第251話 ウナギ
「ふう……。このところ休みを取れていなかったから、屋敷で寛ぐかな」
ホラール人冒険者たちへの指導は順調で、やっと俺が休んでも問題なくなった。
そこで久々に休みを……まさか、宇宙人からダンジョンについて教えてくれと頼まれるなんて思わなかった。
異世界に召喚されたことや、この世界にダンジョンが出現したことも合わせ、人生ってなにが起こるかわからないよなって思う。
「ふう……熱いなぁ」
アナザーテラの富士の樹海近くにある屋敷なので、今は地球の日本と同じく夏だ。
暑いのでちょっと食欲が……。
ということで、そういえばそろそろ土用の丑の日なので、ウナギを食そうと思う。
「アナザーテラは天然ウナギの宝庫だから、簡単に釣れるんだよな」
関東平野にあたる地域は、徳川家康が幕府を置いて湿地帯を根気よく開発していないので、ウナギがよく釣れた。
そこまで行かなくても、近くの川に筒を仕掛けるだけで大漁なのだ。
『釣れたぁーーー』
『ニュルニュルだぁ』
子供たちをウナギ漁に連れて行ったら、とても楽しそうに遊んでいたな。
俺も父親なので、お休み日くらいはちゃんと遊んであげないと。
「釣れたウナギは泥抜きをしてから、白焼きと蒲焼き用に捌いていく」
ウナギの捌き方は、動画を見ればいくつもある。
生きているウナギを魔法で麻痺させ、目打ちをしてから、背開き……特に拘りはないので腹開きでもいいんだけど……にする。
俺には『料理人』スキルもあるので、オリハルコンナイフで捌くことができた。
「内蔵は肝焼きと肝吸いに、背骨は骨煎餅に、頭の部分はタレを作るのに使う」
捌いた身はそのままクレイジーツリーで作った串に刺し、同じくクレイジーツリーで作った炭で焼いていく。
食べるのは困難なクレイジーツリーだけど、炭や串にすると、なぜか食材の味がとてもよくなるので、地球にも輸出されていた。
炭で焼く料理が名物のお店で、『クレイジーツリーの炭を使っています!』と書かれていると、大変がいいお値段のするお店である。
「じっくりとウナギを焼いていく。まずは白焼きが焼けたぞ」
白焼きは、ワサビ、塩、醤油をつけて食べると美味しいのだ。
「白焼きに、醤油、酒、ミリン、砂糖、焼いたウナギの頭で作ったタレをつけながら何度も焼いていく。焦がさないように」
ウナギは焼けば焼くほど美味しくなるが、焦がしてはいけない。
汗まみれになりながら、屋敷の庭でウナギを焼いていく。
串に刺した肝も焼いていき、肝吸いの鍋の管理も手を抜かないようにしないと。
「ようし、ウナギの蒲焼きの完成だ!」
他にも、ウザク……ウナギの蒲焼きとキュウリの酢の物、う巻き……ウナギが入った卵焼きなども作っていき、これで土用の丑の日に食べるウナギ料理がすべて完成した。
「「「「「「「「「「うわぁ、いただきまーーーす!」」」」」」」」」」
イザベラたちと子供たちは、天然ウナギのフルコース料理を美味しそうに食べていた。
「上手くいったな」
「お前、こんなこともできたんだな」
「すべては、スキルのおかげだな」
俺にウナギを焼いた経験はないのだが、『料理人』スキルのおかげで、プロの職人がウナギの蒲焼きを作る動画を見れば、すぐに真似できてしまうのだ。
老舗のウナギ屋には勝てないけど、九十点くらい出来にはできる。
それがスキルの凄さであった。
「ただ、ウナギはダンジョンで獲れるやつを使わないんだな」
「あれは、駄目だろう」
ダンジョンウナギというモンスターはいるのだが、アナコンダのように大きいからか大味だし、骨が大きいのですべて取り除く必要はあり、少なくとも蒲焼きには向かなかった。
肝も大きすぎてホルモンみたいなので、とにかく食べにくいのだ。
「一応、色々と試作はしてみたんだけど……。なあ、イザベラ」
日本のウナギ料理はどれも合わなかったので、世界中のウナギ料理を試作してみたのだが、結局身を一口大に切ってから油通しをし、香りの強い野菜と一緒に炒める……ようするにタウナギの調理方法が一番美味しかったので、ダンジョンウナギは倒す価値がないというか、人気がなかった。
魔石の品質もさほどではないから。
「イザベラの祖国のウナギ料理は?」
「ホンファさん、わかっているくせに意地悪ですわよ。私は来日してから、ウナギ料理は日本でしか食べていませんら。この香ばしくもふっくらとしたウナギの身とタレの味が最高ですわ。ご飯がいくらでも食べられて……」
「ジャパニーズウナギのカバヤキは美味しいわよね。ニューヨークでも食べられるけど、高いのも納得の味だわ」
「ビルメスト王国には、まだウナギの蒲焼きが食べられるお店はありません。ビルメスト王国にはウナギを煮込む料理がありますけど、私も蒲焼きの方が好きですね」
「向こうの世界にもウナギっていたけど、私って食べたことなかったの。リョウジ、ウナ重おかわり」
デナーリスがこれまでウナギ料理を食べたことがなかったのは、向こうの世界ではウナギは庶民の味だったからだ。
料理方法も香辛料と野菜で長々煮込む、みたいな料理なので不味くはなけど、普通の味だったから。
そんなわけでみんな、俺が蒲焼きにしたウナギで作ったウナ重を美味しそうに食べている。
世界は広いから、ウナギの蒲焼きよりも美味しい料理があるかもしれない。
そう思って探してみたけど、結局みんなウナギの蒲焼きを食べているという。
「万が一……いえ、億が一の希望を託して、ダンジョンウナギで『ウナギのゼリー寄せ』を良二様が作ってくれましたが……」
綾乃が、その時のことを思い出すたのか、箸を止めて苦悶の表情を浮かべた。
噂によると世界一不味い料理と言われている、ウナギのゼリー寄せ。
これもダンジョンウナギで作ってみたのだけど、確かにもの凄い味だった。
俺も剛も、一口で食べるのをやめたくらいだからな。
なお、その時の様子は後日、動画にあげる予定だ。
いくら『料理人』スキルがあっても、最初から美味しくない料理を美味しくするのは不可能だった。
「ダンジョンウナギは大きいから、ゼリー寄せにすると臭みが増すんだよなぁ」
「ダンジョンのウナギは駄目でも、デナーリス王国では天然ウナギが豊富だから、これを食べればいいのさ」
「そうだな」
アナザーテラはずっと無人で開発されていないかったから、ウナギが沢山獲れる。
海に繋がった川に筒を仕掛けるか、釣りをすれば簡単に天然ウナギが手に入るのだから。
人口や消費量を考えたら、そう簡単にアナザーテラに生息するウナギの数が減ることもないはずだ。
それに加えて、今の日本ではAIとゴーレムのおかげで、ウナギの完全養殖が安価にできるようになっており、アナザーテラの天然ウナギも輸出はしているが、その量はとても少なかった。
『天然ウナギ』に価値を見出す人たちが、高いお金を出して食べているって感じかな。
「日本でも、栄養のあるウナギが大量に安く食べられる。いいことじゃないか」
「よくぞ、安価な完全養殖にまで辿りついたってところだが……」
それは、ダンジョン特需のおかげで大量の研究予算が投入されたからだと思われる。
他にも日本では、以前はとても高価だった食材が安価に生産できるようになっていた。
たとえば、松茸とかもだ。
常に新しい産業を作り出さないと失業率が上がる一方なので、国が多額の開発、研究予算を出したり、減税せざるを得なかったという事情もあるのだけど。
「秋は、松茸を取り放題なのもいいな」
デナーリス王国の人口は、増えたとはいえ二万人だ。
アナザーテラに自生する松茸を食べ尽くすことなんてできないし、今では世界中にゴーレムを配置して松茸山の整備をしているから、生産量は増える一方だった。
「他にも色々とキノコがあるから、ダンジョン産キノコと合わせて、秋はキノコ料理を沢山作ろう」
アナザーテラは娯楽施設が少ないけど、自然がいっぱいあるので、休みの日は子供たちを連れて遊びに行くとしよう。
「そういえば、ホラール人たちも招待するんだろう?」
「俺は一瞬で移動できるから、日帰りでバーベキューパーティーでもやろうと思って」
「私の提案よ」
銀河系の端と端とはいえ、地球よりもはるかに進んだ惑星国家が存在する以上、仲良くするに越したことはなかった。
そんなわけで、デナーリスがホラール人の政府高官とその家族、主だった冒険者たちとその家族を、アナザーテラに招待することになったのだ。
宇宙船で移動すると往復一週間ほどかかってしまうので、俺が魔力を回復させながら『テレポーテーション』で移動させる予定である。
「『空中都市フルヤ』の改造に必要な技術を提供してくれたお礼もあるし」
以前手に入れた空中都市フルヤだったが、ちょっとと大きすぎて地球での運用が難しかった。
フルヤ島の上空で遊弋させたままだったのだが、ホラール星から宇宙船技術を導入し、黒助が宇宙船に改造、これを月の衛星軌道上まで移動させていた。
その目的は、デナーリス王国内に設置されたゲートから空中都市フルヤを経由、月のダンジョンへと移動できるようにし、月のダンジョンを攻略、維持するのに利用するためだ。
月に無人探査機を送り込むことに成功した国はいくつかあるが、人間が月に着陸してダンジョンに入るのはまだ難しい。
月のダンジョンも人が入らないと消滅するので、これまでは俺がスケジュールを組んで定期的に攻略していたが、おかげで大分楽になった。
他にも数十隻、ホラール星の中古宇宙船を大小購入して、アナザーテラの衛星軌道上に配置して防衛拠点としたり、地球との往復に使っている。
デナーリス王国がアナザーテラを独占していることに反発している国、人も少なくなく、万が一に備えてだ。
他にもホラール星の進んだ科学技術を用いて、現在アナザーテラでは自然環境を維持しつつ、大規模な開発が進んでいるところだ。
俺がダンジョンのことを指導する報酬ではあるのだが、デナーリス曰く『リョウジはホラール人たちの恩人だから、それを利用してデナーリス王国とホラール連邦国との友好関係構築に利用させてもらうわ』 だそうだ。
『地球とホラール連邦国との友好関係構築じゃないんだね』と言うと、『ホラール連邦国は惑星国家を構築していて一つの国だけど、地球には多くの国があるじゃない。他の国がホラール連邦国と仲良くするも、争うも、その国の人たちが決めること。余所者が嘴を突っ込んでも、ろくなことにならないわ』だそうだ。
向こうの世界でデナーリスは、魔王の脅威が迫っているのに身勝手な行動や要求をする他国に苦労させられたので、考えがシビアなのだろう。
「現実問題として、ホラール星が地球を征服するなんて造作もないことなのよ。もしそうなっても、デナーリス王国だけは生き延びなければいけないから、利用できるものは利用するわ」
今のところは上手くいってるけど、創作物の宇宙人来訪物では地球が侵略される話もある。
イザベラたちや子供たちのためにも、俺もちゃんとお仕事をしなければな。
「リョウジさん、この料理はとても美味しいですね。なんという料理ですか?」
「ウナギの蒲焼きだよ。細くてニュルニュルした魚なんだけど、食べると精がつくと言われているんだ」
「変わった形の魚ですね。ホラール星にはいないはずです」
そして翌週。
俺とデナーリスが、大勢のホラール人たちをアナザーテラに招待した。
彼らは自然豊かなアナザーテラ観光と食事を楽しんだのだけど、一緒に招待したリーリスも含めて、とにかくウナギの蒲焼きが大好評だった。
政府高官たちも、ウナギの蒲焼きを美味しそうに食べている。
「是非、このウナギの蒲焼きをホラール星に輸出してほしいものだ」
「検疫が通れば、すぐにでも輸出できますよ」
「すぐに指示を出そう。いやあ、このウナギのカバヤキは実に美味い。ホラール人に合う味だな」
ハーリス大統領の鶴の一声により、ウナギの蒲焼きがホラール星に輸出されるようになった。
なお、輸出品が生きたウナギではなくウナギの蒲焼きなのは、調理技術がないのと、検疫が厳しかったから。
「このウナギが、なにかの間違いでホラール星の自然下に放たれ、繁殖すると環境破壊になりますから」
さらにリーリスからそう聞き、ホラール人って冷静だなって思う俺であった。
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