第241話 冒険者御用達

「……なんか溜まってきたというか、溜まりすぎだよな」


「デナーリス王国は金本位制に戻すのか?」


「嫌よ、面倒だから。それに、金本位制なんて遅れてる国が採用するものなのでしょう?」


 このところ、また金の価格が上昇してきたとニュースでやっていた。

 金はダンジョンでしか手に入らなくなったのに需要が増え続け、超のつく円高なのに一グラム五万円を突破。

 庶民には高値の花となっていた。

 俺やデナーリスはというと、『アイテムボックス』技術を利用した倉庫に納めている。

 普通の倉庫に仕舞うと、金の重みでアナザーテラの自転に影響があるからだ……って、プロト1が冗談を言ってた。


「これだけ金があるのなら、デナーリス王国金貨でもつくろうかしら?」


「少しなら悪くないかも。デナーリス女王即位記念金貨とか」


「リョウジ、それいいわね」


 さすがに西洋ファンタジー風世界の影響が強いデナーリス王国でも、金本位制ではないので必要以上に金を保有する意味はない。

 デナーリス王国が所有する分のみならず、俺を含めた冒険者たちが保有する金の量を合わせると沢山持ちすぎともいえ、外に向けて金貨を作ることにした。

 金貨を作る技術は……向こうの世界の金貨は少し精度が甘いので、イワキ工業と俺が全面的に協力している。


「今の金の価格は異常だから、これで少しは金の価格が下がればいいと思うよ」


 とはいえ、一度にあまり多くの金貨を販売すると、金の価格が急降下してしまうからよくない。

 デナーリス王国が金での納税を許可しつつ、冒険者から買い取って一定の保有量を維持することになった。


「無事に完成だ。早速入選で売ることにしよう」


「……あのぅ、どうしてこの金貨のデザイン。無駄にデナーリスさんが笑っているのですか?」


「本人の希望だから……」


「だって、私が辛気臭い顔をした金貨が沢山あるなんて嫌じゃない」


「理解できるようで、できないなぁ……」


 安心しろ、イザベラ。

 俺も理解できなかったんだ。

 デナーリスの希望どうり、俺が金貨のデザインをしたんだけど、彼女の無駄な笑顔のせいで偽物感がある金貨になってしまった。

 それでも、このところ金の価格が高騰しすぎて金貨が作られなくなったという事情があり、俺が動画で宣伝し、購入抽選のお知らせをしたらとんでもない数の人たちが金貨の購入を希望してしまい、さすがに買えない人が多すぎたので、追加で金貨を製造するこのにした。


「作っても作ってもキリがない」


「リョウジ、早速転売されているわ。もの凄いボッタクリ価格だけど、普通に売れてるわね」


「まだ金の価格が上がるって想定なのかな?」


「最近、低階層で金のドロップ率が極端に下がってきて、さらに多くの国が金を買い集めているから。ちなみに、ビルメスト王国でも金の保有量は増やしているわ」


「となると、この程度の金貨では金相場に変化はないか」


「良二様、逆に金の相場が上がってますけど……」


「……意味ねぇ!」


 とはいえ、追加で金貨を製造するのはよくないと思い、結局金の相場は下がらなかった。


「来年、金を集めたらまた作りましょう。デナーリス女王即位記念金貨を!」


 デナーリスは、自分の即位記念金貨がすぐ売りきれたのは、自分の人気のおかげだと思っているけど、実は全金貨の中で一番品質がよく、重たかったからだ。

 投資目的で売れている。

 喜んでいる本人には、決して言えない事実だけど。





「はぁ……。疲れたなぁ」


「そうだな。飯はなにを食おうか?」


「俺と剛だけだから、その辺にある店でよくないか? 魔法で変装もしているし」


「それもそうか」


 この日は富士の樹海ダンジョンに岳士と二人だけで潜り、多くの成果を得た。

 その様子は動画で見てもらうことにして、とにかくお腹が減ったのでお店を探すことに。


「とはいえ、チェーン店では味気ない」


 特に最近、無人店舗が増えたからなぁ。


「そうだな。良二、あの店はどうだ?」


「なんかよさげだな」


 そのお店の外観は、昔ながらの町中華のお店って感じで、いわゆるノスラー感があった。

 強く興味を魅かれたので、試しに入ってみることに。


「色々な中華料理を小皿に取り分けて食べよう」


「それいいな」


 早速お店に入ると、お昼時をすぎていたので客はゼロだった。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」


 四人がけのテーブル席に二人で座ると、すぐに店員と思われるお婆さんが出てきてお冷やを出してくれる。

 実はこの手の老舗中華料理店は意外と残っており、それはノスラー感が得られるからなんだけど、家族経営かゴーレム、AIの導入を果たしたから生き残れたという経営的な理由もあった。

 このお店は、老夫婦だけで経営しているようだ。

 調理場に調理担当と思われるお爺さんいるが、ゴーレムの姿は見えない。

 ゴーレムが導入できないか、そこまでお客さんが来ないってことなのか?

 とにかく、このお店の料理が美味しいかどうか確認しないと。

 このお店なら、富士の樹海ダンジョンで活動する時に利用しやすいからだ。


「剛、なにを食べる?」


「そりゃあ、餃子だろう」


「餃子は必ず頼まないとな。あとは……」


 今日はこのあとも仕事があるからビールは頼めないけど、個人的には青椒肉絲、回鍋肉、酢豚などは頼みたい。

 定番ゆえに、お店の味がよくわかる料理だからだ。


「あとは、空芯菜の炒め物か」


「剛、普通の野菜炒めも頼もうぜ」


 中華料理店が高火力で仕上げるシャキシャキの野菜炒めは、たまに無性に食べたくなる。

 自分で作るとなると、油通しの工程が面倒なんだよなぁ。


「あと、ライス大二つとウーロン茶二つ!」


 老夫婦二人でやってるから時間がかかることも覚悟したが、調理場のお爺さんが年齢を感じさせない動きで手早く重たい中華鍋を振るい、お婆さんも調理を手伝っている。

 その様子はとても息が合っていて、これはいいお店を引いたかも。

 料理が完成すると、お婆さんがそれをテーブルの上に並べてくれた。


「美味そうだな」


「いただきます!」


 まずは、大きめの餃子を一口。

 野菜多めで、優しい味の餃子だ。

 これに、テーブルの上にある自家製ラー油も使って食べると実に美味い。


「このあと、仕事がなかったらなぁ……」


「ビールを飲みたくなる美味さだ」


 中華料理とビールの組み合わせを求める。

 俺も剛も大人になった証拠だな。

 他の料理も小皿に取って食べてみるが、どれも美味しい。

 野菜炒めも、シャキシャキで最高だ。


「ライスを大にしてよかったな」


「本当だよ」


 中華料理を食べながらかきこむ、ライスの美味しいことといったら。

 俺も剛も、ライスを飲み物の如く料理と一緒にかきこんでいく。


「「ライス大おかわり!」」


「気持ちいいくらいの食っぷりだねぇ」


「このお店、美味しいから」


「ありがとうね」


「冒険者は体が基本! 沢山食わないと。良二、この海鮮炒めも頼もうぜ」


「いいね、海鮮炒め。あとは……卵とトマトの炒め物も。俺、この料理も好きなんだよ」


「スープを飲みたくなったな。中華風かき玉スープも!」


 俺と剛は魔法で変装しているので、冒険者であることを名乗っても特に問題はない。

 なにより、冒険者はレベルが上がると食べる量が増える人が大半なので、お婆さんも変に思わないはず。

 このお店に、冒険者が通っているかは不明だけど。


「自家製焼売かぁ。これも食べたいな」


「中華料理といえは春巻だろう。これも頼もうぜ」


「いいね」


 俺たちはもう一回ライス大をお代わりし、大量の中華料理を食べまくる。


「町中華最高!」


「どの料理も美味いよな」


 たまに家族で中華料理を食べに行くと、どうしてもホンファがデナーリス王国の王都に作った高級中華料理店になってしまう。

 そのお店ももの凄く美味しいんだけど、俺と剛は元々庶民なので、どうしてもたまに町中華が食べたくなるのだ。


「デザートはどうする?」


「やっばりここは王道の杏仁豆腐だろう」


「だよなぁ。すみません、杏仁豆腐二つ!」


 実はマンゴープリンと迷ったのだけど、今日は大量の中華料理を食べたので、お腹を落ち着かせてくれる杏仁豆腐を選んだ。


「しみじみ美味いな、杏仁豆腐」


「大人になるとわかる味だな」


 このお店の杏仁豆腐は、甘さ控えめで上品な味だった。

 既製品ではなく手作りなのもいい。

 さらに、そのことを前面に押し出すこともない奥ゆかしさもこのお店のいいところだな。


「いいお店を見つけたな」


「ああ……」


「「ジャンケンポン!」」


 剛と飯を食う時は、大抵ジャンケンをして支払う人を決める。

 ワリカンが面倒になってきて、そうすることにしたのだ。

 俺と剛の稼ぎからしたら、どっちが払っても同じようなものだし。


「ご馳走さま」


「また来るよ」


 富士の樹海ダンジョンで、さらに剛と一緒の時はこのお店で飯を食べることにしよう。

 そのくらい、このノスラー感ある町中華のお店を気に入る俺たちであった。

 イザベラたちと一緒に、食べには行けないんだろうけどさ。





「町中華ですか? 一緒に行きます!」


 今日は、桃瀬理奈と他の冒険者たちに富士の樹海ダンジョンの攻略方法を直接伝授しつつ、レベリングも行った。

 この前の自粛騒動みたいなことになった時に備えて、真面目で高レベルな冒険者たちの強化をすることにしたのだ。

 ダンジョンから出ると空は暗くなっており、今日はイザベラたちに夕食はいらないと言ってある。

 剛もいるので、今日はあの町中華のお店にしよう。

 せっかくなので他の冒険者たちを誘うと、桃瀬里奈他多くの冒険者たちと一緒に行くことになった。

 お代は俺の驕りだから、このあと予定がない人以外はほぼ全員参加か。


「こういう古い町中華のお店っていいですね」


「俺と剛は気に入っているんだ」


「冒険者が稼ぐようになると、高級中華料理店によく行くようになるんですけど、頻度が高いと飽きるんですよね」


「わかる!」


 なぜなら、俺も桃瀬里奈と同じく根が庶民だからだ。


「料理を適当に頼んで、今日は乾杯だ!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 このお店の餃子とビールの組み合わせは最高だな。


「餃子は野菜多めたけど、焼売は肉肉しくて、両方とも美味しいですね。春巻きも皮がパリパリで美味しい」


 店内はほぼ貸し切り状態となり、大量の料理を注文して食べる。

 全員冒険者だから、みんなよく食べるのだ。


「この中華風甘酢餡がかかった鶏のカラ揚げも美味い!


「ビールに合うよなぁ」


「冒険者になって稼ぐようになってから色々と高級店で食べたけど、結局ここに戻ってくるよなぁ」


 みんな気に入ってくれたようで、お爺さんとお婆さんの町中華店は、徐々に冒険者の利用者が増えていくのであった。

 推してるお店が繁盛して、お客さんが増えていくのはいいことだ。

 ただ、動画で紹介するとお客さんが増えすぎてお爺さんとお婆さんが対応できなくなるので、絶対に紹介はしないけど。

 このお店は元々地元のお客さんが多くて、潰れる可能性がないお店だってものあったけど。





「ご馳走さま」


「いつもありがとう」


 今日も富士の樹海ダンジョンで仕事だったので、中華料理で遅めの昼食をとった。

 常連として顔を覚えてほしかったので、一回目以降は店内では魔法で変装していない。

 お爺さんとお婆さんは、俺が古谷良二でもまったく気にならないらしく、サインも求めてこない……飲食店によっては『古谷良二御用達』とか言って宣伝しようとしたり、店内にサインを飾りたがるのだ。

 その点も気に入っているのだけど、突然お店存続の危機に見舞われた。

 店内にスーツ姿の男性二人が入ってきて、とんでもないことを言い始めたのだ。


「このお店の土地を売ってほしいのです」


「……良二?」


「このところ、この地域の地価が上がってるからなぁ……」


 富士の樹海ダンジョンが近くにあるため、そこから産出するもの目当ての人や企業が次々と進出しており、彼ら目当ての商売も盛んになりつつあり、新しいお店が増えて地価が上がっていた。

 スーツ姿の男性たちは、この場所で冒険者向けの商売をやりたいのだろう。


「俺は死ぬまでこの店をやるつもりだから、土地は売りたくねえ」


 当然というか、お爺さんは土地は売らないと即答した。

 お気に入りの店がなくならずに済むと思った俺たちは、内心歓喜の声をあげる。


「……どのくらいお出しすれば、この土地を売ってくれるのですか?」


 スーツ姿の男性は条件をつり上げてきた。

 ここで商売をすれば、冒険者相手に高額の商品なりサービスが売れるので、高額の土地代くらいすぐに取り戻せると思っているのだろう。


「いくらでも、土地を売る気はない。うちのお店の料理を食べないのなら、帰ってくれ」


「……私が大人しい間に、とっとと土地を売った方が身のためですよ」


 このスーツ姿の男。

 あまり素性はよろしくないようだ。

 お爺さんがお店を売るのを断ると、脅しをかけてきた。

 だが、ここには冒険者が多数いるわけで……。


「地上げ屋、これ以上はやめとけ」


「なんだ? テメェは!」


「冒険者だ!」


……お前は、古谷良二……


 俺がスーツ姿の男性と顔を合わせると、彼は驚きで顔の表情が固まった。

 まさか世界一の冒険者と称される俺が、町中華のお店にいるとは思わなかったのだろう。


「このお店は冒険者御用達だ! もし手を出すのなら、相応の覚悟をするんだな!」


「くっ!」


 威勢がよかった時間は短かかったな。

 というか、いまだにこの手の輩ってのは存在するのか。


「……また出直す。俺は諦めないからな!」


 スーツ姿の男性たちは一旦引いたけど、しつこそうな奴だし、今回はたまたま俺がいたからいいものの。

 これは、根本的な解決策を考えるべきだな。





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