第253話 ダンジョンのカブトムシ

『今日は久しぶりに、富士の樹海ダンジョンを探索しています。その目的は、第三千三百三十三階層にある、深淵の森で虫採りをするためです』




 ホラール星の仕事が軌道に乗り、だいぶ人に任せられるようになったので、今日は富士の樹海ダンジョンを探索しつつ、動画を撮影している。

 剛とイザベラたちも同行しており、その目的は子供たちが飼育する虫を採集することであった。

 モンスターの虫は、大きすぎるし凶暴なので飼育できないが、深淵の森の虫は珍しいだけの普通の虫なので、飼育も可能だ。

 

「本当に虹色に輝いてますね。綺麗……」  


「『ダンジョン玉虫』だよ。こいつの羽で飾った工芸品は、向こうの世界でとんでもない値段がしたな」


 イザベラは、俺が捕まえたダンジョン玉虫の輝きに感動している。

 地球の玉虫よりも大きく、羽の輝きが強いので、それを用いた工芸品が向こうの世界では高額で取り引きされていたのを思い出す。

 魔王の侵攻で多くの庶民が苦しい生活をしていても、こういうものに金を注ぎ込む貴族や王族が一定数いて、それも俺が向こうの世界に残らなかった理由の一つでもあったのだけど。

 向こうの世界では、まれにダンジョンで採集できたり、ドロップアイテムとして手に入ったが、地球には富士の樹海ダンジョンに虫が多数生息する森があったというわけだ。 

 深淵の森の中には虫しかいないので安全だけど、なにしろ三千三百三十三階層にあるので、そこに辿り着くのが大変だったけど。


「リョウジ君、このイモムシの外見は普通だけど、使い道はあるの?」


 ホンファが、その辺で捕まえたイモムシを素手で摘んで持ってきた。

 女子は虫が苦手だと思っていたのに、平気なんだな。


「うん? ボクって、子供の頃は男の子たちと一緒に虫採りをしてたから平気だよ。虫採りや魚釣りもよくしていたから」


「虫なんて怖がっているようじゃあ、冒険者なんてできませんから」


 綾乃も、イモムシが間近にいても気にならないようだ。


「私は、冒険者になる前は虫が苦手でしたけど……」


 冒険者になる前のイザベラは虫が苦手だったけど、今は大丈夫だ。

 その原因は、レベルが上がったからだろう。

 モンスターには虫型も多く、それを怖がったり、気持ち悪がっていたら仕事にならない。

 なんなら、ゾンビなどのアンデッドや、触手、粘液塗れ、生理的嫌悪感しか感じない外見のモンスタだっている。

 倒した時に血が『ドバァーーー!』と出たり、内臓や脳味噌が露出してしまうことも。

 レベルが上がると、そういったモンスターへの嫌悪感が減るのだと推察される。


「それでリョウジ君、これってただのイモムシ?」


「いや、こいつは特殊な魔法薬の材料になるんだ」


「特殊な魔法薬ですか?」


「ああ、たとえば、アレルギー症状を抑えるとか」


 向こうの世界でもアレルギーについては知られていて、このイモムシを材料として使っている魔法薬が使われていた。

 ただ、大変希少で値段も高いので、金持ちしか使えなかったけど。


「アレルギーって、どの症状も抑えられるんですか?」


「その代わり、一日一錠は必ず飲まないと駄目だし、このイモムシ自体が希少だから滅多に手に入らないんだよ」


 そのため、自分はこれを食べるとアレルギー反応が出るけど、今日は食べたい!

 なんて人が、その日だけ一錠飲んでたのを思い出す。


「へえ、このイモムシにそんな効果があるんだ」


「リョウジ、沢山捕まえておくわね」


 希少な魔法薬の材料だとわかったからか、リンダがイモムシを採りまくっている。

 リンダも虫は平気なんだな。


「このイモムシ、炒めると美味しいそうですね」


「クリーミーな味がするのは、地球のイモムシと同じだな」


 ビルメスト王国ではイモムシを食べるそうで、ダーシャも特に嫌がる様子もなくイモムシを集めていた。


「ところで今日は、このイモムシがメインターゲットじゃないんだよ」


「リョウジは玉虫を集めに来たの?」


「こいつも、装飾品の材料でしかないから違う。夏といえは!」

 

「夏といえば?」


「カブトムシとクワガタだろう」


「リョウジって、子供よねぇ………」


 向こうの世界の貴族に辟易していた俺たけど、彼らの趣味の中で昆虫採集と飼育だけは認めていいかも。

 創作物は……ちょっと俺とには合わなかった。

 俺が元の世界に戻りたかった理由の一つだな。


「見よ! この大きくて美しい、ルビーカブトを!」


 ダンジョンで採れるカブトムシは、日本のカブトムシの三倍近い大きさで、ルビー色の甲羅に覆われていた。

 ただ生き物であるがゆえに、ルビーカブトの甲羅すべてが完全にルビー色というわけではない。

 黒い部分も混じっており、せっかく甲羅全体がルビー色の個体を見つけても、ルビー色が薄かったりと。

 なかなか最高の状態の個体は見つからないようになっていた。


「大きくて、甲羅が完全にルビー色のルビーカブトは希少だ。これをマニアたちは求めるんだ」


 同じルビーカブトでも、大きさと甲羅のルビー色の比率で取引価格が大きく違ってしまう。

 少しでも状態がいいルビーカブトを、大金を支払ってでも手に入れる。

 まさに、道楽、趣味の世界なのだ。


「他にも、レインボーカブト、エメラルクワガタなど。この森には希少なカブトムシトクワガタムシが採れるのさ」

 

「新しい商売か」

 

「剛、それもあるけど、カブトやクワガタは子供たちへのお土産さ」


 俺の子供たちも大きくなってきたので、生き物の飼育を通じて情操教育を云々というよりも、珍しいカブトやクワガタをお土産としてプレゼントしたら、きっと大喜びのはずだ。


「俺も子供たちのお土産にするか」


 それから一時間ほど。

 俺たちは深淵の森で、大量の珍しいカブトムシとクワガタムシを採集することに成功した。


「何度見ても綺麗ですね」


「あっ、でも。これだけ採ったのに、メスが一匹もいないよ」


「実は俺も、メスは一回も見つけたことないんだよ」


「えーーーっ! そんなことあるの?」


「これがあるんだな」


 ダンジョンで捕まえられるカブトムシとクワガタは、オスしかいない。

 もしかしたらメスもいるかもしれないが、今のところ見つけた人はいなかった。  


「メスがいないのですか? ではどうやって増えているのでしょうか?」


「さあ?」


 イザベラ、それは俺にもわからないんだ。

 ダンジョンにいるドロップアイテム扱いだから、ダンジョンが生成しているのか。

 それとも、俺たちが見つけたことないだけで、どこかにメスがいるかもしれない。


「ただ一つ言えることは、この深淵の森だといくらでも採れるってことだ。オスだけだけど」


 他のダンジョンではレアドロップアイテムなのに、この深淵の森には沢山いて、感覚がバグりそうだ。

 ただ、生き物なので『アイテムボックス』に収納できず、大きなケースを持参しての昆虫採集だった。

 行きは空のケースを『アイテムボックス』に入れられたけど、虫の入ったケースを『アイテムボックス』に仕舞うことはできず、帰りはケースを抱え、『エスケープ』で地上に帰還しなければいけないのは面倒だ。


「大猟、大猟。じゃあ、帰ろうか」


「子供たち、喜ぶだろうなぁ」


 美しく輝く、大きなカブトムシとクワガタムシが沢山採れたので、早く子供たちに見せてあげるとしよう。





「すげぇ、古谷良二の動画で見たルビーカブトだ」

 

「本当にルビー色なんだ」

 

「エメラルド色のクワガタもいるぞ」


「でも、本当にオスしかいないんだ」


「どうやって繁殖しているのかな?」


 上野公園ダンジョン特区に、新しいお店がオープンした。

 ダンジョンでドロップアイテムとして入手したり、富士の樹海ダンジョンで採集された虫を販売するお店で、あまり目立たないビルの一室にあるのに、店内は大勢の客で混雑している。

 わざわざ海外からやって来て、大金を叩いて虫を購入する人が多かった。


「餌は、普通のカブトムシやクワガタと同じなんだ」


 てっきり魔石でも食べるのかと思ったけど、店主によると、ダンジョンで採れる虫はモンスターじゃないそうだ。

 もし餌が魔石なら、飼育するにもお金がかかるところだった。


「とはいえ、ルビーカブトは一匹三千万からで、甲羅に黒い部分がない完全個体は、一匹三十億円かぁ……。マジ、ピンキリなのな」


 ピンの方でも、俺は買えないけど。

 まさに生きた宝石。

 いや、死んでも標本にすれば高額で取引されるそうなので、死んでも宝石みたいなものか。

 昆虫マニアから、投資家まで。

 古谷良二やその妻たち、ごく一部の冒険者しか採取できないダンジョンの虫の価格はさらに上がると予想されていた。

 というか、こんなの誰が買うんだ?

 よほどの好き物か、投機筋なんだろうな、とは思うけど。


「繁殖させることができたら大儲けだけど、オスしかいないしなぁ」


「メスは、他の冒険者のドロップ品でも出てないそうだ。とはいえ、これまでに虫は二十匹ほどしかドロップしてないそうだが」


 そりゃあ、希少性が出て高額になるよな。

 お店の商品は古谷良二たちが採取したものだが、彼らも採取した虫の運搬に『アイテムボックス』が使えず、一度に採取できる虫の数には限りがあった。

 店内にいた二百匹ほどのカブトとクワガタは、お店がオープンしてから十分ほどで完売してしまった。

 

「申し訳ございません、次の虫の入荷は未定となっております」


 このお店の商品の大半が、動画で流していたとおり、古谷良二たちが富士の樹海ダンジョン三千三百三十三階層で採集したものだ。

 他の冒険者では手に入らない以上、数がなくても仕方がないのか。

 物の値段は、需要と供給のバランスで決まるのだから。


「最近、世界の富裕層が現金以外の資産を増やすようになった。最近は、金、宝石、デナーリス王国の金貨、暗号資産、ダンジョンからドロップした美術品が人気だが、ダンジョンの虫も人気が出そうだな」


 もし死んでも、標本にすれば現物が残るから、今後、綺麗なダンジョンの虫を集める人は増えるだろう。

 そして、それを予想してこんなお店を始めた古谷良二はさすがというか。

 ますます、彼の資産は増える一方だな。

 

 それと、このお店で販売されたダンジョンの虫だけど、すぐにオークションサイトで転売され、それですらすぐに売れていた。

 転売の繰り返しで、とんでもない値段になっている虫もいる。

 世の中には、お金を持っている人が意外と多いんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る