第261話 ゴーレム社会
「…………これで終わりなのだ」
「えっ? なにが終わりななんだ?」
「コントロールしているゴーレムたちに、最新のデータと指示を送ったのだ」
「打ち合わせ、会議みたいなものか」
「オラはゴーレムたちと直接話す必要はなくて、全部データを送るだけなのだ。向こうからの質問や、オラに確認したいことも同じなのだ」
「ダラダラ会議するのは人間だけか……」
「そこでも人間はゴーレムに生産性で負けちゃうよねぇ。イワキ工業では極力無駄な会議を減らしているんだけど、人間である以上はゼロにできないから。まあ、うちでただ集まって会議することに意義を見出している社員はほとんどいないけどね。そんな人は居づらくなるだけだし」
「普通の会議でありそうな、古谷企画の会長である俺の挨拶とか、まったく必要ないから楽ですけどね」
「それはいいよね。私は定期的に、社員たちの前で挨拶をする必要があるから」
「岩城理事長は、真の会社経営者ですね。俺にみたいに、プロト2に任せきりじゃないから」
「それがいいことなのか、悪いことなのかわからないけどね」
このところ、古谷企画の経営はますますプロト2任せで、もし創作物みたいにプロト2に反乱でもされたらお手上げだけど、俺は古谷企画を失っても特に困ることもないし、プロト2とはずっと一緒にやってきて信用している。
そんなことはますあり得ないから、今日もこのあと富士の樹海ダンジョンで頑張る予定だ。
ホラール人冒険者への指導をかなり任せている、里奈のフォローも忘れないようにしないと。
「あっ、そうだ! 里奈にケーキでも買って行くかな」
「ホラール星にケーキはないの?」
「なくはないんですけど、ちょっと味が素朴で、デコレーションも地味なんですよ」
だからホラール星に行く時、俺は必ず大量に地球のスイーツを購入していった。
里奈だけじゃなく、地球人冒険者が喜んでくれるからだ。
リーリスを始めとして、ホラール人女性にも地球のスイーツが人気で、真似して作り始める人まで出ていたほどだ。
「ホラール人って合理的だからか、シュトーレンのように長期保存に向いた焼きケーキが主流なんですよ。だから生クリームタップリで、フル-ツが沢山のってるようなケーキが人気です」
「そういうデータを分析して、ホラール人に売れる輸出品を考えないとなぁ」
将来無事にホラール人冒険者が育って、魔石や資源、モンスターの素材を輸入する必要がなくなった時に備えて、他の貿易品を探す。
岩城理事長は先のことをしっかりと考えているようだ。
俺は……プロト2に任せればいいかな。
「はぁ……。古谷企画と取り引きできるように頑張れって、なにをどう頑張ればいいんだ?」
「さあ? お前の会社も言われているんだ」
「このままだと、また大規模リストラがあるからな。俺がリストラ候補に入っていたら辛い。なんとかして、古谷企画と取引できるようにすれば、リストラから逃れられるかもしれないじゃないか」
「難しいと思うけどな。リストラは、うちの会社も始めるらしい」
「売り上げも利益も上がっているのに、人員削減を進める。世知辛いったらありゃしねえ」
「ゴーレムやAIにできる仕事は、コスパの悪い人間に任せないってことだろう。会社は株主の物だから、それが嫌なら人間の社員だけで回す会社を作るしかない」
「それを目指して潰れた会社は多いけどな」
久々に高校時代の同級生と飲んでいるが、明るい話題は少ない。
今の労働者は、いつクビを切られてもおかしくないからだ。
日本はおろか、世界中で会社というものが大きく変わった。
人間の従業員は減る一方で、どんどんゴーレムとAIが導入されていく。
初期投資はゴーレムとAIの方が高額だが、維持費は圧倒的に安いからだ。
ゴーレムのボディーは頑丈でそう壊れるものではないし、簡単に直せてしまう。
効率よく仕事をするためのデータ更新も、イワキ工業と古谷企画の自動データ更新プランに入ってお金を払っていれば、勝手にバージョンアップしてくれる。
その人でなければ……という社員でなければ、簡単に失業する時代になってしまった。
それと、正社員のクビを切りにくい日本では、非正規職と業務委託が増えた。
実は俺たちもそうで、貰える給料は正社員よりも多いが、契約期間の更新がなければクビだ。
更新間近になると、いつもビクビクしてしまう。
そして業務委託だが、これは本当に優秀な人だけしか仕事がない。
マイクロ法人を作って仕事を受けるわけだが、優秀な人はいくらでも稼げるが、駄目な人は仕事がないというのが今の義務委託であった。
「つまり、優秀な人は引く手あまたで稼げて、駄目な人はベーシックインカムを貰うしかにいってことだ」
「本当、辛い世の中だよなぁ……」
「俺たちは非正規だけど、仕事があるだけマシか……」
「人員削減は、年配者が中心らしいけど」
「だろうな」
ダンジョン出現前から、『働かないおじさん』扱いされていた人たちが、人員削減の対象になっていた。
彼らは、『ここを辞めたら次はない』と感じて会社にへばりついていた。
するとダンジョン不況がやってきて、そこでも会社を辞めずに粘っていたら、今度はダンジョン好景気がやってきた。
会社はこれを機に、退職金の割増しなどで彼らを辞めさせようとしたが、それでも彼らは退職しなかった。
だが、今回のゴーレム、AI普及によるリストラを避けられるかどうか……。
「ついに、働かないおじさんたちの一掃か……」
彼らについては、『全然働かないのに、俺たちもりもいい給料をもらいやがって!』という不満はあったけど、明日は我が身と考えると複雑な心境だ。
俺たちも、そこまで優秀ってわけじゃないからな。
「これからは、四十代、五十代で会社を卒業する人が増え続けるでしょう。ですが、人生は百年時代です。年金もなくなり、ベーシックインカムは月に十二万円しかありません! 豊かな老後を過ごすため、投資を始めましょう!」
居酒屋に設置されたテレビ番組では、盛んに投資を始めようと呼びかけていた。
労働収入があてにならないのなら、投資をして配当とベーシックインカムで生きていこうと。
間違ってはいないのだが、その番組のスポンサーが証券会社なので、どうしても胡散臭さを感じてしまう。
「木村は投資とかしてる?」
「少しだけどけど」
収入はいいんだが、いつリストラされるかわからないので、それに備えてだ。
嫁さんも働いているし、失業してもベーシックインカムで生活に困ることはないが、仕事を失うかもしれない恐怖感はなくならない。
人は仕事をしていて当たり前、という感覚がなかなか抜けないのだ。
同時に、人は他人と比べるたがる生き物だ。
仕事を持つ自分は、仕事がない他人よりも上だと安心してしまう嫌な面もある。
「俺たちの本当の競争相手は、AIとゴーレムだけどな」
進化し続けるゴーレムとAIに次々と仕事を奪われ、優秀な人しか仕事ができない時代になった。
ベーシックインカムで暮らしている人たちはつまり、『お前が仕事をしても邪魔だし効率が悪いから、ベーシックインカムで遊んでろ』と言われたに等しい。
働いているだけで優秀だと見なされる社会が、本当にやってきてしまったんだな。
「 『ベーシックインカムのおかげで遊んで暮らせる! ラッキー』って心から思える人は勝ち組なんだな」
「ああ……。やはりメンタルが強い奴が最強だ」
となると、かえって中途半端に優秀な人には息苦しい世界なのかもしれない。
「古谷企画に営業するか?」
「どうなのかな?」
あの会社、人間は古谷良二だけだから、従来の営業手法が通じないのだ。
アポイントメントを取ると、最初はプロト1社長とリモートながら交渉できたが、プロト1社長は他の会社に売り飛ばされてしまって……プロト1社長はゴーレムだぁらヘッドハンティングじゃないんだよなぁ……新社長であるプロト2社長とはなかなか顔合わせできなくなってしまった。
プロト2社長と打ち合わせをしたことがある他の会社の経営者によると、プロト2社長とプロト1社長の差がわからないらしい。
共に優秀なのは間違いなく、だが余計に忙しくなったので、部下の担当ゴーレムとリモートで打ち合わせをするのだけど、まさかゴーレムをヨイショしたり接待するわけにもいかず……過去にリベートを渡そうとして失敗した他社の営業もいたって聞いた。
というか、ゴーレムが賄賂なんて受け取るわけがないだろうに……。
ゴーレムは最効率の仕事をしようとするので、一番条件がいいところを選ぶ。
少し高くても、仲がいい営業がいる会社と取り引きするなんてあり得なかった。
それを聞き、『浅はかな効率厨め! 安物買いの銭失いをして後悔するがいい!』などとドヤっている営業がいたが、ゴーレムは過去の膨大な取り引きデータを持っているから、安いけど不良品を納品したり、安いけどアフタサービスで手を抜くような取り引き先は外してしまう。
その結果、取引先との交渉担当もゴーレムなんてケースが増えていた。
ゴーレム同士だと、直接会わずともリモートで交渉できて、交通費や接待費などの経費もかからない。
営業の仕事は人間にしかできないなんて言われていたが、最近はそうでもなくってきた。
人件費がかからない分安くても利益率が確保できるから、新規顧客の開拓は別として、ルート営業的な仕事にもゴーレムが参入しつつあって、ますます人間の仕事が……。
「ゴーレムに対して、一緒に飲んで仲良くなって……なんて方法は通用しないしなぁ」
「そんな経費があるのなら、値下げするか、製品やサービスの質をよくするしかない」
そのためにも、人件費を無駄に食う部署も人員は削減するべきってことか。
会社が段々と無味乾燥になっていく気がするが、会社は仕事をする場所であって、飲み友達を作る場所ではないからな。
先輩たちがリストラされても、仕方がないというか。
「先輩たちのクビを切れないから、俺たちは非正規なんだしな。完全に同情できんな」
「本当にそれな」
今はとにかく、次の契約更新もしてもらえるように頑張らないとな。
そして古谷企画と取り引きするために、いい条件を整えないと。
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