第264話 スキル『厨二病』

「良二さん、新しい写真を提供した方がいいですよ」


「私もそう思います。あのリョウジさんの写真は正直どうかと……」


「でもさあ、俺は掲載してくれなんて頼んでないから」


「リョウジ君の言い分はわかるけど、放置しておくとあのままだよ」


「俺は経済誌なんて見ないから、別に気にならないから」


「ですが良二様、テレビのニュースで紹介される時、あの写真が必ず全国に晒されるんですよ。恥ずかしくないですか?」


「別に。俺、基本テレビは見ないから。なお、アニメは除く」


「リョウジ……。撮影なんてすぐに終わるじゃない。なんなら、私がデジカメで撮ってあげましょうか?」


「リョウジさん、今から写真を撮りましょう」


「リョウジ、観念しなさい」




 とある世界的に有名な経済誌が、毎年世界の今年の顔を特集するのだけど、もう何年連続で掲載されたかな?

 このところトップ3に入り続けているそうだが、俺はその雑誌を見たことかないすし、そういえばかなり前、そこから写真を提供してほしいと頼まれ、断ったことがあった。 

 俺は、そんな雑誌に顔写真が掲載されても嬉しくないどころか、そのせいで変な連中に批判されたりしてデメリットしかないのだから。


「それにしてもだ。毎年◯◯誌の世界の顔特集で選ばれるお前の写真が、中学校卒業の時のやつってのは駄目だろう。今の写真を送ってやれよ」


「社長、すぐに新しく写真を送ったら方がいいのだ」


 剛って、前に『勝手に人の写真を雑誌に掲載しやがって!』とか文句を言っていなかったか?

 そして、プロト2が俺に見せたのは……。

 

『悲報! ◯◯誌の世界の顔ランキングで古谷良二が五年連続一位になるも、今年も写真が残念な件』


『古谷良二ももう二十代も半ばだろうに、どうして学生服なんだよ?』


『高校卒業時の写真?』


『もっと幼いだろう。中学卒業時くらいじゃねえ?』


『最新の写真くらい撮影しろよ』


『動画から転用すればよくねえ?』


『肖像権の問題とかあるんだろう』


『◯◯誌は、古谷良二から新しい写真を貰えよ』


『断れているんじゃないか?』


『世界の顔に選ばれても、古谷良二にメリットなんてないだろうからな』


『面倒なだけか。じゃあ、古谷良二を選ばなきゃいいじゃん』 


『古谷良二が上位じゃなかったら、ランキングの信用が落ちるんじゃねぇ?』」


『特に今年なんて、ホラール星関連で注目を集めていたからな。別の人を選んだら、ヤラセを疑われるか』


『海外のメディアだから、そこはちゃんとしたランキングを出すんだろうな。日本なら、忖度であり得ない奴を一位にしそうだけど』


『そこは評価するけど、せめて写真は最新のにしてくれ』


『◯リフのオープニングじゃないんだから』


『古谷良二も、写真一枚くらい提供すればいいのに』


『学生服はねえよ(笑)』


「……」


「といった感じなのだ。だから、新しい写真を撮って提供するのだ」


「わかったよ」


 そんなわけで、俺はすぐに写真を撮って◯◯誌の編集部に送ったので、次の年からは俺の顔写真は学生服姿の子供ではなく、大人バージョンとなった。

 だからといって、なにか変化があるかというと……。





『朗報! 古谷良二さん、今年も◯◯誌の世界の顔で一位に選ばれ、なんとついに、写真も最新のものになる』


『ここで、みんなで弄ってたから、気にして写真を撮影したのかな?』


『かもしれない』


『いくらなんでも、中学生時代の写真はよくない』


『たまに犯罪者の顔写真がテレビのニュースで映された時、かなりいい年なのに学生時代の写真の奴が一定数いる。そういう奴は大抵陰キャ。つまり古谷良二も……』


『ずっと写真を撮ってこなかった闇』


『古谷良二に闇なんてあるの?』


『両親は交通事故で亡くなってるし、親族は犯罪者ばかりだぞ。古谷良二から金を集ろうとしたり、彼の名前を出して詐欺を働いたり。成功者も大変だよな』


『今は美人の奥さんが六人もいて、夢のハーレム生活だけどな』


『うらやま』


『奥さんの数も増えるしな』


『桃瀬里奈かぁ……。いいよなぁ』


『本当にな』


「……結局、ネットで弄られているじゃないか」


「人気者の宿命なのだ」


 写真は最新のものにしたからいいだろう。

 とはいえ、毎年世界の顔に選ばれるけど、動画以外では人前になかなか顔を出さない俺。

 俺としては別に選ばれなくていいから、誰か他の人を選んであげないのかね?






「……ダンジョンの深淵に潜む、次元の『狭間に潜む魔王』。奴が放つ邪気に、俺は引き寄せられる。奴は他の顕在化した多くの神や悪魔に匹敵する存在なれど、その存在に気がついている者は少ない。僕は、奴を倒さなければいけないんです」


「なるほど……。して、その眼帯は?」


「僕の右目には、狭間に潜む魔王に対抗できる、『漆黒の底の悪魔』を封印してあります。ですが今の僕のレベルでは、封印を解いた途端、悪魔に殺されてしまうでしょう。今は強くなるしかないんです」


「右手の包帯は?」


「漆黒の底の悪魔と共に、狭間に潜む魔王を倒すのに必要な終焉の魔法『エンドマジック』の魔法陣を封印したものです。同じく、残念ながら今の僕のレベルではこの魔法を使いこなせません。今はこの、 イエス・キリストを裏切ったもう一人のユダ、その名を歴史に封印されたオクの遺体を包んだ布で封印する必要があるのです。くっ……、右目と右手の甲が疼く……」


「大丈夫か?」


「なんとか……。僕は狭間に潜む魔王を倒すため、漆黒の底の悪魔と『エンドマジック』の魔法陣をコントロールできるようにならなければいけないのです。そのためにも、レベルを上げなければ……」


「それは大変だな。それと防具なんだけど、鎧や兜を装備しなくていいのか? 黒いシャツとズボン服とコートだけ?」


「僕は特殊な装備を用いないと、その力を十分に発揮できないのです。この漆黒の服とマントは、ブラックドラゴンの幼竜の産毛を編んだもの。ミスリル装備よりも防御力は高いのでご安心を」


「そうなのか……(あいつの黒いYシャツとズボン、あきらかに特殊な装備に見えないけどな。黒いマントもか……。そもそも、ダンジョンから湧いてくるブラックドラゴンに幼竜なんていねぇ!)」


「(剛、それを言っては駄目だ)」


 久々に地球のダンジョンでレベリングをしているのだが、参加者の中に一人、とびきりの変わり者がいた。

 黒いYシャツとスラックスにマントという、高レベル冒険者にあるまじき軽装。

 というか、そこまで黒に拘るものなんだな。

 ホンファが、『ちょっと〇キブリみたい』って言おうとしたから、慌てて彼女の口を塞いだほどだ。

 そして右目に眼帯を、右手の甲に包帯を巻いた、学生時代にあの山田でもやらなかった厨二病感満載な少年の名は、漆黒の次元守護騎士にしてダンジョンの調律者、白秋院(ハクシュウイン)・ブレイブ・シャドウ・鏡夜(キョウヤ)……本名は木村太郎だけど。


「(なんと言いますか……。大変なスキルですね)」


「(本人が一番大変だから、彼にツッコムのだけはやめて)」

 

 俺はあらためて、イザベラたちに釘を刺しておいた。

 白秋院・ブレイブ・シャドウ・鏡夜……木村君のスキルは、『厨二病』であり、向こうの世界には一人もいなかった……もしかしたら、現代日本だからこそ使いこなす者が現れたのかもしれない。

 向こうの世界の冒険者は手の平にスキルが現れないから、『厨二病』のスキルが発露しても、死ぬまで気がつかれなかっただろうし。

 この『厨二病』スキルの使い方は、とにかく厨二病になりきることである。

 それも、本人の思い込みが強いほど強くなる。

 なので俺は、木村君を少し警戒している。

 なぜなら、いくら俺が強くて高レベルでも、彼の厨二病設定の思い込みが強ければ、俺を殺すことができるからだ。

 極めて特殊なスキルと言えよう。

 とはいえ、木村君本人はとても真面目な冒険者だし、ダンジョンの外ではいい人なので同業者で彼を悪く言う人はいない。

 ダンジョンの中でも悪い人ではないんだけど、一緒にダンジョンに潜ると常にこんな言動をするので、慣れていない人は驚くのだ。

 とにかく彼は、厨二病になりきればなりきるほど強くなる。

 その思いの強さはすさまじく、木村君があきからにその辺の服屋で買ってきた黒いYシャツとズボン、そして注文して作らせたらしい普通のマントがブラックドラゴンの幼竜の毛を編んで作られていると思えば、本当にそういう効果を発揮するのだ。

 ゆえに彼には、高価な装備がいらないという利点もあった。


「(なので、木村君に一番しちゃいけないことは、彼が懸命に考えた設定にケチをつけることだ)」


 もしそれをして、木村君の心に厨二病設定への疑いが混じると、それだけで弱くなってしまう。

 とはいえ、多くの冒険者たちは悪気があるわけではないが、木村君と組んでダンジョンに潜って彼の設定の数々を聞くと、思わずツッコミを入れてしまう。

 そのせいで、彼はソロで活動することが多かった。

 最初はその理由でソロだったんだけど……。


「古谷さん、みなさん、今日はご協力ありがとうございます。僕の背中にいる『グラトニーデーモン』は、今日一日どうにか封じ込め続けるのでご安心を」


「「「「「「「「「……はい」」」」」」」」」  


 彼の背中には悪魔のタトゥー……木村君は真面目なのでシールだけど……が掘られており、これは『暴食の悪魔』を封じた印であった。

 この悪魔は木村君の力を大幅に増やすけど、隙あらば彼の背中から出て人間を食らおうとする。


『もし他の冒険者と組んでいると、彼らが暴食の悪魔の犠牲になるかもしれないので、僕は一人で戦うことにしたのです』


 と、さっき説明してくれた木村君。

 勿論設定なんだけど、それを指摘するのはルール違反……空気を読めない行為というものだ。

 俺たちは、木村君の設定の数々にツッコミを入れず、上手く聞き流すスキルを身につけることに成功していた。


「(体のあちこちに悪魔やら、暴発の危険を孕んだ魔法陣があって大変ですね)」


「(そうだよなぁ……)」


 あくまでも設定ではあるんだが、木村君が優れた『厨二病』になればなるほど、それは事実に近づく。

 綾乃も、木村君のスキルの特殊さに警戒をしていた。


「じゃあ、レベリングをしましょう」


「僕も手伝わなくていいんですか?」


「今日は、きむ……じゃなかった。鏡夜が依頼者だから、戦う必要はないさ」


「わかりました。僕は、体に封印した悪魔たちが暴れ出さないよう、警戒を続けましょう」


 レベリングで、依頼した高レベル冒険者本人が戦うことも珍しくなかったけど、木村君の場合、その……繰り出す技や魔法の名前が、アンリミテッド・ブレイクワークスとか、ヴェルク・アヴェスターとか、ラスト・テンペストとか。そんな感じの技名を厨二病感満載で言うので、ちょっと遠慮してもらいたいかなって。

 

「レベルを上げることで、悪魔や魔法のコントロールが完璧になればいいのですが……。しかしまた、僕の体で新しい悪魔を……いや、今度は天使を封印することになるかもしれない。そうなれば、僕の体が保つかどうか……。だが、狭間に潜む魔王は必ず倒さなければいけないのです」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 そして厨二病のもう一つの大きな欠点。

 それは、強くなりたければ、レベルを上げる以外に厨二病の設定を増やし続けなければいけないことだ。

 なのでオフの時、木村君はその手の小説や漫画、アニメを見て研究を続けているとか。

 

「(厨二病スキルって、山田が持っていたら喜んで極めたんじゃないか)」


「(そうかもしれない)」


 山田は冒険者特性を持っていないけど、もし『厨二病』スキルを持っていたら、俺を超える冒険者になっていたかもしれないな。

 そんなことを考えながら木村君のレベルを上げたけど、彼は厨二病ヲタクでもないから、一皮むけるには時間がかかりそうだ。

 それでも、現時点で世界のトップ500冒険者に入ってるから、十分優れた冒険者なんだけど。

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