第260話 危機(後編)
「桃瀬さん、準備はいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「宇宙船だと、地球とホラール星との往復に時間がかかるから、『テレポテーション』があってよかったよ」
「そうですね……」
「桃瀬さん、なにかあった?」
「いえ」
約束の日。
私は急遽休みを取り、古谷良二様の『テレポテーション』で地球へと向かう。
心が晴れない私の様子に気がついた彼が心配そうに声をかけてくるけど、武藤議員のことは言えない。
もし古谷良二様に事情を話せば確実に彼を潰してくれるけど、そんなことをすれば弟は一生警察官になれなくなってしまう。
官僚的で事なかれ主義の警察が、厄介な事情ができた弟を採用するわけがないから。
「なにか心配事があったら、言ってくれればすぐに駆けつけるからさ」
「ありがとうございます」
こんなに嬉しい言葉はないけど、古谷良二様に迷惑をかけるわけにいかない。
なにより、事が大きくなると弟が警察官になれなくなってしまうから……。
「(ごめんなさい)」
本当は古谷良二様のお嫁さんになりたかったけど、弟の夢を壊すわけにいかないから。
私は、武藤議員の息子と結婚します。
「本物の里奈ちゃんだ! 可愛いなぁ、僕のお嫁さんになってくれるんだね!」
「ふーーーん、ちょっと痩せすぎじゃないの? 私の豊満ボディーとは比べ物にならないわね」
「(あなたはただ不摂生して、太ってるだけじやないの。なにが豊満よ……)」
古谷良二様に、ホラール星から日本に『テレポテーション』で送ってもらった私は、その足で関東近郊にある武藤議員の屋敷を訪ねた。
出迎えた武藤議員の息子はやっぱり生理的に合わず、母親も自分の不摂生な体を豊満ボディーとだと本気で思っているバカで、思わず心の中で悪態ついてしまう。
彼女は大物政治家の娘なだけなのに、自分が世界で一番偉く、なにをしてもいいと思っている節がある。
特権は人を腐らせるの典型例なんだって思った。
「覚悟を決めたようだな」
「……」
私は、小さく頭を縦に振ることしかできなかった。
武藤議員は、田中総理をきめ細やかに補佐し続け、その誠実な人柄で多くの政治家から信用されている?
総理大臣の椅子の前では、己の野心のために、私を自分でも駄目だと思っている息子に差し出そうとするクソだけど。
「(こんな奴らに……)」
今この場で叩きのめして、二度と日本の土を踏まなければ済む話だけど、弟のことを思うと……。
「(あの子は、警察官になりたがっていたから……)」
武藤議員の屋敷にあがるが、息子は私を嫌らしい目つきでなめ回すように見てきて、紅茶を口に含むこともできない。
「翔馬ちゃんの嫁になったら、あなたの資産はすべて私が監理するから。会社の人事も私がすべて取り仕切る。あなたの資産は、武藤家のものだから当然よ」
「うんうん」
「ホラール星利権も、古谷良二から奪い取るわよ。あんな若造よりも、あの武藤善一の娘である私と、私の血を継ぐ翔馬ちゃんが監理するのが相応しいんだから」
「里奈ちゃん、ママに任せておけば安心だから」
「嫁! あんたには、今の仕事を続ける許可をあげるわ。沢山稼いで、夫となる翔馬ちゃんのイメージアップに貢献するのよ。仕事以外の時間は、妻として翔馬ちゃんに、嫁として私のためによく仕えるのが条件だけど。成り上り者の田中の次に、そこのワンポイントリリーフが総理大臣をやったあとすぐに引退するから、そのあとは翔馬ちゃんがこの選挙区を継いで、そのあとすぐに総理大臣になるの。夢が広がるわぁ」
「楽しみだね、ママ」
「……」
私は呆れつつ、妻と息子が妄言を語っているのにそれを訂正すらせず、無言のままの武藤議員を睨みつけた。
なにが田中総理の後継者候補よ。
バカな妻と息子の暴走を抑えられないどころか、黙って手を貸すなんて。
そんな人が次の総理大臣なんて笑わせるわ。
「すでに死んだ、総理大臣にもなれなかった自称大物政治家が怖いんですか?」
「……義父がいなければ、私は……」
「だからって、その娘である妻と息子の暴走すら止められない人が次の総理大臣? なんの冗談ですか?」
「うるさい! 小娘が余計な口を叩くな! 苦労も知らない小娘の分際で、苦労に苦労を重ねた私の気持ちがわかるものか! これだから、今の若者は! 私が裏から手を回せば、お前の弟はブラックリスト入りして、警察どころか、まともな勤め先がなくなるんだそ!」
「あなた、たまにはちゃんとやるじゃない。生意気な小娘ね。武藤家の嫁になった自覚がないんしゃないの? チンピラのような冒険者風情が、宇宙人と太いパイプを持つなんて生意気なのよ! パパですら、そんな利権は持っていなかったんだから。だからホラール星利権を武藤家で独占して、その功績で翔馬ちゃんが総理大臣になるのよ」
「あなたの功績なんて欠片もないじゃないですか! ただ好き勝手妄想しているだけで」
黙って聞いていれば!
ホラール星と地球が今揉めていないのは、これからも揉めずに済みそうなのは、古谷良二様が頑張ったからじゃないの。
死んだ大物政治家の娘や孫だからって、どうしてその成果を奪い取れると思っているのか理解に苦しむわ。
「小娘の負け惜しみが心地よいわ。なぜなら、この私が武藤善一の娘だからよ」
「僕は必ず総理大臣になる男なんだ」
私は、再び娘武藤議員を睨みつけた。
あなたがこのモンスター母子を生み出した最大の戦犯であり、あなたも同罪だと。
いつまで、亡くなった義父の秘書のつもりなのかしら?
「……そっ、そんな目で見るな! 私は総理大臣になる夢を叶えるため、心を殺す必要もあったんだ! 諦めて、息子の妻になるんだな。弟を警察官にしてやりたいだろう? 私に逆らえば、警察に手を回すぞ!」
「卑怯な……」
私一人なら、こんな連中即座にぶちのめして、海外に逃げられるのに……。
「まずは、翔馬ちゃんと子供が作れるか確認しないとね。翔馬ちゃん、ベッドルームを用意したからね」
「わーーーい、里奈ちゃんとあんなことやこんなことができるんだね」
「生意気だから、激しくやってしまいなさい。この前、私が教えてあげたでしょう?」
「(えっ? この親子はなにを?)」
気持ち悪い!
でも、弟は警察官になる夢があって……。
「お前が拒絶すれば、弟は警察官になれない。わかってるな?」
「……」
今すぐ、この三人をぶちのめして……。
でも、弟のことを考えると体が動かない……。
「さあ、翔馬ちゃん。私も手伝ってあげるから」
「里奈ちゃんと子作りだぁ。楽しみだなぁ」
「(気持ち悪い!)」
「さあ、早く。僕たちによる初めての、愛のベッドインだよぉーーー!」
「おーーーほっほ。私がちゃんと子作りできているか、しっかり見てあげるから」
武藤議員の息子が手を握り、寝室へと連れ込もうとする。
こんな豚男とバカな母親、一撃で倒せるけど、それしたら弟の夢が……。
それを思うと全然抵抗できなくて、なされるがままに手を引っ張られてしまう。
「良二様ぁーーー!」
それでも我慢の限界で、さっき良二様から困ったらいつでも呼んで欲しいと言われたのを思い出し、私は最愛の人の名前を呼んだ。
そうしたら……。
「呼ばれて参上。桃瀬さん、お待たせ」
「良二様!」
今、一番助けてほしい人が来てくれた。
私は感極まって豚男の手を振り切り、躊躇うことなく良二様に抱きついた。
「突然なんだ! お前は? 僕と里奈ちゃんの逢瀬を邪魔するな!」
「そうよ! 私の屋敷に不法侵入するなんて、この地区の警察は私の言いなりなのよ。すぐに逮捕させるわよ!」
「特権意識だけ持つ豚の親子は醜いねえ……。俺の顔を見てなにか気がつかないか?」
「……古谷良二? なぜここに?」
これまで空気のように静かにしていた武藤議員が、良二様の顔を見て絶句していた。
それもそのはず、彼の搦手が良二様に知られてしまったのだから。
「本当、日本の古い政治家ってどうなってるんだ? あんたが、桃瀬さんに無茶な要求をした通信、監理をしているのは俺たちなんだぞ。どうして俺に漏れないって思ってたんだ? 日本人の情報管理の下手さは芸術の域にあるな」
「……」
「武藤議員、三流創作物に出てくるような悪事を、それも田中総理の側近であるあんたがやらかすとはな。いまだ、死んだ義理の父親の呪縛にいまだ捕らえられているのか。哀れだな」
良二様は、武藤議員に心から憐みの表情を向けた。
いくらお世話になった大物政治家の娘とはいえ、こんな妻の言いなりになっている彼が滑稽に見えたのでしょう。
「うるさい! なにもわかっていない若造が生意気な! いまだこの地区では、武藤善一先生の影響力は絶大なんだ! たまたま才能あって金を稼げただけの気楽なお前に、苦労に苦労を重ねた私のなにがわかる?!」
「俺は、あんたの生い立ちやこれまでの人生なんてまったく知らないが、お前が下種な策を用いて桃瀬さんを陥れようとしていることだけは知っている。そしてそれを、俺が決して許さないこともだ」
「許さないだと? 与党でも重鎮であるこの私になにかしたら、その小娘の弟は絶対に警察官になれないぞ。小娘、お前ができることは、すべてを諦めて息子の妻になることだ」
「……」
武藤議員とその家族を破滅させることなんて簡単だけど、もしそれをしたら弟を警察官として採用してくれるところは……。
「(私が、弟の夢を奪ってしまうことに……)」
どうしていいのかわからず、私は良二様の胸に縋り続けることしかできなくて……。
「桃瀬さん、君がそんな事情で嫌々そこの豚男の妻になったなんてあとで知ったら、弟さんは罪悪感でおかしくなってしまうよ。警察官を目指しているくらいなんだから、正義感に溢れているだろうし」
「それは……」
「里奈ちゃん! ママの言うことを聞いた方が、あとで幸せになれるに決まっているから」
私が迷っていると、武藤議員の息子が話に割り込んできた。
それにしても、四十歳は超えていそうなのに、ママの言うことを聞いていればいいだなんて……。
「そんなわけあるか。親の七光りしか能がない豚が」
「古谷良二ぃーーー! 僕を豚って言ったなぁーーー!」
「豚に豚って言ってなにが悪い。どう取り繕っても、お前は無職の豚だろうが」
「あーーーっ! また僕を豚って言った! そんな生意気な゙口を利くと、あとで大変な゙ことになるぞ!」
「どう大変なんだ?」
「パパ、こいつに罰を与えてよ!」
「だってさ、パパ。俺に罰を与えるのか?」
「古谷良二。長年政界でのしてきた私を舐めるなよ。その小娘を置いてこの場を立ち去れば、今回は不問してやるが、もし拒否すれば、私が全力でお前を潰す!」
「脅しか?」
「私は、ホラール星担当大臣なのを忘れたのか? お前を潰すことなど簡単だ」
「やれるものならやってみな。さすがに無理がありすぎて、脅しにもなっていないな。所詮は総理大臣に届かなかった、二流政治家か……」
「貴様ぁーーー!」
「本当にこんなことしてしまって、田中総理がカンカンですよ。ほら」
「えっ?」
良二様が玄関に続くドアを開けると、そこには能面のような表情をした田中総理が立っていた。
彼が武藤議員と長々と話をしていたのは、田中総理が到着するまでの時間稼ぎだったのね。
「総理? どうしてここに?」
「事情は古谷さんから聞いている。さて、私も忙しいので簡単に言おう。お前は大臣もクビだし、党からも除名だ!」
「総理! 私はあなたの側近として、これまで大きく貢献してきたではありませんか!」
「それをすべて打ち消す大失態だな。今は亡き武藤善一議員も、草葉の陰で泣いてるだろう」
「田中ぁ! たまたま長生きしたから総理になれただけの男がぁーーー!」
「たまたま武藤善一の娘に生まれただけの、あなたにだけは言われたくないですね。あなたも、それしか能がではないですかね」
「きぃーーー!」
激高した武藤議員の妻が田中総理に食ってかかるが、彼はそれを簡単にあしらってしまった。
彼女からすれば、死んだ父親と息子以外は取るに足らない人間なんでしょうけど、田中総理からすれば、彼女も取るに足りない人間でしかないのだから。
「あなたも、その息子も、政治家の器なんてありませんよ。亡くなった武藤さんは娘の教育にしくじったみたいですね。そもそも政治家でもないあなたが、どうして偉そうに他人に命令するのですか?」
「私のパパは!」
「偉いのは、あなたの亡くなった父親であって、娘のあなたでも、ましてやあなたが生んだ息子でもありません。武藤、お前が政治家としての力を用いて搦手を使うのは止めないが、搦手で古谷さんに勝てると本気で思っているのか?」
「所詮冒険者の若造ではありませんか!」
「そう思いたいのならそれでいい。悪いが、今後お前はすべてを失う。古谷さん、桃瀬さん。帰りましょうか」
「桃瀬さん、帰ろう」
「はい」
私は良二様に手を引かれ、武藤議員の屋敷を出た。
「田中! 私を潰せるものなら潰してみるんだな!」
「里奈ちゃぁーーーん!」
「田中も、古谷良二も必ず潰してやるわ! 私は武藤善一の娘なのよ!」
なにもされなかった武藤一家の三人が騒いでいるけど、このままにして大丈夫なのかしら?
その時は不安でいっぱいだったけど、まさかあっという間に武藤一家が破滅してしまうなんて、このときには予想すらできなかったのでした。
「私を選挙で支持しないだと! どういうことだ?」
「あなたは、本物の武藤じゃないからねぇ。所詮は入り婿だ」
「善一先生とは血が繋がっていない」
「だから我々は、あんたを支持しないことにしたんだよ」
「翔馬君に譲って、楽隠居すればいいじゃないか。あんたも疲れただろう」
「……(どうして急にこんなことに……」)
桃瀬里奈を息子の嫁とし、その影響力と財力を背景に私が次の総理大臣になる。
せっかく弟の件で桃瀬里奈を丸め込めたと思ったのに、古谷良二が邪魔をしてくれて。
さらに田中総理にまで知られてしまった。
だが、奴らは桃瀬里奈を取り戻しただけで、私たち家族になにもしなかった。
『これも、パパの力なのよ! さすがはパパ』
妻が一人ご機嫌だったが、田中総理も、ましてや若い古谷良二は、武藤善一など知りもしなかったはず。
彼はこの地方では熱狂的に支持されていた政治家だったが、結局総理大臣になれなかったので、そこまでの知名度はなかったからだ。
『(いつの間に、私の後援会に……。これが、古谷良二の搦め手……)」
私がやったことは、古谷良二の逆鱗に触れたようだ。
英雄色を好む。
とうやら桃瀬里奈は、古谷良二の女だったのか……。
すでに六人も妻がいるくせに、腹の立つ男だ。
立場の弱い入り婿である私は、地元でも常に支持者たちに見張られていて、浮気どころか、下手に妻以外の女性と話すこともできないというのに……。
妻と息子のおぞましい関係もあって、不能気味の私はここしばらく性的なことと無縁だった。
桃瀬里奈が嫁にくれば、もしかしてと期待していたのに!
あの日から三日。
そんなことを考えていた私に、突然地元住民や企業、団体が所属する後援会の幹部たちがやって来て、次の選挙で私を支持しないと言ってきた。
晴天の霹靂なんてものじゃない。
まだ選挙は何年も先だというのに、いったいなにがあったんだ?
「あんた、明日週刊誌の記事ですっぱ抜かれるんだよ」
「知らんのか? 政治家のくせに」
「善一先生とあんたでは、やっぱり比べ物にならんな」
「我々は、翔馬君を支持するから」
「姫様の許可も取っている」
「禊目当てであんたが出馬するのは自由だが、後援会はあんたを応援しない。それは知っておいてくれ」
「なっ……」
私が、週刊誌にスキャンダルをすっぱ抜かれる?
そして、その情報が後援会の幹部にリークされているだと?
何者の仕業……田中と古谷良二か!
「いったい、どんなスキャンダルなんた?」
翌日、私の選挙事務所、政治団体、関係各所による不正会計や贈収賄、パーティ―収入のキックバックが週刊誌によってリークされ、私は世間の批判の矢面に立たされた。
「あなた、よくもパパの顔と名前に泥を塗ってくれたわね! すぐに議員を辞めて、翔馬ちゃんに譲るのよ!」
「お前! あの不正会計は!」
義父の時代から続いていたもので、それをやめられなかったのは、お前が贅沢をするためだからじゃないか!
その責任を全部私に押し付け、若い翔馬を出馬させることでイメージアップを謀るつもりか!
「だから言ったじゃない。所詮あなたは、パパと翔馬ちゃんの間のワンポイントリリーフでしかないって。子供を作るためとはいえ、あなたに抱かれるのが苦痛だったわ。これからは翔馬ちゃんだけ」
「お前はーーー!」
「あなた、こんなところで油を売っていていいの? ホラール利権は、翔馬ちゃんが選挙に当選してから考えるとしましょうか」
「はっ!」
慌ててテレビをつけると、田中総理が強い口調で私を批判していた。
「ホラール星との交渉は重要だと思ったからこそ、私は信用していた武藤議員を特命大臣に任じましたが、大変残念なことです。任命責任は私にあります。彼は辞職することになるでしょう。後任については……」
「なっ!」
私が辞意を表明することなく、私の大臣辞職が決定事項になってしまった。
「あなた、ここで辞めないと、刑務所で臭い飯を食べることになるわ。諦めが肝心よ」
「(古谷良二……若造のくせに、こんな搦め手を……)」
まさか妻を抱き込むとは……。
それに、いくら田中が手を貸したとはいえ、若造がここまでやるものなのか?
若いのに老練すぎる……・
「(そして、私の次は……)」
古谷良二が、妻と息子を許すわけがない。
私が大臣どころか議員まで辞めさせられたあと、翔馬が私の後継者として出馬するのだろうが、当選できないように裏で動いていそうだ。
「(後援会も妻も翔馬も、古谷良二に騙されたのか……)」
多分、私だけに責任を押し付けて手打ちになったと、愚かな妻と翔馬、後援会の幹部たちは思っているのだろう。
だが、私がこの危機を妻たちにち伝えても、間違いなく信じてもらえない。
田中総理に三下り半を突きつけられた私は、大臣も議員も辞職することになってしまった。
私の後継者は翔馬であるが、二ヵ月後に行われた補欠選挙の結果は……。
「きぃーーー! どうして翔馬ちゃんが落選するのよぉーーー! あんたたち! ちゃんとやってないでしょう?!」
「こんなのおかしいよ! 不正選挙だ!」
「そんな……。当選に必要な票数ほ届いているはず……」
「なんであんな若造が!」
「田中の奴ぅーーー! 善一先生に世話になっておきながら、どうして翔馬さんを公認しなかったんだぁーーー!
翔馬は、私の議員辞職により行われた補欠選挙で落選した。
妻と翔馬、後援会の老人たちは、義父の影響力が永遠に続くと思っていた。
この地区に住む老人たちはそうかもしれないが、この選挙区はベッドタウンなので新しい住民が多い。
それに加えて、与党は翔馬を公認しなかった。
私の件があるからと、田中総理に言いくるめられたのだろう。
妻と翔馬、後援会の老人たちは、公認なんてなくても当選できる。
当選すれば、与党も翔馬を公認せざるを得ない。
と思っていたらしいが、結果はなんの後ろ盾もなく出馬した若い候補に議席を奪われてしまった。
彼はSNSなどを駆使し、仕事がないので暇な若者たちを主としたボランティアたちと協力し、武藤善一の孫を破った。
いや、妻、翔馬、後援会の老人たちか思っているほど、実は武藤善一の影響力などなかったのだ。
「(翔馬、選挙に落ちたということは、これまでの報いを受けるしかないぞ)」
翔馬は四十歳をすぎても一度も働いたことがなく、親の金で好き勝手やってきたクズだ。
地元でも、傲慢で女癖が悪くて人気がない。
翔馬にみんながペコペコしていたのは、祖父である武藤善一と、その娘である私の妻の影に怯えていただけだ。
だが今回の選挙で、武藤善一の神通力はすでに尽きていたことが世間に知られてしまった。
『今回の◯◯五区補欠選挙に出馬した武藤翔馬候補陣営で、票の取りまとめた支持者に』現金を渡した疑惑が浮上し、警察が買収の容疑で捜査に入りました。他にも、武藤翔馬候補が二年前に二十代の女性に乱暴を働いた件も浮上し……』
「これで、お前たちも終わりだな」
これが、古谷良二を敵に回した結果か……。
私は今、妻と離婚協議をしている最中だ。
私に財産なんてなく、間違いなく無一文になるが、それもかえって気楽かもしれないな。
故郷に戻って、放置されている畑でも耕すか。
「(武藤善一の遺産も、あの女とバカ息子では維持できまい)」
あの二人が破産する未来が容易に想像できるが、ベーシックインカムのおかげで死にはしないんだ。
古谷良二の優しさを噛み締めて、母息子で慎ましく死ぬまで暮らすがいい。
「(美桜、ざまあないな)」
翌日、随分と手回しがいいようで、武藤家の屋敷や選挙事務所に特捜部が強制捜査に入った。
妻がテレビで放映されているのに一人発狂しているが、ここ数年で一番愉快な光景だった。
刑務所で、少しは痩せるんだな。
「良二さん……なんか恥ずかしいですけど、嬉しいです」
「剛はリア充だから、友達なんて呼び捨てていいんだって言うだろうけど」
「私も、学生時代はかなり地味で暗めだつもてので……」
「そうは見えないけどね」
「自分なりに頑張ったんです。あの、弟が上野公園ダンジョン特区の警察に採用されたそうです」
「優秀じゃないか。俺はなにも手は回してないからさ」
「弟が夢を叶えられてよかったです」
今日は、良二さん……彼をそう呼べるようになったのが、なによりも嬉しいです……と一緒に二人で遊園地でデートをしていました。
魔法で変装していれば、私も良二さんも正体がわからないのがいいですね。
武藤議員の屋敷から助け出された私は、やはり弟のことが心配でした。
実際、武藤議員の影響なのか、地元◯◯県警の採用試験に弟は落ちてしまったので……。
ですが、良二さんが弟に『特区の警察なんて、意外と穴場だけど。まあ、ゴーレムを多数使うから、別の意味で大変なんだけど』とアドバイスしてくれて、上京した弟は無事、上野公園ダンジョン特区の警察官になれました。
武藤議員の件ではヒドイ目に遭いましたが、そのおかげで良二さんと……。
「新しくジェットコースターか。これに乗ろう」
「はい。あの、二人でデートしてしまって、イザベラさんたちに叱られませんか?」
「あとで平等にデートするから大丈夫」
「大変なんですね」
「汝、妻たちを平等に愛せ、だよ」
世間では、ハーレムで羨ましいって言われていますけど、平等に奥さんを愛するのってかなりの労力だと思う。
たとえ奥さんが一人でも、武藤議員のような結末を迎えてしまう人もいて……。
「私は、良二さんをしっかりと支えますから」
「武藤議員の奥さんが酷すぎただけじゃないかな? 死んだ父親に縋り続けた可哀想な人でもあるけど」
「そうですね」
私はそうならないよう、イザベラさんたちとも仲良くやっていきましょう。
私が良二さんと結婚したら世間では悪く言われるのでしょうが、私たちはデナーリス王国民で冒険者です。
違法でもなんでもないので、他人の評価なんて気にせず、良二さんと楽しく暮らしていきましょう。
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