第265話 木村君

「くっ! さすがにアーマードドラゴンは強いな!」



 これは、腕が折れたな。

 急ぎ治療したいところだけど、アーマードドラゴンはその重厚なフォルムに反してとても素早い。 

 下手に治癒魔法を使うと、簡単に隙を突かれてしまうはずだ。

 もう一撃食らうと、さすがに危ない。


「(とはいえ、このままでは……)」


 逃げるしかなくなるが、せっかく古谷さんたちにレベリングしてもらったので、アーマードドラゴンは倒したいところだ。


「(ならば……)ふっ……やるじゃないか、アーマードドラゴン! だが、この傷を見ろ!」


 僕は、黒で統一された神衣(実は、安い布で作った黒いマントとシャツ)を脱ぎ捨て、上半身に数多ある傷をさらした。

 実はこの傷、『ペイント』魔法で描いたものだ。

 昔はすべての傷の場所と深さを記憶して、その都度シールを貼っていたんだけど、面倒だから魔法を習得して全身の傷をペイントしている。

 この魔法を覚えられてよかった。

 以前は、傷シールを貼るのに一時間かかっていたから。

 特注の傷シールは一回しか使えないのに安くないし。

 僕は、スキル『厨二病』が発動しないと攻撃魔法が使えないので、普段使える魔法は微妙なものばかりだけど、それも『ダンジョンの外では、あまり強くない』という設定のせいでもあった。

 ダンジョンの深淵に潜む、次元の『狭間に潜む魔王』を倒すため、普段は制約を受けている、ということになっていたのだ。

 傷がシールなのは、冒険者が傷跡が残るような負傷をしても簡単に魔法薬で治せるから。

 傷跡が残っている冒険者って、大半が他の冒険者たちを威圧するためだったり、ファッション感覚で傷を残す、ちょっと残念な人たちだった。


「(これは、俺の今の強さを形作る強敵(親友)たちとの戦いでできた傷(絆)。神衣を脱ぎ去り、これを敵に認識させることで、僕は強敵たちの分まで力を増すことができる!)僕の今の強さは、僕だけのものではない! これまでに僕が死闘を繰り広げてきた強敵たちの力も加わっているのだから! 組曲(スイート)!)


 これまでに倒した強敵たちの力も加わり、僕が繰り出した一撃はアーマードドラゴンの首を一撃で刎ねることに成功した。


「感謝する、天界にいる強敵たちよ」


 こうして僕は、またも富士の樹海ダンジョンの攻略をさらに進めることに成功したのだった。






「強敵? そんな人たちがいたんだ」


「いえ、そういう設定だから、本当にはいないですよ。ああでも。強敵たちの詳細な設定はちゃんと考えてありますから」


「事実でなくていいのか……」


「信じることが大切なんです。さて、今日も新しく設定を考えたから、これもちゃんとメモしないと」


「白秋院・ブレイブ・シャドウ・鏡夜設定集ねぇ……。って、すげえ容量だな!」


「はい、設定はあればあるほど強くなるんです。そのかわり、ちゃんと全部覚えていないと逆に弱くなっちゃうんです。もう設定が多すぎて、紙のメモ帳じゃ足りないんですよ」


 彼は常にノートパソコンと大容量のHDを持ち歩き、思いついた設定をメモしているそうだ。

 すでに設定の容量が、テラバイトの域に突入しつつあるようだけど。


「だろうな……。しかし、よく全部覚えられるな」


「そこはレベルアップの恩恵ですよ」


 木村君がレベルアップに拘るのは、強さは『厨二病』を極めればレベルなんて関係なくなるが、設定を忘れないように知力を上げる必要があるからなのか……。


「常に新しい設定が必要なのか」


「努力すればずっと強くなれるんですけど、デメリットがありまして……」


「パーティは組みにくいか」


「ええ、冒険者ってみんな真剣にやってますからねぇ……」


「おふざけだと思われたり、中には現実に引き戻そうとする人もいるよな、きっと」


「その人も悪気はないんですよね。僕のスキルが特殊すぎるんです」



 とある日の夜。

 剛と木村君の三人で外食をとっていた。

 その席で、木村君からスキル厨二病の詳細を教えてもらったんだけど、確かに無限の強さを得られる可能性がある凄いスキルなんだけど、ちょっとピーキーすぎるというか、扱いが難しい。

 まず、木村君はパーティを組みにくい。

 それはそうだ。

 自分が命がけでモンスターと戦っている横で、木村君が『闇の眷属』とか『右手が疼く……まだお前の出番ではない!』なんて言っているのだから。


 『命がかかってるんだ! 真面目にやれ!』と、過去に何度もパーティメンバーから叱られたらしい。

 でも木村君は誰よりも真面目にやっているわけで、最初から話が噛み合うわけもないのだ。

 結局どこのパーティに入っても上手くいかず、ついにソロになってしまったそうだ。


「孤独なのも、他の冒険者に嫌われたり、パーティから追放されたのも、そういう設定にすれば僕は強くなりますので」


「「……」」


 それって、今流行の追放物の設定も混じっているのかな?


「同じスキルの冒険者がいればいいのにな」


「『厨二病』スキルを持つ冒険者は、今のところ僕だけだと言われました」  


 もし木村君以外にスキル『厨二病』がいたら、国が把握してないわけがない。

 今でも十五歳になった人全員を対象に、スカウター測定会が行われているし、なんなら民間で『無料スカウター測定会』もあちこちで開催されていた。

 仕事が減ったため、余計に自分か家族に冒険者特性があることを期待する人が増えたからだ。

 日本では義務教育を終えないとダンジョンに入れないので、あまり幼い頃からスカウターで測定する意味はないのだけど、知りたいと思うのが人間の業というか。

 中学校卒業後、すぐダンジョンに潜れるよう、数年前から準備を始める人が増えたからというのがあった。

 この前、念のために自分でも調べてみたけど、木村君以外で『厨二病』スキルを持つ冒険者はいなかった。


「レアなんてもんじゃないからなぁ」


 上手く使えれば無敵のスキルだが、デメリットも大きいというか……。


「ようは、木村の厨二病的な言動が気にならない奴ならいいんだろう? 探せはいなくないか?」


「難しいだろうな」


「良二、どうしてだ?」


「それは、スキルのせいだよ」


 『厨二病』スキルは、自分が考えた設定を演じ、信じきらないといけない。

 そしてそれを極めれば極めるほど、その厨二病的な言動が他人の癇に障るようになってしまう。

 一流の冒険者でも気になって、戦闘力に影響があるはずだ。

 俺たちくらい、実力差があれば平気だけど。


「俺たちも、そう毎日毎日木村に付き合えないからな」


「まだまだ僕は先輩方には全然及びませんから、レベリング以外ではご一緒できません」


「今はそうだけど、木村君が冒険者として俺を超える可能性は一番高いけどね」


「だな、ようは良二を倒せる設定を考えて、それを会得すればいいんだから」


 その代わり、俺を倒せるレベルと設定を積み上げ、それを本能で信じ込むには相当な手間がかかるだろうけど。


「僕が古谷さんを超える? 現実味はありませんけどね」


「努力すればやれるはずだ」


「まあ、それは追々……。というか、冒険者ってダンジョンで成果をあげるのが目的で、同業者と戦って勝つとか、そういう仕事じゃないですよね?」


「まあそうかな。というか、えらく冷静だなぁ、木村君は」


 これまで、俺が嫌いだったり鬱陶しいと思っている人たちが強い冒険者たちを煽り、俺を超える冒険者になるよう発破をかけたり、倒させようとすることが定期的に発生していたからだろう。

 俺はそんなことに微塵も興味がない木村君に驚いていた。


「基本的に人間は、優劣を決めたがる生き物だからなぁ」


「人間の業と言えばそれまでだが、もし良二を倒したところで、経験値が多めに入るくらいか?」


「そんなものかな」


 あとは、俺の持ち物を奪えるくらいか。

 ただ、『アイテムボックス』の中身は手に入らないし、俺を殺すと問答無用で殺人罪で刑務所に入れられる可能性が高い。

 俺を殺すメリットはあまりなかった。

 俺がいると格差が広がると考えている人たちは大喜びするのだろうが。


「その前に古谷さんを倒せる設定って、今の数十倍、数百倍の設定を考えて、それを使いこなせるようにしないと無理です。数年……いや数十年先かな?」


「木村の設定が増え続けるのか……」


 まさに、『歩く厨二病辞典』だな。


「新しい設定を考えるのって大変ですしね。考えた設定が自分にしっくりこないと採用てまきませんし。だからこのところ、そういう漫画ばかり読んでますよ」


 木村君は特にサブカル好きというわけではないそうで、確かに大変かもしれない。


「一つ気になったのは、ダンジョンに潜る時と普段を完璧に分けているんだな」


「当たり前だろう」


 俺が木村君の代わりに、それを否定しておいた。

 もし常に厨二病キャラを演じ続けていたら、俺なら現実と区別がつかなくなってしまうだろう。

 それはよくない結末を迎えるし、そもそも仕事とプライベートは分けて当然だ。


「普段町中であんな言動を取り続けたら、周囲の人たちに変人だと思われますからね。効率が悪いのは確かですけど、そこはきっちりと分けないと普通に暮らせなくなってしまいますから」


「それもそうか」


 そうでなきゃ、俺も剛も木村君とプライベートで会いたくないし!

 木村君が俺を超える冒険者になれるかどうか。

 それはわからないけど、俺は内心かなり期待していた。

 だって、もし木村君が俺を超える冒険者になってくれたら、俺への注目度が下がるのだから。


「木村、明日はお休みなんだろう? 予定はあるのか?」


「はい。現世の魂の座(実家)に顔を出して、血と肉を分け与えし宿主(両親)と、宿命を宿さなかった我が半身(妹)に会ってきます」


「……そうか」


 たまに、仕事とプライベートの区分けに失敗することがあるようだ。

 それだけ木村君が真面目に冒険者をやっている証拠なので、俺と剛はスルーしたけど。 


「ご両親は、なにをしているのかな?」


「父も母も、地元市の公務員ですよ」

 

 普段の木村君からは想像しやすいというか、彼も冒険者にならなかったら公務員になっていたかもしれないと感じた。 


「妹さんは、冒険者特性は出なかったのかな?」


「それが、地元市のスカウター測定会に参加したら、妹にも冒険者特性が出たそうで、進路をどうするかとか、相談に乗ろうと思っているんです」


「優しいお兄さんじゃないか。妹さんは、どんなスキルだったんだ?」


「それが『姫騎士』だったそうで。僕も普段冒険者として危険なことをしていますけど、妹も冒険者になるのかと思うと心配ですよね」


「「……そうだね(な)」」


 『姫騎士』って……。

 その分野に詳しくない木村君はよくわかっていないようだけど、俺からしたら『妹さん大丈夫か?』って思ってしまう。

 ゴブリン、オーク、オーガなんかに近づかなければ大丈夫か?

 『姫騎士』なんて、向こうの世界にもいなかったからなぁ……。

 それにしても、凄い兄妹だと思う。

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