第249話 招聘
「桃瀬さん、この星に来てくれてありがとう。やはり指導役の冒険者が不足していてね」
「話によれば、このホラール星の人口は地球とそう変わらないとか。それに加えてダンジョンに関する知識がないのですから、指導が大変なのは当然ですよ。私に任せてください」
「頼りにしているから」
まさか、指導役として桃瀬さんが来てくれるとは思わなかった。
彼女は冒険者としても、インフルエンサーとしても超売れっ子で忙しいからだ。
若干同行しているスタッフたちの視線が厳しいけど、収入減になってしまうから当然か。
かなり有利な条件でホラール連邦政府と契約を結べたから、そこから桃瀬さんに還元して彼女の損失を減らさないと。
「地球から指導役として数十人の高レベル冒険者を呼び寄せたけど、やっぱり地球が最優先だからなかなか人数を増やせなくて。桃瀬さん、本当に頼りにしているから。報酬も……」
「お任せください!」
桃瀬さんは性格も仕事に対する姿勢も真面目だから、俺は信用していた。
早速、ホラール人冒険者たちへの指導をお願いしよう。
あとは、この星で撮影した動画を毎日、『テレポーテーション』で地球まで運んであげる契約も結んでいた。
地球に残留している桃瀬さんのスタッフがこれを編集、彼女の動画チャンネルで更新することで、できなくなった地球での仕事で得られる収益を補填するためだ。
ホラール星に滞在している地球の冒険者たちの大半が、この星で撮影した動画を動画投稿サイトに投稿して収益を得るようになっており、物珍しさもあって多くの視聴回数を稼いでいた。
ただ、やはり桃瀬さんクラスのインフルエンサーだとやはり収入減になってしまうので、俺はその分の補填は確実に行おうと思っている。
「ところで、今日はリーリスさんは?」
「今日は、俺が一人でドット山脈ダンジョンのレコードを狙いつつ撮影をするから、別行動で知り合いの冒険者たちと組んで自己鍛錬するって言ってたな」
普段は毎日一緒に活動しているリーリスだけど、俺がダンジョンレコードに挑戦する時は例外だった。
やはりホラール星のモンスターは、すべて地球のダンジョンにいるモンスターよりも二割~三割ほど強く、リーリスを同行させると足手纏いになってしまう。
彼女もその辺の事情はすぐに察してくれて、自己鍛錬のために他の冒険者たちとパーティーを組み、他のダンジョンを攻略しているはずだ。
「そうだったんですね。ところで私もそのレコード記録挑戦に参加していいですか? 私、リブランドの塔でかなりレベルを上げたんです」
元魔王が神として管理しているリブランドの塔は、現在さらなる高みを目指す冒険者たちが利用するようになっていた。
まずはリブランドの塔の第一層で死なないよう、他のダンジョンでレベルを大幅に上げる必要があって、なかなか利用者は増えていなかったけど、桃瀬さんは『ガチ、リブランドの塔攻略!』の動画を定期的にあげているからその実力は本物だ。
女性冒険者の動画配信者は、強さよりも美しさで人気を取る人が多いけど、桃瀬さんは強さと美しさ両方を兼ね備えていて人気だった。
「(今の桃瀬さんなら大丈夫かな)じゃあ、今日は一緒にレコード記録を狙いましょうか」
「はい! 今日はよろしくお願いします」
桃瀬さんはイザベラたちに匹敵する冒険者の筆頭なので、不覚を取ることなんてないだろう。
そう思いながら二人でドット山脈ダンジョンのレコード記録に挑戦するが、やはり彼女はかなりの実力の持ち主だった。
「桃瀬さん! 右のモンスターを頼む!」
「はい!」
ホラール星にも地球と同じくらいの数のダンジョンが存在し、これは数年以内に攻略を開始しないと消滅してしまう可能性が高い。
だから俺は、今日のうちにドット山脈ダンジョンをクリアしたいと思っていた。
だが今日は、桃瀬さんがいるから様子見に予定変更かなと思っていたが、これなら今日のうちにドット山脈ダンジョンをクリアできそうだ。
「……最下層のボスは、エメラルド色のドラゴンか……」
「綺麗だけど、上野公園ダンジョン最下層にいるブラックドラゴンよりも強いですね」
「五割増しってところかな」
俺と、イザベラたち並に研鑽を積んだ桃瀬さんなら倒せるが、今のホラール人冒険者なら一瞬で全滅だろう。
そのうちホラール人冒険者たちもレベルを上げて倒せるようになるだろうが、その前にホラール星からダンジョンが消えてしまっては意味がない。
急ぎ俺がホラール星内のすべてのダンジョンをクリアして、ダンジョンコアを手に入れる必要があった。
動画の撮影はあくまでもついでだが、桃瀬さんが優秀なのでドローン型ゴーレムの損失も少なく撮影することができた。
「この動画は、コラボってことで双方の動画チャンネルで公開しましょう」
「私、撮影どころではなかったのでありがたいです」
「桃瀬さんを主として撮影していた動画は全部お渡しするので、編集はスタッフさんにお任せしていいのかな?」
「ありがとうございます」
桃瀬さんのスタッフは俺を敵視しているから、こっちで動画を編集して渡すと怒られてしまいそうだからなぁ。
「では、エメラルドドラゴンを倒しましょう」
「あの! 私一人に任せてもらえませんか?」
「桃瀬さん一人でですか? そうですね、お任せします」
リブランドの塔でレベルアップを繰り返している桃瀬さんが、ブラックドラゴンの五十パーセント増し程度の強さのエメラルドドラゴンに負けるわけがないか。
もしもの時は、俺が助けに入ればいいのだから問題ない。
「では、お任せします」
「ありがとうございます。では参ります!」
強くなった桃瀬さんは、特に苦戦することなくエメラルドドラゴンを倒し、無事にダンジョンコアを手に入れることに成功した。
そしてその様子は、俺と桃瀬さんの動画チャンネルで更新され、多くの視聴回数を稼ぐことに成功するのであった。
『ホラール連邦政府広報より、世界中に現れたダンジョンの様子と、その攻略方法を動画で無料公開いたします。他にも政府職員による、スカウターを用いた冒険者特性判定のお知らせと、この度武器と防具のレンタルも始まりました。エネルギーと資源をダンジョンから得なければいけない以上、ホラール人は立ち上がらなければならないのです。はるか銀河系の反対側から来てくれた地球の冒険者により指導も受けられますので、まずはスカウターによる冒険者特性の測定をお願いします』
「政府広報ですか……。惑星ホラールには、動画配信チャンネルってないんですか?」
「これがないみたいなんだ」
「発展仕方が、なんか歪ですね」
確かに、これだけ科学技術が発展しているのに、動画チャンネルくらいあっていいと思う。
ネット環境に近いものもあるけど、その内容は、政府広報と教育、知識、教養番組くらいしかないという真面目さなのだ。
「他の惑星だから、地球と違う部分もあるのだろう……と思うことにする」
ネット環境はあるので、惑星ホラールの人たちは全員無料で、俺と桃瀬さんが撮影、編集したダンジョン攻略動画を見ることができるのだけど。
ホラール人は地球人に比べると真面目で、とにかく娯楽の類が少ない。
だからこそ、ここまで科学技術が発展したのかもしれないけど。
それしていいタイミングだったので、俺は『アイテムボックス』に死蔵していた冒険者用の装備を大量に販売した。
俺が、向こうの世界、地球のダンジョンで大量に手に入れたのはいいが、今の装備よりも性能が低いものを着ける気にならず、在庫が溜まる一方だったのだ。
他にも、自作した武器と防具の在庫もあるので、これらもホラール政府に販売している。
「そのおかげで、すぐに成果は出ていますけど」
基本的にホラール人は真面目だし、ダンジョンが出現し直後、地球人が試行錯誤した部分を大幅にカットできたので、冒険者特性を持つ冒険者たちはホラール連邦政府から借りた武器と防具を装備して早速成果を出していた。
俺たちも、主要なダンジョンに地球の高レベル冒険者たちを派遣して、なるべく死者を出さないようにもしている。
その分報酬は、プロト2と相談して高めに設定したのだが。
「古谷さん、報酬なんですけど、本当に『惑星ホラールの科学技術』だけでいいのですか?」
「今さら俺が金や宝石を貰っても仕方がないし、ホラールの通貨はじきに地球の通貨と交換レートも決まるだろうから」
プロト2とも相談したのだが、今回の仕事の報酬は惑星ホラールの優れた科学技術を教えてもらうことにした。
ぶっちゃけ、これ以上金や宝石があっても意味がないというか。
ただ死蔵するだけになってしまう。
そこで、物資ではなく技術を教えてもらうことにしたのだ。
当然ホラール連邦政府も間抜けではないので、最新鋭の技術は教えてくれなかったけど、一段低い技術でも地球を圧倒しているからデナーリスが喜んでいた。
現物はないけど、これがあれば多くの富を生み出すことができるはず。
『明日、いきなりこの世界からダンジョンが消えてしまうかもしれないから、備えあれば憂いなしね』
教えてもらった各分野の技術や知識は、今プロト2と高性能ゴーレム軍団で解析、実用化のための試験を繰り返しているので、じきに習得できるはずだ。
さらにAIと人工人格を使って、デナーリス王国の科学力を発展させる研究も進めていた。
デナーリス王国は人間の学者が少ないが、それをAIとゴーレムの人工人格で補っているわけだ。
他の冒険者たちには、俺から金貨や宝石、現金、魔法薬、高性能な武器と防具、珍しい鉱石などを報酬として渡していたけど。
「私がホラール星の科学技術を貰っても、上手く利用できないと思います。さすがは古谷さん」
「桃瀬さんが日本政府から依頼されていたとしたら、すぐに渡すつもりはあるんだけどね」
「いえ、私も他の高レベル冒険者たちも、特にそのような頼み事はされていません。それに、もうすぐ私もデナーリス国籍を手に入れるので、日本政府にそこまでするつもりはないですね」
桃瀬さんも優れた冒険者なので、じきにデナーリス王国国籍を取得すると思っていた。
節税にもなるし、優れた冒険者が日本のみならず、既存の国で暮らし続けるのは意外と大変だったりするからだ。
能ある鷹は爪を隠すというけど、冒険者はそれができないから難しい。
その点、デナーリス王国には高レベル冒険者しかいないので、ある種の気楽さはあった。
「桃瀬さんが申請を出したら、俺が推薦するからすぐにデナーリス王国の国籍を取ることができるはずだよ」
「ありがとうございます」
多分俺が手を貸さなくても、桃瀬さんは優れた冒険者だから必ずデナーリス王国国籍を取れるはずだけど。
「(同じ国籍になれば、古谷良二様と顔を合わせる機会が増えるはず。 お屋敷を買って、そこに古谷良二様を招待すれば……)」
「桃瀬さん?」
「あっ、そうだ! 今日も、ホラール星の冒険者たちに指導をしなければ。それでは古谷さん、また夜に」
「今夜は一緒に夕食でもとりましょうか?」
「はい!」
桃瀬さんはよくやってくれているから、リーリスさんに教えてもらったホラール星の高級レストランで食事をおごるぐらいはしないと。
そしてひと段落したら、移住するデナーリス王国の案内でもしてあげようかな。
桃瀬さんとは、いい友達になれそうだし。
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