第242話 地上げの結末

「お客さん、ありがとうね」


「すなねえな」


「俺は富士の樹海ダンジョンに潜るしか寄れないけど、お気に入りのお店がなくなるのは我慢できなかったから」


「しかしまぁ、なんだあの地上げ屋は?」


「このところ、富士の樹海ダンジョン付近の土地は再開発が進んでいて、地価も大幅に上がってるんだと。商売で成功しやすい土地だから、手に入れようと必死なのさ。噂だと、あいつのような隠せない反社勢力も動き出しているとか」


「いかにもな連中だったからなぁ」


 地上げに来たチンピラたちを追い払ったあと、俺と剛は店主夫妻からお礼を言われた。

 俺たちのお気に入りのお店がなくなると嫌だし、冒険者の多くは反社の人たちに屈しないし、怖がることもない。

 冒険者が出始めた頃、早速というか反社の連中が冒険者を脅して利益を得ようとしたが、かなり悲惨なことになった。

 反社な人たちとしては、冒険者という新興勢力に舐められないよう動いたようだが相手が悪かった。

 中には、『冒険者の家族は強くないから狙いどころだな』と、冒険者の家族を脅したり、誘拐する奴らまで出てきたので、冒険者たちは密かに結託してかなりの数の反社な連中をこの世から消した、なんてこともあった。

 裏で政治家や警察とも取引したので、彼らがこの世から細胞一つ残さず燃え尽きて消滅しても、チンピラの家族が警察に探してくれと捜索願いを出しても、捜索願いは受理したけど、『見つかりませんねぇ。色々と悪事を働いているので海外にでも逃げたのでは?』と言われて終わりだったらしい。

 その教訓から、一流の反社な人ほど冒険者とは揉めないようにしている。

 地上げなんてやってる時点でその世界では三流扱いで、密かに消す必要はないけど、俺たちがいない間にこの店にちょっかいをかけてくるかもしれない。


「対策が必要だな」


「お客さん、すまねえが、俺はこの店をやめるつもりは……」


「この店ならいいんですよね?」


「ああ」


「じゃあ対策するか」


 この店が続けばいいだけなので、そんなに難しいことではない。

 二度とあのチンピラたちが来ないように、急ぎ手を打つことにするか。





「土地を売ってくれるって?」


「ああ。その代わり……」


「迷惑料と引っ越し代も合わせて、サービスするぜ」


「あと、あくまでも売るのは土地だけだ。この店は移築するから売れん」


「わかった。俺たちも、こんなボロい店なんていらないからな。解体費用も払ってやるよ」


 やった!

 ジジイとババアが、お店のある土地を売ることを了承した。

 富士の樹海ダンジョン近くで飲食店をやれは、成功確実だからな。

 このところ冒険者のせいで反社勢力の衰退が著しいから、上手く仕事を変えなければ。

 幸い裏稼業で稼いだお金はあるので、少々高くても必ずこの土地を手に入れなければ。


「(こんなボロ店を移築するんて変わってるな。まあいい)」


 無事に土地が手に入ったので、ここに飲食店用のテナントビルを建てて複数のお店を営業し、冒険者のみならず、このところ増え続けている海外からの観光客たちの利用を増やす。


「(俺は大儲けできるぞ!)」


 ジジイとババアは、もっと不便な土地にでも移って、小銭を稼いでいればいいんだ。


「(安い町中華なんて売り続けて商売センスの欠片もない。俺は冒険者と観光客の懐具合に合わせて、もっと高価な料理を出す!)」


 今時ゴーレムも使わずに、夫婦だけで飲食店を経営するなんて、時代遅れもいいところだ。

 俺はゴーレムもちゃんと使って、売上も利益率もいい飲食店を立ち上げてやる。





「……不思議なことがあるものだ。お店が一瞬で移動するなんてよ」


「お店の中が随分と広くなったのね」


「ダンジョン由来の技術ってやつですよ。お爺さんとお婆さんのお店の欠点は、このところお客さんが増えたのに、一度に入れる人数が少なかったから、そこを改善しました」


 お気に入りの町中華のお店を守るため、俺と剛はすぐに動いた。

 まずは、老夫婦に土地を売らせてしまう。

 それもなるべく高くだ。

 そして売るのは土地だけで、築五十年以上経った自宅兼店舗は、もっと富士の樹海ダンジョンに近い場所に土地を買って移築した。


「こんなにボロいお店を移築するよりも、新しく建て直した方がいいんじゃないか?」


「おいおい、剛。しっかりしてくれよ」


 どうして俺たちがこのお店を利用するのか?

 その理由の一つに、いい具合に古びた外見のお店をだからってのがある。

 お店は古いが、お爺さんとお婆さんがしっかり手入れしていたし、店内もよく掃除されているから、いい感じに老舗感が出ていて、これを失うなんて勿体ないと俺は思ったんだ。


「礼の地上げ屋は周囲の土地も買収してビルを建て、複数の店舗、それも冒険者や観光客目当ての客単価の高い店を経営する計画らしい。新築されるお店もさぞや豪華なんだろうな」


「そっちの方がよくないか?」


「そんな店なら、東京や冒険者特区に山ほどあるじゃないか。それに冒険者だって、毎食高価な料理ばかり食べてるわけじゃない」


 特に、富士の樹海ダンジョンを攻略中の冒険者たちは、食事に無駄な時間をかけたくないはずだ。

 現在、世界中から腕とレベルに自信がある冒険者たちが、富士の樹海ダンジョンに集まり、特区内でマンションを買って暮らしている人も多かった。


「ガッツリした中華料理を食べて午後に備える。冒険者たちは金があるけど、毎日豪華なレストランや料亭で飯を食うのに飽きているはずた。そんな冒険者たちがダンジョンから出たあと、このノスラー感溢れるお店を見たら……」


 ビールでも飲みながら、夕食をとろうと思うはずだ。


「ただ、さすがに耐震基準などは満たしていないので、そこはゴーレムたちが直してる。新築なんてしたら、老舗の町中華感がなくなるからあり得ない」


「なるほどな。確かにこのお店って外観も店内も、懐かしい感じがしていいんだよなぁ。小さい頃に家族でラーメンと餃子を食べたのを思い出す。死んだ祖母ちゃんが帰省した時に連れて行ってくれてさ。美味かったよなぁ。店内は、『アイテムボックス』の技術を使って広くしたのか」


 実はこのお店、人気になりすぎて利用できないお客さんが増えてきたので、『アイテムボックス』の機能を使って、店内を広くした。

 当然だが、老舗の町中華料理店感を失わないような内装を心がけている。


「しかしそれだと、大将とお婆ちゃんが大変じゃないか?」


「さすがにゴーレムを導入するし、跡継ぎもいるから」


 地元密着で繁盛しているが、店主夫妻の息子さんは都内でサラリーマンをしており、お店を継ぐ意思はなかったそうだ。

 ところが息子さんの会社が倒産してしまったそうで、さらに今は転職がなかなか難しい世情だ。

 なので、このお店を継いでくれることになった。


「後継者がいれば、客も安心だな」


 店が広くなって席数が増えたけど、息子さん夫婦とゴーレムがいるから、人手不足にはならないはずた。


「考えてみたら、こっちの方が富士の樹海ダンジョンに近くて便利だしな」


「あと、ダンジョンに潜り続ける人向けに弁当の販売も始める予定だ」


 これだけ手を打てば、このお店が潰れるとこはないだろう。


「しかし、良二は経営コンサルタントみたいだな」


「俺の考えじゃなくて、全部プロト1がやってるんだけど」


「あいつ、ますます進化したんじゃないか?」


「そうかもしれない」


 こうして、とある老舗の町中華料理店は富士の樹海ダンジョン近くに移転し、ますます多くの冒険者が利用するようになった。

 『日式中華料理』という扱いで、海外の冒険者や観光客にも人気となった。


「お爺さん、今日はレバニラと八宝菜のダブル定食ね」


「俺は、天津飯丼特盛と餃子二つ」


「今日もよく食べるのね。古谷さんと拳さんは、これからダンジョン?」


「最下層アタックをしつつ動画撮影だよ」


「私も動画を見始めたんだけど、あんなに凄い化け物と戦うなんて大変なのね」


「それが俺たちの仕事だし、慣れてるからね」


「とはいえ、念入りに腹ごしらえしておかないと」


 店内は、多くの冒険者たちで賑わっていた。

 稼ぐ冒険者が町中華のお店を利用することを不思議に思う人は多いけど、ダンジョン攻略の途中で高級レストランに行く冒険者なんて少ないし、毎日高価な料理ばかり食べていたら飽きてしまうってだけのこと。


「地上げ屋たちには理解できないだろうけどさ」


「そういえは、あいつらの店、オープンしたんだっけ?」


「苦戦しているようだがな」


 そこに飲食店ができたとして、どんなお客さんが利用するのか。

 そこを見誤ると、経営に失敗してしまうという典型例だな。

 前に中華料理店のあった土地は、確かに富士の樹海ダンジョンに近いとはいえ、至近というわけでもないし、観光客もそんなに来ないだろう。

 富士の樹海ダンジョンを見に来る観光客は多いけど、少し離れた客単価の高い飲食店を利用する人は少ないはずだ。


「さあて、何ヵ月保つかな?」


「良二も意地が悪いな」


「そういう問題じゃなくて、あの地上げ屋が涙目で損切りを決めてから、仕上げが始まるから」


「仕上げ?」


「楽しみに見ているがいいさ」


 地上げ屋たちは、富士の樹海ダンジョン近くで商売をやれば必ず儲かると思っているようだけど、そんなに甘くないことを身をもって知るがいい。



※※※※



「はぁーーー! どういうことだよ? 全然客が来ないじゃないか!」


 場末の中華料理店とその周囲の土地を買収して、冒険者と観光客目当てのレストラン、カフェ、料亭なとが入ったビルの営業を始めたが、全然客が来なくて倒産の危機を迎えてしまった。

 毎日大量の食材を廃棄しており、人件費、光熱費も嵩み、ビルのローンだってまだ残っているんだ。


「富士の樹海ダンジョン近くの土地なんだぞ!」


 高い金を払って土地を買収して、新しいビルを建てたってのに!

 どうして客が減ったんだ?


「それは、あんたがなにもかも間違っているからだ」


「貴様は古谷良二! と、ゴーレム? 」


 こいつ、まさか俺が上手くいっていないことを知って……。

 それとゴーレム?


「プロト1の想定どおりだな」


「このケースは、ほとんどイレギュラーが発生せずに失敗するパターンなのだ」


 プロト1といえば確か、古谷良二が持つ会社を世界一の評価額にまで持っていき、世界で初めて企業経営者となったゴーレム、プロト1じゃないか。


「俺のどこが駄目だって言うんだ?」


 こうなったら、その原因を教えてもらおうじゃないか。

 すぐに対応できれば、これだけ綺麗で複数のお店が集まっているんだ。

 必ず立て直してやる!


「しかしまぁ、こんなビルを建てちゃって。店舗を移築してよかったな」


「貴重なノスラー感があるお店が壊されるところだったのだ」


「あんなボロい店のどこがいいってんだ! それよりも、新しいビルの方が……」


「早く、安く、頑丈に作れるけど、店舗には向かないのだ。だって目立たないから」


「うぐっ!」


「経営の立て直しは、この人が経営者のままだと無理なのだ」


 俺が経営者のままだと、立て直せないだと?

 じゃあ俺はどうすればいいだ!

 まだビルのローンが残っているんだぞ!


※※※※


 プロト1の指摘に心当たりがある地上げ屋が顔を歪めた。

 地上げ屋が建てたビルは、AI作業監督とゴーレム作業員、デナーリス王国産の建築資材で休みなく24時間作業して一ヵ月ほとで安く作れる。

 工事の騒音も、『沈黙』魔法を利用した騒音装置があるから、周辺住民からの苦情もほぼない。

 そうやってすぐにできるビルだけど、規格品なので目立たない。

 耐震性や住み心地はいいので、安価な住宅に転用されて人気になっていたけど。

 この規格のビルで店舗も運営できるが、都心部で客単価の安い無人、省力店舗が主であった。

 このビルだと経費を抑えられるからだ。

 それなりの値段で飲食店をやりたかったら、もっと店舗の外観に拘るか、他の売りが必要だろう。


「お爺さんとお婆さんの中華料理店は、無人店舗で安く食べられる中華料理となにが違うのか? 色々とあるけど、店舗のノスラー感が大切なんだよ」


 だから俺は、店舗を移築させたのだ。

 補強はしたけど、築半世紀を超えた店舗をそのまま用いるから、今では俺の動画とSNSでこのお店を知った観光客も多数利用するようになったのだから。

 店内は、『アイテムボックス』機能を利用して大幅に拡張してあるけど、内装や設備、テーブル、椅子などは、老舗の町中華料理店に極力近づけている。

 下手に新しかったり、お洒落な雰囲気にすると、このお店のいいところが消えてしまうので、そこは拘った。

 ゴーレム店員にだって、町中華店の店員が着ているような白衣を着せており、それを写真に撮って『白衣姿のゴーレムが可愛い』と、多くのお客たちが喜んでいるのだから。


「さらにあんたは、この土地の客層を見誤った!」


「ここは、富士の樹海ダンジョンから少し離れているのだ」


「徒歩10分だぞ!」


「それじゃあ、遠いのだ」


 移転したお店は、徒歩3分の場所にある。

 そこまで近いからこそ、冒険者にも富士の樹海ダンジョンを見に来た観光客にも利用されるようになった。


「移転前のお店を一番多く利用していたお客さん、それは地元のお客さんだ!」


 確かに、俺たちがこのお店の存在に気がつき、他にも幾人かの冒険者たちが利用するようになっていたが、まだ主力の客層は地元の人たちだった。


「そういうお客さんたちに、高価なレストランの料理、懐石料理、タピオカミルクティー、映え狙いのスイーツを売っても需要は少ないだろうな」


「事実、客はいないのだ」


「それは……」


「その手の料理を出すお店は富士の樹海ダンジョン付近に多数あるし、しかも高い!」


「価格は同じだ!」


「それなら観光客は、富士の樹海ダンジョン付近のお店を利用するのだ」


 観光地である富士の樹海ダンジョン近くにあるからこそ、観光客は高くても利用する。

 そこから離れた場所で同じ物を同じ価格で販売しても、売れるわけがなかった。


「……わかったのか? なのだ」


「じゃあ、俺はどうすれば!」


「地元密着のお店に戻すとか?」


「売り上げが足りない! このビルのローンすら払えない!」


「こんなビルを建てた時点でゲームオーバーです」


「そんなぁ……」


 それから一ヵ月もせず、地上げ屋の飲食店ビルは潰れた。

 今の世の中、起業に失敗してもベーシックインカムで暮らせるし、何度でも挑戦できるので、また頑張ってくれ。

 今度は、地上げ行為はやめた方がいいけどな。






「町中華の支店を作り、テイクアウト可能でリーズナブルな中華料理、軽食、スイーツを売り、カフェも併設しつつ、地元の住民たちが利用しやすいお店の集合体にするのだ」


「しかし、ビルだからお金がかからないか?」


「あの地上げ屋が破産したから競売にかけられたけど、条件が悪いから凄く安かったのだ。これをお爺さんとお婆さんと息子さん夫婦で経営すれば安泰なのだ。あっちののお店は新しく人を雇えばいいのだ」


「……プロト1って、かなり敏腕コンサルタントか?」


「あの地上げ屋が、勝手に自爆したのだ」


 地上げ屋が経営に失敗した飲食店ビルは競売にかけられたが、住宅ではなく、地元住民たちの利用しか期待できない場所だったので、新築なのに安く買うことができた。

 新しいオーナーは、移転前にこの土地で中華料理店をやっていたお爺さんとお婆さんなんだけど。


「しかし、こんなに安くビルを売ってもらって悪い気がします」


 ビルの経営を任されたお爺さんとお婆さんの息子さんが申し訳なさそうだが、俺たちは損をしていないところか、ちゃんと利益を出していた。


「このビルの建設で建設会社へのゴーレムを貸し出し、AI作業監督の貸与と管理、データ収集もできて、ビルの建設に使った資材、工事中の消音装置のレンタル。全部、古谷企画が絡んでいるのだ」


「……損をしたのは、あの地上げ屋だけなんですね……」


「次はあんなことをせず、まっとうに起業すればいいのだ」


「それでも成功するかわからんけどな」


 富士の樹海ダンジョンを攻略する冒険者たちや、観光客で賑わう老舗の町中華料理お店は、支店と共にその後も代々続いていくのであった。

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