、宇宙から天然宝石を手に入れることが絶望的になったからってのもある」
月やホラール星にまでダンジョンが出現したせいで、宇宙にある惑星、小惑星から資源や宝石を得るのが絶望的になってしまった。
やはりダンジョンから手に入れる必要があり、そうなるとホラール星もしばらくは天然、ダンジョン産宝石が足りない、それも絶望的に足りないわけで、ホラール人が宝石相場を上げているという現状もあった。
ホラール人の方が技術力は高いものの、やはり人造宝石は安くて大きくても人気がなく、これからダンジョンの深階層に挑まなくてはならないホラール人冒険者たちは、武器、防具、魔法道具の性能が大きく上がる天然、ダンジョン産宝石を欲しがって取り合いになっていたのだ。
「天然、ダンジョン産宝石は冒険者の装備に使うから、一般人は人造宝石で我慢してねってのが正論だけど……」
「納得しない人が多いでしょうね」
どうせ一般人は、鑑定書がなければその宝石が人造あるかなんて気がつかない。
それなら人造でもいいと思うし、人造宝石のいいところは安価で大きな宝石を買えるところだ。
ところがテレビやネットでは、いわゆるセレブな人たちが天然、ダンジョン産宝石を購入して自慢したり、『今一番確実な投資は天然、ダンジョン産宝石! 価格は上がる一方で下がるわけがない!』、『人造宝石なんてダサイ! 一流は天然、ダンジョン産宝石』などと煽るのでで、相場が上がる一方であった。
「天然、ダンジョン産宝石と同じ効果がある人造宝石が作れればいいんだけど……』
向こうの世界には人造宝石自体がなかったので、試作はしているけどなかなか成果は出なかった。
「毎日のように相場が上がっていますけど、これって……」
「バブルなのかな?」
現在、ホラール人も天然、ダンジョン産宝石争奪戦に加わっているため、まだまだ需要過多の状態だ。
というか、全然足りない。
宝飾品用、資産用、魔法道具の材料用で奪い合っているからだ。
しばらくは天然、ダンジョン産宝石宝石の相場が上がることがあっても、下がることはないと思う。
「となると、今ならこれを使っても元は取れるか……」
「良二さん、それは?」
「『ラック薬』だよ。時間限定で、運の数値を劇的に上げるんだ」
「それを飲んで、ダンジョンでの宝石のドロップ率を上げるんですね」
「そういうこと」
普段なら、ラック薬を飲んで宝石を落としやすいモンスターと戦い、ドロップした宝石を売却しても大赤字だ。
なぜなら、ラック薬を作るには高額のコストがかかるから。
材料も手に入りにくい。
ところが今なら、宝石の相場が上がり過ぎているので、ラック薬を用いても十分に元は取れるはずだ。
「イザベラたちにも協力してもらって、ダンジョンに潜ろうと思うんだ」
「私もお手伝いします」
そんなわけで俺たちは、上野公園ダンジョン第七百七十七層へと向かった。
「リョウジさん、ブルーオレンジと宝石に関連性を感じませんが……」
「ダンジョンのドロップ品なんてそんなものさ」
動く青いオレンジ型モンスター『ブルーオレンジ』を倒したところで、これまでほとんど宝石をドロップしなかったではないかと、イザベラが俺に言う。
「宝石をドロップするモンスターだから、岩でできているとか、そんなことはないさ。なにしろダンジョンにいるモンスターなんだから」
「リョウジ君は、どうしてブルーオレンジを倒すと宝石がドロップしやすいって知っているの?」
「それは、リョウジがとある魔王軍幹部を倒すのに必要な魔法の杖を作るため、ブルーオレンジがいる階層でラック薬を飲んで倒しまくったからよ」
ごくまれに、ブルーオレンジは高品質で大きな宝石をドロップする。
俺は魔王と戦っていた時、デナーリスが過去の文献から情報を教えてくれて、俺は苦労して作ったラック薬をガブ飲みして大量の宝石を手に入れた。
そしてその中で、一番高品質なダイヤモンドを使った魔法の杖を用いて、無事に魔王軍幹部を倒したってわけだ。
「良二様、その幹部は魔法しか通用しない敵だったんですね」
「そうなんだよ。だから俺は、高性能な魔法の杖を欲したんだ」
「今回は、それなりに高性能な宝石があればいいから、その時よりは楽かしら?」
「リンダさん、数が必要なので、かえって大変なのでは?」
ダーシャの言うとおりで、今の地球とホラール星ではダンジョン産宝石が不足しているのだから。
「みんな、宝石宝石うるさいものね」
仕事がないので、投資に走る人たちが増えていたというのもあった。
「もう一つ、ラック薬は幸運が持続する時間が少ない。実は、宝石をドロップしやすくなるモンスターは他にもいるんだけど、そいつらは沢山倒すのに手間がかかる。ところが、ブルーオレンジは……」
「「「「「「「「「「オレンジィーーー!」」」」」」」」」」
ブルーオレンジ自体はそこまで強くなく、その代わり恐ろしい勢いで湧いてくる。
ダンジョンに浮かぶ、青い巨大なオレンジ。
いつ見てもシュールである。
「とにかく、時間効率重視でブルーオレンジを倒しまくり、宝石のドロップ数を稼ぐ方法だ。そういうことで……」
俺たちは一気にラック薬を飲み干すと、第七百七十七層に散らばってブルーオレンジを虐殺レベルで倒し始めた。
「ブルーオレンジって、どうしてこんなに弱いのに第七百七十七層なんだろうって思ってんですけど、多勢で冒険者を押し切るモンスターなんですよね」
「たまに高レベル冒険者でも、ブルーオレンジに押し潰されて死ぬからなぁ……」
里奈は次々とブルーオレンジを倒しながら、俺に話しかけてきた。
ブルーオレンジは一匹一匹は弱いけど、無限に湧き出るので、引き際を誤って死ぬ冒険者が定期的に発生するのだ。
すぐに湧き出る利点を生かし、レベリングや魔法、技の練習に使う人は多かったけど。
「ふう……。ラック薬のおかげで、宝石が沢山ドロップしたな。少し休憩だ」
ブルーオレンジは、とても美味しいオレジンである。
第七百七十七層のモンスターとしては素材がショボイが、試しに一匹のブルーオレンジでジュースを絞って試飲してみるととても美味しい。
「ぷはぁーーー、果汁100パーセントのオレンジジュースは美味しい」
しばらくはみんなでブルーオレンジを倒しまくり、宝石を手に入れないと。
なぜなら……。
「ホラール星の冒険者たちの数と平均レベルが上がると、ダンジョン産宝石の需要が大幅に増すでしょうから」
ホラール人冒険者たちの面倒を見ていた里奈としては、もし武器、防具、魔法道具の材料であるダンジョン産宝石が手に入らず、ホラール人冒険者たちに死傷者が出たら嫌なのだろう。
一生懸命ブルーオレンジを倒していた。
おかげで、多くのダンジョン産宝石の在庫が増やせたのだが……。
「一カラット一億円って……。もはや投機の世界だな」
いくら俺たちが死ぬ気で頑張っても、地球とホラール星の宝石需要を満たせるわけがない。
しばらく宝石価格の下落はなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます