第263話 もめごと

「今我々の会社は、『桃瀬里奈』の名を商標登録出願している最中だ。以後、桃瀬里奈の使用を禁止する!」


「ええっーーー!」


「(そりゃあ、驚くよなぁ……)」




 里奈の会社を辞めたスタッフたちか作った会社は、最初は好調だった。

 あの桃瀬里奈のマネージメントやプロデュース、動画編集をしている人たちなので、第二の桃瀬里奈になりたい多くの女性冒険者たちが集まり、順調に動画のチャンネル登録者数と視聴回数を稼いでいたからだ。

 ところが、すぐに化けの皮が剥がれてしまった。

 ぶっちゃけ、彼らは動画の編集ができる普通の兄ちゃんたちでしかない。

 たまたま里奈に動画編集を頼まれた縁で、彼女の会社で働いていただけだった。

 桃瀬里奈の人気は、彼女の持つ美しさと強さ、そしてスター性のおかげだったため、ただその辺でスカウトした女性冒険者に里奈と同じことをさせても、すぐに飽きられてしまう。


『ちょっと! 私を第二の桃瀬里奈にしてくれるんじゃないの?! ギャラも少ないし、話が違うじゃないの!』


『この人たち、セクハラが酷いんです! 桃瀬里奈のようなインフルエンサーにしてやるって、冒険者の子をホテルに連れ込んだり』


 彼らは、大金をかけて数人の美少女冒険者たちに里奈と同じことをさせた動画を公開したが、視聴回数がよかったのは最初だけですぐにオワコン化していまい、スカウトした子たちに『話が違う!』と訴えられる事態に。

 さらに複数の女性冒険者たちに、『里奈のようなスターしてやる』と声をかけ、性的暴行を働いて逮捕される奴も出てしまい、彼らの独立は失敗に終わった。

 と思ったらまだ諦めていないようで、里奈の新しい事務所にやって来たと思ったら、『桃瀬里奈の商標登録を出願しているから、今後その名を使うのを禁止する!』などと言い始めたのだ。

 里奈は驚いていたが、貧すれば鈍するとも言うので、俺はあまり不思議に思わなかった。


「(きっと彼らは、桃瀬里奈というブランドがあれば巻き返せると思っているんだろうなぁ……)


 多分、次にデビューさせる女性冒険者に名乗らせるつもりなんだろう。


「桃瀬里奈って、私の本名ですよ。商標登録なんてできるんですか?」


 里奈の疑問はごもっともだ。

 俺もそう思うけど、それだけ彼らが追い込まれている証拠であろう。

 同時に、お前たちにそんな権限はないとも思ったし、必ず阻止してやろうと決意した。


「桃瀬里奈の名は、すでに公的なものとなっている!」


「とにかく、先に商標登録を出願したのは我々だ!」


「今後、もしその名を使ったら訴えるぞ!」


「ちゃんと商標登録として認められたら、そちらの供給を呑んでやるよ」


「言質を取ったぞ! 古谷良二!」


「言質でもなんでも好きに取ってくれって。だが、勝手に他の人の名前を商標登録するなんて無茶が通るわけないだろうが」

 

「通るさ。現に過去の偉人の名前を商標登録した人がいるじゃないか」


「お前らが先に、商標登録を出さないからいけないんだぜ」


「あーーー、はいはい。好きにしてくれ」


 里奈は不安そうな表情を浮かべているが、俺からしたらすでに通った道だ。

 以前、古谷良二の名前を商標登録しようとする奴が沢山いて、対策方法はとっくに習得済みだった。

 とはいえ、ただ佐藤先生に任せるだけなんだけど。


「新しい桃瀬里奈がデビューすれば、きっと人気者になるぞ」


「名前だけ同じにしても、所詮は偽物。最初は注目を集めるかもしれないが、またすぐに左前になってしまうだけだろうな。上辺だけ真似ても仕方がない。それがわからないのか?」


 俺は、自分が思ったことを正直に口にした。


「うるさい! 桃瀬里奈の名前は絶対なんだ!」


「なんてったって、俺たちがその名を育てたんだからな」


「とにかく! お前たちが絶対に桃瀬里奈の名を使えないようにしてやる!」


「我々に不義理を働いた罰を受けるがいい!」


 言いたいことだけ言って、彼らは事務所から出て行った。


「相変わらず人の話を聞かない連中だなぁ」


「良二さん、大丈夫でしょうか?」


「桃瀬里奈の商標登録の件ね。大丈夫だよ」


 里奈が不安がらないよう、俺は大した問題ではないといった表情を浮かべながら話す。

 なぜなら、以前からこういう人が増え続けたせいで、勝手に人の本名を商標登録できないようになっていたからだ。

 働き口がないので、勝手に商法登録を取ってそれを本人に売る、なんて裏バイトが一時流行して、社会問題になったのを思い出す。


「申請は却下されるだろう。手間とお金の無駄だな」


 俺の予想はというか、勝手に他人の名前を商標登録できるわけがない。

 結局、桃瀬里奈の商標登録申請は却下されたのだが……。

 

『こんにちはーーー、リナ ・モモセでーーーす』


『桃瀬里奈(本物)です。これからよろしくね』


『桃瀬山里奈です』 

 

『元祖、桃瀬里奈です!』  


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


「なるほど、そうきたか……」


 俺の予想は当たった。

 桃瀬里奈の商標登録が通らなかった連中は、それと類似した芸名を新しい動画配信者たちに名乗らせたのだ。


「他人には、『商標登録するから、勝手に桃瀬里奈を名乗るな!』と言っておいて、申請が却下されたらこれですか……」


 イザベラたちも呆れているが、元々実力がない連中なんてこんなものだ。

 たまたま里奈のところで働いてたいたばかりに、自分たちが動画配信者をプロデュースすれば必ず売れると思い込み、売れなかったら里奈の名前かないからだと思って、勝手に商標登録しようとする。

 とにかく考えが浅はかなのだ。

 

「そして、商標登録が却下されたらこれでですか……」


「極めてよく似た芸名を、動画配信者たちに名乗らせる。もしくは、元祖って……」


「京都の八つ橋屋じゃないんだから……」


「元祖の次は、本舗でしょうか?」


 綾乃も意地悪なことを言うよな。


「こんなことをしても無駄なのに……」


「名前だけモモセさんに似せても、彼女たちの実力は全然ですからね」


 ダーシャの言うとおりだ。

 彼らは過去の成功体験である里奈の名前(ブランド)に縋るのではなく、新しいインフルエンサーを作り出さないといけないのだけど、それは難しそうだな。


「リナの成功例があまりにも強烈すぎて無理でしょうね」


 デナーリスも、『処置ナシ』といった感じの表情を浮かべていた。


「それなら、里奈の結婚を反対したり、会社を辞めて独立しなきゃよかったのに……」


「ホンファ、それも無理だったんだ」


 彼らは里奈という強烈な成功体験のせいで、自分たちが有能だと思い込んでしまった。

 だから、自分たちの理想である里奈以外を認められず、だからまた一から新しい里奈を作りだろうとした。

 その結果は、今のところ大惨敗なわけだが……。


「面倒な人たちだなぁ、リナも大変だよねぇ」


 ホンファが、里奈に労いの言葉をかける。


「どうせすぐに消えると思うけど」


 結局、桃瀬里奈の商標登録は取れなかったし、似せた名前で女性冒険者を動画配信者デデビューさせる手も、すでにコメント欄は批判の嵐で、これは完全な失敗だろう。


「最初だけは視聴回数が取れるけど、次の動画で視聴回数は激減だろうな」


 俺の予想というのもおこがましいか。

 里奈の名前に似せた芸名を名乗らせた女性冒険者たちの人気が出るわけもなく、ついに彼らの新会社は多額の負債を抱えて倒産。

 無一文になってしまった。


「このところ、特に動画配信者が多いから、新人を売り出すのは大変そうだな」


 どうしても、先行して成功した人がさらにお客さんを集めて有利になってしまう。

 俺やイザベラたちもそうだが、里奈もこれに当てはまる。


「これで彼らも大人しくなるのかしら?」


「いや、そんなに諦めはよくないだろう」


 と、デナーリスの問いに答える俺。

 そして嫌な予感は当たるものだ。

 女性冒険者インフルエンサーたちのプロデュースに失敗し、お金がない彼らは次の手に打って出た。

 自ら動画に出演し、告発を始めたのだ。


「俺たちは、桃瀬里奈に捨てられました!」


「みんなで懸命に彼女を盛り立ててきたのに、売れて、古谷良二と結婚すると決めた途端、俺たちを突然クビにしたんです!」


「桃瀬里奈は人でなしだ!」


「良二さん、どうしましょう?」


「里奈、安心してくれ。すぐに手を打つから」   


 大衆というのは、センセーショナルなことが大好きだ。

 里奈の元スタッフたちは、自分たちは里奈を売るため懸命に努力したのに、いざ彼女が有名になった途端、クビにされたと涙ながらに動画で語った。

 するとその動画が大バスりして、里奈を冷たい人だと批判する声が大きくなる。

 里奈は動揺していたが、俺は彼らがそういう手でくると予想しており、すぐに各所に連絡して対抗手段に出た。


「一番やっちゃいけない手を使ったな。報いを受けるがいい」


 俺はすぐさま、自分と里奈の動画チャンネルに反論動画をあげた。


『彼らは突然クビにされたと言っていますが、しっかりと退職金を受け取っています。これも、かなりの金額をです。そして……』


 これまで、彼らが里奈のスタッフであることを利用してどのような悪事を働いてたきたか。

 すべて証拠つきで暴露した。


『クライアントから勝手にリベートを受け取る。そのせいで、桃瀬さんは不当に安い仕事を受けさせられました。これは不法ではないかもしれませんが、そんなことをする彼らは優秀なスタッフではありません! たまたま桃瀬さんの動画編集を頼まれ、彼女の仕事が増えたから、なし崩し的に社員になっただけです。それは桃瀬さんも容認していたからいいでしょう。ですが、桃瀬さんの会社のお金を横領したのは許せません。すぐにあなた方は刑事告訴されるでしょう』


 大衆の感情は移ろいやすいもの。  

 最初は、里奈が自分の創業を支えたスタッフたちを冷酷に切り捨てたと、彼女を批判していたが、すぐに自称『ライトスタッフ』たちが里奈の会社で悪事を働いていたことを強く批判。

 彼らの告発動画に、『嘘つき泥棒野郎!』という批判が殺到。 

 告発内容が嘘だとバレたため、せっかくバズった動画のインセンティブも運営会社に没収されてしまった。

 さらに……。

  

『株式会社ピーチプロダクションから八千万円を横領したとして、警視庁は元社員の石丸孝宏、香川尚弥、赤坂誠他二名を業務上横領の罪で逮捕しました。横領の額はさらに増える見通しで、五億円を超えると思われます。取り調べで石丸容疑者らは容疑を否認しており……次のニュースです』


 里奈の会社に新しく入れた会計士の先生がすぐに奴らの横領を見つけたので、証拠と共に刑事告訴していたのだが、思ったよりも早く逮捕されたようだ。


「(しかしまぁ、よくぞやってくれたなって感じだ)」


 残念ながら、奴らが横領したお金はほとんど戻ってこなかったが、これから刑務所に入るとベーシックインカムと労役の対価はすべて返済に回されるので、地獄の刑務所暮らしになるはずだ。

 普通の囚人は被害者への賠償がない場合、毎月入るベーシックインカムで買い物もできるのだが、彼らは横領した額が多いのでベーシックインカムはすべて里奈から横領したお金の返済に回される。

 しかもこのところ、経済犯の罰則が重たくなった。

 お金は間接的に多くの人を殺すリスクを孕んでいるので、日本もアメリカに合わせたのであろう。

 彼らも十年ほどは刑務所暮らしになるはずなので、悪いことはするものではないな。

 刑務所を出たところで、借金の返済は続く。

 出所したらベーシックインカム全額を差し押さえはないが、一生貧しい暮らしが続くだろう。


『桃瀬さん! 大変でしたね』


『我々は、結婚してもあなたを応援し続けます』


『古谷良二との夫婦コラボ希望!』


 元スタッフたちの嘘告発で、最初は大批判された里奈だけど、真実が知れると応援のコメントが増えた。

 動画チャンネルの登録者数と視聴回数も増え、横領された分はすぐに取り戻せたのであった。

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