第254話 投資家
『本日の円相場は、1ドル10円20セントから1ドル25セントで、この三日間で五円以上の円安となっております。このところ、円を多く保有しているデナーリス王国が円の保有量を減らし、他の資産にシフトしていることが要因とされております。次のニュース……』
『急激な円安! これはつまり、日本の国力が下がったのだ! 日本は終わりだぁーーー!』
「(そんなわけあるかい)」
ここ数日で、大幅な円安になった。
このことに過剰に反応している経済評論家や自称知識人が多いが、じゃあ国力が三日間で半分になるのかと。
円安の原因は、デナーリス王国やデナーリス王国人冒険者たちが所有する円資産を売って一旦換金性の高いものを購入、それを古谷良二を介してホラール連邦国に売却したからだ。
デナーリス王国の富裕層が資産ポートフォリオを見直したように見せつつ、ただ貿易をしただけともいう。
それだけ、デナーリス王国人冒険者たちが多額の資産を貿易で動かした証拠なんだけど。
デナーリス王国は、現在ホラール連邦国と正式に貿易ができる唯一の国であり、そのためにホラール連邦国の貨幣を外貨準備高として蓄える必要があった。
さらにホラール連邦国自体が人口八十億人の単体国家であり、経済力も技術力も地球より上となれば、過剰に所持している円資産を減らして、その分ホラール通貨を手に入れる選択肢は間違っていない。
進んだ国であるホラール連邦国は、地球の先進国が貿易品としている品やサービスを必要とせず、足りない魔石、資源、モンスターの素材、ドロップアイテムしか受け取らなかった。
さらに今のところ、ホラール星の恩人である古谷良二及び彼が許可したデナーリス王国としか貿易をしていない。
他の国は、まずどうやってホラール星と貿易交渉をしようか、という段階なのだ。
そんなわけでデナーリス王国は、ホラール連邦が必要とする魔石、資源、モンスターの素材を世界中から調達するのにこれまで貯め込んでいた円を使ったので、世界中に円がばら撒かれ、急激に円安に傾いたというわけだ。
そもそも、通貨安になったのは日本円だけじゃない。
デナーリス王国に入ってきた強いホラール貨幣のせいで、世界中の貨幣が安くなっていたのだから。
「これに加えて、デナーリス王国が金の保有量を増やしているからなぁ」
デナーリス王国はデナーリス女王の影響で、今の世に金本位制を採用しており、金貨とデジタル貨幣を増やすには、国家の金備蓄量を増やさないといけない。
実は国だけでなく、デナーリス王国の貴族に任じられた貴族たちも国家備蓄の一端を担っているのだが、そのせいで金の相場が上がり続けていた。
彼らは定期的に金をダンジョンから入手したり、他から購入するからだ。
金とホラール貨幣の保有を増やしたデナーリス王国が円を大量に放出したので、一気に円安になった。
これが正解なんだが、今も日本の経済力は上昇し続けているのに、日本の国力が半分になったと騒ぐ御用経済学者と、炎上系インフルエンサーには困ってしまう。
そんな彼らはしっかりと証券会社の案件を受けており、『もう円はオワコンなので、外貨建ての投資信託と債権、金投資がいい』と動画で勧めていたけど。
「(これで、日本の国内製造業は一段落するだろうな)」
今の日本はなにをどうやっても強すぎる円のせいで、国内の製造業に支障をきたしていたからだ。
ただ、他の産業は強い円で大きな利益を得ている。
生産力を他国に委ね過ぎると経済安全保障の問題も出てくるため、日本政府補助金を出して国内の食料生産と製造業を守っていたが、それだけでは足りない。
農業、牧場、養殖、林業、工場などなど。
土地代が安い地方の過疎地、放棄地に集約し、ゴーレム、ロボット、AIでコスト削減と生産性の向上を続けていたが、それをすればするほど失業率が上がってしまうという問題も発生しており、バランスのとり方が難しかった。
「株価も金の価格も、大幅な上昇傾向にあるな」
人が働けないのであれば、省力化と生産性の向上により大幅に利益が増えた企業の株を持ち、その配当金で生きていけばいい。
債権を購入して、その利息を得ればいい。
そう考えた多くの人たちが株や債券を購入し、その相場は急激に上がっていた。
すぐにデナーリス王国が保有してしまう金や、仮想通貨の相場も急激に上昇している。
特に人気があるのはデナーリス王国の金貨で、金相場の上昇に合わせてすぐに評価額が上がるからだ。
「円安の影響大だな。また騒ぐ連中が増えそうだ」
「ちょっと前までは、円高が日本を滅ぼすって言ってたけど、今度は円安で日本が滅ぶな」
円安、円高。
どっちにもメリットとデメリットがある。
自分に不利益になると、そういう意見に人々は耳を傾けがちだ。
「物価が上がるから、それで騒いでいる人も多いんだろう」
今や、日本人の三分の二が働いていない。
ベーシックインカムで生活しているから、物価高は悩みの種なのだろう。
「となると、少しはアルバイトでもするしか……。あとは投資か。お勧めは、常に最新型ゴーレムをレンタルしているイワキ工業の株が……。今、二百万円まで上がってるな」
イワキ工業がレンタルしているゴーレムのせいで、多くの人間が職を失った。
恨んでいる人も多いが、同時に今や企業時価世界一位の大企業でもあるのだ。
毎年増益、増配なので、株を欲しがる投資家は多い。
庶民にも多い。
競争率が高い代わりに、とんでもない株価だけど。
「買えねえよ、それは」
海外とは違って、基本的に日本の株は百株単位でしか買えない……単元未満株を購入できる証券会社もあるが、イワキ工業の株は買えなかった。
一単位二億円の株なんて、庶民に手が出るわけがない。
「あっ、もう三百万円を超えてるな。株価の上昇が早いな!」
確か、もうすぐ古谷良二のツテで、イワキ工業が魔法工学を用いた様々な品をホラール連邦にほぼ独占状態で輸出することが決まったとか。
いくら科学力が地球よりも上でも、ダンジョンができたばかりのホラール星がダンジョン技術を用いた品、それも高性能なものを作れるようになるには時間がかかる。
ホラール星の需要を満たせるようになるまで、イワキ工業の業績は安泰なんてものじゃないと、子供にでも予想できる。
イワキ工業と取引のある企業も含めて、株価が大幅に上昇していた。
「ストップ高か……。イワキ工業、株式を分割しないかな?」
「するわけがない」
株式を分割すると、管理が面倒になるからだ。
そもそもイワキ工業が株式を上場することで資金集めをしていたのは、本当に最初だけだった。
市場に売却した株数も少なく、利益が出るとすぐに自社株買いをするのでさらに売買可能な株数が減り続け、所持していても手放す人が少ないから、希少性が出てこの株価というわけだ。
「イワキ工業が資金が欲しい時、このところ社債で補っているからな」
「イワキ工業の社債、欲しいなぁ」
利率はいいし、天変地異でも起こらなければ潰れないため、イワキ工業の社債は抽選でしか買えなかった。
表向きは公平に抽選していると証券会社も言っているが、実は優良顧客に優先して回しているのは公然の秘密で、イワキ工業の社債も入手難易度が高い。
「あーーーあ、古谷企画の株でも上場しないかなぁ」
「それこそあり得ないだろうが」
古谷企画が市場から資金を集める必要がない以上、デメリットのある上場なんてしないはずだ。
「古谷企画の企業評価額を算定した人がいるんだけどさ。その額、なんと100京円だってさ」
「100京円だって! 凄すぎだが、根拠はあるのか。それ」
「古谷良二は、アナザーテラ、もう一つの地球の所有権を持っているから」
確かにアナザーテラはデナーリス王国の領地ではあるが、所有者を示すテラコアを所持しているのは古谷良二だ。
それを知らない冒険者などモグリなので、確かに地球一個を持つ会社だとすれば、そのくらいの評価額になっても不思議ではないか。
「元々古谷企画は、地球でもイワキ工業に匹敵する売り上げ、資産を持つ会社だ。そこにアナザーテラ、月、ホラール星貿易の利権まで持っている。100京円でも過小評価かもしれないな」
「そうかもしれないな。だが……」
「だがなんだ?」
「そうなると、余計に古谷企画の上場はないだろうし、もし上場されたとしてだ。俺たちにその株が買えると思うか?」
「……無理だな」
多分とんでもない 株価になると思うから、俺たちには買えないだろう。
「適当に買えそうな株を選んで、その配当を生活費の足しにする。そんなところだろう」
「そうだな。ところで、AI投資の方は順調か?」
「まあまあかな。だが、AIのおかげなのか、働けないがゆえに投資に金を投じる人が増えて上昇傾向なのかがわからん」
「別にどっちでもいいさ」
俺もこいつも、昔は銀行と証券会社で働いていたが、リストラされて今は投資で食べている。
派手に稼げないが、ベーシックインカムと合わせるとかなり裕福に暮らせているし、子供たちを大学に進学させることもできた……今は、大学の学費は無料だけど。
大学を卒業した子供たちが就職できるかわからないが、今は貰ったベーシックインカムを投資に回す子供が増えているし、俺たち親の遺産もあるからなんとかなるはず。
こんな現状に怒っている元同僚たちも多いが、よくよく考えてみたら、毎日上司の顔色を伺いながら会社で働くよりもマシかもしれない。
「古谷企画、イワキ工業と取り引きが多く、株価が割安な会社の株を探すかな」
「ライバルは多いけどな」
投資家が増えたとはいえ、以前に比べれば利益を出しやすくなった。
職がないのであれば、自分で仕事を作るしかない。
古谷企画が上場して、株を持てれば死ぬまで安泰なんだけど。
「社長、ホラール星のホラール貨幣の使い道がないから、ホラール星の債権と株を運用するのだ」
「ホラール星にも株ってあるんだな……って当然か」
「儲かってるのだ」
「……まあ、いいんだけどね」
五年後、イワキ証券と古谷証券でホラール国債や株式の取引ができるようになり、使い道のない俺の資産はさらに増えるのであった。
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